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第五話『即席パーティ』

 かつり、かつりと迷宮の床石を靴が叩く。それ自体は先ほどまでと変わりないが、足音は一つから三つに増えていた。


 先頭を歩くシヴィリィは綺麗に揃えた金髪の一部を後頭部に纏め、軽く編み上げている。先ほどの戦いで矢が頬を掠めた際に、髪の毛が巻き込まれたのがお気に召さなかったらしい。歩く後ろ姿もやや感情が荒ぶって見える。


 もう身体の主導権はシヴィリィに預けていた。彼女の身体を使うのは魔力を垂れ流すのと同じ。それは俺の目的を遠ざける事になるし、彼女のためにも良くない。


 彼女の後ろを歩くのは、傭兵探索者ノーラとリカルダだ。ノーラの武器は預かり、リカルダのクロスボウは扱えなくなった以上、もう敵対はしないだろう。


 それに彼らは正しく傭兵だ。


 ――金銭を支払い頂けるのであれば、都市統括官閣下を裏切りはしませんが、助力は致しましょう。


 リカルダがそう言った言葉に、少なくとも嘘はないように見えた。もしその気なら、都市統括官――シルケーとやらを裏切らないなんて言葉はいらない。他を投げ捨てて助力すると言えば良い話だ。けれど彼らはそれをしなかった、傭兵だが卑しい人種とは違う。


「――そういうわけですか、シヴィリィさんは二つの顔を持ってらっしゃると。ははは、私と同じですね」


「えっ、そうなの? でもそれなら、貴方も変えられる顔毎に名前があるの?」

 

 顔を手で覆う度に顔を切り替えて話すリカルダが相変わらず胡散臭い笑顔で言うと、あっさりとシヴィリィはそれを信じ込んだらしい。


 本当、時折残念な部分を色々見せてくれるな。別に良いんだが。


 俺とシヴィリィの事は、偶然一つの身体に魂が二つあるのだとそう伝えた。事実とは違うが、彼らの協力を得るならある程度は情報を伝えておく必要があった。シヴィリィを捕まえさせず、彼らを殺さないという選択肢ならこれが一番マシだろう。


 それに昔から魂が二つ入ったくらいの存在はいたものだ、大して不審でもないだろう。俺が知っている奴は三つだったが。


「あるわけないだろ信じるんじゃない!?」


「嘘なの!? 何で嘘ついたの!?」


 ノーラが叫びながら相棒のリカルダの太ももに蹴りを入れた。彼女の身長だと届くのがその部分らしい。


 意外だ。最初の印象だとリカルダの方が酷く真面目な性分だと捉えていたが、全くそんな事はない。むしろノーラの方がずっと生真面目だった。


「……まぁ事情は分かったよ、魂の双子なわけだ。双子が生まれてくる際、誤って一人の身体で生まれてくるなんてのは稀に聞く話だし。さっきと動きが違いすぎたから納得する。でも、それあんまり口外しない方がいいよ。僕らは黙っててやるけどさ」


 良い顔はされないでしょうな、とリカルダも頷いた。


 どうやら彼女らが言うには、魂が二つあるような異質な存在は白眼視を受ける事も少なくないらしい。五百年経っても進歩しないな人間は。


「私のものはあくまで魔導を用いた変貌です。便利ですよ、必要であれば幾らでも姿を変えられる。――それこそ男にも、女にも」


 リカルダが再び顔を隠すと――その姿が全く違うものに『変貌』する。


 髪の毛を長く、身長をやや低くした紫髪の女性。もしくはシヴィリィやノーラの姿にまで。一瞬で彼は姿を変え続けて見せた。瞠目する。身体の体形をある程度変えれるだろうとは思っていたが、腰ほどの身長しかなかったノーラにまで変貌してしまうとは。


 間違いない。少なくともリカルダにおいては、専門は武技ではなくこちらだ。

 

「ちょっとリカルダ。それ気分悪くなるっていってるじゃん。……それに良いわけ、手の内を晒しちゃって、傭兵だよ僕らは」


「自分を高く売るために、雇い主に手を明かすのは傭兵にとって必要な事ですよノーラ。必要な事はすべきなのです。貴方もそうしては?」


「……正式に契約を交わしたらね。契約を交わさない相手を信用するなんて、どうかしてるよ」


 リカルダは長身の女から男へと姿を再び変えて、薄い笑みを頬に張り付けた。それも恐らくは、本当の姿ではない。


 しかし不思議だ。彼らが平常通りに話かけてくるからシヴィリィも応じているが、それがそもそもおかしい。


 亡霊の身体をぐいと近づけて耳打ちする。


「なぁシヴィリィ。彼らも属領民(ロアー)なのか?」


 どうして彼らは、属領民(ロアー)のシヴィリィに対してこうも平然としているんだ。俺が持っていた正市民(ホーン)像と随分と外れる。


 手の内を明かし、それどころかこちらの不利に目を瞑ろうとすらしてくれている始末だ。彼らがただ善良、というには度合いが行き過ぎているだろう。


「違うでしょうね。だって属領民(ロアー)ならあんな良いものは着れないし、それに――公用語を喋れる属領民(ロアー)はそういないわ」


 公用語と、そう言うのに一拍詰まってからシヴィリィは答える。公にそう呼ばれていても、彼女らにとっては故郷の言葉が公用語だ。はっきりと口に出すのは慣れていないのだろう。


