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第八十話『亡霊の教え子と従者』

 属領民(ロアー)街の通り。暖かいものが何もないこの通りだからだろうか、風は冷たくなりはじめ、頬を打つ度に痛みすら覚えさせる。


 ノーラは二つの刃を腰に提げたまま、それをぐいと握りしめる。彼女自身、それを何故行ったか分かっていなそうだった。


 喉を鳴らして、シヴィリィはノーラをじぃと見つめ返す。


「ノーラ、どうしてエレクの事を」


「いいや、本当はエレクの事だけじゃない。気になる事は幾らでもある。君は都市統括官に嘘をついた。それに、ココノツの言う仕事とは、何か。

 ――けれど、僕はそれらを気にしない事にした。一つだけ答えて欲しい。エレクは何処にいるんだい」


 心臓が強く唸る。ノーラの言葉は、もはや疑っているというものではなかった。何かを確信している声色だ。


 何故、どうして。どこかで固い素振りが出てしまったのだろうか。どう誤魔化すべきだ。シヴィリィの思考が急速に回転をはじめ、冷や汗が背中を伝う。


 シヴィリィは金髪をはためかせて、気圧されるように一歩を引き――そうして目を細めた。


 いいや、待てよ。そう、ふと思いつく。


 シヴィリィはじっくり考えこみながら言った。


「……どうして、嘘だと分かったの?」


「ふぅん、否定しないんだね。声とか、心臓の音とかだよ。僕は耳、というか聞こえる音とか匂いとかの感覚が鋭いんだ」


 そういえば第五層でコボルドの群れに襲われた時、ノーラはその感知機能を使ってリカルダの狙撃を支援していたのだった。まさかその能力が人の虚偽を暴くのにも使えるとは知らなかったが。混血は彼女に思わぬ恩寵を与えているらしい。


「ココノツの事も、予想がついてるの?」


「むしろ彼女も、匂わせてるんじゃないのかな。こちらの出方を伺ってるのかもしれない。そうじゃなきゃここまで案内しないでしょ」


 シヴィリィは動揺して見せつつも、ノーラの反応を伺いながら話を続ける。


 何度も自分に言い聞かせた。


 ――大丈夫だ。ノーラは敵には回らない。彼女は、エレクにつく。


 そう。ココノツにしろリカルダにしろ、彼らは仕えるべき相手がいるのだ。それが思想であれ、勢力であれ。


 しかしノーラは違う。彼女は都市統括官からすら離れ、フリーの傭兵として生きようとしていた。彼女がまだ都市に留まっているのはエレクに引き留められればこそ。


 彼女ならば、どうあってもエレクを切り捨てるような真似はしないはず。


 いいや、シヴィリィにはそう信じる他無かった。


 実際、一人でやれる手回しには限界がある。エレクを助ける為には協力者は絶対に必要だった。


「それで、エレクはどうしたのさシヴィリィ。君たちが離れるなんてそうないでしょ。それに君一人で都市統括官の所にこさせるなんてあいつはしないだろうし」


 ……ノーラのエレクに対しての馴れ馴れしさが気にかかりはしたものの。


 シヴィリィは頬を固くしつつ、ぽつりぽつりと話始める。気力など持たない属領民(ロアー)街において、それを盗み聞きするような輩はいない。


 ただ二人の言葉は、風に流れて消えていくだけだった。


 ノーラの眉が、びくりと動揺に歪む。


「ふ、ぅん。なるほど。第七層にね。びっくりだな」


「私も。エレクが帰ってこれない事があるなんて」


「いいや僕がびっくりしたのは君にだけどね」


 シヴィリィが瞳を大きくしたのを見てノーラは苦笑する。

 

「変わってはいるし、箍が外れてるとは思ってたけど。都市統括官と空位派を引き込むほど大胆とは思わなかったよ。いや褒めてるんだけどね」


 ノーラは人懐こい様子を見せながら頷き、両手をククリナイフから手放す。身体から警戒が解かれていくのが目に見えた。


 彼女は指先を軽く噛んで、吐息を整えながら言う。


「君がしたい事は分かった。じゃあどうするんだい、シヴィリィ。僕たちはどう動く?」


 都市統括官からの助力を仰ぎ、空位派の援助約束を取り付けた。


 この時点で手を尽くしたとそう言い張っても許されるだろう。属領民(ロアー)にしては出来すぎとも言える成果だ。例えそれが、血肉の如き手札を切り売りしたものだとしても。


 しかしシヴィリィは探索者だ。欲しいものがあるならば、迷宮に潜り続けなければならない。属領民(ロアー)がモノを手に入れる手段は、それしかないのだから。

 

