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第六十三話『第七層 混沌と淫猥が蔓延る国』

 勝利の騎士ヴィクトリアは、五人の人間を引き連れていた。


 その誰もが、ただの剣や弓など装備していない。装備の一つ一つに、魔力の香りを感じさせるのだ。魔導の薫陶を受けた装備だろう。その価値がこの時代においても高価である事は、流石の俺にも理解できた。


 これがヴィクトリアの率いるギルドの面々か。

 

「おや……。貴方とは初めまして、ですね」


「ふぇっ!? ぇ、あ、はい」


 シヴィリィにくいと視線を向けて、ヴィクトリアが言う。


 反射的にシヴィリィの傍に寄った。


 初めまして。その言葉が、ただシヴィリィの事を忘れているのか。それとも中身が違う事が分かっての言葉なのか、今の言葉だけでは完全な判断はつかない。しかし恐らくは、後者だ。何とも油断がならない。


 ヴィクトリアの姿は、迷宮の中でさえ浮き彫りになっていた。恐らくは優秀であるのだろう彼女のパーティとて比較にはならない。その場の誰もが彼女の行動に目を奪われていた。


「……何でこうもシヴィリィ殿といると四騎士にあうんであります!?」


「私に言われても!?」


 ココノツさえもシヴィリィに耳打ちしつつ、頬に汗を滴らせている。


 しかし当の本人は、まるで気にした様子がなさそうだった。一瞬考えた素振りを見せつつも、シヴィリィを見据えたまま言う。


「貴方が第六層を踏破した事に対し、情報を統制しようとする者、信じようとしない者、そもそも知りえていない者。多くの人間がいますが、私は知っていますし信じています。聖女カサンドラを乗り越えられたのですね、御見事です」


 それは心からの賞賛だったように思う。そこに貴族が弄ぶような嘲弄の彩りはなく、むしろヴィクトリアの純粋さが現れていた。


「……ありがとうございます。と言ってもその、私は」


「ええ、分かっています。ですが、物事は常に一人では成せない。自らが成すべきを成したのであれば、誇るべきなのです。それに不満があるのであれば、更に励むのみ。言った通り、力を示す機会も巡って来たでしょう」


 ああ。そういえばヴィクトリアは俺が屋敷に赴いた際に、同じことを言っていたな。


 ――もう暫くすれば迷宮探索において、力を示す機会も巡ってきます。幾らでも挑戦なさってください。幾らでもねじ伏せてさしあげますよ。


 今思うと、こいつは都市統括官シルケーが言っていたような『大遠征』が起こる事を知っていたわけだ。ただそれだけでなく、現状に不満があるなら、そこで力を示して見せろ、正面からねじ伏せてやると言い添えるのが、彼女らしい。


 とすると、もう少し話は聞いておきたい。


「シヴィリィ。目的を聞いてみてくれ。こいつは無意味に雑談をしたがる人間じゃあないからな」


「……この人の事、よく知ってるのね」


 シヴィリィが唇を尖らせつつも、ヴィクトリアに問う。彼女は微笑を崩さぬまま口を開いた。


「いえ。貴方の声が聞こえてきたものですから。我々が長年打倒できなかった罪過を打ち滅ぼしてくれた事の礼が一点」


 ヴィクトリアの言葉に、その背後のパーティが僅かに目線を鋭くした気がする。


 そこにはやはり、懐疑の色合いが混じっていた。侮蔑よりも、疑念が大きい。彼らはこう思っているのだろう。


 ――金髪紅眼の属領民(ロアー)が、本当に四騎士すら攻め込み切れなかった『罪過』を殺す事が出来たのか?


 言葉にせずとも、思っていることくらいわかるものだ。何せ俺の商売は人を扱う事だった。人を扱うには当然、そいつが何を考えているのかを見抜かなければならない。


 きっと迷宮都市にシヴィリィの第六層踏破の情報が広まったとしても、同じような視線を浴びせられるのだろう。しかしヴィクトリアだけはやはり、真っすぐにシヴィリィを見ていた。


「そうして、次は第七層に赴かれるのでしょう。相も変わらず、第六層以降のそれを知っているのは我らのみです。折角ですから。少しご案内でもしようかと」


「ヴィクトリア様――?」


 声を出したのはヴィクトリアのパーティの一人だった。その話は聞かされていなかったらしい。


 実際俺にも、ヴィクトリアの申し出の意味は分からなかった。第六層のように俺への借りがあるならともかく、今は完全にそういった貸し借りはない。


 そうして身分や格の違いがあるとはいえ、曲がりなりにもパーティ同士は競争相手。取引と交渉はしても手を差し伸べ合う間柄ではない。それをどうして、未知の第七層をこいつが案内してくれるんだ。


