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プロローグ『亡霊は少女に問う』

 ――どうせ何時か死ぬのなら、ちゃんとした理由を持って死にたい。


 シヴィリィ=ノールアートはぽつりと思い浮かんできたその感想で、自分がそういえば生きているのだったと実感した。ずっと死体と接していると、自分はもう死んでしまったんじゃないかという気になってくる。彼女は特徴的な切れ長の瞳で周囲を見渡した。


 迷宮『エルピス』の冷たい床石に、誰のものか分からない左腕が落ちていた。木製の板で器用に拾い集めて、台車に乗せる。シヴィリィがまた横に視線をやれば、人の頭が落ちていた。首から上だけでまだ腐りきってはいない。死後数日。まだ生き返る可能性はある。


 首だけとなった男の瞳が、恨めし気にシヴィリィを睨みつけた気がした。


「ひっ!?」


 シヴィリィが咄嗟に手を震えさせて板を取り落とす。迷宮の通路に乾いた音が響き渡る。思わず彼女は両手で頭を押さえた。次に何が起こるかを彼女は学習していたからだ。


「おいてめぇ! 何度同じ事やってやがる!」


 シヴィリィの金色の頭髪越しに、無遠慮な拳が突き刺さる。


 鈍い音がしたが、自分の外からしたのか内からしたのかシヴィリィには分からなかった。


 彼女を殴った男は明らかにシヴィリィより大きく、肉体は鍛えられている。革鎧を身に着け、腰元には剣をさげていた。


「迷宮の中で無駄に音を出すような真似をするんじゃねぇ!」


 言いながら、男はシヴィリィの頭や空腹続きの腹部を強かに打った。道具を使わないのは彼女が壊れてしまっては困るからだろう。


 男の声の方がずっと響いているじゃないかとシヴィリィは思いながらも、口にはしない。より酷い仕打ちを受けるのは目に見えていたし、それに男がいなくてはシヴィリィの生活もままならない。


 殴られ続けるシヴィリィを見つめながらも、決して助けようとしない者達が周囲に複数いた。誰もかれもシヴィリィと同じように、薄汚れた衣服を身にまとっている。彼らもまたシヴィリィと同様に男に雇われている人間で、同じように死体の回収をしていた。


 しかしそれ以外にも、シヴィリィと彼らには共通点がある。男が大きなため息を吐いた。


「属領の奴らは本当に使えねぇなぁ……」


 属領の人間。それが彼らとシヴィリィの共通点で、男との明確な違いの一つだ。彼とその仲間は由緒正しき公領で生まれ育った人間で、自分たちは彼らに征服された属領の人間。


 簡単に言えば、過去周囲一帯の領土を征服した三か国の人間が正市民(ホーン)。征服を受けた属領の人間は、属領民(ロアー)というわけだ。


 属領民(ロアー)正市民(ホーン)の言う事には逆らえず、白いものも黒となる。個々の属領によって扱いは違うが、殆ど奴隷のように属領民(ロアー)を扱っている事もあり、法に定められた格差が両者にはあった。


「……ごめん、なさい」


 殴打が収まってきた頃合いを見計らい、属領訛りを交えさせてシヴィリィは言った。男はその言葉遣いも気に食わなかったようで今一度強く頭を殴ったが。ふんっと鼻を鳴らして次には仲間たちと談笑していた。


 シヴィリィは強く痛む節々を抱えながら、再び木板を手に取る。奥歯を噛みしめて死体を集めた。鼻は血と肉が腐敗しかけた匂いでずっと前に駄目になっていた。


 再び、死体の頭部と目があった。シヴィリィは悲鳴こそあげなかったが、再び思った。


 死ぬのなら、理由をもって死にたい。復讐でも、罪人でも良い。


『ただの消耗品みたいに、死んでたまるもんか――!』


 男たちに聞こえないように、属領語でシヴィリィは呟いた。

 


