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僕、猫、異世界  作者: アタオカしき
第1章〜僕と猫と異世界と
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いきぐるしさ : 4


頭の重い目覚め。


目を開けた。真っ暗だった。


開けられた冷凍庫から漏れたような、冷たい風が吹いている。


盗み聞きのようになってしまったことを恥ずかしく思う。


中学のころ、僕の耳寄せが露骨(ろこつ)であった時、女子から“いつも近くにいるけど何してるの”と言われたことがあった。


そのときの顔、声音その他周りの女子たち様々が今でも鮮明に思い出せるほどその時は胃が痛くなった。








内蔵が口から溢れるような吐き気を堪えるために深く息を吐く。肺を潰す。


薄暗い月明りはなく星も見えない。


自分が目を開けているのか閉じているのかもわからないほどの夜。頼りは地面の感触と肌をなぞる、痛みすら感じる極寒の風。



なにもみえない。



なにもわからない


重たい息が口から漏れ続け、肺が硬直したようにひくついて膨らみ縮む。



いきぐるしい。



わからない。



わからない。



ストレス。


ストレス。


胃の激痛。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


訳のわからない草原、裸で死んだと思ったら生きている。


「ああああああああぁぁぁ!」


頭を地面に強く打ち付ける。


僕は何がしたい。


僕は僕に知らないふりをした。


一からのやり直しができるんじゃないかと期待している。異世界に呑まれている。異世界の出会いに、今まで考えたことも無い明日のことを初めて妄想している。


その妄想を僕は強く否定した。


いままで通りの僕だ。環境が変わればと今まで考えていたことは予想通りにならなかった。いる世界が変わっても僕は変わっていない。いる場所が変わったぐらいで得る物はなにもない。


