寝た男は魔王だった
並行世界、と言えばSFやらアニメやらと良く聞くような単語なのだろうか。
ふとそんなことを思ったのは、現実逃避をしたいからに他ならなかった。
彼女、今井彩夏は頭からシャワーを浴びながら、昨夜から今朝にかけて起こったことを記憶から懸命に消し去ろうとしていた。
別に何てことのない一夜の遊びだった。
良い男と一緒に時には欲求不満の解消のため、一夜限りの遊びだってすることもある。勘違いしてほしくないのは、遊びであって本気ではないことだ。
女であれ男であれ、遊びを本気にしてしまう相手と寝てしまうあほなことをやらかしたくはない。それから、相手が既婚者でないことや恋人がいないのかも確認するのも大切だ。修羅場はごめんである。
今回のやらかしは相手が既婚者や恋人がいたことではない。本気、かどうかは不明だが、やはり相手も遊びの一環だろう。
ただ、ただだ。
寄りにもよっての人物に、心中で嵐が吹きすさぶ思いをさせられただけだ。
「いや、あいつが覚えてる訳でもないし、っていうか人違いだし、早々そんなことがある訳ないし」
心を落ち着かせるためにないない尽くしを言葉にしながら、彩夏はふるふると頭を振る。
並行世界、とはパラレルワールドとも書く。
そう、パラレルワールドだ。ここではない何処かの世界。莫大に広がる宇宙の中に存在する地球と同じだが地球ではない世界。時代、時空、あらゆるものが変わっている世界も存在すれば、自分だけがいない同じ世界だって存在する。
彩夏はその一つ、現代日本で簡単に言えば魔法と剣があり、勇者と魔法が存在する王道ファンタジーの世界に、今生ではない前世で生きていた。
そこでの彼女は勇者の娘で、魔王一味に倒された父の遺志を受け継いで、勇者になった経歴を持つ。女だてらだが、男女共に冒険者になれるその世界で、勇者が女だろうが忌避されることはなかった。
あの世界こそ男女平等だったのでは、と思うのだが死と隣り合わせの世界だったことも考えると現代日本の方がましかどうかと言うところだ。
彼女は勇者だった。勇者だったのだ。諸々を端折ると最終的には滅茶苦茶強くなったのだ。
冒険の中では泣いたり笑ったり、仲間が増えたり失ったり、強くなったり強くなったり、まぁ本当に色々とあったのだが今はそんなことは関係ない。
強くなったのだから、最後に行き着くのは魔王を倒すことだ。当初の目的とも言う。父の仇とは言えなかった。だってその頃にはもう倒していた。それぐらいには強くなっていた。
魔王との勝負は苛烈を極めた。五人いた仲間は全て倒され勇者一人となり、向こうも魔王城の中には魔王しかいなかった。
勇者は果敢に挑み、魔王はその全てを蹂躙尽くさんと死力を注いだが、結局のところどうなったか勇者である彼女は覚えていなかった。
殺されたとは思う。何せ魔王と戦ったところから記憶がない。弟がいたから次は彼が勇者になったことだろう。もしくは、魔王を倒したのは倒したが負傷につぐ負傷で死にましたー、的な感じだったかも知れない。
ともかく、死んだ原因は分からないが、その世界での生はそれで終わった。
彩夏が今生でそれを思い出したのは、兄がやっていた王道のファンタジーゲームだった。
あっ、そういえば私って勇者だった。
すとんと落ちた記憶の欠片はゆっくりと年月をかけて様々な出来事を思い出させたが、そんな非現実的かつ頭の可笑しいことを口にすることはないぐらいの年齢だったので、前世が云々という話は誰にも話してはいない。
のだが。
まさかの展開である。青天の霹靂とはこのことだ。
魔王の顔を詳しく思い出せなかったのが、彩夏にとっての不幸だった。
その男は無精ひげを生やしてあまり清潔感のない感じの、彩夏にはちょっとなぁと思うような相手だったが、良く見るとかっこよかったのだ。
