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5.「骨くらいは拾いますよ、彼女として」

 父さんからのメッセージの後、激しく動揺した俺は上の空のまま弁当を食べ、どこか憂鬱な気分で午後の授業を受け、放課後にやっとこさ回復してきたところで大人しく自宅に直帰――などという行動を大人しく取るほど、俺は素直な人間では無かった。


 父親からの恐怖のメッセージを受け取る羽目になった原因である彼女(偽装)の明日香と共に近隣のバッティングセンターに遊びに来ていた。

 野球少年などでは決して無く、野球中継をテレビで放送していてもすぐさまチャンネルを変えるような俺が何故バットを握って迫り来るボールを打ち返しているのか。

 その理由は至ってシンプルかつどうしようもない。ただのストレス発散だ。


「このタイミングで明日香のことって、絶対偽装がらみの話だろ。どっから漏れたんだよまったく」

「そんなの考えるまでも無く奈月の仕業ですよ」


 隣のレーンでは明日香がフルスイングでボールを打っていた。打球は大きく飛んで見事にホームラン。明日香は気持ちいいくらいに大きなガッツポーズをした。


「見ましたか先輩! ホームランですよホームラン! 先輩が今のところ打ててないホームラン!」

「一言多いんだよお前は! だいたい俺はデカい一発で稼ぐんじゃ無くて、堅実に毎打席ヒットを打っていく男なんだよ」

「中学の時は『一気呵成は男のロマン!』とか言いふらしてたのと同じ口から出た言葉とは思えませんね」

「昔のことは中学のロッカーに置いてきたの!」


 多くの男がそうであるように、俺もまた中学二年生の頃に一生癒えない傷を負った人間だ。そしてその過去を近くで見ていた人間と交友が続いているというのはいついかなる時も掘り返される危険をはらんでいることに他ならない。


「そんなことより、こんなところで遊んでて良いんですか? 早く帰らないと余計に面倒なことになりませんか?」

「まだ大丈夫だって。これくらいの時間なら学校で自習してたって言えばどうとでもなる」

「先輩がそう言うなら私は口を出しませんけど。まあもしダメでも骨くらいは拾いますよ、彼女として」


 父親と遭遇したくないから家に帰らない、というのは我ながら子供っぽいと思う。だが、そう思わずにいられないくらいに俺にとっての父親は恐ろしい存在だ。


「あ、球出ないわ」


 ボールを投げまくっていたマシンが完全に停止していた。

 かなりの時間遊んでいたから故障では無くて普通の球切れだ。しかしここで帰るのは気が進まない。連コインして遊ぶに限る。

 そんなわけで俺はバッターボックスの後ろに取り付けられたコイン投入口に小銭を入れるために振り返った。


「よお。女連れてる割には随分とシケた遊びしてるじゃないか」


 そして俺は始めて気付いた。俺のことをフェンス越しに見ていた男が居たことを。


「父さん!?」


 ブランド物のスーツに全身を包んだダンディーという概念をそのまま人間にしたような男がそこに居た。サングラスをつけて睨んだりするものだからまるでマフィアのボスのような雰囲気を醸し出しているが、実態はその反対。職業は警察官だ。


「俊樹おじさん!?」


 明日香も俺の声で気付いたのか驚きながら自分のレーンから出てきた。

 それに気付いたのか父さん――大神俊樹はサングラスをとって硬かった表情を和らげた。


「明日香ちゃん久しぶり。元気だったかな?」


 一方の明日香はその顔を引きつらせている。

 そして俺の顔はもっと引きつっているはずだ。何せ体中の震えが止まらない。


「どうしてここに……」

「俺は父親だぞ? こういうときにお前が行く場所くらい分かってるさ」

「家族を相手にするくらいやりづらいこともねえや」

「そう冷たいこと言うなよ」


 父さんはそう言って笑うが俺は全然笑えない。

 基本的には優しくて頼れる父親だが恋愛に関しては色々という言う人だ。偽装カップルなんて何を言われるか分かったもんじゃ無い。

 身構えていた俺に対して父が放った一言は意外なものだった。


「これからこの3人で晩飯でもどうだ?」

「え?」

「この辺りに最近出来た知り合いの店なんだが、味は結構いける。そこでゆっくり話そうじゃないか」

「いや、でも……」

「ああ。心配しなくてもお代は俺が持つ。それに個室もあるから秘密の話をするにもぴったりだ」


 最悪の展開だ。逃げられない場所でじっくり話をしようという構えだ。これじゃあサッと話を聞いてサッと逃げることもできやしない。


「それで? 返事は?」

「もちろんご一緒させていただきます」


 けれどもここで頭をフル回転させて打開策を思いつくような賢い動物には俺はなれず、ましてや強い意志を持って断れるようなメンタル強者にもなれなかった。

というわけで、明日香共々大人しく父さんに着いていく運びとなった。



「どうした? 食べないのか?」


 連れてこられたのは中華料理の店だった。回転テーブルの上に乗っている料理はどれも美味しそうで、すぐにでも食べたかったがそんな心の余裕は無い。何せ連れてこられた理由が理由だからだ。


