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第百二十一話『鬼子は此処に』

 時は暫し遡る。


 浮遊城の戦役から少し離れた通りの一つにも、未だ戦場が存在していた。戦場の主人たるは鬼人(オグレス)グリアボルト。


 かつて唯一の王の下、遊撃部隊として巨人(ギガス)将軍と連携したのが彼女らであった。驚異的なのは強靭なる鋼の如き肉体と、それを自由自在に操る運動能力。その上に魔力を重ねて爆発的な躍動力を齎すのがグリアボルトの得意とする技巧だった。


 崖上からでも奇襲を成し、時には空を泳ぐ有翼種にすら機動力で勝る。純粋な肉体の強度だけでいうならば人間など歯牙にもかけない。特に、グリアボルトは王と共に戦場を駆け巡った鬼人(オグレス)においても精鋭たる鬼子。


 だからこそ、探索者達が彼女を相手に戦場を拮抗させているのは驚嘆に値する。


「足を止めるんじゃねぇ! 動ける怪我なら無理せず下がれ! 助からねぇ怪我なら前に出ろ!」


「魔力装填完了しましたっ。一陣前へ!」


 前衛は重鎧の戦士らが盾を持ってグリアボルトに迫る。軽装の探索者や魔導使いを懸命に守り続けていた。エルフが放つ矢が時折彼らを穿つが、彼らは倒れない。それ所か前へ前へと突き進んでくる。


 どうやら彼らの何処かで、箍が外れたように思える。その士気はまるで酒に酔ったかの如くだ。


 死者も生き返れるという点が、探索者の心の支えになっていた。むしろ彼らはそれを積極的に戦術に組み込んでいる。


 まだ動ける者は下がり、致命傷を負った者は他者の盾となって前へと出る。


 彼らにとって最も避けるべきは全滅なのだ。全滅してしまえば、全員が復活の機会すら与えられず死んでしまう。


 けれど一人でも生き残れば、復活の余地は残る。


「……うんざりするね」


 グリアボルトが零すように言った。それは死兵と化した探索者へ向けた者でも、未だ自分の隙を突け狙っているナイフ使いに向けたものでもない。


 こんな場所で、こんな連中と戦わねばならない自らに向けたものだ。


 自分はこんな戦場を求めて、隠里を出たわけではなかった。こんな事がしたかったわけではなかった。


 ――自分がしたかったのは、ただ一人の下で戦う事だったのに。


 グリアボルトが生を受けたのは六百年以上も前の事。寂れかかったエルフの隠里の更に奥まった所で隠れるようにグリアボルトは生まれ、息を潜める幼年期を過ごした。


 エルフの隠里の中において尚、鬼人(オグレス)が忌み嫌われていた、というわけではなかった。


 むしろエルフと鬼人(オグレス)は血統自体は近しい所にあり、他の種族と比べれば好感を示す者も多い。だからこそ同じ隠里に潜んでいたのだ。


 では何故、鬼人(オグレス)はエルフの里で隔離された生活を余儀なくされるのか。


 力が強すぎるからだ。


 成人したのならばともかく、子供では力の制御も出来ない。エルフと共にあれば容易い慣れあいで殺してしまう事もあり得た。だからこそ鬼人(オグレス)は子供時代、エルフの隠里でも隔離されて日々を過ごす。


 それだけならばよくある事だ。力の制御を覚えた頃には同輩のエルフ達と友情を交わすようになる。


 けれど、グリアボルトにその時期は訪れなかった。


 ――彼女の力は、鬼人(オグレス)においても抜きんでて異様だった。


 無意識に魔力を纏い、鬼人(オグレス)の大人をも吹き飛ばしてしまうだけの力。グリアボルトが暴れれば、鬼人(オグレス)が総出で抑えても尚抑えきれない。


 そんな彼女だからこそ、隠里内での交流は勿論、外部との関わりを持つことが禁止されるのは当然の事だった。


 鬼人(オグレス)の中ですら忌避され、寄り付くのはエルフの中でも変わり者だったゲイルだけ。とはいえ彼も、グリアボルトの力には付き合えない。


 多くの者はグリアボルトに触れるのすら恐怖していた。彼女がそっと小指に力を入れるだけで骨がへし折れるからだ。


 親ですら、彼女の前では怯えた顔をした。


 ――うんざりだ。


 生まれてからずっと、グリアボルトはこの世界にうんざりとしていた。


 力を振るう機会は無く、外に出れば魔物同様に討伐されるか迫害されるかの世の中だ。


 周囲が悪いのではない。ただただ、彼女にとって時代が悪かっただけ。


 百年。そんな日々が続いた。魔物の襲撃でもあれば心の慰めになったのかもしれないが、隠蔽の結界が張られた隠里にはそんな危機は訪れない。ただただ、何もない日々を過ごしていた。


