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第三十三話『合理的でない者達』

 翌日。訪れた英雄の門(ラビリア)はやや閑散とした響きを伴っていた。


 それも当然の事で、探索者は朝の内に迷宮に潜る事を好む。昼後から入ってしまうと、下手をすれば帰るのが深夜になり酒場も宿屋も席がなくなってしまうからだ。


 昼頃に活動を始める探索者もいるにはいるのだろうが、珍しい類だとここ数日でよくわかった。


 英雄の門(ラビリア)も通常の探索の時間帯に合わせて活気を大きくするものだから、昼には大分寂しい様子になっている。


「どうして今日シヴィリィ殿とノーラ殿は同じ宿から出てきたのでありますか!」


「君はもうちょっと言葉に気を付けてくれない?」


 だからココノツの声が余計に鳴り響いた。六層で何があったかも覚えていない様子でけろりとしている。シヴィリィが買った槍をくるくると回して、まるで曲芸みたいな真似をしているのを見ると、よほどご機嫌らしい。


 ノーラがシヴィリィの宿で寝たのは、昨日俺と二人がかりで彼女に色々と説明する必要があり、そのまま泊まっていっただけだ。


「元気が出たようで安心しました。昨晩は、あの調子でしたから」


 リカルダは長身をすらりと伸ばし、細い笑みで言った。彼もまた、六層への不安は見えない。ノーラにとって迷宮は自分の目的を果たす為の場所だが、彼にとっては純粋に仕事場に過ぎないからなのかもしれなかった。


「……ま。ほどほどって所かな」


 両肩を竦め、ふんっと唇を跳ねさせてノーラが応じる。生意気そうな表情だが、そこには憂いの色は浮かんでいなかった。調子を取り戻してくれたのならいい事だ。


 パーティの心配の種となっていたノーラ、それにシヴィリィもまた顔を上向けている。昨日一夜共にあった事が、彼女らにとっては思いがけず功を奏したのだろう。


 リカルダもココノツも、そこにある事情は深く聞かなかった。傭兵仲間とはいえ、パーティとはいえ、触れるべきものと触れるべきでないものを切り分けているのかもしれない。


「自分も今日は……良い感じの気分であります! 一緒でありますな!」


 撤回。ココノツはただ素かもしれない。双角を左右に振りまわしながら迷宮へと降りる様子は、ちょっと物事を考えているようには見えなかった。彼女もあれで種族の件など、亜人として色々抱えているものがあるはずなのだが。それを全く感じさせないのは天性のものだろうか。


 あれで演技なら、彼女は間違いなく悪女になる才能がある。


 迷宮の第五層までは、大した障害もない。ココノツが陽気にコボルドの群れを引っ張って来たので、ノーラがキレて、リカルダが矢を二本無駄に消費してしまった程度だ。


 シヴィリィに思わず言う。


「なぁ、あいつ本ッ当に斥候(スカウト)で良いのか?」


「い、良いのよ。多分。こう、適材適所って感じもするし」


 確かに能力的には申し分ないのだが。性格的に問題がある気がしてきた。合理で考えるなら、ノーラに斥候(スカウト)をして貰った方が良いかもしれない。


 そう、思わず自分に問いかけなおした時に。ココノツがぴたりと止まった。くるりと槍を手元で止めて、双角を研ぎ澄ませる。


 大広間の前だった。薄っすらとココノツの気配が朧気になっていく。才気としか言いようがない、隠密能力。槍を構えているはずなのに、その姿が視認できなくなってしまう。その視線の先にいたのは。


 シヴィリィが紅蓮の瞳を細める。俺は瞼を拉げさせてため息をついていた。


 悪縁は、やはり絡み合うからこそ悪縁なのだ。

 

「……ようやく来たか」


 ガンダルヴァギルドのルズノーが、辟易する様子で言った。彼が持つ戦斧には幾つかの血がついている。パーティの二人はいない。死してしまったのかと思ったが、そも復活した所ですぐに迷宮に潜れるようにはならないだろう。


 どちらにしろ驚愕なのは、ルズノーは五階層でも一人で潜れる程度の実力を有している事か。彼は一人で大広間の前に立ち、重鎧を鳴らしながら一歩を近づいてくる。


 ココノツが姿を隠したまま、ぞわりと槍を構えたのが呼気で分かった。暗殺者みたいな真似をしやがる。けれどシヴィリィが、それを手で制した。


「大丈夫」


 シヴィリィは毅然と言い、同じく一歩を進んだ。上を見上げてルズノーに視線を向ける。


「……何。私に用なんでしょう」


 ルズノーは重鎧に戦斧を持ったまま、立ち竦むようだった。眉間に皺を寄せ、剣呑な瞳をしていた。以前に迷宮の前で出会った構図と、ほぼほぼ変わらない。


 ノーラが僅かにククリナイフに手を掛けて、リカルダもまた矢に指を這わせた頃だ。しかしルズノーは身体を動かさず口だけで言った。


「……礼を言いに来たわけじゃねぇ。ただ、てめぇに手助けされて終わりなんてのは気に食わねぇだけだ」


属領民(ロアー)相手に言う事なんてないんじゃないの」


「ハッ」


 ルズノーは鼻を鳴らす。自分の頭にぐしゃりと手をやってから、シヴィリィを睨みつけた。


 相変わらず剣呑な目つきだったが、俺はもう警戒はしていなかった。ただ、率直さに欠けた男だと思ってルズノーを見ていた。


 今の態度を見るに、どうやら彼にはシヴィリィに命を救われた意識はあるらしい。しかし属領民(ロアー)相手にそれを真っすぐに伝える事は困難だ。だからこそ殆ど人が来ないこの第五層で、来るであろうシヴィリィを待っていたと。