遊びなら丁度良い、本当にそれだけだった。それだけで良かった。本当に。
前世では倒すべき相手、今生では一回寝てしまった相手、それが魔王だ。
一夜を共にして寝顔を見た時に思い出したのは、魔王の顔だった。
端正なではなく、精悍なが似合う。美丈夫ではなく、漢らしいが似合うその顔立ち。
その男から無精ひげを剃れば魔王の出来上がりである。
名前も、百合川静留。魔王ユリシスに寄せられている。ちなみに彩夏もそうだった。サーヤ・イマスール、それが前世の名だ。
此処まで揃って、魔王でないはずがない。よって彩夏は自分でも驚くほどの速さで身支度を整えるとホテルを後にした。
何故こんなにも後悔しているのかと言えば、魔王は直接的ではないにしろ、父親や仲間を殺した相手であり、世界の脅威だった。
その男と寝た。後悔しかない。開き直ることもできない。できる事なら父親や仲間に謝り倒したい。だって相手は魔王なんだもの。
でも、とシャワーを止める。
「今生では関係ないじゃん?」
それは自分に言い聞かせるようだった。
ブルーな気持ちを抱えつつも、仕事はやってくる。
滝行とは言えないシャワー浴びをし続けたせいか、一つくしゃみをすれば同僚が、風邪? と聞いてくるので否定した。
今はとにかく仕事に集中。一に仕事、二に仕事、三も四も仕事で、五にお昼ご飯を持って来よう。
幾分か落ち着いていることに気付いて、彩夏はパソコンに向かって資料の内容を打ち続ける。
今日も楽しい仕事が終わった。いや、楽しいなんて一度も思ったことなどない。心の中で突っ込みを入れて、彩夏は払拭しきれなかった何とも言えない気分を酒で紛らわせようとスーパーに寄った。
食材はまだあるので、ビールと軽いつまみだけを買うつもりだ。どこかに飲みに行こうかとも考えたが、一人で飲むにしろ人に会いたくなかった。
何せ、バーで魔王に出会ったのだから。
昨日は友人と飲みに行けば良かった、と後悔がだらだらと出て来る。
大きくため息を吐いて、二本のビールを手に取る。一つは期間限定の、もう一つは好きな銘柄だ。
「宅飲み?」
ひぃ、っと変な声が出ないだけましだった。声がした方にゆっくりと顔を向ける、はずがない。無視だ。さっさと歩いてレジへと向かう。
だが、足音は彩夏を追っていた。
「無視は流石に寂しいんだが?」
「いやぁ、何処の何方か存じておりますが、もう関わり合いたくないので」
本来なら何処の何方か分からないと言いたいが、そうすると昨夜の話をされそうな気がして、咄嗟に肯定した。
こんな場所で赤裸々に夜の営みを語られるなど心臓が持たない。羞恥で死ねる。
レジを通しているおばちゃんの目が好奇心に染まっていたけれど、こちらも何も見ていないふりをする。おばちゃんって何でこういう話が好きなんだろうか。それとも魔王の顔が気に入ったのか。
「俺は一夜限りにするつもりはない」
「私は一夜限りです。というか、何ですか。そんなに良かったんですか」
「それはもう良かった。魔王の時から想像していたよりも、な」
時が止まった。もちろん、彩夏にだけ。
その間にもレジに商品は通され、少なかったのもあり金額を言われている。
反応しない彩夏に代わって静留が財布を取り出して金を払ったのだが、そこではっと正気を取り戻した。
「いやいやいやいやいや、まさかね、そんなはずはない。っていうかお金返します、すみません、ありがとうございました。本当に」
「落ち着け。金は気にするな」
ふっ、と微かに口角を上げて笑うその顔は、やはり魔王である。良く見れば無精ひげは剃られていて、あの当時のままの顔がそこにあった。
いつの間にか袋に入れられた商品を片手に、静留は目線で外を促す。ここでするような話ではないことは分かっているが、部屋に招待するのも憚れる。
