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第四十七話『零落の君』

 『破壊(ブラスト)』を属性として用い、魔力を一極に集中させる『魔弾(バレット)』と複合させる二重魔導。効果範囲こそ限定されるものの、必ず敵を貫通する魔の弾丸。これにはカサンドラの結界すらも意味を成さない。


 不意を突いた弾丸はカサンドラの皮膚へと触れ頬から肩筋を突き破り――。


 同時、指を鳴らす。詠唱を一言で終わらせる。


「『爆散(バースト)』」


 瞬間、カサンドラの体内に入り込んだ魔弾が炸裂する。彼女の体内で破壊の属性を有した魔が、有象無象の区別をなく血肉を食らった。彼女の身体が椅子から吹きとぶようにきりもみし、幾度か空中で弾けた後に地面に叩きつけられる。


 三重魔導。これで完全に魔力切れだ。霊体にため込んだ魔力は使い果たした。


 カサンドラの身体が嗚咽を吐き出すように黒い血を噴き出していた。臓器という臓器が破壊され、もう用を成さないはず。その身体が大理石の床を汚す。


 完全に殺した。それが人類であったのであれば間違いがない。だが吐き出された血の色が、もはや彼女が人の類ではない事を告げている。


 ふらりと、当然のようにカサンドラは指先を動かした。


「――陛下こそ。わたくしの在り方をお忘れでしょうか。わたくしはこれでも、零落の二つ名を与えられた女なのですよ」


 魔弾に身体を打ち砕かれ、骨や血を肉から噴き出しながらもカサンドラは立ち上がる。その上、大仰に一礼をしてみせた。


 僧服の裾を掴み、優雅さを体現したような、芝居がかった様子だった。


 表情には笑みが浮かんでいる。しかし決して笑ってはいない。笑ってはいないのだ。


 憤激している。それを笑顔の内に押し殺している。


「この第六層はわたくしの理想世界。人々は零落し、死と生を繰り返しながら永遠の救済の中にいる。死と生の途切れぬ循環。自ら尾を噛む竜の如く。結界は六層と外を切り離すためのもの。ゆえにここでわたくしを殺せる者はおりません。

 聡明な陛下ならば、ここが何の再現かお分かりでしょう。それとも、智恵すら失われたの?」


 俺をあざ笑うように、それでいて楽しそうにカサンドラが言う。

 

 思わず眉間を歪めた。彼女の言葉から連想されるものはたった一つしかない。


「……救済とかいうのは建前か、聖女。石ころから金でも作る気か?」


「いいえ。人は幾つも真実を隠し持つものでしてよ。それにこの形もまた、わたくしの救い」


 聖女の肉が血が骨が再生していく。傷つけた魔力すらも修復していく。


 そういうわけか。そういう事か。この階層で不死者達が、いとも容易く生還を繰り返すのは奇妙だとは思っていたが。ここはその為に用意された場だったわけだ。彼女が外界から切り離し、一つの魔導を証明してしまった別世界。


「永遠の循環の中で救ってさしあげますわ、陛下」


 カサンドラが腕を突き出して魔力の塊を放出する。魔導ですらないただの魔力の射出。しかしそれだけで聖殿の大理石は弾け飛び、霊体が砕け散りにそうになる。右腕に痛烈な衝撃が走った。元より魔力を使い切った身体が、嗚咽を漏らして蠢動する。


 砂煙が、舞い上がった。魔力が蜃気楼のように揺らめき、幻想的な色合いを作り上げる。


 それも当然で、魔力とは言わば力の根源だ。火はどのように扱うかによってその性質を変化させるが、ただそれだけにも物を焼き尽くす力がある。


 魔力もまた、膨大な量となれば指向性を持たせなくとも破壊の力となった。かつての戦場では、異常なほどの魔力を収束して射出するだけの武器を持った奴もいたくらいだ。


 カサンドラの魔力は、俺の霊体を殺すのに十分な力を有している。


 完全に誘いだ。霊体のままでいれば死ぬぞと、そう俺を脅しつけてやがる。何を企んでいるのかは分からない。けれどそれ以外に手段がない。咄嗟に椅子に横たわった彼女に触れる。


「――ッ!」


 床を足で蹴り打って、魔力の渦から脱出する。金髪が宙を舞い、紅蓮の瞳から視界が広がった。


 シヴィリィの身体に満ち足りた魔力を吸い上げ、一息を漏らす。


「お可愛い姿になられたものですわ。その陛下も嫌いではなくてよ」


「うるさい奴だな」


 間髪を入れず、カサンドラの視線がこちらを貫く。彼女は今度は腕を突き出すのではなく、軽く横に払うようにして唇を開いた。


 彼女の周囲には、黒が満ちていた。生きる事も死ぬこともない亡霊の魂達。生と死を循環しながら、そのどちらにも到達できない永遠の生者(シシャ)


 眉間に皺を寄せ、眦をつりあげる。シヴィリィの身体を手に入れた以上、撤退するのも一つの道。しかしカサンドラはそれを決して見逃さないだろう。ならば、


「カサンドラ。お前が造り上げた循環なんてのは、幾らでも崩す方法はある紛い物だ。狭い世界で無理やり条件を整えて、紛い物の証明をして魔導を成立させているだけ。子供が自分の部屋で自分勝手な法律を決めているのと変わらない。オレが全て忘れてしまったとでも思ったか?」


