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第百十二話『鬼子と戦役』

 広場に攻め入るヴィクトリアの役割が陽動だとするならば、アリナ率いる軍勢の役割は遊撃だ。


 ヴィクトリアが広場に陣取る『無尽』ゲイルの魔導陣地――異界を食いつぶし、あの場を、都市の中核を破壊すると同時、アリナ達は浮遊城への主攻を開始する。


 単純といえばそうだが、これ以外の手はもはや取りようもない。これで何ともならないのであれば、もはやこの大遠征は最初から何ともならなかった。それだけの事だ。


 この大遠征は多勢によって未踏の大地を征服するという形式を取っているものの、実際はそうではない。個々の力に依拠する、不健全な戦力投入に過ぎなかった。


 重要なのは大騎士が、迷宮の守護者を、統治者を討ち果たすか否か。他の探索者達はそれを補助する為の歯車と言えるだろう。


 しかし歯車と言えど、全くの無力というわけではない。否、むしろ彼らは力を有するとみなされているからこそ歯車足りえているのだ。


 故に、第七層の踏破には彼らもまた役割を果たさねばならない。例えその先に、明瞭な死が横たわっていたとしても。


 無意識の内に、その場の誰もがそれを理解していたのかもしれなかった。事ここにおいては、もはやただ手をこまねいて得られる栄光と生還はあり得ない。


 ――だからだろう。二百名弱の遊撃部隊が、広場を迂回して浮遊城へと接近する中、それと出会って尚最低限の動揺で済んだのは。


 比較的大きな横道を選び、遊撃部隊が都市の中を踏みつけていく。相変わらず周囲は何処か虚ろな雰囲気で、人々は隣人が倒れるのも気にせず快楽に耽っている。


 浮遊城はもうすぐそこに見えていた。魔力の波動が僅かに空気を伝ってくる。広場で行われるヴィクトリアの剣戟が、ここにも聞こえてきそうだった。


 通りは精々五人が横に並んで通れる程度で、決して広いとは言えない。しかしそれでもマシな方だった。百人以上の探索者が通るとなるとこれより小さな道は選べない。


 そう。だからこそきっと彼女も、十分過ぎる自信を持って待っていたのだ。


 まだ距離はあったが、アリナが笑うように言った。


「――懲りないものだな。幾度目の邂逅か。もしや、愛の文でも持ち合わせているのかな!」


 諧謔に満ちた言葉だった。アリナの唇がくしゃりと拉げる。


 言葉を返したのは、鬼。


 美麗な緑色の髪の毛と、雄々しい魔性の角。そうしてなにより失った左眼が、彼女を象徴している。


 『鬼子』グリアボルト。


 単身で幾度となく探索者の前に立ちふさがり続けた無双の鬼が、此度は浮遊城の守衛としてそこにいる。


 鬼がけらけらと笑った。


「懲りないのはどっちだい。五百年もの間何度も何度も、貢ぎ物でも持ってきているのかと思ってたよ」


 好戦的な言葉は変わらないまま。しかし今までのような獰猛さが鳴りを潜めているように見える。


 それは傷を負った為か、それとも一度の手痛い敗北を前に意識を塗り替えたのか。


 しかし、むしろそれが彼女の威圧を増していた。


 今までのように、ただ牙を振るい続けるのではない。こちらを猛禽の如き瞳で見据え、獲物をさぁどうかみ砕いてやろうかと見定めている。


 シヴィリィは遠征団の中段にいながらも、その瞳の脅威を肌で感じた。


 左眼を失い、魔力やそれを引き出すためのトリガーも一度は『破壊』されたというのに。今再びそこに立ち上がってきている。無論万全とは言わないだろうが、だからこそより研ぎ澄まされている。


 猛獣は、手負いこそ最も凶悪だと言ったのは誰だっただろうか。


「アリナ=カーレリッジ。シヴィリィ=ノールアートも来てるんだろう。魔力で分かるよ」


「ああ、だからどうした。貴君には全くもって関係のない話だ」


「あるさ」


 グリアボルトは、力強く言った。身体も魔力も満身創痍だというのに、右眼には力が籠っている。


「――あんたらは全員、生きて返さないと決めてるんだからね。攻め上がって来た事だけは褒めてあげるよ」


 言って、グリアボルトが魔力を纏う。


 アリナが皮肉げに笑った。


「残念だ。生きて返る為に押し通ろう」


 アリナが騎士剣を抜いたのが、合図だった。二人の指揮官が、同時に叫ぶ。


「――エルフ隊、斉射開始!」


「――魔法礼式部隊、全力を込めろ!」


 まさしく、戦場が展開された。


 エルフの魔矢(アロー)が中空を飛び交い、それを迎撃するように火球(ファイヤーボール)

