第七十八話『彼女の裏側で』
空位派の隠れ家から外に出れば、気温差で随分と寒く感じた。シヴィリィにとって寒さは慣れたものだったが、温かい所から寒い所に出る感触は何時までたっても慣れない。
「良いんですか、隠れ家の入り口が何処にあるか教えてしまって」
「安心しろ、こういうのは出た所からは入れないようになってるもんだ」
廃墟の瓦礫を蹴飛ばしながら、シヴィリィを外にまで案内したオズワルドが言った。
なるほどとシヴィリィが首肯する。確かに隠れ家とはいえ同じ場所から出入りしなくてはならないのであれば、人の動きであっさり場所は察知されるだろう。
空位派といえば好き勝手に暴れ回る輩、としか思っていなかったがナツメやオズワルドを見ると認識を改めざるを得ない。
どんな組織でも、末端と中枢はその在り方が違うものだ。
オズワルドは瓦礫を踏みつけて外を見渡し、僅かに瞳を顰めた。
「――たっくようやく来やがって、こっちは随分と気を使う嵌めになったって言うのによ」
シヴィリィも彼の言葉に釣られて外を見る。
中空に伸びる双角がはっきりと視界に映った。黒い髪の毛が僅かに空気を震わせる。
「ようやくはこちらの台詞でありますよ。仕方ないでありましょう。こちらにも事情があったのであります!」
――追跡者を迎撃しに向かったはずのココノツが、両腕を組んで瓦礫にもたれかかるようにしていた。
その姿には傷の一つもない。追跡者をねじ伏せ、その後は隠れ家の出口たるここでシヴィリィを待っていたのだろうか。
「ココノツ。大丈夫だったの? 怪我はないみたいだけど」
シヴィリィにはココノツに対しての信頼はあったが、流石になんでもない様子で現れるとは思っていなかった。彼女はすっくと立ちあがり、肩を竦める。
「ええ、ええ。これでも斥候でありますから! ……というより、相手が別に敵でもなんでもなかっただけでありますけど」
どこか軽い様子を隠さないまま、ココノツは視線を正面に向かわせる。ココノツに気を取られて気づいていなかったが、そこにはもう一つ人影があった。
彼女は唇を尖らせて、眠たげな眼をこすりながら口を開いた。
「とりあえずさぁ。僕らのパーティ皆が皆好き勝手に動くのやめない? 居場所を掴むだけでも一苦労なんだけど」
ノーラ=ヘルムートがトレードマークの双剣を腰にさしたまま、合わせたように立ち上がる。小柄な彼女は一見この中では一番年下にも見えるが、どこか大人びた雰囲気を有していた。
そういうわけか、とシヴィリィは得心した。
シヴィリィとココノツを追跡してきていた人影は、ノーラだったわけだ。いいや彼女にとってみれば、シルケーとの会話を済ませて追いつこうとしていただけだったのかもしれない。
何せ大遠征の実施はほぼ確定的。ならばパーティメンバーと打ち合わせの一つもしようというのはそうおかしな話でもなかった。
「嬢ちゃんのパーティメンバーか。まぁ良い。俺はここでお別れだ。おい、ココノツ」
「はいはい。分かってるでありますよぉ。何だか面倒な役回りばかりでありますなぁ」
ココノツはオズワルドに向けて返事をしながら槍を傾ける。そうしてシヴィリィとノーラを見てから言った。
「自分もメンバーでありますから後で合流するでありますけど、これでも一応属領民としての仕事がありまして。先にギルドハウスに行っておいて欲しいであります。ノーラ殿も、シヴィリィ殿と合流出来たので良しでありましょう?」
「……いや本当に好き勝手行動するよね。リカルダもだけどさ。僕だけ振り回されてない?」
強ち間違いとも言い切れないなとシヴィリィは苦笑をした。
シヴィリィにしろココノツにしろ、それにリカルダも。どこか自分が正常でない自覚がある。それは決して良い事ではなく、必要なものが欠けているだけだ。
