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4.「あーんですよ。あーん」

 彼女(偽装)と共に登校するという初めての経験を経て登校したその朝。

 いつも通りなら教室に入れば固定されたメンバーとなんてこと無い雑談が始まるわけだが、今日に限ってはそんな平和な光景は生まれない。

 代わりに教室に誕生したのは大神栄司包囲網に他ならなかった。


「おい大神どういうことだ説明しろ!」

「お前1年の夏は独身貴族気取って無かったか?」

「いつ頃からつきあってるの?」

「どこまで行ったの? キス? それとも――」


 まるで記者に囲まれる政治家のような有様だった。

 自慢できる話では無いがこんなに注目を集めたのは人生で初めてだ。そしてこんな注目、できることなら欲しくなかった。


「落ち着けよ。どいつもこいつも凄い顔しやがって。血圧上がるぞ?」

「あの鷹崎さんと仲良く手繋いだりして登校してたんだろ!? まるで彼氏みたいに!」


 特に面識のない男子生徒からそう詰め寄られた。学期始めの自己紹介で名前は聞いたはずだがどうにも思い出せない。まあそんなに変わった名前では無かったはずだ。

 そんなことより問題はこの場面をどう切り抜けるか、だ。言うことは既に決めてある。ただ、その裏にある真意を読み取られると一発でゲームオーバー。ここは平静を装うことに徹するしか無い。


「そりゃあまあ、一応付き合ってる身だし」

「え!?」


 驚きの声は教室全体に響き渡った。

 色んな男から告白されまくってる美少女が特定の相手を決めたって言うんだからそれはもう驚くに決まっている。

 それで驚いて話はおしまいならこんな楽なことは無いが、残念ながらまだまだ続く。


「一体いつから!?」

「ちょっと前から。隠れて付き合ってたけど、鷹崎に告白する男が絶えないからもうバラしちまえってことでこういうことになった」


 ここは馬鹿正直に昨日からと言っても良かったが、そうなると明日香が男をフッた直後に俺と付き合い始めたことになるので非常に体裁がよろしくないのでこういうことになった。


「告白はどっちから!?」

「そういうの特に無かったかな。話の流れで気が付いたらこういうことになってた」

「じゃあ――」

「おおっともう授業の時間だ。ほら退散退散!」


 ちょうどチャイムが鳴って朝の質問タイムはお開きになった。今日ほど授業開始を待ちわびて時計の針を見たのは人生で初めてだ。


 付き合っている目的が目的なだけに、俺達が恋人であるという事実はできる限り多くの人間に示さねばならない。また、俺達の仲を疑われるようなことも当然あってはならないので、聞かれた質問には具体的かつ自然な返答を返さなければならない。

 間違ってもよくわからない、特に無しなどとは答えられないのだ。

 かといって質問の数が重なればどこかでボロを出す危険性は高まる。であるならば質問そのものを減らしていくことでリスク回避を図るのは必須だ。


 だがまだ朝の時間を乗り切っただけ。授業と授業の間に挟まる休み時間もあれば、昼休みも放課後もある。その度に奴らは俺を狙ってくる。これはもう、今日一日はトイレで籠城戦を仕掛けなければならないかもしれない。


 明日香も明日香で質問攻めに遭っているだろうから、俺は俺として投げ出すわけにはいかず、強い気持ちを持って今日という1日を戦わねばならないのだ。



「え? 質問攻め? そんなこと無かったですよ?」


 昼休み。なんとか明日香と合流し、俺の身に起きたことを説明すると首を傾げながらそんな風に言われた。


「え? 彼氏出来たとか聞かれなかったわけ?」

「多少は聞かれましたけど疲れるくらいのことは無かったです」

「じゃあ何で俺だけ?」

「ガードが緩そうだからじゃないですか? 叩けば叩いた分だけ喋ってくれそうな顔してるし」

「やってられねえよまったく」


 言いながら俺は卵焼きを頬張った。

 今俺達が居るのは学校の中でも滅多に人が来ない場所、中庭の一角だった。


 普段は教室で昼食を取る俺だが、今日は明日香と一緒に食べるという話になっていたので普段通りとはいかない。

 言うまでも無く学年が違う俺と明日香では教室が違う。どちらかの教室に行って昼食を取るというのもそれはそれで居心地が悪そうではあったし、食堂で食べるには俺達のアクションの遅さが仇となって、もう空席は消えて無くなっていた。


 他に食事を取る場所の心当たりは俺達には無く、そのため去年は一度も足を踏み入れることは無かった中庭に来たのだった。


 ここは人気が無いのでカップルとして目立つ行動をするという指針からはハッキリ言って外れている。

 しかしだ。これまで誰とも付き合ってこなかった人間が、いきなり恋愛を謳歌している人間としての扱いを受けて急な変化に順応しろというのには無理がある。というか俺は根を上げて逃げ出した。


 ここで一回同じ悩みを共有しているはずの明日香と愚痴を言い合ってガス抜きをするつもりだったがどうやら悩みは俺1人のものだったらしい。


「フレンドリーすぎるってのも罪なもんだな」

「先輩がフレンドリー? その理屈で行けば私の方が苦しんでることになりますよ」

「じゃあどうしてこうなったんだよ」

「簡単なことですよ。憧れの人に根掘り葉掘り聞いて嫌われたくない。自分達で陰でそう白状してましたもん」

「やっぱり人間持つべきものは富と名声か」

「すねないでくださいよ。ほら、私のから揚げ食べさせてあげますから」


 明日香が突然弁当のから揚げを箸でつまんだと思うと俺の口に近付けてきた。どこぞのお笑いトリオみたいにそれを顔に当てるわけでは無いのであれば、その行動の意図はあと一つしか思いつかない。


