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僕、猫、異世界  作者: アタオカしき
第1章〜僕と猫と異世界と
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世界と僕 : 3

無味乾燥、それは僕の人生だ。


自立できない時、家に居たくないことが多く、大好きな学校では弁当をいつもひとりで教室で食べていた。学校行事は、一人でいるのを見られても動じないだけの心を作る場だった。


俗にいう陰キャラですら友人がいたのに僕はそれが一人もいなかった。


人付き合いが嫌い、苦手ではない。むしろ一対一での会話ならだれよりもうまく会話できる能力はあった。


それは話を盛りすぎだ。


正真正銘の人間関係ぼっちではなく本当は、学生のころにバイト先で一回りも二回りも歳の上の人とは話していたから、完全に孤立していたという訳ではない。


でも心躍るような人間関係があることは一度もなかった。


一人が好きだったわけではない。


人と一日中一緒でも、自分の時間がなくても苦痛を感じることはない性格だと思う。


人と話すことは楽しく、挨拶のやりとりだけできても嬉しい。


挨拶ひとつで、相手がどんな性格なのか分かるから、会話をしているような気分になる。


年の近い人と話す機会が到来した時のために、心理学の本を読んでひとり夢想をしていた。


僕にとって残念なことに、その知識が僕の記憶棚から引っ張り出されることはなかった。


これも話を盛っている。


高校生のころ、本当は半年に一回くらいは中学の同級生と話す機会があった。


お互いほとんど話したことないから、僕が相手の近況を数時間くらい聞いて終わった。



社会人になってもそれは変わらなかった。でも仕事では向こうが嫌でも話しかけてくれる。 会話は業務的だ。


それと、これとは別に困ったことがあった。


僕の弱点が日常生活と仕事で足を引っ張ったということだ。


それは短い間のことを覚えられないこと。もうひとつは物を探すのが苦手、視界にはあるけど認識できないこと。


それら2つ、物をみつけられないこと、短期記憶が苦手なこと、この相乗効果で僕でも信じられないことが度々起こった。


これは実際にあったこと。


ある日、ごみを出すため玄関に置いていたし忘れないために起きてすぐ、ごみごみ、と復唱していた。


だけど、小指を角にぶつけて、痛みで復唱をやめたとたん、ごみのことを忘れてしまった。


こんな時のために、忘れた時の対策としてごみは玄関に置いていた。


だけど自分でも信じられないことに、僕は見つけることができず、そのまま帰るまで気づくことも思い出すこともできなかった。


だから仕事では、物はどこかに置いた拍子で失くす。頼まれたことも、意識を奪われることがあればなかなか覚えていられない。


メモを取っても失くし、持っていることを忘れる。


だから、電話の引継ぎも名前を聞いて、すぐに忘れて、もう一度たずねてを3回繰り返し、その名前を誰かに伝えるころには忘れている。


周りには不可解に見えるので、単にやる気の問題だと、僕の評価が落ちてしまう。


最初はみんな優しかった。


だけど変わらない僕に周りは冷たくなったし大勢いるところで怒鳴られて見下げた視線にさらされた。


その状況に、自尊心を傷つけられども、僕は怒りを覚えることも理不尽さを感じることはなかった。


人は予測してない事態に遭遇するとストレスを感じて怒ることをよく知っていたこと、理解できないものも同様に、それはストレスから嫌悪を感じると知っていたからだ。


でも僕は、僕にとても困っていたことは誤魔化せなかった。


だけど僕が頑張れたのは、拾った猫、ロロと名付けた子のおかげだった。




冬が近づき、防寒具を忘れれば一日中手をこする羽目になった、そういう日の沈んだばかりの夜と夕方の境目、薄明に空がぼんやりする頃。


重い足取りの帰り道、僕の住むアパートに近づくとしきりに鳴く子猫の声が聞こえてきた。


それを聞いて、懐かしさが目にこみあげてきたのを、覚えている。


四歳から六歳くらいの間の記憶、誰の家だったか定かではないけれど猫が二匹いた。


それを思い出して、それだけのことを猫探しの動機にして、見つけ出すことにした。


誰かほかの人にさきに見つけられると、その人をにらんでしまいそうだったから、音を頼りに僕の住む二階建てのアパート、一階のほうの近くをくまなく探した。


どうにもここにいない。


だからアパートの周辺に探りをいれた。


排水溝に耳を近づけ、両耳に両手を立てて鳴き声の方向を探す。