「……自分達を案内頂いても、お渡しできるものが何もないのでありますが」


 訛りを可能な限り抑えてココノツが言う。警戒を露わにした猫のような様子だった。

 

「無論、私にも思惑があります。しかし、物資や金貨を差し出して頂きたいわけではない。ご安心ください」


 魔導を使う者の思惑が読み取れないというのは、恐ろしい事だった。


 相手がどんな魔導を持ちえているのか分からない以上、もしかすればこうして恩を売る事が何かしら彼女に利を与えるのかもしれない。そういった礼式の魔導も確かに存在したはず。


 しかし、そうだとしても。シヴィリィと同意を交わすように、頷く。


「はい。お願いできるならば、こちらからお願いします」


「ええ。私が言い出した事ですよレディ」


 相変わらず背後にいるパーティのメンバーは怪訝な顔つきをしていたが、ヴィクトリアに否という立ち位置にはないようだった。


 ヴィクトリアにどのような思惑があるかは別としても、やはり第七層の情報は格別に欲しいものだ。『大遠征』に加わるにしろしないにしろ、今後の指針の一つになる。


 それによく考えれば、彼女は俺達をどうにかしようと思えばそれだけの権力を有しているはず。こんな遠回りな真似をするのは迂遠が過ぎる。ならばそこに敵意はないと信じたい。


「第七層は少々色合いが特殊です。初めて見ると、あちらに吞まれてしまうかもしれません」


 第五層の大広間を歩きながら、ヴィクトリアが告げる。いいや第六層も十分特殊だったのだが。多少の物事で動揺しなさそうな彼女が言う程だ、より一層別世界なのだと考えるべきか。


「ええと。第七層も、誰か罪過の人が統治しているんですよね。聖女カサンドラみたいに」


 僅かな沈黙に耐えかねてシヴィリィが問う。ヴィクトリアは大広間に設置された大門――ノーラが、四騎士に連なるギルド以外には開くことすら出来ないと説明したそれに近づきながら応じる。


「勿論。しかし、まずは見て頂いた方が理解が早いでしょう」


 ヴィクトリアは大門に触れると、ぽつりと詠唱をするように言った。


「『目覚めよ(リロード)』――第七層へ」


 魔導そのもの、というよりも定められた符丁のようだ。


 本来符丁は、それを知る者にしか手紙を開かさなかったり、文字を認識できないといった事に使用する。情報を制限する為のもの、といえば分かりやすいだろうか。こういった門を開くのに使われるのは余りない事だった。


 今まで頑なに開かなかった大門が、ヴィクトリアを前にすれば主人に跪くような容易さでその重い身を開いていく。


 中には緑色の仄かな光が煌々と燃え滾っていた。まるでそれに触れたものを、燃やしつくてしまおうとしているような魔力の発光。

 

「どうぞ、お手を拝借しますよレディ」


「えっ!?」


 ヴィクトリアは傍らにいたシヴィリィの手をあっさりと取って。


 ――瞬きの躊躇もなく、魔力の炎の中に跳びこんでいった。俺もそれに続く。背後からココノツの悲鳴、というより置いてけぼりにされた絶叫が聞こえてきた。まぁあいつもすぐ飛び込んでくるだろう。


 光が全身を駆け抜けていった。肉体を持たない俺には、魔力の奔流がどこか眩しいものに感じられる。冷えゆくばかりの魂だけの身には、少し負担が重い。


「こ、れ……なに!?」


「『瞬間転移(テレポート)』みたいな移動用の魔導だな。恐らく、あの大門から任意の階層に繋げているんだ」


 シヴィリィの叫びに応じる。何か喋っていなければ身体がちぎれそうだった。


 そのまま暫く、いいや実時間にすれば十秒もなかったが、魔力の極光に包まれ、次には――。


 都市の中に、いた。


 眼を疑う。数度瞬く。しかし事実だった。


 俺とシヴィリィ、それにヴィクトリアは一つの都市の中にいる。人々は目の前を次々と行き交い、猥雑な風景の一端と化していた。


 迷宮都市アルガガタルより、更に人が多いのではなかろうか。それに活気にあふれていた。人々の格好は粗末なものに過ぎなかったが、決して俯いて歩いているわけではない。


 何だ、ここは。


 そう思った俺の疑問に応じるように、ヴィクトリアが言う。


「第七層を統括するのは、大淫婦ロマニア=バイロン。第六層が生者の国と名乗っていたように――ここは希望の国と彼らは言います。混沌と淫猥が蔓延る、狂気の国ですよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 第三章の更新を今か今かと心待ちにしていました。 寒くなりますが、お身体にお気をつけて頑張ってください。
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