 馬鹿げている。まるで合理的ではない。しかし、それを言えばそもそも彼を助けたシヴィリィの行動が合理的ではなかったな。


「分からんな」


 ふと呟く。率直に言おう。俺は、自分が今何を見ているのか分からなかった。シヴィリィに敵意と侮蔑しか向ける事をしなかったはずのルズノーは今、僅かにシヴィリィに歩み寄ろうとしている。あんな、非合理的な行動の結果で。


 ルズノーは周囲を見てから、唇を開く。


「……てめぇらがどうして六層にいたかは知らねぇ。だが後数日もすりゃあ、朱色の騎士が準備を終えて迷宮に降りる。あの人は、俺よりずっと属領民(ロアー)嫌いだ。てめぇなんか迷宮で見られたら殺されてもおかしくねぇ。迷宮の外に逃げてるんだな」


「……?」


 シヴィリィが疑問を浮かべるように表情を傾ける。けれどルズノーはそれだけを言って、あっさりと彼女の横を通り過ぎた。そのまま怪訝な瞳をするノーラとリカルダを睨みつけて、大広間から出ていこうとした。


 まるで本当に、それだけが用事だったとでもいうようだ。もう少し上手い隠し方があるだろうに。


 シヴィリィが困惑を隠せない様子で振り返り、唇を幾度か動かして言った。


「ええと……ありが、とう?」


「うるせぇ。もう二度と顔見せるんじゃねぇ」


 悪態をつくだけついて、ルズノーは姿を消した。思わず俺が言葉を失う。


 シヴィリィもルズノーも、全く合理的とは思えない。互いに全く噛み合いもしない行動をしていたはずなのだが。


 ふとシヴィリィを見てみると、以前とは全くが違う意味で顔を青くしているようだった。疑問符が頭の上に飛び交い目をうろつかせている。


「どうしたシヴィリィ?」


「凄く怖い」


「自分の故郷には油断させるために、殺す相手には優しくする風習があるでありますよ!」


 ココノツは一体どんな故郷で暮らしてきたんだ。というか言葉の選び方が最悪だ。余計にシヴィリィが顔を歪めてしまっているじゃないか。


 第六層に潜る前から、無傷であるのにむしろシヴィリィの意欲がそがれてしまったのだが。何だか逆にルズノーが哀れに感じてしまう。いやまぁ、シヴィリィの立場から考えれば致し方ない事ではあるが。


 しかし、ルズノーが齎したのは悪い影響ばかりではなかった。


 朱色の騎士の遠征。ヴィクトリアから与えられた情報には入っていなかった内容だ。


 敢えて与えなかったのか、それとも案外と四騎士は連携が取れていないのか? 国家間のいざこざがあるならそれも十分あり得る。


 属領民(ロアー)嫌いというのなら、出会ってしまえば厄介事になるのは間違いない。ならば、それまでに探索の全てを終わらせる必要がある。


 

 ◇◆◇◆



「迷宮は文字通り非日常ですからね。迷宮での出来事が人の態度を変える事もままあるものです。しかし彼の場合は、やや顕著ですね。何か他の要因があるのかもしれません」


 パーティ唯一の常識人であるリカルダが、第六層に降りて暫く歩いてから言った。今度はロープのようなものは誰も使っていない。


 第五層の穴からの出入りは重力が曖昧な存在になっていて、上り下りにさほどの苦労をしなかった。それにココノツがまた最初に飛び込んでしまったので全員で追いかけなければならなかったのもある。


「良いんだけど。今まであんな風に態度を変えられた事ないから、凄く変な気分」


 シヴィリィは眉を上げて、頬に冷や汗を垂らしながら言った。魔術服が彼女の身体に張り付いて、ふらりと揺れる。


 今回は森の中も以前より早いペースで進む事が出来ている。全員が多少は森の歩き方に慣れたのもあるだろうし、今度は巨人族(ギガス)が急に襲い掛かってくる事は無かったからな。


 しかしそう思うと、彼らは大切な戦争の前に、どうして森の中を歩き回っていたのだ? 都市の位置関係を見れば平野に向かうのに森を経由する必要はない。森に置かれた伏兵というには数が少なすぎる。もしかすれば、この森そのものに目的があったのか。


 まぁ何にしろ。そういった疑問より先に、第六層を進むにおいて決めるものがある。


 ――パーティの方針だ。


「で、だ。結局前は僕らはこの階層に圧倒されて帰って来たわけだけど。今日はどうするんだい、シヴィリィ」


 ノーラがククリナイフの柄に手をかけたまま。後衛に控えるシヴィリィを見て言った。シヴィリィは軽く頷く。


 昨晩。色々と時間を使った際に、シヴィリィにヴィクトリアから得た情報自体は伝えている。


 ここがどういう世界で、何を目的とし、零落した聖女は何をしているのか。そうして騎士達は、この階層において何を決断したのか。


 全ての情報を統合して言ってしまうと。――俺が出す結論は騎士達と同じだ。それが合理的で効率的というものだ。


 恐らくは、ノーラもそれが分かっているから俺には聞かないのだ。何せこのパーティのリーダーは、シヴィリィなのだから。彼女がいるから、ノーラもまたここにいるのだ。


 シヴィリィは足を止めないまま、言った。


「――都市に行くわ。戦争に合流しましょう」

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