僕にとって幸運なことに、誰よりも先に僕は見つけた。



アパート周辺の空き地の雑草茂る場所でけたたましく鳴く声に、白く薄暗い光を反射した無垢な目。


野良の子猫は触ってはいけないというけれどそのまま部屋に抱えて行ってしまった。それから、家に戻ってすぐに調べてみた。


安易に拾ってはいけなかったけれど、拾ったからには飼えるようにしっかりと子猫の状態を整えた。


洗面所で洗い、乾かし、動物病院へ連れて行った。


とても愛らしくて、庇護欲をかき立てられる鳴き声と青い目をしていた子猫で、僕は一週間かけて考えてロロと名付けることにした。


ロロはかわいいと言う日本語だけでは言い表せない。


全身短い毛並みで、それはなめらかでやわらかく、顔の中心から端まで白色寄りの銀色。


鼻先から尻尾の付け根まで、グラデーションを掛けるように限りなく白に近い銀色がかったさらさらの体毛。


一言で言うと、ブルーポイントのロシアンブルー。



言い換えると美人だ。



付け加えないといけない特徴がある。



それは尻尾だ。



そのチャーミングな尻尾は体で一番銀がかっていて、彼女の繊細で、ころころと変わる気持ちを猫の表情として、とても、よく、たいへん、すごく、常に表していた。


おまけに賢くて愛嬌があって守りたくなるし短い毛もつやつやで甘えん坊で透き通った碧眼は銀河を圧縮したかのようで絹がロロの毛の真似をしているのは大げさでもなんでもなくたった一声甘い声を響かせるだけで僕はすぐさまご飯を運ぶ召使いへとなりその鋭い目は睨まれた生き物が等しく息を詰まらせ爪を研ぐその音は聞いた者すべてが自らの首をはねられたと錯覚するほど………………


ロロはかわいい……ロロのおかげで毎日頑張れた、生きることが出来た。


僕は小さいころに猫と触れ合った経験はあったけれど、猫を飼う知識はなく、あれやこれやとネットで調べ、ロロのために一緒に暮らす環境を整えていった。


それと僕は電気代節約のために夏場は窓をあけていて、部屋にはエアコンはなく扇風機があった。


出会いから心躍る時間が流れ、窓を開ける季節になったとき、ロロは両手のひらの子猫ではなく、二の腕よりちょい大きいくらいになった。


それからの毎日は、人生で一番心躍る毎日だった。


名前を呼ぶと短く、にゃん、と鳴く。


帰るたびに、甘えた鳴き声で駆け寄ってきた。


もう愛おしくて愛おしくて。


ロロは甘えるとき、高い鳴き声をあげながら頭から体当たりをしてきたり、目をつむり、鼻からくちびる、頬、まぶた、と顔を擦り付ける。


そして、やすりのようなざらざらした舌で手を舐める。


体当たりの重み、ざらつく湿った舌の感触が心地よくて、舐められる度に胸の奥からきゅーっとあたたかさが際限なく湧いた。


ただ、ロロは、悪くいうとくそやろうで、良く言うと可愛いあまのじゃくだった。


甘えて突進してくる途中で気が変わって、わたしに近づくなとくるりとそっぽむいたり、かまってとばかりに甘く鳴きながら近寄ってきて、猫殴打を僕の手の甲にお見舞いしてから離れることがたびたびあった。


こんなことも。


帰り道に、たまたま人慣れした野良猫を少し撫でて帰った時。


玄関で靴を脱ぎ、いつものただいまをすると、ロロが尻尾をぶんぶん叩きつけるように振り回し始め僕から距離を取った。


僕は戸惑いに、ぎこちなくロロの頭を撫でようと手を近づけると血が出るくらいに噛まれた。


噛まれた手は、よその猫を少し撫でた手。


それはロロにとってご法度で、約一週間、僕は見送りとお迎えのない虚無を過ごした。


それから、ごくたまに捕まえたセミを仕事帰りの僕にくれた。


ああ、そして心苦しいことに、僕はセミを食す文化がなく、食べることもできないから、感謝の込めてその小さな額を下から上へ親指で撫で撫でし、食べたそぶりを見せた後、こっそり家を出て土に還した。







出会いから日にちが過ぎ、ロロがまた大きくなったころ。仕事の帰りにロロのお迎えがなかった。


でもこんな日もごくまれにあるだろう。


暑い夏の日、窓は一日中空いていた。ロロには鈴をつけていた。大丈夫だろう。


ずっと窓を開けていても、部屋の物を盗られる心配はなかった。


スマホと、充電器と、アイロンとスーツに、雑巾と変わらない寝間着、かび臭くなったおしゃれ着数着とあとは冬用の毛布、膝丈程度の冷蔵庫、扇風機、あとはロロのためのトイレにロロのご飯にロロのクッションとロロの爪とぎコルクに穴がある四角いロロの隠れ家兼テーブルロロが高いところに登るためのロロ用家具とロロが小さいころ一緒に遊んだねずみのおもちゃはあった。


