第六十八話『本質を知らぬは無知である』
シヴィリィが黒を基調にしたドレスをひらめかせ、指先に魔力を込める。
明らかにそのスピードと手順が滑らかになっていた。慣れによるものか、それとも『大陸食らい』との闘いを経て一歩前に進んだのだろうか。
余り多用できるものではないが、やはり死に物狂いの闘争は人を明確に振り分ける。即ち、前に進むか後退するかだ。生き抜く術を手に入れるのか。それとも、もはや前に進めなくなってしまうのか。
シヴィリィは、前者だった。
……いいや、実際は分かっていた。彼女は一度身体を断ち切られながらも、歩みだした女だ。そこまでいった者は、止まろうと思っても止まれない。もう俺も、止める気はなかった。
「――付与『破壊』」
「ふぅむ。何度見ても興味深い魔導でありますがなぁ」
鍛錬相手のココノツが軽く槍を構えて小首を傾げている。やる気がある、ないというよりも、それが彼女のスタイルのようだった。軽く構えて、そのまま水のように槍はくねり動く。
シヴィリィは魔力を手の平で覆ったまま、半歩を踏み出してココノツに向かい踏み込んだ。手の平の魔力は十二分。もしもココノツの腕を掴み籠めれば彼女の腕を、槍に触れれば槍を砕くだろう。
しかし――。
瞬く間にシヴィリィの脚が地面を離れ、くるりと反転して地面に転がされる。
「いたぁっ!?」
「とはいえ……うぅーん流石に、槍と素手で組手をするのは無茶と思うのでありますが」
まぁ、だろうな。
軽く足を払われて、シヴィリィが煉瓦造りの広場に倒れ込む。一瞬顔を顰めはするものの、またすぐに彼女は立ち上がった。
「いいえこう。次はいける気がするわ、次は! いける感じがあったわ!」
「そうでありますかぁ!?」
変に前向きなんだよなシヴィリィは。後ろ向きになるよりは結構な事ではあるんだが。
「シヴィリィ、無理だ。実質素手のお前と槍のココノツなら、ココノツの方が数段上だよ。いいか、訓練なんだぜ。使えるだけの魔導を使えよ」
シヴィリィがココノツに手も足も出ないのは、無論経験の差もあるのだが。
彼女はどういうわけか幾度か転がされても素手に魔力を纏ったまま向き合おうとするのだ。彼女には『魔弾』も『爆散』も教えたというのに。
魔導はただ単体だけで効力を成すものではない。互いに組み合わせてこそ、その威力を最大限に発揮するもの。
幸いシヴィリィの魔力量は決して少なくはない。複数の魔導を組み合わせる事も十分可能な範囲なのだが。
「けど、それは流石に怪我させちゃわない? 手だけなら寸止めもできるし……」
ああ、なるほど。そんな事を考えていたわけだ。
「そりゃあ魔力コントロールの問題だシヴィリィ。魔導の本質を知り、魔力を意のままにする事。これぞ魔導闘争の初歩、と昔の教本に書いた覚えがある」
今思うと結構適当な事を書いていたが、あの本はもう逸失してしまったんだろうか。
まぁ残っていたら残っていたで困るが。
「本質……? っていうとどういう」
「どんな魔導にも本質があるって事だ。本質を知らずに魔導を振り回しているだけの魔導使いは、剣技を知らずに剣を持っているだけの素人と同じさ。
本質が分かる程、自分の目でものを見るんじゃなく魔力でものを感じるようになる」
亡霊の足先を地面につけて、魔力を指先に籠める。指を一本立てながら、シヴィリィに見せた。
シヴィリィは素直に頷くようにしてから、話を促す様子で俺を見つめる。
全くこの素直さは彼女の美徳だった。幾らでもねじくれそうな出自でありながら、彼女の性根は真っすぐに保たれている。
一種の羨望を覚えつつ、指先をシヴィリィに近づけた。
「例えば『破壊』は破壊の為の魔導だが、それが本質じゃあない。言わばお前の『解錠』に近い立場だ」
「『解錠』と?」