反面、ノーラはどこか感性が正常に寄っている。パーティメンバーの中だけでいうなら、唯一常識人と言えるかもしれなかった。
「じゃあ、ギルドハウスに行きましょうか。それとも寄る所でもある?」
シヴィリィはオズワルドとココノツが揃って歩き去るのを見送ってから、ノーラの顔を覗き込んだ。彼女はまじまじと廃墟を観察してから、シヴィリィを向く。
属領民の自分にとっては廃墟など珍しいものでもないが、ノーラには珍しいのだろうか。そんな風にふとシヴィリィが思った頃合いだ。
「ねぇ、シヴィリィ」
淡い声色が、まるで切り込むように鋭く投げ込まれた。シヴィリィが思わず、瞠目する。
ノーラは廃墟が珍しくて見ていたのではなかった。ただ、探し物をしていたのだ。
「――エレクは何処にいるんだい? 休んでるっていうの、嘘だよね」
シヴィリィの胸が、大きく動悸を鳴らした。
◇◆◇◆
参ったな。胸中で呟きながら、浮遊城の内側に視線を向ける。
内部はまさしく城と呼ぶに相応しい重厚さと、そうして僅かな豪奢さ、気品を醸し出している。かつりと足で地面を叩いて音を出した。
そう、叩いたのだ。俺が地面を叩く度に音はなり、まるで肉体があるかのように反応する。
これだけでも異常だというのに、更に問題なのはこの城そのものだった。
「うり二つ……いいやそのものか」
この浮遊城は、生前俺が用いていた城と全く同じ構造をしていた。道筋も、細部に設置した隠れ部屋も、そうしてこの城内に満ちる魔力も。再現したというより、もはやそれそのものがここに現れていると思いたいくらいだ。
だからだろう。余りに魔力が馴染みすぎるがゆえに俺の身体は浮遊城に取り込まれ、こうして一時的に亡霊の体躯が実体化している。
魔力が体躯に馴染んでいるのは喜ばしいとも言えるが、逆を言うと浮遊城から離脱する手段を失った。
「――シヴィリィは大丈夫だろうな」
思わず一人呟く。第七層は比較的危険は少ない。ココノツもいるのだ、無事に地上に戻ってはいると思うが。
あいつ案外無茶をするからな。無理やり浮遊城に来ようとしたりしていなければ良いが。
……いや、流石に心配のしすぎか。
一定の信用はしてくれているだろうが、俺とシヴィリィの間にあるのは契約関係だ。それ以上のものはない。危険と判断すれば、迷宮から手を引いてくれているはず。
指先を握りしめる。とすると、ノーラやリカルダ。ココノツも迷宮に入ってくるかは怪しい。俺一人でこの浮遊城を陥落させるべく動くべきだ。
なのだが、
「良い加減、こいつを解いてくれねぇかな。おい」
――右腕に絡みつけられた巨大な鎖を睨みつけながら、中空に零すように言った。実体化したが故に、物理的な障壁があっさりと俺を掴み取っていた。
俺をこんな有様にした女が、艶やかな笑みを浮かべて言う。
「――断る。例えその結果、君が不自由を背負ったとしても。それは己の不自由ではないからだ。しかし、大いに安心してくれたまえ」
新緑を思わせる鮮やかな緑色が、彼女の髪色を彩っている。切れ長の瞳は畏怖よりも、彼女に品格を与えていた。
背筋の通った体躯は彼女の印象をより凛然としたものとし、緑の眼と長い耳は彼女がどこに生きる者であるのかを告げている。
――エルフ。大淫婦ロマニア=バイロン。第七層の支配者にして、浮遊城の主人。
この階層に存在する全ての人と魔物の命は、この女が握っていた。それは比喩ではなく、文字通りだ。
安心しろとそう告げて、ロマニアは言葉を付け足した。エルフには珍しい銀縁の眼鏡がその双眸を鋭くする。
「己は君を歓迎している。素晴らしい。例え君が何一つ覚えていなくても、安心するんだ。全て、己が解決をしてあげよう」
まるで安心の出来ない言葉遣いと声色で、ロマニアは瞳を輝かせた。