敷布団はない。


固い床のほうが体と首を痛めなかったからだ。


全ての物は床に置いていた。


棚や物を管理する何かがあるよりも、床のほうが管理しやすかった。そしてこの時の僕の部屋は、僕よりもロロのために使われていた。


この日は冷たい水を飲んで気分を紛らわし、ご飯の用意だけはして窓はそのままにすぐ床へついた。







そして朝、いつも通りおはよう。でもロロはいなかった。


急に動悸がして、胃が下から波打つように重い痛みがして、いてもたってもいられなくて、会社を休み、ロロを探した。


ケガをしたかもしれない。


怖いことがあって隠れているかもしれない。


もしかしたら誰かが拾ったかもしれない。


僕は見かけた人に例外なくロロのことを尋ねた。でも結果は芳しくなかった。


だから探し続けた。


猫が入れそうな穴、排水溝、保健所、思いつく限りの場所を探した。


起きた時のよれよれの寝間着のまま、太陽に汗ぬらし、夕日に目を細め、夜の暗闇に聞き耳を立てた。


それから日付が変わった。



ロロ。



ロロ。



ロロ。



ロロ。



ロロ。



ロロ。



それでも名前を呼びながら、ひたすらに歩き回って、全方位に注意を向けて探した。


そうして出会った空き地を通りかかったときだった。


か細い鳴き声が聞こえた。


僕は直感し、すぐに膝をついてあの時の茂みを探ると、虚ろな目をしたぼろ雑巾みたいな生き物を発見した。


ロロだ。


ロロが衰弱した様子で横たわっていた。


怖がっているように耳を伏せ、警戒していて、ぐったりとして。


呼吸が浅くて、瞳孔が大きくなっていて、かわいい顔が言葉にできない酷い状態で、体は血だらけで、さらさらの毛はぼろぼろに抜けて………


僕は見ているだけしか出来なくて、目を離した時にはもう儚くなってしまいそうで、なのに涙が邪魔でロロがよく見えなくて。


抱えて、顔をロロの首元に埋めて、ぬくもりが離れないように、やさしくつよく抱きしめて。


名前を呼びかけ続けていると最期によわよわしく、ロロは喉をならし、僕を向いて甘えた声で、手の匂いを嗅ぎ、鼻からくちびる、頬からまぶたへと、顔を擦りつけて、指先を毛づくろうように舐めて、ざらつく湿った舌で舐めて、舐めて、舐めていて…………






寒い思いをさせないために僕はロロを抱えたまま冬用の布団をかぶりそのまま寝た。


僕は肝心な時に、気が抜けて、めんどくさがりだった。


そして全ての生き物に対して、僕は受け身だった。


僕はこの性質によって、人生に大きな影響を及ぼすいくつかのことが起きた。


そのうちのひとつ。ロロは大丈夫だろう。


迎えがなかった時でロロを探すことは、僕がロロへ心の距離を詰めることを意味する。


ロロと最初に出会った頃以外、僕はロロが僕へ近づかない限り触れなかった。


心の距離が近いことを認めるのを、僕は猫でさえ嫌った。


油断。


めんどくさがって。


大切なのに当たり前がすぎて失くした。












つらいだけの人生は僕にとって生きている意味はない。


死ぬことより生きることのほうがつらいのに、ほとんどの世の中、ほとんどの価値観、ほとんどの人はそれを認めない。


でもそれが僕の所属する社会の仕組みだ。


僕はそれに納得している。



あたりが強くなる職場。


ほかに居場所もない。


髪もいっぱい抜けた。


それでもただ生きる。


なぜなら、僕の所属する社会において、死へ踏み込む人は問答無用に、あざができるほど他人から襟首を掴まれて引っ張られる慣習、価値観だから。


何もない乾いた毎日。


でも積極さは持てなかった。


サソリですら、大きなガラス瓶に閉じ込められると自らの背中を毒針で滅多刺しにする。


このとき、昔から考えていたことは絶対の真理だと思った。


生き物はただの肉片で化学反応の集まり、とてつもない奇跡で動く無意味。


生き物は素晴らしいという奴らを否定せずに認めても僕ら生き物は生きるために生き物を殺す糞製造機。


死ぬことよりもつらいことは生きることだ。


散らかった部屋で寝落ちる前に考えた時だった。






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