 ◇◆◇◆



 迷宮での死体集めが終わって、シヴィリィはようやく外の空気を吸えた。鼻はすぐには戻らなかったが、日の光を浴びるとそれだけで生き返った気分になる。


「おうてめぇら、報酬だ。次も呼んだら集まってこいよ」


 そうやって手渡された賃金は、銅色の貨幣が二枚だった。これを何と呼ぶのかシヴィリィは知らないが、固いパンが一個買えるのは知っている。妥当な賃金かどうかは知らない。彼らが銀色の硬貨を何枚も貰っているのを見たこともあったが、それはどれくらいの価値があるものなのかも不明だ。


 この迷宮都市アルガガタルにおいて、迷宮での死体集めは割の良い商売と言えた。迷宮とは神秘と罪過と栄光が眠る場所。周辺諸国の思惑も重なり、踏み入る探索者は後を絶たない。


 しかし魔物が眠る迷宮の中では、時に不幸な事故も起こりうる。ただ死に瀕するだけなら良いが、身体を失えば命を取り戻す事は出来ない。とはいえ瓦解したパーティでは迷宮の中に踏み込むのも危険だ。


 ゆえに迷宮に潜らず、死体を取り戻す需要が生まれる。何せ優秀な探索者を再度集めるのは困難だ。死体集めは死体を担保にした良い商売だった。手足となって扱える属領民は安く雇えるのだから猶更だ。


「おうてめぇら。解錠が出来る奴がいただろ。出てこい」


 男が乱暴さを控えめにした声で呼んだ。解錠、という単語だけをシヴィリィは耳にしておずおずと前に出る。


 彼はシヴィリィを何度も殴り飛ばした事を覚えてすらいないのか、平然とした様子で手の平から僅かに出る程度の小箱を差し出す。


 恐らくは死んだ探索者達が持っていたものだろう。通常は魔導鍵が掛けられており、掛けたものと解錠用の魔導を知っている者しか開けられない。財産を守る上で必須のアイテムだ。


 しかし、シヴィリィにとっては違った。


 彼女がそれに指先で軽く触れる。がちゃりと、鍵がその役目を終えた音がした。男たちは声をあげて中身をすぐに確かめる。


 理屈は分からないし、理由も分からない。しかしシヴィリィは、何故か触れたものの解錠を行う事が出来た。時に自然発生してしまう魔導もあるというから、それかもしれない。生まれた時からこうなのだ。勿論、その所為で得をするよりも損をする事の方が多かったが。


「よくやった、追加だ」


 男はシヴィリィの手に銅貨を一枚乗せた。箱の中には銀貨が複数入っていたが、シヴィリィに手渡される事は無かった。


 男たちと別れ、次にシヴィリィが向かう場所は何時も決まっていた。金を得たからには、使う必要がある。


「パンが、欲しいわ」


 貰った銅貨をそのまま差し出して、シヴィリィは迷宮街の商店でパンを買う。公領の文字は読めないが、属領仲間からどうすればパンが買えるかは教わっていた。


 迷宮都市アルガガタルは探索者と彼らに商売を行う者達で構成される一独立都市だ。人が生活するのに必要な衣食住、それに大金を稼いだ探索者達が浪費する為の施設まで。金さえあれば手に入らないものはないと言われるほど。


 属領民にとってはどれも遠い代物だが。


「ちょっと、汚ない恰好で近づくんじゃないよ! 客が逃げちまうだろう!」


 商店の女店主は愛想良く接客をしていたが、シヴィリィの姿を見ると額に皺を寄せて口先を尖らせた。ひったくるように銅貨を手にとると、その代わりに固いパンを手に取って地面に投げ捨てる。


 パンは何時もと同じものだったが、銅貨は何時もより多く取られた。


「ほら、いったいった」


 女店主は犬でも追い出すように手を払って、シヴィリィから視線を外す。すぐに愛想良い店主の顔に戻っていた。


 シヴィリィは投げ捨てられたパンを地面から拾う。周囲から、薄い嘲笑が聞こえる。


「……っ!」


 唇を嚙む。胸が焼け付くように燃える。それでも生きるためには、食べねばならない。シヴィリィにとってこんな所で野垂れ死にするのは納得がいかないのだ。


 負けるか。負けてたまるものか。必ず、納得いく死にざまを。それだけがシヴィリィを生かしていた。


 だから次の日もシヴィリィは迷宮の死体集めに出向いた。彼女を何度も殴った男が何時も迷宮の入り口近くで属領民を集めている。彼の名前をシヴィリィはしらない。逆もまた然りだろう。


