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第七十七話『転生する者ら』

 地下に拵えられた隠れ家は、決して広くはないが必要な分のスペースが確保されている。家具は勿論、酒や非常用の食糧も別室に蓄えられていた。


 石造りの地下であるにも関わらず空気が冷たさを含んでいないのは、魔導による保護がかかっているからだ。


 その場の中心にあるのは、空位派統括者のナツメと、無所属の探索者シヴィリィ。


「どうなのかなシヴィリィちゃん。そこの所ははっきりとして欲しいのよね」


 両者の交渉をオズワルドは大した感慨も持たず見つめていた。


 本来彼が思案していた展開からは外れてしまったものの、オズワルドはそこに頓着しない。むしろより良い変化であるのなら、組み立てていた計画など根本から崩れても構わないという性格だった。


 実際、シヴィリィとの交渉はナツメが取り仕切った方がよい結果になるだろう。


 ――何せナツメの周囲を巻き込む力は暴力的だ。少女一人に捻じ曲げられるものではない。


 滅茶苦茶な統括者だとは思っているものの、その点についてはオズワルドは深くナツメを信頼していた。


 彼女の言を翻せる者はそう多くない。そうしてこの小さな暴君の言葉を一度呑み込んでしまえば、その後はただ契約を執行する以外の選択肢はないのだ。


 それこそが、ナツメが有する魔導の脅威。


 とはいえオズワルドも、シヴィリィを過小評価しているわけではなかった。例え数多の幸運と亡霊の助力があったとしても、長年誰も踏破する事の出来なかった第六層――いいや聖女カサンドラを地につけたのはシヴィリィが意志をもって迷宮に潜り込んだからだ。


 意志があり、美徳があり、悪意がある。シヴィリィに対するココノツの評価だったが、的を外してはいないとオズワルドは皺を深くする。


「――その前に、一つ確認をさせて。ココノツからは聞けていなかったんだけど、貴方達の目標は大騎士教支配の打倒なんでしょう。それはどうやってするわけ?」


 シヴィリィはナツメに向かって率直に問うた。長い間逡巡していたが、ナツメに圧されるまま首肯してしまうような弱さは彼女からすでに失われている。


 それに、とシヴィリィは付け加えた。

 

「私は何度か白騎士ヴィクトリアを間近で見たけど……アレが四人もいるんでしょう。出てきたら、どうしようもないんじゃないの」


 オズワルドはへぇ、と感心したようにシヴィリィを見た。


 問うた内容にではない。それはある意味当然のものだ。感心したのは、シヴィリィが大騎士の名前を出してなお平然としていた事だった。


 良くも悪くも、大騎士の存在はこの世界において象徴的だ。彼女らを賞賛するにしろ、憎悪の対象とするにしろ、誰もが心の奥底に畏怖と怯えを潜ませている。


 一度見た事があるなら尚更だ。だというのに、シヴィリィはそれを欠片も感じさせなかった。


「あら、ちゃんとしてるじゃないシヴィリィちゃん。

 流石に全部を話すなんて出来ないけど、そうねぇ。話せる範囲で話してあげるわ。一度言葉にした事や企んだ事は何処かに漏れ出ていくもの。大騎士教だって多少は察知してるでしょうしね」


 ナツメはオズワルドに目配せをして、淡い栗色の髪の毛をふらりと揺らした。


 どうやら、オズワルドの方で説明しろという意味らしい。面倒な事はしたがらないナツメらしいやり口だった。


 ため息をつきながら、オズワルドが一歩前に出る。


「……そもそもの話になるが。大騎士教の連中がどうやってこの大陸全体を支配しているか分かるかい嬢ちゃん?」


「ええと、三大国全てが大騎士教の教義に従っているからじゃないの?」


 頬杖を突いた格好で「半分正解、半分不正解」とナツメが言い、それを受けてオズワルドは言葉を続けた。


「それは確かだがな嬢ちゃん。古今から、大陸を支配するには必要不可欠なもんがある。詰まり、武力さ。他を超越する武力を持つからこそ支配者は支配者足りえるわけだ。

 幾ら信じる宗教が同じって言っても、三大国は厳然たる国家だぜ。そいつらが五百年もの間、大戦もなく大きな不満も唱えず大騎士教の教義に従い続けてる。不思議とは思わんか?」


 実際、三大国とは言えども大国スレピドは他の二国を圧倒している。純粋な軍勢や国力の差異で言うならば、魔国グレマール、商国ポルア、大騎士領全てを合算してようやくスレピドに比する程度だろう。


