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僕、猫、異世界  作者: アタオカしき
第1章〜僕と猫と異世界と
13/204

村と僕 : 10

先程まで走っていた乾燥した場所と変わり、湿度の高いべたつく風と、見るたびに感謝の言葉をつらつらと言い出しそうになる太陽の下、僕とマーヘンさんは森を抜けて、芝生くらいの背の低い植物が生えた平地に出た。


見慣れない風景に、気付けば自然と感動した息が漏れていた。


僕の慣れ親しんだコンクリートの壁とアスファルトの地面はなく、大地は日光の恵みを存分に授かっていた。


少し遠くには、畑があり、放牧された家畜たちもいて、人間の営みが見える。


ひときわ目立つのは、おそらく石でできた塀だった。


世界大会で使われる棒高跳びの2倍高さがあるように見える、大きな塀だ。


「もう辛いの大丈夫なの?」


僕は力強く頷く。


「もう心配ないですよ」


彼女はいたずらっぽく首すくめて微笑みを作る。


「そっか。ごめんね?」


しばらく互いに黙って歩く。


「ねえ、そろそろ色変えたほうがいいよ」


「え」


反応悪く顔を濁していると、マーヘンさんは僕と目を合わせる。


マーヘンさんの目の色、特徴的な灰がかった薄緑は、濁りと澄みの間の、べっこう色の髪に似合う黄色の目になっていた。


「どういうことでしょうか。ぶあくしぃッ」


肘関節の内側を使って、顔を左にそむけ口をふさぐ。


「面白くないよ」


僕にはマーヘンさんの意図がわからない。


表情には出せないけれど、心の中の僕は口を半開きにしている。


「目の色変えるんだよほらはやくしなよ」


「目の色変えるとは、変えてぶあっくしょうんするんですか。すみません。えっと変えるということはどういう……」


言葉を受けて、マーヘンさんは僕を横目でみる。


半信半疑や信じられない、あるいは疑いを持った時に僕が見てきたしぐさだ。


「はぁ。目、大きくあけて」


マーヘンさんは背伸びをして、左手で僕の右目を大きく開く。


「いや、あの」


次にマーヘンさんは僕の顔を上向きにして固定し、彼女の背負い袋から器用に片手で取り出したガラスの容器を持った右手で何かを両目に点眼した。


「これでよし」


不機嫌で平坦な声の独り言をぼそりとマーヘンさんはこぼす。


人をうんざりさせることを僕はしたようだ。


胃がじくじく痛む。


「ほらほら」




_______________________________






でこぼこで草がない、人が広がって3人は並べる道に入り村の塀の扉まで来た。その扉は塀の半分の高さがある。


扉は開け放たれており、塀には見張り番らしき人たちが立っていた。彼らは僕とマーヘンさんを見ている。


マーヘンさんは一歩僕より前へ歩き出し、小さな背負い袋から右手で器用に何かを取り出した。


ひとりの若い見張り番が塀から飛び降りる。


着地。


口から感嘆したため息が漏れた。元の世界ならこの行為は愚行だ。


彼女の持つもの、それは手の中に納まる大きさなのはわかったが、ぶあっくしょんよく見えなかった。マーヘンさんはそれを彼らへみせると体格のいいの見張り番が言葉を発した。


