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第六十話『亡霊と暗躍する者』

 迷宮での冠絶を競わせる――。


 その言葉に、都市統括官シルケーはいち早く反応した。殆ど本能的だったと言って良い。


「――アレは。大遠征は、四騎士を中心に始めるだけのものです。数多のギルドを巻き込むつもりはありません」


「何故じゃ。本来は、迷宮の中の魔物を廃絶する為の催しじゃろう。迷宮の清掃と言い換えても良い。魔族亡き後、魔物という手駒さえ失えば罪過の者も遥かに弱体化すると」


 フェオドラの持って回ったような言い回しに、思わずシルケーは言い淀んだ。そうして大いに胸中で舌を打ったのだ。その理由はよくよく知っているはずだろうに。よくもこうもペテンを打てるものだ、と。


 だが、三大国の貴族とは常にこうしたものだった。人間同士の戦争が失われた後も、貴族は常に卓上で舌を武器に戦争を続けてきたのだ。五百年もの間飽きもせずに。


 五百年前の戦争で、数多の魔物を指揮し続け人類を大陸の端にまで追い詰めた魔族は滅びを迎えた。獣に近しい魔物らは智恵を蓄えても、群れの単位を超えて統合されるという事がない。


 つまり彼らは、国家を作り得ないのだ。故にこそ人類種にとっての対立候補から魔物は崩れ落ちた。人類種は彼らが迷宮に潜り込んでからも、その廃絶を求めてギルドを統合しての遠征を繰り返した。


 ――それが即ち『大遠征』。


 しかし結果は、今の惨状が物語っている。迷宮は人類種が入り込めば入り込むほどに魔力を蓄え、魔物は魔力を食って数を増やす。もはや迷宮の存在によって、魔物の根絶は不可能と語る学者すらいるほどだ。

 

「投入戦力は大多数ではなく、ギルド単位に控えるべき。それこそが、三大国を含んだ決定と思っていましたが」


 シルケーは、フェオドラの言葉の裏にある思惑を何となくに感じ取っていた。


 彼女は渦中の探索者シヴィリィ=ノールアートに利用価値を感じている。しかしかといって、迷宮探索者は間違いなくシルケーの領分だ。強引に引き込めばそれは祖国であるスレピドの弱みになる。


 だからこそ大遠征という場に引きずり込む事で、何かしらの切っ掛けを探そうとしているのだろう。乱戦混戦は彼ら貴族の得意場だ。


 とはいえ、彼女らにも欠点がある。貴族としての建前は遵守せねばならないという点だ。大勢を引き連れて迷宮に潜るなど、かねてよりの協定に違反するものでしかない。


 しかし、フェオドラは言った。


「いいや。何故、妾が自ら足を運んだと思う」


 意地悪い笑みが、フェオドラの頬を覆っていた。彼女の傍らのレリュアードまでもが、僅かに瞳を開いた。


 確かに、三大国の貴族が迷宮都市を観覧に来るのはよくある事だが、公女が態々足を運ぶのはそうある事ではない。だからこそシルケーは厄介事を早々に片付けて置きたかったのだが。


 フェオドラが懐から小さな袋を取り出し、さらにそこから彫刻された石を取り出したのを見た。


 まさか。しかしその彫刻が何を意味するかを知らないものはいない。


 それは一つの権威。一つの象徴。


「――閣下のお言葉じゃ。再び大遠征をとな。あの小娘を巻き込むのは妾の提案じゃが、これは妾の言葉ではない。丁度良いではないか。第六層を超え、次はあの第七層なのじゃろう」


 そこまで言われずとも、シルケーにはもう背後が読み取れていた。


 今この大騎士教が統治する世界において、貴族に閣下とそう呼ばれる人間は、鋭利な王冠が掘り込まれた彫刻を象徴に使う者は、たった一人しかいない。


 そうして、その者の言葉に否を突きつけられる人間はいなかった。反骨心を友にするシルケーとて同じだ。


「よもや。その為に閣下はスレピドに?」


「いや。それはただの余興じゃろう」


 レリュアードが思わず声を漏らしたが、フェオドラは苦笑をしながら応じた。もしかすれば、それはその者の何気ない提案にすぎなかったのか。気まぐれのようなものかもしれない。


 しかし、一人の気まぐれに付き合わされ続けるのが統治というものだ。


 ――少なくとも、この世界では。


 くしゃりと指先を強く握りしめながら、シルケーは呼気を吐いた。酷く、熱かった。


「どうじゃ。都市統括官。良い話だとは思わんか」


 不意にシルケーは、傍らのリカルダを見た。彼は人畜無害そうに薄い笑みを浮かべながら、頷く。目元を暗くしながら、青白い顔を見せている。何か悪いものでもみたような様子だった。