 しかしならますます良く分からないと二人を振り返った所、耳聡くシヴィリィの独り言を聞きつけたのか、

 

「ご安心を。我々は敬虔な大騎士教徒ではありませんから。さほど正市民(ホーン)属領民(ロアー)の枠組みに拘泥しておりませんし、亜人への偏見もありません。言葉は悪いですが傭兵たるもの、使えるものは使う主義なのです」


「……僕はじゅぅーぶん敬虔だと思ってるけど、ねっ!」


 ふんっとノーラは面白くなさそうに唇を尖らせた。伸ばされた栗色の髪の毛が先ほどから勢いよく跳ねている。きっと彼女としては、先ほどの勝負に納得がいっていない所も多いのだ。彼女は魔導すら使用していない。恐らくは、属領民(ロアー)相手だからと加減をしてくれたのだろう。


 いやそれは置いておくとしても。大騎士教って何だ?


 少なくとも俺の生前には一切聞いた覚えがない言葉だ。というより、何で騎士を崇め奉る必要がある。


 ふいとシヴィリィを見る。さて問いかけようかと思ったのだが、何故か彼女は凄い得意げな顔をしていた。一定の思考は繋がっている部分があるので、俺が疑問に思ったのを察しとったらしい。俺が知らなくて自分が知っているのが余程嬉しいと見た。


 ここまで単純だと将来が心配になってくるな。ちらちら見てくるんじゃない。後で聞いてやるから。


「おっと。シヴィリィ、その前にそこを右だ。二つ目の角を左」


「ん、わかったわ」


 シヴィリィが意識を迷宮に切り替えて、足を鳴らした。場所は迷宮の三階層。本来ある程度熟練してから来ようと思っていた場所だが。幸い仮契約した傭兵もいるし、シヴィリィの魔力も尽きてはいない。俺が亡霊のまま哨戒もしているので大した危険は無かった。


 それに恐らくは彼らが言っていた異変――探索者が失踪している件で、そもそも迷宮に潜る人間が減少しているのだろう。人が減れば魔力も減る。それに引き付けられる魔物も減るわけだ。


 迷宮は広大、地図を作り切れないほどの広さが一つの階層にはある。魔物が少なくなれば会う機会は減少し、脅威度は低くなる。シヴィリィの剣技でも対応できる範囲だ。


 途中で出会ったスライム二匹を少々、いいやかなり時間をかけて狩ったのには茫然とされたが。しかしスライムにしか出会わないな。コボルドやゴブリンがいてもおかしくないはずだが。


 目指している場所は俺の頭に刻まれた迷宮の地図に従った場所だ。俺の記憶が不完全、もしくは迷宮が変動していない限りは目当てのものがあるはず。


「そういえばさぁ」

 

 ノーラが面白くなさそうな顔で欠伸をしながら、シヴィリィの後ろをついてくる。彼女にとって三階層では散歩しているのと変わらないのか、雑談でもするくらいの勢いだった。


「シヴィリィのもう一人? にも一応名前あるんだよね。何ていうの? 後でお返ししたいんだけど」


 良い度胸だ。ねじ伏せてやる。俺はスライム一匹殺すのにも全力を惜しまない。


 先ほどまでシヴィリィをお姉さんと呼んでいた癖に、気易い間柄になると呼び捨てになるらしかった。


「一応じゃなくて、ちゃんとあるわ。エレクよ。何でも知っていて、何でも出来るの」


 瞬間、ノーラが酷く怪訝そうな顔をした。薄い笑みを張り付けたままのリカルダも眉を上げる。


 他人の名前を聞いておいて失礼な奴らだな。称えろとまでは言わないが、普通に受け止めれば良いものを。


「……それはまた、珍しいというか、何というか。シヴィリィさんが名付けられたのですか?」


「ううん。エレクがエレクって名乗ったのよ」


 ノーラが僅かに目を細めて、興味を薄そうに口を開く。


「そういうもんなのかな。まぁ、好んで名前に付ける人はいないだろうけどさ」


 ここまで名前に対してどうのと言われたのは初めてだ。それ程珍しい名前だった記憶はないのだが。死んだ後、五百年の間でセンスが変わったらしい。確かに生前、シヴィリィやノーラといった名前も聞いたことは無いが。