 というよりこの都市で名前を知る者がシヴィリィにはいないのだ。属領民は自分の名前が知られる事を余り好まない。目立ってしまえばその分、責任や罪を押し付けられる可能性が高いから。


 迷宮の入り口は荘厳で、見上げるほどの建物に覆われていた。英雄の門(ラビリア)と呼ばれる場所だ。大鐘がある所と、騎士紋章が入っているのを見ると教会の一種なのだろうと想像がつく。教会関係者が魔導――力について管理をしたがるのは、公領でも属領でも変わらない。


「今日は奥まで潜る。はぐれるようなら置いていくぞ! 勝手に死ぬんだな!」


 正市民の男が笑い声混じりで言ったが、シヴィリィを含む集められた十数人にとっては冗談では無かった。


 男が言う通り、その日は随分奥まで潜った。通常なら精々階段を一つか二つ降りる程度だが、今日は四回降りた。迷宮の通路は常に薄暗く、冷たい石板に覆われている。時にゆったりと通路が歪んでいたり、何度も同じ方向に曲がらされる所為で方向感覚は直ぐに駄目になった。


 本当はもっと歩きやすい道や広間、石作りでない通路もあるらしい。男たちがこんな使いづらい道を選んでいるのは、ひとえに魔物と出会いたくないからだ。


 魔物。人類より強靭な生命力を持ち、生まれながらに罪過を持つ生物。魔導を用いれる探索者ならともかく、レベルという概念すら薄い属領民は出会ったら死ぬしかない。男たちは最低限の対応はしてくれるが、もし後ろから魔物に襲われたなら早く走れと言う以外ないのだ。


 奥地まで潜りながら死人が出なかったのは、全く幸運としか言いようがなかった。


「わぁ……」


 四回目の階段を降り、数度曲がり角を通ってから大広間に出る。思わずシヴィリィが小さく声をあげた。


 そこは薄暗い迷宮とは隔絶した、光り輝く空間だった。


 地下だというのに天井は遥か彼方にあり、朽ち果ててはいるが意匠を凝らした装飾が壁や床に施されている。何本もの柱が立ち並び、持ち去られてしまったのだろうが彫刻が並べられていた様子も見える。


 最奥には、長細い箱のようなものと大きな門。どれもこれも長い年月が経っている事を思わせるが、決して色褪せず歴史の重みを抱えている。


 神殿よりも神殿らしいと、シヴィリィは思った。偉大な造形物は、時に人に自然な信仰の念を抱かせる。


 しかしそこに、神聖さを汚すように多くの血があった。


 血と、肉片と、死体。ここで魔物との大規模な戦闘が起こったのは間違いがない。魔物が今いないのは、大規模すぎる戦闘が起こったゆえに一時的な喪失が起こっているからだろう。


「早くしろよ! 今日は遅いと本当に死んじまうぞ! 魔物がまたすぐに生まれてこないとは限らねぇからな」


 心なしか男たちの声も、何時もよりは緊張感に満ちていた。属領民(ロアー)らはそれを敏感に察しとり、板や時には素手で死体を集めまわる。


 惨めであり屈辱的だ。だが彼らにはこれ以外に生きる術は無かった。人の死が彼らの生を繋いでいた。


「……ん?」


 シヴィリィは最奥近くで作業をしていた。ふと首を傾げる。目の前に奇妙な死体があったからだ。


 彼は大門前に設置された、長細い箱に手を伸ばしながら死んでいた。箱は階段状の台座の上に安置されており、一見して何かは分からない。宝箱というには長すぎる――言うならば棺が相応しいか。そう思うと、シヴィリィには周囲が霊廟に思えてきた。ここはこの箱に入った人物を埋葬するための墓所だったのではないだろうか。