 どうにか事を丸く収めたいが下手な嘘や言い訳は命取りになる。何せ相手は警察の人間で、暴力団を一つ壊滅に追い込み、今ではかなり高い地位に居る男だ。

 こう言っちゃ何だが明日香が適当な嘘で丸め込んできた男達とは格が違う。


「あ、あのお父様?」

「何がお父様だ。普通に呼べよ」

「それじゃああの父さん? その、ご用件っていうのはズバリ何のことでしょうか?」

「LINEしたろ? それでお前既読もつけたし、返信もしてなかったか?」

「それはそう、いやまさしくその通り。アハハハ……」


 明日香と顔を見合わせて笑い合った。いやもう本当に笑うしか無い。

 笑ったところでどうにもならないのが辛いところ。


「で、結局なんなんだよあの話は」

「あの話って?」

「とぼけんじゃねえよ。明日香ちゃんと面白いことしてるんだろ? 偽装カップル、なんて言ってさ」

「えーっと、おじさんはその話をどちらで?」

「奈月から聞いたんだ。『親友と馬鹿な兄貴が健全とは言い難い遊びをやってるからしょっ引いてくれ』ってな」

「やっぱり奈月かよ。これじゃあ後腐れ無くなるどころか即刻塵になりそうじゃねえか」

「何の話だよ」

「こっちの話ですので、おじさんが気にすることは何もナッシングですのでお構いなく」


 もはや明日香の口調は無茶苦茶だった。俺よりはまだ安全圏にいる筈のコイツが取り乱したら俺はどうなってしまうのが正解なのか。いっそ発狂でもした方がお得なのでは無かろうか。


「栄司。変なこと考えてねえだろうな」

「まっさかあ! 変なことなんて考えるわけ無いじゃない」

「じゃあ何考えてたんだよ。言ってみろよ」

「はっはっは、ご冗談を――ってワケじゃあ無いよな」

「心中について言いづらいんだったら、代わりに偽装カップルとやらについて話してくれたって良いんだぜ」

「分かった喋るよ。洗いざらい」


 最初から逃げられるとは思っていなかったが、実際の結果はこうも惨敗かと思うと涙さえ出てくる。

 さて負けたからには包み隠さず俺の身に起きた小っ恥ずかしい出来事を暴露せねばならない。それも実の父親に。


「まあ偽装だなんだと言っても話そのものは超シンプル。そこに居る鷹崎明日香さんが毎日のように告白されて、その度に断ることに酷く心をひどく痛めていらしたので、それなら最初から男が寄りつかないようにと、俺が彼氏のフリをしようということになったわけ」

「よく一息で今の説明言えたな。台本でもあるのか?」

「ここに来る途中に考えてた」


 何も現実逃避のためだけにバットを振っていたワケじゃ無い。クレバーを通り越してジーニアスな俺はあの間もずっと父さんになんて説明するかを考えていたわけだ。


「それじゃあこんなことになったのは明日香ちゃんのためだと?」

「その、私の方から栄司君に相談したんです。それで脅迫みたいな事もしながら許可を取り付けましてですね」

「脅迫……ね」


 父さんはそれを聞いてどこか考えるような顔つきになった。そして短くも長くも感じる間の後に口を開いた。


「一応聞いておくが、その偽装カップルとやらは他人を騙して金銭を巻き上げようって物じゃ無いんだな?」

「それは全くそんなことない。命賭けたっていい」

「なるほど? それでずる賢いことしてるってわけか……」

「え? どういうこと?」

「こっちの話だ。気にするな」


 父さんの言いたいことはよく分からなかったが、気にするなと言われた以上は追求しないのが賢い。

 いや、似たようなフレーズを今朝聞いた気がするが果たしてどこだったか。


「俺としては別に法に反するようなことをしてないなら特に言うことはない。このご時世だ。恋愛の形なんて誰かに制限されるようなものじゃないからな」

「父さん……」

「ただしだ。女泣かせるようなことしてみろ、その時はお前の頭に鉛の弾ぶちこんでやるからな」


 そこだけははっきりと言い聞かせるような物言いだった。というか出てくる単語が非常に物騒。これだから俺は父親を恐れているのだ。


「いやちょっと待って。それってもしかして今日のところはお咎め無し?」

「悪いことしてないんだから咎めようも無いだろ。まったく、子犬みたいにビビりやがって。もっとシャキッとしたらどうなんだ」

「シャキッ!」

「腰曲がってるぞ」


 何も言われないと分かった瞬間調子が戻ってきた。あいかわらず変な汗がドバッと出たり、脚の震えが止まらなかったりするがその辺りは見てみぬふりだ。


「明日香ちゃん。栄司は見ての通り、立派とは言えない男だがよろしく頼むよ。知っての通り、これまで浮いた話の一つも無かったやつだからな」

「あ、はい!」


 いきなり話を振られたことに驚きながらも明日香は返事していた。

 というか、話の内容が結婚前の両親への挨拶みたいになっているのは気のせいか?