 シヴィリィの身体で手袋を指先に吸い付かせ腕を構える。半身になり、唇を詠唱の形に変えた。


 肉体があり、豊潤な魔力がある。一切の加減は不要。指先を唸らせる。


「――『破壊(ブラスト)』『魔弾(バレット)』『複製(リピート)』『透過(インビジブル)』」


 破壊の魔弾を、空間一面に並びたてる。数十を超える弾丸を創造し、それを透過させる四重魔導。


 ただの一発でカサンドラは壊れない。あれは死と生の狭間にいる化物だ。一度破壊される程度では理を抜けきれないだろう。


 ならば、幾度でも破壊し尽くしてやる。


 カサンドラはこの第六層に世界を創造し、限定された条件の中で生と死を循環させる魔導を証明させた。しかしそのどちらもが本来は脆いもの。一角を崩してやれば全ては消えて失せるはず。


 魔導をこの世の理として世界に認めさせるのは、それほど容易な事ではない。まして生死を失わせる証明など。


 魔力合戦なら敗北する。勝機はそこしかない。


「光栄ですわ陛下。真からわたくしを壊される気なのですね。――そうして本当にお忘れになったのですね。錬金の第一手は腐敗、万物の零落から始まりますのよ、陛下」


 カサンドラが語る間にも、透過させた魔弾を移動させ彼女の周囲を覆い尽くす。それを多少なりとも彼女は知っているはずだが、彼女は優雅に笑みを浮かべて唇を開いた。


 言葉を待たずに、指を鳴らし魔弾を射出した。透過したままの魔弾が、カサンドラへとタイミングをずらしながらも次々に飛び掛かる。大理石の床が破壊され、再び砂煙をあげた。空間が軋みに歪み震えていく。


「ゆえに有象無象の区別をなく、わたくしの魔導は全てを零落させるのです。――秘奥『万物零落(アルカヘスト)』」


 魔弾が静かに、しかし確実にカサンドラへと降りかかる。それは精密に彼女の急所や心臓、全身の至る所全てを抉りぬき破壊し尽くす為のものであったのに。


 思わず、目を細めた。


 彼女の周囲で、その弾丸が、いいや魔力が溶けていく。性質は劣化し、朽ち果て、零落する。


 『破壊』の性質は失われ、ただの弾丸となればカサンドラが周囲に張る結界を突破する事は出来ない。数十の弾丸は、まるで火に入り込む羽虫のようにカサンドラに食い殺されていく。


 馬鹿な、とは思わなかった。なるほどと納得した。


 膨大な魔力を持つヴィクトリアを筆頭とした四騎士が、こいつを殺せないわけだ。


 他者を惹きつけ魂を堕落させ、自らに降りかかる魔力と武具は零落させ意味を失わせる。そうしてこの第六層にいる限り、彼女は死にたえる事がない。


 結界が神髄などと語られていたが、本質はこっちだ。結界は所詮、この中身を覆う為の殻に過ぎない。


「そんな有様でよく聖女を名乗れたな」


「わたくしから名乗ったわけではありませんのよ。周囲が認めてくださったの」


 床を強く踏んで足元を整える。どうすべきか。


 シヴィリィの魔力出力では、カサンドラの魔導と結界両方を貫通する魔弾は作れない。どちらか片方だけ。とはいえ他の魔導では駄目だ。シヴィリィと相性の良い『破壊(ブラスト)』抜きで、カサンドラとの魔力量の差は覆せない。


 魔力の弾丸を手元で作りながら、一瞬迷う。その隙にそれは来た。


「陛下」


 カサンドラがせせら笑うように言う。首を傾げ、とてもとても楽しそうに吼える。


「お使いにはなりませんの。陛下がお好みになっていた、零距離での魔導使用を」


 目元を細めた。カサンドラが言っているのは、シヴィリィが『大陸食らい』相手に振るったアレだ。


 かつて俺が最前線で振るいまわしていた、頭のおかしい魔導理論。


 カサンドラは真っ黒な瞳を見開いて言葉を続ける。


「失礼、使えないのでしょうね。その身体は、陛下がお褒めになられた村娘ですもの」


 同時、カサンドラの周囲を覆う亡霊の渦が蠢動する。


「――ォ、ォォオオォォ゛ッ!」


 その亡霊の黒は、もはや魔力というよりも魂の塊だ。カサンドラに縋りつき、生きるも死ぬも出来ぬ魂の嗚咽。それが質量を伴って砲撃のように俺へと射出される。


「――やっぱりお前はオレの側近だったんだろうな。オレと同じで性格が悪い」


「光栄です、陛下」


 咄嗟に跳びながら魔弾で撃ち散らしたが、キリがない。こんなものが続けばあっという間に魔力を浪費してしまう。先の攻防で無駄に魔力を使ったばかりだというのに。


 奥歯を強く噛む。


 だが、そんな心配をしている暇もなかった。攻防の中で、何時しか亡霊の渦が俺の周囲一帯を取り囲むように配置されているのに気づいた。弾丸で蹴散らさせたのはあくまで囮。俺を捕らえるのが目的か。


「よろしくてよ、陛下。それほどその器がお好みなら、二度と出れないように縛り付けてさしあげますわ。封印の為の結界は、わたくし得意でしてよ」


 カサンドラが言うと同時。俺の視界を亡霊の黒が覆い尽くした。


 指を鳴らしながら、眉間に皺を寄せる。詠唱の為に唇を、動かした。


 ――シヴィリィが起きる前にこいつを殺さなくてはいけない。

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