 ここまでの大国となれば、自分達に不都合な教義や、大騎士教による魔導の管理など異論を唱えそうなものだ。


 だが、そういった事実は一度もない。彼らは余りに従順に、大騎士教の教義に殉じている。


「五百年もあれば、信心深い奴も浅い奴もいるはずだ。どうしてそいつらが揃いも揃って従順なのかって話だな。大騎士だって、一応は三大国それぞれに所属している。大騎士教本体に従い続ける理由にはならんさ」


「……確かにそうね。じゃあ、魔導の管理が大騎士教に一任されているから?」


「ふむ、惜しいな。もう一つ質問だ嬢ちゃん、別の角度から考えてみると良い」


 オズワルドが問うたのは、根本的な問いだった。


 シヴィリィにとって、どうして今まで不思議に思わなかったのだろうとそう思われるほどの疑問。


「――四騎士の連中は、五百年経って尚、どうやって力を継承し続けていると思う?」


「え?」


 四騎士の有する武力は、余りに個人の才覚に寄り過ぎている。魔導は勿論、武威や才覚をどうやって五百年もの間、ただの一度も欠落する事なく継承し続けられるのか。


 ぽかんとした顔で、シヴィリィはオズワルドの説明を聞いていた。その時ばかりは、純粋な少女の顔が戻っているように思える。


 しかしそれは彼女が世情に疎いから、というわけではない。


「ま。そういう反応よね。だって四騎士が四騎士たるなんて当然の事だし。どうやってその力を継承している、なんて考えの外で当然よ。誰だって林檎が甘いのは知っていても、どうして甘いのかなんて考えないもの」


 オズワルドは、シヴィリィの頭に言葉を詰め込むように言った。


「結論から言おう。正体は、大騎士によって執り行われる秘跡の一つだ。

 血の継承。魔導継承。――転生論とも呼ばれる。過去にいた人物の記憶と血統、そうして才覚をそのまま次の世代の人間に移し替える秘跡。四騎士と一部の貴族連中は、これを用いて魔導と才覚を維持している。

 分かるか? 三大国の連中は、大騎士教の秘跡を使って転生を続けてるのさ。それを使えなきゃあ、今まで積み上げてきた魔導も才覚も喪失。必ず他の国家に呑み込まれる。だから大騎士教には逆らえない」


「……詰まり、そこが大騎士教支配の要衝で、貴方達はその秘跡を暴こうとしているって事?」


 シヴィリィの問いかけに、ナツメが満足げに頷いた。オズワルドには今一理解出来ないが、ナツメは魔導や実績といった面を抜きにしてもシヴィリィを好んでいるらしい。


「その通り。シヴィリィちゃん。私はね、自分が世界の中心だと何時でも思っているわ。ここが世界の一番地よ。いいえ、誰にだって人生ってそういうものでしょう?

 それをまるで自分達が世界の中心地でございと、五百年前からふんぞり返っている奴らがいる――私、そういうのが我慢できないのよ。この世界を生きているのは、何時だって私達。どうしてそれを、五百年前から死に続けているような転生者連中に支配されて、頭を下げて生きなけりゃあいけないの」


 これだ。オズワルドは感嘆すらしながらナツメの言葉を聞いていた。


 この何処までも自己中心的で、世界すらも自分の為にあると信じて疑わない精神性。自分があって世界があり、世界は自分を祝福する。そうでない世界など滅んでしまえば良い。


 ――誰にであっても、世界とはかくあるべし。


 無論他にも理由は多くあるが、空位派という道を外れた連中の頂点にナツメがいるのは、即ちこの精神性ゆえなのだとオズワルドは確信すらしていた。


「シヴィリィちゃん。いいえ、シヴィちゃんの方が良いわね。うん。シヴィちゃん。疑問の全てとは言わないけど、分かりやすくはなったでしょう。私達の目指す所。私達がやろうとしている所。

 実は私ね、シヴィちゃんを尊敬してるのよ。本当、嘘じゃないわ。だからお友達になりたいと思っているし、手を取って欲しいと思ってる。どう、手を取ってくれるなら――間違いなく望み通りの助力をしてあげるわ。私これでも案外偉いの」


「案外ではありません、案外では」


 頬杖を止めて立ち上がり、ナツメはシヴィリィに向けて手を伸ばした。


 その瞳は、決して傲慢なだけのそれではない。遠い光景を見据えている瞳だった。


 シヴィリィは真っすぐに見返して。数秒を置いてから答えた。


「――――」

 

 ナツメは笑みを浮かべたまま、その指先でゆっくりとシヴィリィの指先を絡め取っていた。


「ええ。分かったわ。それでも良いでしょう。約束してあげる」

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