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6.「2人きりで行くデートです」

「先輩、明日お出掛けしましょう」

「は?」


 あまりにもいきなり過ぎたその発言が飛び出したのはある日の放課後、始まりの場所とも言える喫茶レパードのテーブル席でのことだった。

 発言主はご存知、鷹崎明日香。

 そして対面しているのは俺1人。言ってみればいつもの構図というやつだった。


「もうちょっとマシなリアクションあったでしょ先輩。せっかく私の方から誘ったっていうのに」

「誘い方ってのももうちょっとあるだろ。いきなり言われてリアクション返せるほど俺は役者じゃ無いしな」

「ならその大根役者に提案があります。映画見に行きませんか?」

「映画? 俺とお前の2人でか?」

「はい。2人きりで行くデートです」


 デート。その単語を聞いて思い浮かべるのは当然、男と女(それもかなり親密な関係にある2人)がどこかに遊びに行くという行為だ。

 そして付け加えると、今日ここに至るまで俺たちはデートというものをしていなかった。


 父親公認の偽装カップルという非常に理解に苦しむ関係になってから一週間が経過していた。

 その間というものの、やったことと言えば初日の焼き直しのようなことばかりで、特に他人に語って面白いようなことは起きなかった。

 だから俺もいつの間にかテレビや漫画のような劇的な展開が無いことに油断していたのだ。


「しっかしデートなんてやる必要あるの? あくまで学校の連中向けの偽装って話なんだから休みの日にまで頑張らなくとも」

「何言ってるんですか先輩。付き合いたてのカップルが休みの日に遊んでいるというアリバイが重要になるわけですよ。口裏あわせだって量が増えれば増えた分だけボロが出るんですから、たまには真実も織りまぜておかないと」

「とか言って、どうせ1人で映画見に行ったあとに誰とも感想を共有できないのが嫌だっていういつものアレだろ?」

「い、いつものアレって! まるで私が1人で映画見にいけないみたいじゃ無いですか」

「実際1人で行けないだろ」


 これは昔からなのだが、明日香は映画鑑賞を趣味にしている。しかし彼女は映画を見る時間よりも、見た映画の感想を他人と語り合う時間を何よりも愛している。そのためには同じ映画を見た人間が必要になるが、そんな人間がいついかなる時も都合良く居るとは限らない。だったら作っちゃえば良いじゃないというノリで毎度のように知り合いを巻き込んで映画に行く。