 何にせよ、拍子抜けするくらいに話はあっさり纏まった。というか、結果を見ると俺たちの反応があまりにも過剰なだけであった。

 そしてそこからは特に話を蒸し返されるようなことも無く、男2人と女子高生1人が中華料理を食うだけの時間が過ぎていった。


 俺の心には、後で何か言われるんじゃないかという不安は残っていたけれども。







「栄司、お前には一つ言っとかないといけないことがある」


 夕食を終えて、明日香を見送り、2人で並んで帰ろうかというタイミングで父さんに声をかけられた。

 感想としては、やっぱりなという感じだった。

 わざわざ飯まで奢って外に連れ出しておいて話があれで終わりなんて言うのはちょっと割に合わない。もう一個くらい話があるとは踏んでいた。


「なんだよ改まって。俺が実は父さんの子じゃないとか?」

「……知ってたのか?」

「マジで?」

「冗談だよ」


 あんまり神妙な面持ちで言うから本気だと思ってしまった。お陰で心臓が大音量で鳴り響いている。今心拍数測ったら凄い数字が出そうだ。


「じゃあ話ってなんだよ」

「お前の生まれに関わる話って意味では似たようなもんだよ」

「なにそれ詳しく」

「お前、俺と夏海(なつみ)がどこで出会ったか知ってるか?」


 夏海というのは俺の母、大神夏海のことだ。


「夜景が綺麗な店だろ? 何回聞いたってそれしか教えてくれなかったじゃねえか」


 それも幼稚園児の時に一度教えてくれたきりだ。その時の純粋極まる俺の『赤ちゃんはどこから来るの?』という質問をどうにかかわし続けたが、あまりのしつこい追求にとうとう耐えかねて父さんは俺にそう教えた。

 しかし、その話が何だと言うんだろう?


「それな、夏海が働いてた会社の話なんだよ」

「……どういうこと?」

「あいつの勤めてた会社の役員にはヤクザとつるんで悪どい商売してるって噂があったんだよ。俺はその噂の真偽を確かめるために潜入捜査を行っていた」

「何か話のオチが読めてきたんだけど?」

「たぶんお前の想像通りだ。俺は当時役員の1人に気に入られていた夏海に近付いた。そして俺に惚れるように振る舞ったんだ。あいつは俺が警察官と気付いていなかったがな」

「ちょっと待った、それってまさか」

「お前たちと一緒だよ。自分の利益のために恋愛を利用した」

「スケールが違いすぎるだろ……」

「まあな」


 父さんは自嘲するように笑ったが、俺の方はリアクションに困る。

 というか、両親の出会いがまさかのまさか過ぎて、そりゃあある程度大人になるまで話せないわなと納得してしまった。


「けれどあいつと一緒に居る内に俺はどんどん夏海に惚れていったんだ。最初は利用する気で近付いたのに、無様な話だよ」

「でも結局は結婚までしたんだろ」

「ああ。アイツは俺が刑事だって事に気付いた時も俺と一緒に居たいって言ってくれたんだ。その時の俺は立場も忘れて、『会社を裏切ることになるんだぞ!』なんてことも言った」

「それで?」

「あいつはこう言い換えしたんだ。『大神さんさえ居れば良い』ってな」

「あら? ここでノロケ?」

「そうじゃないさ。ただ、偽りから始まった恋愛でも本物になることはあるって話だ。だから、手は抜くなよ。俺は運が良かったから後悔せずに済んだが、お前は幸が薄そうだからな」

「肝に命じておくよ」

「まあお前たちの場合は事情が違うから何とも言えないけどな」

「そりゃあ俺たちにヤクザは絡んでないしな」

「そういう意味じゃ無いさ」


 父さんは懐から取り出したサングラスを着けると歩き出した。何故か、家とは逆方向に。


「どこ行くんだよ」

「先に帰ってろ。俺はコンビニに寄って帰るから。あ、今話したことは奈月には喋るんじゃねえぞ」


 そう言って手をヒラヒラと振りながら歩いていってしまった。

 俺はそんな父の背中を見守ることしかできなかった。

 でも何か言わないといけないような、そんな気だけがして。


「女変えられるほど、俺はかっこよくねえよ」


 吐き捨てるように言って、俺もその場を後にした。


ひとまずここまでが第一章になります。物語は序盤も序盤なので話はまだまだ続きますのでこれからもお付き合いの方もお願いします。

また、皆様のおかげで日間総合ランキング入りすることができました。本当にありがとうございます。私にとっては皆様の評価とブックマークが執筆の励みになっています。


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