 しかしリカルダが頷くならばと、シルケーも頷いた。


「承知しました。ならば用意をさせましょう。暫しの時間はかかりますが」


 シルケーは、リカルダにある種の信頼を置いていた。


 それはノーラのように、傭兵としてというのではない。メイドのように便利屋としてでもない。そうして、都合の良い駒としてでもなかった。


 ――少なくとも、暗躍をさせるのにこれ以上の適任はいないと頼りにしていたのだ。


 例え大国スレピドと、大騎士教の思惑が働いていたとしても。十二分に張り合えると。



 ◇◆◇◆



 なるほど。どうやらこの迷宮都市アルガガタルは、随分と混沌とした権力状態にあるらしい。思いのほか亡霊の身体というのは、便利な時もあるものだ。特に、盗み聞きをするという点に限っては。

 

 俺は暫くの間フェオドラとシルケーの言葉に耳を傾けていた。


 彼女らの話を聞くに、シヴィリィは紛れもなく厄介事に巻き込まれている。それは平穏とは程遠い。しかし、危機というほどでもなかった。


 シルケーにしろフェオドラにしろ、そうして魔族レリュアードにしろ。明らかに別々の思惑を持っている。そうした間柄に挟まれている時は、案外と勢力の均衡が起こるもの。今すぐに何かされる心配はないだろう。


 詰まり、今が何か手を打つ最後の機会だというわけだ。


 さてでは俺は何をすべきだろうか。シヴィリィに手を貸して、今まで通り迷宮の探索に精を出す。それこそ奴らの言っている『大遠征』を足掛かりにしてだ。


 それも悪くはない。権力者共に力を見せておくのは一つの手だ。


 もしくは、シヴィリィを誘い込んで他の都市へと姿を眩ませる。無くはない手だ。実際、そこからでも巻き返してやる事は出来る。


 が。それ以上に、俺はもう一つの手を考えていた。


 即ち、シヴィリィを探索者として大成させ。権力と結びつかせて魔導の知識を手に入れ。俺の身体を取り戻す。


 その為に必要な材料を、偶然にも俺は目にしていた。


 ――シルケーの従者という立場を装っていた、リカルダだ。


「お前が、こうも都市統括官に近いとは知らなかったな」


「……見ていない振りを、こちらはしたのですがね。シヴィリィさんはどうされたんです」


 部屋に入って来た瞬間、俺を見て目を大きくしたリカルダは中々面白い顔をしていたが。すぐに目を逸らしていた。流石と言えば流石だ。


 彼の主人であるらしいシルケーは、フェオドラと共に会食に入った。扉の外で待たされている間くらいは、会話をしても怪しまれる事はなかろう。

 

「眠らされてる。まぁ、酷い事にはなってない。なるならこれからだろう」


「手荒な事はされないと思いますよ、彼女には迷宮に潜る事が望まれています。恐らくは、私も一緒でしょう」


「味方としてか? それとも都市統括官の側近としてか?」


 リカルダは苦笑をして答えなかった。しかし沈黙は何よりも深い答えになる。彼は嘘を苦にする性格には見えないが、ここで沈黙を見せるのは案外誠実なのかもしれなかった。


 答えをはぐらかしたまま、リカルダは口を開く。


「想像されている通り。私はシルケー閣下の手駒です。そこからはみ出る事は致しません。ですが、傭兵でもあるのですよ。ノーラと組んでいたのは楽しかった。シヴィリィさんと探索をするのもです。人はそれぞれ別の顔を持つ者ですよ」


 リカルダは瞬きの間に、その顔つきを別の男や女の顔に変えてみせた。ふと見れば、街中ですれ違った人間にこのような顔の人間がいた覚えがある。

 

「無論、私のような人間の信用が低いのは分かっています。だからこそ、誠実でありたいと思うのですよ。実際的な部分は別として、そう努めたいというわけです」


「そいつは結構だな」


 がちりと、亡霊の歯を鳴らした。


 五百年前にも、いたなこういう人種は。そいつはもっと幽霊のような瞳をしていたものだった。


 誠実でいたい。しかし誠実であれない。そういう立ち位置にいるのだろう、こいつは。


 俺ははっきりとリカルダの瞳を見ながら言った。


「リカルダ。話をしようじゃあないか。どんな荒事も、先に話尽くされてからするべきだ。そうだろう」


「……話の内容によりますが」


 頷いて、口を開く。


「俺に目的があるように。お前にも目的があるはずだ。交渉をしようじゃあないかリカルダ。都市統括官とやらに伝えても良いぞ。五百年前の亡霊が話があるとな。聞くに、俺は有名人らしいじゃないか」

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― 新着の感想 ―
[一言] 元人間のカサンドラが迷宮に押し込められていたり、魔族のレリュアードが地上に進出して人間側で力を持っていたり、過去に何があったのかより一層気になります。
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