なので、行き着く先はホテルになった。
「まぁ、何だ。混乱しているようだが、お前が想像しているどうりだ」
「魔王って言ってたよね」
「ああ、パラレルワールドだったか。良く分からないが、俺は魔王ユリシスだ」
「最近では、異世界転生って言うらしいよ」
「異世界か。確かに俺にとってはこっちが異世界だな」
元の世界から違う世界へ。確かに異世界転生だが、魔法も剣も使えないこの世界は何とも狭苦しい。
便利な物は確かにある。車や飛行機が顕著だ。彩夏には神龍がいたので気にはならなかったが、一般市民の移動手段は馬車か徒歩ぐらいだ。冷蔵庫やエアコンなどの電化製品は代価品があったので、そこまで嬉しい特典ではない。
むしろ、あの世界に戻れるのなら戻りたいとすら思う。
魔法のない世界など、不便にも程がある。衣食住も同等だったので、猶更そう思った。
「さて、話があるんだが」
「ちょっと待って。その前に聞きたいんだけど」
「何だ?」
「何で寝たの?」
改めて時間を取るぐらいなら、昨夜に話をすれば良かったのに、どうして寝たのか。
彩夏が顔を覚えていなかったとしても、前世の話をするぐらいなら自分は魔王だと宣言した方が早かった。
頭が可笑しい人物だと思われても、白昼堂々魔王だと言ったのだから、どう思われても良かったはず。
そこではたと気付いたが、もう魔王だと受け入れているし、自分はそのことを知っていると受け入れている。今更そんなことを知らないと言ったところで無意味だ。
余程、混乱していたのだろう。彩夏は頭を抱えたくなったが、代わりにビールに手を伸ばしてプルタブを起こし呷った。
「抱きたかったからに決まってるだろ」
吹き出しそうになって一気に口の中のモノを飲み込んだ。
変な器官に入らなくて良かったが、ビール缶から口を離して何度も瞬きを繰り返す。
何処の世界に勇者を抱きたいと思う魔王がいるのか。いや、小説やら漫画やらにはあるのかも知れない。読まないから知らないが。
あの命のやり取りで惚れた腫れたなどなかったはず。
「はい?」
「だから、抱きたかったから抱いたと言っている」
「あんた顔が良いから寄ってくる女なんていくらでもいるでしょ」
「俺はお前が良い」
ストレートな物言いに、酔いとは違う意味で頬に僅かばかり朱が混じる。
こんな奴ではなかったはずだ。
戦闘中に何を話したのか事細かに覚えてはいないが、そんな浮いた話をした覚えはない。
況して彩夏には、魔王は顔が良いな、とも考える余暇などなかった。ただ、魔王を倒すために全力で立ち向かっただけだが、魔王にはそんなことを考える余裕があったということだろうか。
それだけ力の差があったのかと思うと、過去の話とはいえ凹む。
「どうした?」
「いえね、私は全然あんたを倒せる力を持ってなかったって思い知らされましてね」
「そんなことはない。現に俺は大半の力を失った」
「ほらー、やっぱりー、倒せてないじゃーん」
酒のせいにして泣きたかった。
あれほど頑張って来たのに、魔王を倒せることができなかった。口惜しさがビールと相まって、胸の中に苦々しさが広がっていく。
魔王を倒せなかった勇者など、勇者足りえない。
名前など残ることなどなかっただろう。父の名が勇者として残らなかったように。
後世に名を残すこと。それは勇者にとって何よりの誉れだ。例え、生き残って政治的に利用され続けたとしても、魔王を打ち取ったと歴史に残るのは、勇者の肩書を持ったもの誰もが夢見るものだ。
彩夏もそうなりたかった。歴然の散っていった勇者になれなかった者たちもそうだ。
だというのに、打ち取れなかったばかりか、その魔王に抱かれてしまった。思い出せなかった、知らなかったとはいえ、情けないにもほどがある。
これが前世であればご先祖様に顔向けできない。何度目になるか分からない後悔が彩夏の顔をさらに曇らせた。