 あるときは俺、あるときは奈月、あるときは学校の友達と、まあそんな風に暇なやつを捕まえて映画館まで連れ回すというのが中学の頃からの恒例行事になっていた。


「せっかく映画館の近くでよさげなラーメン屋見つけたから一緒に行こうと思ってたのに」

「お前、俺のことをラーメンで釣れば何でもしてくれる人か何かと勘違いしてないか?」

「それじゃあ行かないんですか?」

「喜んでご招待に応じさせていただきます」

「話が分かる先輩が私は大好きです」


 どうせ明日の予定は無かったし、明日香に褒められたし、新しいラーメン屋開拓できたしもう何でもいいや。

 こうやって流されやすい辺り、俺ってホントにバカだと思う。


「それで何見に行くんだよ。あ、恋愛映画はよしてね、途中で前の座席に八つ当たりしたくなっちゃうから」

「先輩って結構卑屈ですよねー。まあ安心してください、恋愛映画じゃありません。見に行くのはこれです」


 言ってから明日香はスマホの画面を見せてきた。

 表示されていたのは映画のホームページ。名前も聞いたことの無いマイナー映画ならどうしようかと思ったが、最近動画サイトの広告でよく目にするタイトルだった。

 俺の記憶に間違いが無ければアメコミの実写映画だ。


「あー、これか。そういえばお前結構ハマってたもんな」

「そうなんですよ! 今回は10年続いたシリーズの完結編! 見逃すわけにはいかないと去年からずっと楽しみにしてましたからね。テンションはぶち上がってますよ!」


 よくもそんなに喜べるな、と羨ましささえ感じるくらいに明日香は興奮していた。

 テーブルの上に乗った手が小刻みに震えているのが何だか子供っぽい。


「たしか先輩もこのシリーズは全部追いかけてましたよね?」

「お前に今日みたいにごり押しされたせいだけどな。まあ面白かったからイーブンってとこだけどな」

「何がイーブンですか。眼をキラキラさせながら見てたの、私知らないわけじゃ無いんですから」

「細かいところまでよく見てる女だこと」

「他にもネタはありますよ? 例えばですね」


 俺が隙をみせたらコイツはすぐに俺の過去を弄りたがる。本当に良い性格してると思う。相手する方は一苦労だけど。


「そういや映画と言えばさ」

「あ、ごまかす気だ」

「松田って今何やってんだろうな」

「それはもうせっかくの最高学年なんですからノビノビとやってますよ。何せ目の上のたんこぶが2つ取れたんですから」

「そうか? アイツの場合は後輩にもかわいがられてそうだけどな」


 松田莉央。それがたった今、話題にあがった後輩の名前だ。

 俺達とは2年前に近所のレンタルビデオ店で知り合い、それ以来結構かわいがっていた少女。

 俺が高校に入ってからはたまに連絡を取るくらいで、直接は会っていない。


「あの子の顔ももう随分と長いこと見てないですからね。果たして今も生きているかどうか」

「お前は一月ちょっとくらいしか間隔空いてないだろ。それに卒業式で第二ボタン渡した仲だろ?」

「ちょっと先輩その話をどこで!?」

「俺にこんな話教えるやつなんて1人しか居ないだろ」

「奈月め……」


 恨めしそうな声を出してはいるが奈月に報復はしないだろう。やれば10倍にして返ってくるのが目に見えている。この世界には敵に回すだけで詰んでしまう相手が居ることを忘れてはならない。

 ちなみに俺の第二ボタンは今も変わらずに押し入れの中にしまわれた制服にくっついている。恋に縁が無い男をナメてはいけない。


「莉央に私たちが付き合ってるって話したらどうなりますかね」

「とりあえず凄いリアクションはしてくれそうだよな。大げささにおいてアイツの右に出る者は居ないからな」

「まあでも道ばたでばったりってことも無いでしょうから余計な心配ですけどね」

「まあな」


 口では一応こう言ったが、ここ数日で他人に驚かされるようなことが続いているので俺としてはかなりビクビクしている。

 家族相手の説明もそれはそれで骨を折るものがあったが、そっちに関しては偽装であることは話して良かった。

 しかし家族以外となると偽装である事なんて話せはしないし、中学からの知り合いともなるとある程度俺達のことも知っているから、些細な違和感が破滅に繋がる。

 ……なんか頭痛くなってきた。


「とりあえず明日はいつもの映画館で決まりだな。時間は――」

「いえ。明日は電車に乗ります」

「あれ? 一駅なんて電車賃もったいないから歩こう派じゃ無かったか?」

「ですから、いつもとは違う映画館に観に行こうという話です」


 いつも俺達が行っている映画館は歩いて行けるところにあるショッピングモールの中に入っている所だ。

 俺はてっきりそっちに行くのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「これまでと違って今回のはデートなんですから。近場でちゃちゃっとっていうのも雰囲気出ないでしょ?」

「それはそうかもな」

「更に言えば私たちは偽装カップル。周囲に悟られないようにまずは体裁を完璧にしなければならない。というわけでこういうところで変化を出していこう、そんなワケです」

「まあたまには遠出もアリだとは思うから別に良いけどさ」

「明日の集合時間とかは色々と調べた上でまた連絡させてもらいます。それと、明日はデートなのでくれぐれも気合い入れるのを忘れないでくださいね、先輩」


 明日香はそう言って笑みを浮かべた。ただ、明日の映画を楽しみにしているというだけでは無いようなそんな笑みだ。

 その笑みの意味を俺にはまだ分からない。

 確かなのはこうして念を押された以上、俺はこのデートに対して気を抜くようなことは許されないということだ。


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