 とするならば、探索者と自分たちはそこを血で汚した墓荒らしというわけだ。途端にシヴィリィの背筋を寒気が襲う。強烈な眩暈と呼吸すら躊躇われる圧迫感。


 しかしそれは何も、彼女の勘違いではなかった。


「――ウロォォオ゛ッ!」


 場の全員がその咆哮に目を見張る。大広間の入り口、いや周囲に繋がる小道のそこかしこから咆哮が響いていた。


「ロォッ!」


「ひぃっ!?」


 獣の頭と人間よりは小さな身体。だが人間以上の筋力を持つ魔物、コボルドだ。彼らは必ず群れで行動し、時に探索者のパーティをあっさりと食い殺す。まして武器も防具も持たない属領民の集団など、餌でしかない。


「いや、いやぁっ!? 助けてぇ!?」


「騒ぐな! 余計に集まってくるだろうが!」


 誰のものか分からない属領民の声が飛び交う。反面、男たちは探索者だけあって冷静さを失わない。シヴィリィは過去にも数度、死体集めの途中で魔物に襲われた経験があった。属領民が死ぬことはあったが探索者が死んだ事は一度もない。


 しかし今日は分からなかった。コボルドは次から次へと湧いてくる。男たちは通常パーティと言える五人が揃っているが、数では圧倒的に不利だ。


「ぁ、ああぁあああ!」


 コボルドが牙と爪を武器に属領民に飛び掛かる。抵抗する間もなく、彼の首筋は弾け飛んだ。大広間の中を再び血が染めていく。


 惨憺たる有様が一瞬で作り上げられた。次、また次、そうしてまた次とコボルドは勢いを増して属領民を襲いつくす。数が多いのもあるが、属領民がもたせられる時間は数分もないのだ。血の池はますます勢いを増していく。


「っ、う!」


 シヴィリィは必死に悲鳴を押し殺しながら、木板でコボルドの頭を叩いた。木板が砕けてしまったが、一瞬コボルドの意識が途切れる。彼女が幸運だったのは、すぐ近くに探索者の男がいた事だった。彼の近くにいれば、そう簡単に死にはしない。彼らだって無駄に死者を出したくないはずだ。


 男が剣を振るって、コボルドの首を斬り落とす。断頭台のような切れ味で、コボルドはあっさりと死体になった。


「ちぃっ!」


 男が舌打ちをする。コボルドの数と勢いは異常だった。浅い層で出会った頃とはまるで違う。ゆえに彼は必死に剣を振るい、それがシヴィリィを一時的に生かしていた。


 あくまで、一時的にだ。男はシヴィリィを救おうとしていたわけではない。


「――いやぁ!?」


 コボルドの内一体が、勢いをつけながらシヴィリィの背中に取りついた。金髪が弾け、瞳から咄嗟に涙が溢れる。救いを求めるように、彼女の瞳は探索者を見た。


「動くな!」


 彼の言う通りに、シヴィリィは動かなかった。動けなかったとも言える。だからこそコボルドも彼女に取りついたままだった。


 すぅっと男が呼気を吸い込む。魔力が男の剣と身体に充満していった。空気がひりつく。それが『魔導』と呼ばれる、探索者が有する異能だとシヴィリィは知っていた。男の剣に魔力が装填され、そうして放たれる。


「魔導――剣技『首狩り』」


 魔導。神と教会が認め、人が用いれる権能。強すぎる力は罪過となるが、管理しきれる範囲のものを教会は魔導と称し行使を認める。曰く、神の秘術と奇跡の一端。大気と生物の体内に満ちる魔力を用いて、肉体の強化や神秘の行使を行うための秘奥。


 男も探索者であれば、曲りなりにそれを習得していた。そうでなくては迷宮に潜れる探索者とは言えない。神秘は男の剣から放たれ目に見えぬ刃となってコボルドの首を切り裂いた。