「弟は、あんたを倒せたの?」
「そのことについてだが」
項垂れながらも彩夏が尋ねると、静留はどうしたものかと顎に手を当てて考え込む。
その様を見ることなくビールを再び呷る。期間限定のビールは少し甘くて、ほろ苦い。今の自分みたいな味に、ビールで乙女思考って、と自嘲する。
「結果的にお前は俺を倒すことはできなかった」
「そのようね」
「だが、大半の力を失った。そうなれば、長い時間をかけて回復するしかない」
「そういう意味では、魔王を退けた、ってことになるのかな」
「そうなるな。だが、俺はただ眠り扱けるのは嫌だった」
「待って。じゃあ、何であんたはここにいるの?」
回復を待っている状態なら、あの世界で生きて、異世界転生などするはずがない。
彩夏は死んだからこそこうして日本という国のある世界に転生した。そうなると魔王の現状と辻褄が合わない。
けれど、そういえば。静留が言ったことを思い返せば、過去形ではなかった。
「まさか」
「だから、こうしてお前に会いに来た」
「……はい?」
だからの何処が何に繋がっているのか。答えが答えになっていない。弟のこともそうだが、魔王が此処にいることもそうだ。
おそらくだが、前世と今生では時の流れが違って、彩夏が死んだばかりか或いはそれほど経っていないと思う。だからといってそこから聞きたい答えが導き出せない。
「一目惚れというらしいな」
「いや、ほんと何言っちゃってんの」
声は平坦だが、またしてもストレートな物言いに頬が熱くなる。恥じらいもへったくれもない、それも顔の良い男にそんなことを言われると流石に恥ずかしい。
魔王なのだが、いや、魔王だからこそ顔が良いというべきか。何にせよ本当に顔は良いのだ。
日本にいればモデルにだってさえなれるプロポーションに、何処か愁いを帯びた色気のある目元はトップモデル待ったなしだ。
無精ひげはその顔を隠すために生やしていたのかも知れない。
「とにかく、俺はお前が欲しい」
「そう言われて頷くと思う?」
「思わない。が、据え膳だったか、それを頂かないほど俺は待ってなどいられない」
「据え膳……」
「それに、俺がなぜここにいるのか、お前なら分かるだろう?」
幾分かこちらの知識を持っているのが、これまた質が悪い。
こちらに来てから知識を増やしたのか、それとも魔王はこちらでも魔法が使えるのか。明らかに後者であると分かっていたからこそ、羨ましさが滲み出る。
時空を超えてやってきた。つまりはあの世界に帰れることもできれば、魔法も使える。
どんな方法でどれほどの魔力が必要なのかは分からないが、来ることができるのなら帰ることもできるのは明白だ。
だから、つまり、それは。
「あんたの女になったらあっちの世界に連れて行ってくれるってこと?」
「流石は勇者、理解が早い」
「バカにしてんの?」
「お前はあの世界に帰りたいのだろ?」
沈黙が肯定だった。
無言でビールを呷る彩夏に、静留は現代日本人の姿を解く。とはいえ変わったのは髪色がさらに黒く染まって長くなったのと、目の色が紺碧に代わっただけだった。
何をしてもしなくても滲み出る威圧感は成りを潜めていることから、耳や指や腕につけている装飾具が魔法具だと想像に容易い。
「……戻れたところで、魔法が使えるわけでもないし、勇者でもない。それに、こっちはこっちで家族もいる」
「さほど家族仲が良くはないようだが?」
「色々とあんのよ、色々と」
「人間の繋がりというのは面倒なものだな」
理解しがたい。柳眉を潜めて静留から彩夏は目を反らす。
家族仲は断じて良いとは言い切れない。昔からいてもいなくてもどちらでも良いようなものだった。兄のゲームを見た時だって、開けっ放しだった部屋からたまたま見えただけだ。
