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第九十九話『魔力の鍵を開ける日』

 シヴィリィの壊れた身体に魔力が収束する。ぎゅるりぎゅるりと渦を巻き、破壊の色に染まっていく。


 破裂した血管に魔力の管が替わり、砕けた骨肉を魔力が補強する。神経を細胞を復元させていく。


 より人間から離れるように、より神秘を成す為だけの歯車となるように。


 何も初めての事ではない。シヴィリィの肉はこれをすでに経験している。


 第五層。死に最も近しかった時。断ち切られた肉体を再生させる感覚を、身体が覚えている。ならば後必要なのは、それを用いる為の意志だけ。


 王が拵えた肉の器は、意志さえあれば何時であってもその魔導を再現する。


「ぁ゛――が、ハッ!」


 シヴィリィは立ち上がりながら今一度呼気を吐き出し、どろりとした血を口の中から零れ落とす。口元を拭っても、血の匂いは絶えなかった。


 かろうじて立ち上がったとはいえ、万全とは到底言えない。


 魔力で補強しているだけで、肉体は傷だらけなのだ。痛みも軋みも本来なら鳴りやまない。指一本動かすだけでも絶叫をあげるほどだ。


 けれど、今だけはシヴィリィはそれを感じなかった。


 心は驚くほどに明るく、肉体は感じた事がないほどに軽やかだ。魔力は胸の奥から煌々と溢れ出し、絶える事がない。


 ――まるで、周囲全てが私の為にある庭かと見紛うほど。


 どういうわけか異物であるはずの迷宮(エルピス)が、シヴィリィを優しく包み込んでいた。迷宮(エルピス)がため込んだ魔力がゆっくりゆっくりとシヴィリィに注ぎ込まれ、肉体の再生を手助けする。


 肉体を、一つの目的に合わせて造り替えていく。


 同時、紅蓮の瞳がぐるりと動いた。


 外に魔力を感じたのだ。強靭で大きな魔力。紛れもない英傑らの魔力が、互いを食い合っている。


 シヴィリィは気軽に瓦礫を踏み越えて、まるで舞踏会にでも参加するような軽やかさで再び大通りへと舞い戻る。


 自分に何が起こったのかも分からず、自分が何を考えているのかも今一不鮮明だ。


 ただ全身を巡る魔力が、一種の恍惚とした解放感をシヴィリィに与えている。これが誰の影響によるものかなど、分かり切っていた。


「エレクのお陰、いいや所為か。私を放っておかないって言った癖に。酷いわね本当。絶対に、捕まえてやる」


 そう言って指先を払いながら、シヴィリィは紅蓮を輝かせて頬を緩ませる。


 まるで無防備な様子で、ふいと空を見た。実に、楽し気に。

 