何もない。


今までの人生を費やして僕はそれを学んだ。


体を起こして、頭を潰すように腕と手で囲んでそこを押さえつける。


暗くて自分の指先すら見えない。何がしたい。自分のことすらみえない。


なにもわからない。


わからないわからないわからないわからない。


お前は全ての生き物と変わらないただの生き物。お前はただの物質の集合体。お前は生まれた時から人間社会に入り込めなかった。


それをぼくは知っている。


ロロがいたら。


ロロが、いてくれたら。


ロロさえいれば、ロロのところにいけたら。



「ああ……おえ」



いきぐるしい。


いきぐるしい。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



























冷凍庫に放り込まれたように凍えて、鳴き声が聞こえてきた。


それは生き物のようで、喉から歯ぎしりをしたようなくぐもった奇怪な音。


それはただの物質のようで金属がこすれたような身の毛が立つ音。


黒の中で黒がうごめきはじめた。


音は近づいてくる。


ぎり、ぎり。


後ろから。


ぎり、ぎり。


胃は激しく痛む。


凍えた空気中、やけどしそうな熱気と赤く光沢する光が、僕の背へ降り注いだ。


ゆっくり自分の首だけを動かす。


いた。


その正体。


僕を十分に飲み込める赤い口を開けて。


夜闇に浮きだす、いともたやすく僕をぎざぎざに裂く赤い大きな歯。


どんな黒よりも暗い、その獲物を臓腑に送るための喉。


ぎり、ぎり。


熱く血臭い息を吐き掛け、ぎりぎりと鳴く目の前の生き物は、喜色に満ちている。


顔を正面に戻し、背を向けて。


僕は目を閉じた。


そよ風が吹く。



























僕は今度こそは天国へいけただろうか。


未だに闇は晴れずにいる。


地獄に堕ちたのだろうか。


痛みなくいけたことを有難く思う。





目を開けた。


だけど、そこには変わらない黒が広がっていた。


「つよく、ある」


その声は、ほつれた僕を繕わせた。


「こ!こんばんは……」


びくりと震えた体と心臓、出かかった大声をこらえる。


灰色の女の人だ。


その人の声だけが、恐らく僕の背後から聞こえる。


振り返ると、大口を開けたままの赤い闇を背景に、その人を影として見ることが出来た。


赤い大きな光はどんどん弱っていく。


「何したんですか」


「だいじょうぶ、あんぜん」


僕の中でその人はごみになった。


「何したんですか」


「もうだいじょうぶ」


「何をしたんですか」


いらないものは処分しなければならない。


「ああ」


僕はその黒い体がありそうな場所に這いつくばって手を伸ばし、見つけてゆすり動かした。


生肉を触ったような、脂のべとべとした触感。


急速にその生き物の熱は、凍えた空気に溶けていく。


「あああぁぁ………………」


「つよく、ある」


なぜごみが日本語を話すのか疑問に思った。


黒板を爪で引っ掻いたような汚い発音。


「あなた、のこと、わからない」


「初対面ですからそれは―――」


「でも、ふあん、わかる」


「…………」


力のこもる腕を、自分の体に巻き付けるようにして堪えた。


「こわい、わかる」


耳を子供みたいに塞ぎかけた。


「きたい、わかる」


睨まないために目を閉じた。


「だから、つよく、ある」


怒鳴り散らさないために舌を噛んだ。


「…………」


馬鹿げている。


生きることは素晴らしいと心底信じきっている存在の言うこと。


信じることで救われると、上を向いているだけで足元を見ない人の欺瞞。


上を向いて信じる奴は足元をすくわれる。


押し付けるな。


「つよく、ある」


何のために。


「どうしてそうならないといけないんですか」


何のために。


「何でそんなことしたんですか」


「だからたすけ―――」


「何で!」


疑問。


「何で何で何で!」


無駄。


「ないていたから」


「こんな真っ暗で!」


「でも―――」


「黙れ黙れ黙れ黙れ!」


いきぐるしい。


「あああ!ああ!何で!何で………」


「ないている」


「おねがいでず。ほっどいでぐだざい」


いきぐるしい。


「喉づまるんでずいきぐるしいんでず。死にだいんじゃないんでず生ぎだぐないんでず」

















「わかった」


閉じた目を開いて顔を上げた。


「いきてもらう」


血の沸騰、手のひらに爪を食いこませ熱を堪えた。


「あなたのねがいきけない」


衝動にはらわたが泡立つ。


この女の首折ることを考えた。


「ていあん」


女は暖色の明かりを右手に灯した。不快な熱が肌に浸透する。


残酷な仕打ちを正しいとでも思う慈愛に醜く歪んだ顔。


道徳規範通して僕を見るな。


「これとれたら、あなたの、ねがい、はかなう」


手のひらほどの、丸い貝のような、緑青に、赤、黒、白と錆びた金属。それをこの存在が開くと数字の付いていない時計が示された。中の機械仕掛けがむき出しで、それはぼろぼろに錆びついている。長い針一本だけ動いており短い針は十二時方向を向いていた。


「とって」


睨まずにはいられない。


「あなたのもの」


蔑ろにされ、無視をされた不快に、顔がより熱くなったことがわかった。


「こうつかう」


ごみの右手の明かりを頼りにひりつく目尻こすって目を凝らす。錆びた時計を彼へと押し当てたのが辛うじて見えた。


すると時計は、左に高速回転を始め、同時にあのとてつもない凍えが戻ってきて、彼からは灼熱の空気が吐き出された。


僕は彼へと駆け寄る。


起き上がった友達は本当に真っ黒で大きさはわからないけれど、その目の前の赤い大口だけでも僕の2倍。


その大口が僕を飲み込んでくれることを期待した。


ぎり、ぎり。


彼は帰ってきた。


「こうする」


錆びた時計が押し当てられ、右に針が高速で回転。


彼はまた口を開けたままこと切れた。


そう。


そうか。


そうか。



僕は手を伸ばした。


近づくにつれ時計だけが暗闇に浮かびだす。この時計は地獄へと降りてきた蜘蛛の糸。


自然と笑みが溢れた。


目をこすり、僕は安堵に息を吐き出しーー


「おそい」





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