少なくともラディノディグ語ではない。


ここで見せるに妥当なのは通行証か身分証だろう。短髪の見張り番はマーヘンさんが持つものをみて、にかっと歯を出して笑った。


「―――――!」


見張り番が大きい扉へと、ではなくその隣の人丈より少し大きい程度の扉へと歩き出す。


見上げてばかりで気づくことが出来なかった。


ふたつ扉が付いていることに興味がひかれる。


「いくよ」


僕とマーヘンさん、見張り番は大きな扉の横にある、その木扉を通って村の中へ入った。




________________________________





日は少し傾き昼下がり。


村の中に入れば、道は石で舗装された石畳になっていた。


村という僕の固定観念よりこの村の規模は大きく、畑を耕しに出ているのか、あまり人は見かけない。


木の幹を切り倒してこしらえた屋根と木造の平の家々が立ち並んでいる。


村のどこを見回しても塀の存在感が際立っていて、この村の人々は日焼けした肌色で、彫りが深い顔立ちだ。


女性も僕よりほんの少し低いくらいで、何もかも大きい。


ぶあくしょん。


村の中心と思われる場所へ来た。


そこは簡易集会ができそうな四角く大きく開けた場所。


そこから少し離れたところに、教会のような、塀の次にこの村で高い建物が見えた。


それは五階建て、あるいは四階建てほどあり、てっぺんには十字架ではなく、長方体が象徴のように村を見下ろしていた。


広場の中に目を向ければ、革製の鎧を着た人たち4人、彼らは僕とマーヘンさんが遭遇したくまさんの毛皮を剥いでいる。


僕は目を背けた。


広場を通り過ぎ、しばらく歩くと、厩舎らしきものが。


体格は馬、顔が山羊、角がアメリカンクルーザーのように後ろ向きに伸びていて、羊のようなもこもこが生えている。


毛皮も取れる家畜。そのような印象を受ける生物だ。


厩舎のとなりには、この村で一番上等そうな、ガラスのない窓が、他の平屋に比べて多い、二階建て、石と木造りの建物があった。


そこからまた歩き、やや村の端あたり、四角い石と木造りの平屋に案内された。きっと数百年後には教科書に載っているだろう、そういう古さを思わさる建物だ。


その建物、ここへ来る全て客人が今まで案内されてきただろう部屋に僕はいる。


案内してくれた村人は去り、マーヘンさんもいつの間にかいなくなっていた。


中の案内があると思った。それは必要ないほどここら仕切りのない部屋だった。


だから僕は仕切りのない部屋、顔の表情を落として椅子に座っていた。


広々とした空間に、数人は座れる長い机と四角い椅子があり、暖炉があり、机から大股3歩離れに大人数でまとめて眠れる大きな寝台がある。


日本では馴染みのないこの間取りに僕は新鮮さを覚えた。


木製の窓は多いから部屋は十分明るくなりそうで、開ければ見ていて心落ち着く光が差し込むだろう。


開けなければ、窓から漏れる光のみが部屋をか弱く照らす。


いきぐるしい。


笑い声とは肉片が、がたがた震える下品な音。ただのたんぱく質は満足そうに生きている。何もかもが馬鹿げている。熊も。家畜も。村人も。無意味にも、感情と生きたいに支配されている。ただの化学反応だ。無意味。無意味無意味。僕らはその感情を無視できない。しょせん僕らは生き物。この感情からは逃れられない。たとえすべては虚無で無意味だと悟っていてもそれは避けられない。


「ぶあああっっくしょぉぉぉぉん」


「ゥゥゥゥゥ!」


その声。僕は耳を立てた。その影、目を見開いた。


その猫の真っ赤な赤毛は僕にとって初めてだった。


野生動物の硬そうな毛並みで三本線の太い傷跡が顔に刻まれている。窓から差すか細い光に、逆光となってその黄色と橙が混ざった目が浮き出ていた。


猫だ。


心の中で叫んだ。


猫だ。


僕は叫んだ。


猫だ!


僕の心は絶叫した。


僕はそう振る舞う。


待て。僕は猫から視線を外す。異世界の生物だから突然口を蛸のように開けて襲い掛かってくるかもしれない。


待て。猫に食われるのなら本望。


だがしかし、ロロはもっと可愛かったけど、だがしかしこの子も愛らしい。


でもいや、ロロは甘えて突進してくる途中で気が変わり近づくなと怒り出すこともあったけどこの子もそうだろうか。


猫へごあいさつ。


目を閉じて………視界は真っ暗になった。


魔力が見えない。


喪失感にさいなまれ、胃ははじかれたように痛む。


一過性の不具合。悪いことは後回しにして、猫へ敵意はないと伝える。


人慣れしているなら近寄ってくるかもしれない。


ゆっくりと目を開ける。


猫はじっと僕を見つめたままだ。


警戒していて、魔力の気配は膨らんでいた。


耳を横向きに垂れ下げ、瞳孔が蛇のように細くなっているのが、顔の傷の三本線とあいまって、より瞳孔の細さが際立つ。


これは猫が危険を捉えたときの表情だ。


目を閉じて。


みっつ数えて。


重りで引っ張られるようにのそりと目をあければ。


「ゥゥゥゥゥゥゥ」


結果に、僕は自分の経験を疑った。


赤毛の猫の顔は僕の正面を向いて毛を逆立させ威嚇しているけど、体が横向きで今にも逃げだしたいように見える。今度は瞳孔が大きく開き、耳は頭にそってぴたりと伏せられ、尻尾は後ろ二本足で隠している。