「勿論、第七層に潜るわ。誰だか知りはしないけれど、エレクを襲った奴がいるんだもの。私、大切な人を傷つけられるのは大嫌いなの」


 感情を込めて、直情的過ぎるほどにシヴィリィは言った。長い金髪は艶やかに輝き、紅蓮の瞳は煌々と燃えている。


 きっとシヴィリィは、自分が傷つけられるのは幾らでも耐えられる。


 物を投げつけられ、嘲笑されたとしても。


 理不尽に傷を負ったとしても。


 意味もなく尊厳を踏みにじられたとてしても。


 それが我が事であるなら、仕方がないと呑み込める。


 けれどそれが他人であり、身内であり、よりによって彼であるのなら話は別だ。

 

 ――絶対に許してやらない。


 シヴィリィが誰かを真似るように、指を鳴らした。瞳から怯えや弱さのようなものが掻き消える。


「――分かった。じゃあ行こうか。きっと都市統括官は君のギルドを認めるよ。正式に君は僕らのリーダーってわけだ。多分、思う所はバラバラの四人、いいや五人だけどね」


 ノーラはシヴィリィに頷いて強く言う。事実だった。今はただ寄せ集めのパーティと言っても過言ではない。


「エレクを奪い返す為なら僕はちゃんと協力する。だけど他の二人はどうか分からない。リカルダはあれでも忠義深い方だし、ココノツは協力する気が最初からあるか分からないからさ。

 けど、それでも僕はやっぱりあの二人の協力は必要だと思ってるよ」


「……全部話すべきって事?」


「そう。よく考えても見てよ。大遠征の勢いに乗じて第七層に踏み込むまでは良くても、そこからどうするのさ。――迷宮の主役は、普通にやれば彼女達なんだよ」


 それが誰の事を指しているのか、聞かずともシヴィリィは承知していた。


 ――大騎士。五百年前から膨大な智恵と才覚を積み上げ続ける威容達。


 ノーラと協力したといえど、二人で立ち向かえる相手ではない。


 とはいえ、それを言うならば四人であっても。――そう思って不意に顔をあげると、ノーラが頬をつりあげ笑みを浮かべる。その体躯から、僅かに魔力がこみ上げていた。


 どういうわけか、それが以前よりもずっと力強く感じられる。


「君の大胆さは凄いと思う。けど成功にはリカルダの精密さも、ココノツの静かさも大事だよ。パーティが揃ってこそ出来る事もあるさ。だからシヴィリィ、君が都市統括官や空位派に使った手をもう一度使おう」


 その提案に一瞬眦をあげて、すぐに小首を傾げてシヴィリィが言う。


「……ノーラ。貴方ってもしかして性格悪いの?」


「君に言われたくないなぁ!?」


 不満だとばかりに唇を尖らして、しかしすぐにノーラは笑みを浮かべ直した。それが冗談の言い合いだと分かっているからだ。


「詰まり、もう身動きが取れなくなってから巻き込むって事ね」


「そ。まぁ僕もそうだけど、二人だってエレクには世話になってるんだから。多少巻き込まれたって文句は言わないさ」


 いいやそれは、言うのでは。シヴィリィは思いながらも口にはしなかった。実際、ノーラの案の方が良い。大遠征において最も警戒すべき存在は、むしろ敵よりも大騎士達かもしれないのだ。


 彼女らは間違いなく一個で最大の戦力であり、勝利の騎士ヴィクトリアに至ってはエレクをはっきりと認識してすらいる。


 彼女に今の状況が露見すれば、エレクを手中に収めようと手を尽くし始めるかもしれない。


 詰まりシヴィリィは、大騎士達と競い合いながら牽制し、その上で浮遊城を陥落させなければならない。難解にもほどがある。


「後、シヴィリィ。実はもう一つ伝えたい事があったんだよ」


「伝えたい事?」


 もう十分に知りたい事は教えてもらったはずだったが、もしかすると本題ですらなかったのだろうか。


 ノーラは途端に唇を重々しくして、どう伝えたものかを懸念している様子があった。けれど意を決したように、口を開く。


「第六層で、僕が戦役の騎士に連れられてたのは見ただろう。まー彼女とは色々あってさ。旧知の間柄なんだよね」


 いやに複雑そうな表情でノーラは言った。それは本来誇らし気な事であろうに、彼女にとってはそうでもないらしい。


「ほら、変人だろうあれ。それに大騎士と知り合いだからって、幸せとは限らないよ」


 変人。そう思うと今日は随分変人にあった気がする。しかしその彼女がどうしたのかとシヴィリィが問う前に、ノーラが言った。


「彼女、エレクの事を知ってたよ。むしろ彼を探すみたいに、神殿を駆けずりまわってた。都市統括官にもそれを報告してたんだよ」


 ノーラの一言に、思わずシヴィリィが瞳を見開く。


 それは一体、何を意味しているのか。もしかすれば、大騎士とは即ちエレクに何かの繋がりがある者なのか。


 シヴィリィの疑問を吹き飛ばすように、今一度強い風が吹いた。

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