両親は毎日遅くまで働いて、兄は友達と遊ぶのに忙しく、彩夏は彩夏で家族に期待することはなかった。お手伝いさんの御柳さんが唯一心を割けるぐらいの相手だ。
その御柳さんもご高齢のために亡くなってしまい、家族などあってないようなものだ。
仲の良かった前世の時とは大違いだが、記憶を思い出したころにはもう冷めきってしまっていた。今更、家族をどうこうしようという気持ちもなかった。
それでも、血の繋がった家族というのは、どうにも捨てがたい。
所謂ネグレクト状態だったが、御柳さんのお陰もあってそこら辺は良いのだが、だからこそ血の繋がりは大切だと彼女の言った言葉が残ったままなのだ。
唯一の家族のような存在にそう言われてしまえば、気にかけなくてはならないような存在のままあった。
実家に帰ったのは一体いつぶりか思い出せないが、知らぬ間に行方不明は流石の家族も後味が悪いだろう。自分が逆の立場ならそう思う。
「しかしながら、お前がそういうのは分かっていた」
「単純ですみませんね」
「だからこそ人間は分かりやすくも理解しがたい。面白い生き物だ」
「普通に生きてるだけなんだけど」
「そこで考えたのだが、お前はこの世界で生を全うする。そうして、死する時に俺がその魂を持ってあの世界に戻ろう」
「……それまであんたもこっちにいるような気がするんだけど、私の気のせい?」
「当然だ」
何を言っているんだ。真剣な眼差しがそう言っていて口の端が引きつった。
「仮に、仮によ。色々とありまして私が死んで、あの世界に帰ったとして、どうなんのよ」
「無論、俺の番として魔族になる」
「私の子孫に殺されるじゃない! 冗談じゃない!」
「元勇者だからな。俺の片腕になるだろうな」
「絶対嫌だ。ほんと嫌。無理。番っていうかその言い方も嫌だし、あっちでもこっちでも無理」
弟はないにしろ、子孫に殺されるなど真っ平ごめんだ。
あちらの世界のことが先に来たが、こちらの世界でも魔王の傍に居続けるのも本当にごめんだ。
「そうか……。それは、寂しいな……」
大の男がしょんぼりとする姿と、寂しい、という言葉に悶えそうになる。
スーパーの時にもなりそうになったのだ。ギャップに弱い訳ではないと思いたいが、実際に悶えそうになっているので、限定的だと思いたい。
だがいかんせん相手が魔王だ。魔王に悶えるとは何事だ。
いやむしろ魔王だからこそとも言えたかも知れない。絶対的な覇者が自分の言葉一つで落ち込むなんて。
「だ、大体、あんたがあっちにいなくてどうするのよ」
「言っただろ? 俺は眠りについている。この身体は魔法で作り出しただけで、人間を乗っ取った訳ではない。従って、何も問題はない」
「仕事とか何してんのよ」
「する必要はない。あちらから持ってきた財産を金に換えれば一生を暮らしていける。だが」
「だが?」
「お前がしろというのなら、甘んじて受け入れよう」
僅かに考えた後、彩夏は両手で頭を抱えた。
彩夏は犬が好きだった。幼い頃から許されるなら犬を飼いたいぐらいには犬好きだった。
仕事が忙しいから今は飼えていないが、何れは飼おうとするぐらいには計画性を持っている。
そして、そんな犬好きの目に、主人に忠実であろうとする魔王の姿が犬の姿に重なった。
「絆されるな、絆されるな、絆されるんじゃあない」
ぶつぶつと下を向きながら小さく呟く姿は、怪しさ満点だったが、静留が特に気にした風はない。
器が広いのもあるが、人間のすることが理解できないのだった。
「俺はお前を諦めるつもりはない」
昼の空の色に似た紺碧の瞳で真っすぐに見つめられ、彩夏の心臓が微かに跳ねる。
顔は良いのだ、顔は。
そんな顔や犬顔負けの忠実な姿に、本当の意味で絆されるのはまだ先の話。
これって異世界転生なのか異世界転移なのかどっちなのかね。