この事実に僕は肩を落とした。猫は恐怖で逃げ出す数秒前。


撫でられないことに、どこか安堵を覚えた。


耳を塞ぐ。


何かを察知した時、耳を頼れば何かしらの発見があった。膨大な魔力の音を、すこしずつ減らしてノイズを消す。


掴めた。


後ろ。


僕は座った体勢で、半身、最小限の動きで後ろをみた。


「びっくりしたあ?」


べっこう飴色の髪をゆらりと揺らしてマーヘンさんは膝を曲げて僕へ顔を近づけた。


「猫、好きなんだねえ」


「は、はぁ」


いきぐるしさを忘れる瞬間は猫と戯れているときだ。


そうだったはずだ。


「こんなとこいるの初めてみたなぁ~」


長机を回り込み、マーヘンさんは猫へと、かかとから付けるおっとりとした歩みで近づく。


「フシャーー」


脚を伸ばしても届かないほど距離はある。猫はさらに魔力を高めて威嚇した。


これだけの量があってなおかつ出力できる体しているならこの村は吹き飛ぶだろう。


あの森でも、この猫と同じ量かつ数十匹という群れで追いかけてくる蝙蝠もいた。


ただその蝙蝠は量があるだけで放出量は全然たいしたことはない。でも、初見の時は心臓が強引に止まろうとするほど怖かった。


身震い起こる記憶を脳の記憶棚に押し込む。


マーヘンさんへ声を掛けようとした。杞憂だった。


彼女は1歩下がって距離を離す。


マーヘンさんは残念がる様子はなくあっさりとしたように僕へ振り返った。


「でさあ」


黄色に変わっていた目は僅かに灰ときらめく。


「目の色すごいよね」


マーヘンさんは僕の目線にまで腰を曲げ、首を傾げてのぞき込む。


「誰のです?」


きっと僕のことだろう。


茶黒の目は珍しいのだろうか。


「ふーん」


マーヘンさんは大きく息を吐く。


「そいえばあの時何垂らしたのですか」


「あのとき」


マーヘンさんは目を細める。


「森出てから垂らしたじゃないですか僕の目に」


「ああ~知りたい?」


「はい、興味あります」


マーヘンさんは僕の表情をじっと見ている。


「相手を不快にしないための礼儀みたいなものだよお。マーたちにとってのね」


建物の出口に向かって、石畳の床がマーヘンさんの木靴によってこつこつと響く。


「あっ全身灰色みたいな人とお知り合いですか」


マーヘンさんは、べっこう飴色の髪を揺らしながら振り返ると、真剣な、澄ました顔つきを作る。


「あんま灰色とか言わないほうがいいよ。マーのためにも、きみのためにもね」


その表情は友好的だか、本音が読めた。道端に置かれた正体不明の不審物でも見るようにマーヘンさんは僕を見ている。恥ずかしくなった。しかしどうすることもできない。


「夕方なったらはなびっていうの、打ち上げるからさあ。わくわくしてて?じゃね。それと部屋閉め切るのよくないと思うよ。陰気臭い」


マーヘンさんは窓を全部開けてから、扉をばたんとして建物から出て行った。


だれが花火の打ち上げを依頼するのだろうか。善意で、それも無償でやるわけでもあるまい。いや、そういう習慣、規範でもあるのかもしれない。


夕方上げるなら、きっと夜の厄払いだろう。


猫はどこかな。形だけでも探した。


「………」


猫はもう居なくなっていた。


ほっと息を吐く。


うつぶせになったら冷たい木製の机がほっぺに吸いついた。






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