 そうして、百年が過ぎたある日に。


 彼は来たのだ。


 ――お前がグリアボルトか。随分詰まらなそうな顔してるんだな。


 濡れ鴉のような髪の毛と瞳。その角も長い耳もない種族が何なのか、グリアボルトは怪訝な表情をして考えていた記憶がある。


 何故か隠里の長たるロマニアを引き連れたそいつは、恐れもせずにグリアボルトの手を取って言った。


 ――退屈なんだろうレディ。どうだ一つ、俺と一緒にいかないか。手を貸して欲しいが、別に観光して帰って来たって構わんさ。世界を知らずに死ぬなんて、生きていないのと同じだからな。


 それが、グリアボルトにとっての一つの転機だった。実際にはその場でそいつと散々喧嘩をしたのだが。美しい想い出にそういったものは不要だろう。想い出は美化できるから良い。


 エレクに連れられ出た世界は広かった。自分が思うよりずっと醜いものも、ずっと美しいものもあるのをグリアボルトは知った。


 その時思ったのだ。うんざりする世界だが、それでも生きる事はできる。生きてやっても良いかと思えるものは確かにあった。だからこそそんな世界と彼の為に、グリアボルトは戦うと決めたのだ。


 けれど、今はどうだろうか。


 グリアボルトは大きくため息を吐きながら、右手に魔力をため込んだ。充填から展開まで、流れるような一瞬。


「――うんざりだよ、あんた達には。こんなもんかい。こんな有様であたしらを殺してきたのか!」


 鬼の一言、そうして片腕の一振りで――三人以上の重鎧が宙に飛んだ。


 十分に鍛え上げた者が着込み、それでも尚動き回るには困難な重装備。強固な兜、分厚い鉄鋼、鋼を含んだ盾。後衛を守るべく自らの身を挺した彼らは、羽毛のような軽やかさで宙をきりもみしながら吹き飛ぶ。


 全員の背骨がへし折れていた。鬼人(オグレス)が放つ魔の一振りは、惰弱な人間では耐え切れない。衝撃は鎧を伝わり、肉の身を悉く粉砕する。


 かつて魔王に仕えた剛力無比、雄々しい角を携えて魔を睥睨する鬼の子が、人類にその牙を向けていた。


「第二隊、射出――!」


「ふん」


 後衛が一斉に放った多重魔導も、その肉体を貫通しない。


 炎は肌を僅かに焼き、風が彼女の身体を跳ねさせたが。全てを正面から彼女は弾き飛ばした。不意でも突かない限り、この鬼の肌を貫く魔導を放てる者はこの場にいない。


 そも、レベルが違い過ぎる。この場の探索者にグリアボルトの相手は荷が重すぎた。


 蜥蜴がドラゴンに喧嘩を売るようなもの、ゴブリンが巨人に飛び掛かるようなものだ。


 故に彼らに出来るのは、命を使った時間稼ぎのみ。死者は増え、その足取りは乱れ始めている。

 

「――――ッ!」


 その中にあって唯一、未だ踏み込み続けている影があった。一振りとなった刃が唸りをあげ、ククリナイフがグリアボルトの首筋を、次には手首に狙いをつけてうねり狂う。

 

「……あんたも、うんざりしないのかい。いい加減さぁっ!」


 グリアボルトが言いながら、刃の線をかみ砕く。一触でもすればそれで終わるはずの相手なのだが、剣士ノーラは器用に間合いを測って一撃離脱を続ける。


「いいや、むしろ楽しくなってきたよ」


「そうかい、あんたも難儀な性格だねぇ。嫌いじゃないよ。……一ついいかいお嬢ちゃん」


 アリナと戦闘を演じた時のように、『超化(オーバー)』を使用してしまえば話は終わるのだが。シヴィリィによって魔力経路は傷だらけになったばかり、精々使えて一回だろう。


 これからシヴィリィを始末しにいかねばならないのだ。無駄な魔力を使えるものか。


 心も燃え上がらない。王の為とも言えない。こんな戦に。


 グリアボルトにそんな思惑があったからこそ、この奇妙な拮抗は続いていた。それでも、ゆっくりと探索者達は押し込まれて行く。


 そんな折の、彼女からの質問だ。ノーラは警戒を殺さないままに頷いた。しかしグリアボルトはノーラより更に怪訝な表情で言うのだ。


「お嬢ちゃんは、純粋な人間じゃあないだろう。それでどうしてそっちの味方をしてるんだい。あんたは迫害される側で、こちらの側なんじゃあないのか。地上の民なら、人類が何をしてきたかはよく知ってるだろう?」


「……詰まらない事をきくねぇ、君も」


 ノーラは思わず表情を固めながら、一本のククリナイフを手元でくるりと回す。


 その銀色が、僅かに鈍い色を伴った感触があった。

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