 ――シヴィリィの身体と共に。


 シヴィリィは自分の身体を斜めに両断した跡を、茫然と見つめていた。それは酷く非現実的で、夢のようにも思える。斬られたという事実がどうしても受け止めきれなかった。


 しかし瞬きの後に、現実が襲ってくる。


 シヴィリィの全身から血が噴き出した。コボルドの血と混ざりあい、濁った赤をしている。男は当然のようにそれを見ていた。いいやもう、次の敵へとその顔は向いている。


 そうか、そうだった。ようやくシヴィリィは思い出していた。


 彼らにとって、自分たちの命など見向きする必要もない消費物だ。囮に使えたのなら十分。シヴィリィに多少利用価値があったとしても、自分の命より高くはない。当たり前の事だ。


 身体が自然と床に倒れ伏す。今まで自分たちが回収してきた死体と同じように、朽ち果ててしまうのだとシヴィリィは実感した。違いは、自分たちの死体を集めてくれる人たちはいないということか。


 もう冷たくなり始めた身体で、指先だけが懸命に動いていた。瞳に涙が浮かび、顔が情動に満ち溢れる。苦悶ではなく、悔恨だ。


 終われない、こんな所で終われるわけがない。征服され属領の民となっても、嘲笑と侮蔑を受けても、それでも生きてきた。死にたくなかったからだ。生きていたかったからだ。


 ちゃんとした理由を持って死にたいからだなんて、言い訳だ。ただ死にたくなかった。


 生きて、暖かなベッドで眠りたかった。柔らかなパンを食べたかった。普通の服装をしたかった。皆に侮蔑されず、普通に歩いてみたかった。笑い合える仲間が欲しかった。


 ――けれどどれも叶わなかった。


 シヴィリィの指先から、力が失われていく。もう顔からは血の気が引いていた。不自然に伸ばした手が、長細い箱に触れていた。そうか、倒れていた死体も誰かに救いを求めて、こんな風に手を伸ばしたんだ。


 じゃあ指が届いた分、まだ自分は幸福かもしれない。シヴィリィの瞳が、ゆっくりと閉じ掛け虚ろになった。


 同時に、声が響いた。


「――どぉーして死にかけてるんだお前。おい、必要以上に俺の墓に触れるんじゃない。これは俺のもので、俺だけのものだ」


 誰かの声だった。聞いたことのない音階だった。しかし不思議とよく耳に通る。


 返事をする気力すら残っていなかったが、シヴィリィは目を上向かせてそれを見た。


「どうする、このまま死ぬか。俺はそれでも良い、楽だからな。楽か苦しいかなら楽な方が良い。だが俺を起こしたのはお前、だから権利を持っているのもお前だ」


 傲慢な物言いだった。声の主は長細い箱の上で脚を組みながらシヴィリィを見ていた。ぞっとするほど奥の見えない瞳と黒色の髪の毛に、奇妙な品性を感じさせる佇まい。年頃はまだ若い。シヴィリィとそれほど変わらないだろう。だというのに品位では隠し切れないほどの強い狂暴性を隠し持っている様に見える。


 だが何より象徴的なのは、彼の姿が半透明という事だ。彼は生きていない。しかし、死んでもいない。


 シヴィリィの理解を置き去りに彼は言った。


「俺の名はエレク。どうする? 生きるのか、それとも死ぬのか。それだけだ」


 生きるのか、死ぬのか。単純明快な二者択一。シヴィリィは最期と思われる一声を、喉を震わせて言った。属領の言葉だった。


『……生きたい、絶対に死にたく、ない――ッ!』


 例え彼が人間でなかったとしても、大罪人になったとしても、その生涯の果てが断頭台での処刑であったとしても。


 生きなければ人は終わるのだから。


 それだけを言って、シヴィリィは指先を落とした。まるで命が、終えるかのように。

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[一言] どうもはじめまして。 作品も拝見しました。 とても面白かったです。 (((o(*゜▽゜*)o)))
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