指先の魔力を変形させて、剣の形を作ってやる。
「そう。物質は常に何かと何かの組み合わせだ。剣だって、単純化すれば柄と刃が組み合わさって出来たものだろ。『破壊』はその狭間を解き放ってやるだけ。ある意味『解錠』と性質は近い」
シヴィリィは釈然としない顔をしながら小首を傾げる。まぁ全てがすぐに伝わるとは思っていない。
どんな物事を理解するにも、必要なのは納得と実感だ。それ以外の学びなど無い。
「まぁ本質は追々でも良い。だが魔力コントロールと合わせて意識するだけで学びは違う。常に頭でイメージするんだな」
むむぅ、と唸りながらシヴィリィが手の平に魔力を込める。その様子を見ながら、ココノツが言った。
軽く槍でぽんぽんと自分の肩を叩いている。
「今話されているのが、もう一人の自分でありますか? エレク殿とかいう」
俺が返事するのにかわり、シヴィリィが頷いた。
思うとやはり、パーティでありながら俺の姿が見えないというのは少々不便だな。しかしノーラとリカルダの時は完全に偶然だった。こればかりは試すというわけにもいかない。
「ええ、そうよ。大丈夫もう終わったから」
「いえいえ。ただそうでありますなぁ。良ければ自分も、エレク殿とお話をしてみたいなぁと思いまして」
ぴくりと、ココノツの眦が動いていたのが分かる。
ココノツの瞳が、僅かに輝いている。時折彼女が見せる、我欲だった。もしかすればこの第七層の空気が、何時もは潜み込ませている彼女の欲求を解放しているのかもしれない。
「……私はエレクが良いっていうのなら、良いんだけど」
暫しの間を置いて、シヴィリィは視線をちらりと俺にやった。別に俺も、嫌というほどでもない。それにココノツは一度腹を思い切り蹴りぬいてしまった引け目もある。多少は要望に応じてやるべきだろう。
シヴィリィの身体を借りて、その指先をかちりと鳴らす。肉体の実感が、俺に生というものの素晴らしさを思い出させてくれる。
女の身体には慣れないが、瞳から見る光景は美しい。
「――さて。改めて初めましてと言った方が良いかな、ココノツ」
そう言った、瞬間――。
視線の先を、槍の穂先が抉りぬく。冷たい刃が中空そのものを貫いていった。
獣が咆哮する雄々しさではなく、人が人を殺すときの静かな殺意。滑らかに人の意識の狭間に飛び込んでくる一撃だった。
そういえば、ココノツは霧隠れの術だとか言う気配隠しを使えたんだったな。
『大陸食らい』に最期に放った一撃はこれか。気配さえない眉間への一突き。
「随分なご挨拶じゃあないか、ええ?」
半歩を斜め前に踏み出しながら、態勢を敢えて低く崩す。細い足首を駆動させ、彼女の手首を蹴り上げるべく片脚を突き上げた。
だが、ココノツの反応は思いのほか素早かった。槍を捌かれたと判断するや否や、あっさりと一歩、二歩と距離を取る。もはや反射と言って良い素早さは、確実に鍛錬されたもののそれだ。
反撃を受ける事に、慣れている者の動き。
「いえ、いえ。シヴィリィ殿は我がパーティのリーダーでありますから。その方を導く相手がいるなら、どんな人間か気になるのは当然でありましょう」
『それにしては、物騒すぎる気がするけど!?』
ココノツは悪びれずに言うが、その瞳は冷めたものだった。
ある種、人を値踏みするような。かといってエルのように試しているのではない、何かを見出そうとしている者の光だった。双角がぎらりと煌めく。
ただ能天気な亜人かと思っていたのだが。何か秘めたものでもあるのか。
「まぁ、良いさ」
指を鳴らす、吐息を漏らす。やはり、身体があるのは心地が良い。結局の所、俺はこういった事が嫌いではない。シヴィリィに戦い方を教えてやるのにも丁度良い。
「やる気なら、付き合ってやろうかココノツ。シヴィリィにするほど、優しくはしないぞ」