「――っ」


 そのシヴィリィに最初に気づいたのは、鬼子グリアボルト。


 位置の問題だった。アリナはシヴィリィに背を見せており、グリアボルトの視線の先に丁度彼女はいたのだ。


 率直に言えば、グリアボルトは一瞬、何を見たものか分からなかった。


 最初に動くモノがある事に気づき、数秒の後に、先ほど血沼に突っ伏したはずの器が立ち上がっているのだとようやく理解した。


 馬鹿な。どうやって。そんな逡巡の最中。


 なんの偶然か、二人の視線ががちりと噛み合った。


 ――瞬間、グリアボルトはその場から飛びのいて間合いを広く取る。


 『超化(オーバー)』の秘技が一端。距離そのもの、空間そのものを歪ませて、長距離を物理的に短距離とする縮地。


 それをただただ、間合いを取る為だけに使用した。それも強者たるアリナ相手にではなく、自分が粉砕した相手の為に。


 その唐突な有様に、アリナすらも反応が遅れる。グリアボルトの行動は、それほどに異常だった。


「……はァあ?」


 けれど、されども。一番異常さを感じさせられたのはグリアボルト当人だ。


 まじまじと、右眼がシヴィリィを見る。


 だってそうだろう。体格は違う、精神が違う、魂も、その性別すらも違う。


 唯一、使う魔導は同様か。知識を盗み取る程度の小器用さはあったようだ。しかしただそれだけだったはず。他には何もない小娘であったはず。


 だというのに、鬼子グリアボルトは頬から汗を垂らして残った右眼を拉げさせた。


 ――どうして、かつての王と同じ魔力の威圧をアレから感じるのだろう。


 死に際に瀕したものが、より強き魔力を得る事は稀にある事だ。


 何故かというのは五百年前から判然としないが、一つ分かりやすい考えがある。


 それは魔力が、人間にとっての防衛本能だからという説。


 強大な力を持つ魔族に対抗するため、脆弱な肉体が荒野で死にゆくのに反抗するため、人間は魔力を手に入れた。


 だからこそ多大な負荷を与えられた人間の魔力は――限界の鍵を開いて成長を見る事がある。


 しかし現実的な話をするならば、そのような事は殆どなかった。あくまでレアケースだ。


 その理由として、人は誰しも無意識の内に自分は何かに守られているという意識を持っているからだと言われる。


 両親か、それとも恋人か、はたまた国家や社会か。多くは何処かに頼れる者があり、多くの場合最期まで誰かに助けを求めて死んでいく。それでは得られる成長も得られない。


 ゆえに必要なのは、誰にも守られるはずがないという意識の芽生え。


 弱い弱い自分を誰も助けてはくれないのだから、自分で自分を強いモノに造り替えるしかない。


 その意識と魔力が噛み合った時、人は奥底の魔を開錠する。騎士を造る時にも、利用される其れ。


 グリアボルトは理屈こそ知らないでも、その現象を知ってはいた。五百年前の戦場において、自身の限界を踏み越える者は今より遥かに多い。


 だがそうだとしても、王と同じになるはずが――。


 グリアボルトの逡巡を踏み潰すように、シヴィリィがこつりこつりと足音を立てる。


「……貴、君……っ?」


 ここに至ってようやく、集中状態にあったアリナがシヴィリィの存在に気づいた。そうして、グリアボルト同様に動揺を露わにする。敵も味方も、彼女が何であるのかを掴みかねていた。


 半死半生状態であったはずの者。死んでもおかしくなかったはずの者。


 それがいま、立ったまま言った。紅蓮が夜闇の中に煌めき輝く。


「何て顔をしているの、グリア。草原ではもっと素直に笑っていたでしょう。ねぇ、レディ?」


「――――ッ!」


 噛むような笑い方。軽く指を鳴らす癖。それに口調こそ違うが、その言葉は。


 グリアボルトが、歯を強く噛みしめて長い犬歯を立てる。唸りをあげるように長い角を震わせた。


 それは、怒りと呼んで良いのかすら分からない。憎悪の彩りにすら満ち溢れている。


「小娘。よくもまぁ、あんたがあたしをその名で呼んだもんだ。何処でそれを――」


 鬼の魔力がばちりと弾ける。吐息が漏れ落ち、右目一つで睨み殺すようにシヴィリィを見た。


 紅蓮が、笑みを浮かべながらそれを受ける。


「――さぁ。エレクが教えてくれただけだから。知りたいのなら、彼に聞いてみれば良いんじゃないの」


「ほぉう」


 聞いた瞬間。がちりと、鬼の歯が鳴った。それが合図だった。


 空間が歪み、遠い地が近い地と成る。地を縮めるとはただそれだけ。神速の正体はただこれのみ。速いのでも鋭いのでもなく、ただ一つ物事の道理を捻じ曲げる。


 鬼が笑い、空が唸る。


 眼前の小娘が、何故それを語ったのかは分からない。何故王の魔を感じるのかも分からない。


 けれど、ここで殺しておかねばならないとグリアボルトは思った。


 まだアリナよりずっと弱小であるはずのシヴィリィを、王の肉であったはずのシヴィリィを、ここで殺そうと誓う。

 

「――ハッ」


 声を置き去りに、グリアボルトが宙を歪め神速をもって腕を振り上げる。近づく必要はない、間合いを詰める必要もない。


 すでに敵は、其処にいる。


 鬼の腕が、紛れもない剛力を持って振りぬかれる。それは人間なぞ容易く死に至らしめる必殺。人間にとっては恐怖する事は愚か、察知する事すら難しい。


 けれど、シヴィリィはそれをはっきりと視認して――噛むように笑った。グリアボルトが瞠目する。


 どういうわけか、小娘はまるでグリアボルトがどのように攻撃するかを全て知っていたかのように。黒い腕を突き出している。


「五百年前と癖は変わらないのね、レディ」


 同時、シヴィリィの腕が、グリアボルトに向けて破壊の魔力を吐き出した。

何時もお読み頂きありがとうございます。

皆さまにお読み頂ける事、ご感想等頂ける事で続けられています。


更新についてなのですが、明日13日が所用で更新が出来ない予定です。

恐縮ですが、次回更新は14日となりますのでよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 前作のルーギスはヒロイン達の手で改造をされていきましたがシヴィリィは自分の手での改造を行っていますね
[良い点] 覚醒イベントきたあ でも今のシヴィリィをエレクが見たら「誰?」ってなりそう [一言] 毎日更新お疲れ様です
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