「私は良いと思うわよ。うん!」


 シヴィリィが俺の方をちらりと見ながら言った。彼女はどう考えても嘘が得意な性格ではないので、本心から言ってくれているのだろう。一先ず受け取っておくか。ありがとう。


 迷宮三階層の奥地までシヴィリィの脚が進んだ所で、ふと瞼を上げる。壁に視線をやれば、奇妙に傷が出来ている。数本の線と崩れた跡。


 階層を降りれば降りるほど壁からにじみ出る魔力が強まってくるが、しかしその影響ではない。物理的に削られた、というより擦れた跡だろう。何かを引きずった跡に見える。


「――シヴィリィ。一歩進んで止まってくれ。彼女にククリナイフを返して良い」


 すっと、言われた通りにシヴィリィが脚を止める。目の前には行き止まり。元より後十数歩も歩けば引き返す必要がある場所。


 俺の目的地はここだった。目指していたのは、迷宮の中に作っていた補給地。言わば隠し部屋だ。生前俺が迷宮を探索する時に作ったのか。それとも元からあったのかは思い出せないが、そこには補給に値するだけの装備と魔石を封印していた。逆に、言わばそれだけのはず。


 しかし、おかしい。


「あー……。なるほど、最初はまぁーたリカルダがわけの分からない事言いだしたと思ったんだけど。もしかしたら当たりかな。僕らが調査したのは、人が通る場所だもんね」


 隠し部屋に繋がる壁。そこからあふれ出る魔力が、離れていて尚感じられるほどに尋常ではない。魂だけしかない亡霊の身体には寒いと感じるほどだ。


 ノーラがククリナイフを構えながら一歩前に出る。シヴィリィが合わせて一歩を出した。


「シヴィリィ。何が出てくるかは不明だ。心を構えろ。何も起こらないかもしれないし、何かが起こるかもしれない」


 シヴィリィの喉がごくりと鳴ったのが分かった。彼女が構える剣が震えている。その肩に手を置きながら一歩一歩と進ませた。


 ただ魔力が溜まっているだけなら良い。だが得てして魔力は魔物を惹きつける。もしも俺が蓄えていたモノの封印が緩み、魔物を惹きつけてしまっていたら。それが探索者の命に刃を落としているのなら。ここで決着をつけておくべきだろう。


 即座にシヴィリィと代わる事も考えたが――剣を構えて背筋を伸ばした彼女を見て考えを変えた。


 誰しも、子供のままではいられない。いずれどんな子供も立ち上がらなくてはならない。彼女が今立ち上がろうとしているのなら、俺が無理に抑え込むのはよろしくないのだ。危険な時に手を貸せば良い。


 それに、隠し部屋を開くには解錠の魔導が必要だ。その間に中の様子も見えてくるだろう。


 一歩、二歩、三歩。壁へと近づく。ノーラが壁に軽く触れて言った。


「ま。一応雇い主らしいしね。入る時は僕が前に出てやるよ。リカルダ、解錠用のアイテムがあったよね」


「ええ、少々お待ちを」


 ノーラが一瞬後ろを振り向くのと同時だった。


「解錠?」


 そう言って、シヴィリィが壁に触れる。ノーラも、リカルダも。俺もさして気にしていなかった。


 彼女はただ、壁に指を置いただけなのだから。


 ――瞬間。壁が光に包まれる。薄暗い灰色の壁が、赤色に変じていく。シヴィリィが触れた先だけではない、周囲一帯が赤の壁。

 

 目元が見開かれる。唇を嚙んだ。馬鹿な。これはトラップだ。


 誰かが隠し部屋へ続く鍵を解錠した瞬間、部屋の中央部へ無理やり引きずり込まれるように仕掛けられている。俺はこんなものを仕込んだ記憶はない。魔物はこんなトラップを仕掛ける習性を持たない。では誰が?


 いいやそれ以前に、どうしてシヴィリィは手を触れただけで封印を解錠出来た?


 数多の疑問が脳裏を過ぎる。思考が飛び交っていく。しかしその全てを置き去りにして、目の前の現実を見た。


 部屋は手狭なものではなく、複数のパーティが野営できるだけの広さがある。そこに――まるで壁全面を覆いつくすように悍ましく這いまわるスライムの群体。


 いいや違う、俺の魔石を食い尽くしたな。こいつらは魔力を蓄え、存在を進化させている。もはや群体ではなく、この巨大な姿が一個の彼らなのだ。彼らが纏う粘液の中、見えるのは溶かし切れていない鎧や剣、そうして人と魔物の死骸。


「……エレク」


 シヴィリィが震えた声を出す。ノーラはククリナイフを構えながら、目元を青くしていた。リカルダは笑顔を張り付けながらも、喉を鳴らした。

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[良い点] 素晴らしいです ちゃんと社会が見えるあたりが大好きです [一言] 流行りのワードがタイトルあらすじタグにない良作が100位以下に多い状況は悲しいですね 応援してます。
[良い点] スライムは一般に弱い事をさりげなく提示しておいてからの 凶悪なボスモンスター化の流れがお見事! シヴィリィの現状での弱さ確認演出にとどまらず、 更なる必然性に繋がり小説の構造が美しい [一…
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