真空刃(エアブレイド)が探索者の軍団より吐き出される。


 まだ互いに距離はある。互いに肉薄し、白刃を交わし合うまでの僅かな間。人が最も殺し合う時間帯。


 肉が、血が、死がそこには浮かび上がっていた。武功の一つも果たせずに倒れ行くものもあれば、友の屍を踏み越えて前に進む者もいる。


 本来であれば、左右の建物から再びエルフの魔矢(アロー)が飛び交い探索者を頭上からかみ砕く所であったのだが。

 

「ふん、流石にここの戦いにも慣れてきたってわけだ」


 グリアボルトが淡泊に言う。流石に、そう長く使い続けられる戦術ではないのは分かっていたからだ。


 エルフ部隊の悲鳴が、僅かに耳で拾い取れた。まず間違いなく、探索者連中は通りだけではなく左右の建物も制圧しながら進軍してきたのだろう。


 市街戦は建築物が多くあるゆえにどうしても隘路や限定された空間での戦いになりやすい。とすると、周囲を覆う建築物から支援を受けるかどうかが戦場の鍵を握る。故にそこに攻め入るのは常道だ。


 もしも建築物が制圧出来ないのならば、最も手早いのは焼いてしまう事だった。そうすれば条件は五分に戻る。


 ――しかし、グリアボルト側にはそれができない。無暗に都市を崩壊させる真似は避ける必要がある。


 ただでさえ遠征団が第七層に来てからは、都市が崩れかかっているのだ。


「だけどね。あたしらが堕ちるもんか。あたしらが、退くもんかよ」


 遠征団の面々の顔が、はっきりと見えていた。エルフの魔矢(アロー)に当たり絶命している者も多いが、それでも尚、誰も引かずに突き進んでくる。


 本来その姿はグリアボルトをもってすら賞賛すべきものだ。死を恐れず、勇気を肯定し、生涯を賭けて挑んでくる姿は尊いものだ。


 けれど、どうしても角に怒りが湧いて出て来る。周囲のエルフも同様だ。誰もが憤激の色合いを空気に乗せながら、呼気を吐く。


 地上の人間共が、勇気を見せるような真似をしてくれるなと、そう思った。


 彼らは卑怯者でなくてはならない。彼らは愚か者でなくてはならない。彼らは憎悪するべき敵でなくてはならない。


 だってそうだろう?


 もしも彼らが勇敢であり、賢明であり、賞賛できる者らであるならば。万が一そうであったのならば。


 ――どうして五百年前のあの日、自分達を迷宮へと貶めたのだ?


 多くの亜人は迷宮の中へと追い立てられ、地上に残れた者も属領民(ロアー)として人間主体の支配構造に組み込まれた。


 共に肩を並べて戦った者でありながら、共に命を分かち合ったものでありながら。


 最後には、種族を理由として迫害された。彼らは魔に唆されるまま、それを成した。


 どうして許容できる、どうして受け入れられる、今更どうして曲がる事が出来る。


 五百年の間、高く積まれ続けた憎悪と嗚咽が互いの間にあった。それが誰の思惑により作り出されたものであったとしても、もはや関係などなかった。


「グリアボルト様――ッ」


「ああ、分かってる」


 もうそろそろ、突撃の頃合いだった。号令のため、グリアボルトが息を吸い込んだ瞬間だ。


 傍にいたエルフが、もう一度声をあげる。


「――違いますッ! 浮遊城をッ!」


「何? ――なっ!?」


 エルフの声には切実なものが詰まっていた。咄嗟に、グリアボルトが視線を振り向かせる。魔力の宿った右眼に、あり得ないものが見えていた。


 ――浮遊城が、その高度を下げている。まるで魔力を吐き出すように、嗚咽をあげていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 迷宮側のジレンマが良い感じですね かつて守った相手を憎むなら彼らが絶対的な悪でいてくれなくては平常心を保てないでしょうし
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