「なにこれ?」

「あーんですよ。あーん」

「周りには誰も居ないんだから演技も要らねえだろ」

「これは練習ですよ練習。朝みたいにぶっつけ本番でやると恥かくっていうのは私も学びました。であるならば誰も見ていないところで練習を重ねる必要があると思うんです」

「それがこのあーんだと?」

「はいそうです」


 あきれかえったような顔で明日香は俺を見てくるのが呆れているのはこっちの方だと声を大にして叫びたい。

 打算的な考えを隠さずにカップル的行為に走ることや、そもそも朝のアレは考え無しだったのかとかそういう所に苛立ちさえ覚えてくる。

 けれどここでグチグチと文句を言うのも理には適っていない気がするので余計な口は利かないに限る。


 だが明日香の持つから揚げを放置するわけにはいかない。


「恥ずかしいから自分で食べるじゃダメかな?」

「何言ってるんですか。恋人つなぎはできてこれはできないんですか?」

「アレは仕方なくやっただけで」

「じゃあこれも仕方なく食べましょう。ほら!」


 ねじ込むようにから揚げを口に入れられた。

 これでメシマズなら救いは無かったがこのから揚げは相当美味い。

ウチの大神家と、鷹崎家は家族ぐるみの付き合いでもう数え切れないぐらいには食事を一緒に取っている。その中で明日香の母親の手料理をご馳走になったこともかなりの回数あるので、その味も覚えている。

一言で言えば超美味い。だから、明日香に食べさせられるというシチュエーションでも無ければ喜んで貰っていた。


 しかしそんなことを考えながら食べている内に一つ気付いたことがあった。


「これ……もしかしてお前が作った?」

「あれ? 気付かれちゃいました?」

「道理で前と味が違うと思った」

「他人の家の料理の味なんてよく覚えてますね」

「これでも記憶力には自信があるの。しっかしこのためにわざわざ弁当作ってくるなんて用意周到すぎて怖くなるぜ」

「いや、弁当はいつも私が作ってますよ。中3の夏くらいから」

「あ、そうなの?」

「はい。お母さんの仕事が忙しくなってきたから、代わりに私が作るようになったんですよ」

「へえ、知らなかった」


 当たり前のことだが、幼馴染みという関係は決して相手のことを全て分かっているという保証はしてくれない。

 どこまで行っても赤の他人でしかない以上、こうして知らないことも当然ある。俺が明日香の本心を未だに分かりかねているように。


「そういえば初めてじゃ無いですか? こうして2人でご飯っていうのも」

「日頃からコーヒーは2人で飲んでたから特別感には欠けるけどな」

「それはそれですよ。細かいところに突っ込むのは先輩の悪い癖です」

「一番ツッコミたいところを見ないフリしてるんだからこれくらい許してくれたって良いだろ」


 まあ分からないことがあったとしてもこうして軽口の応酬はできるので、大して困るようなことも無い。

 腹の底を見せ合わなくたってコミュニケーションを取れるのも人間の美点だ。


「それよりこの里芋も食べませんか? 美味しいですよ」

「貰えるなら貰いたいけど、そんなに弁当の中身を俺にやって大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。先輩のお弁当のトンカツ奪いますから」

「ちょっと待ったコール! それ一番楽しみにしてたんだぞ!」


 叫びの効果はむなしいまでに無く、俺のトンカツは無慈悲にも奪われ、明日香の口に入っていった。

 俺の口から無意識に落胆の声が出た辺りから、そのショックの度合いを察して欲しい。


「先輩だって私のお弁当のおかず食べたんですからこれでおあいこです」

「そういうのはな、恩の押し売りって言うんだ」


 無償で弁当のおかずを貰えるとは思っていなかったが、その代償が俺の好物のトンカツならばシャークトレードどころの騒ぎじゃ無い。まああくまで俺のレートでの話だからこの辺りの話を掘り返していくとそれぞれの家庭のおかずの優劣という不毛な議題について話し合わなければならなくなるのでこの辺でお口は閉じておく。


「でもやっぱり好物をピンポイントで抜いていくのは無しだと思うんだよなあ」

「じゃあ今度食べに行きません? この間良いお店見つけたんですよ」

「詳しく聞かせてもらおうじゃないの」


 話が良い感じに盛り上がってきたところでポケットの中のスマホが軽く震えた。一回しか振動しなかったところから見るにメールかLINEだろう。

 電話じゃ無いから緊急の用事って事は無いだろうが、それでも万が一ということもある。とりあえず確認しておいて損は無いだろう。俺はポケットからスマホを取り出した。


 そしてその一秒後に俺はこの行動を後悔することになった。


「うげえ」

「どうしたんですかそんな奇妙な声なんて出して」

「奇妙なことが起こったんだよ。ホラ」


 俺はスマホの画面を見せる。そこにはさっき受信したばかりのメッセージが表示されている。

 他人からのメッセージを勝手に見せるのは本来ならプライバシーの侵害だが、このメッセージに関しては明日香と共有せねばならない。

 それに明日香とこのメッセージの送り主は知らない仲でも、険悪な仲でも無いから特に問題は無いはずだ。


「え? ちょっと待って、どういうこと?」


 明日香は敬語さえも忘れて大きくうろたえた。


 俺のスマホにはこんなメッセージが表示されていた。


『明日香ちゃんとお前のことで話がある。今夜の予定は開けておいて貰おうか』


 送り主は大神俊樹。俺の父親だった。


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