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1.「そんな訳で先輩を私の偽装彼氏役に任命します」

「あなたのことが好きです。僕と付き合ってくれませんか」


 ゴールデンウィークも終わり、五月病という難病が世間で大流行の兆しを見せ始めた5月8日の夕暮れ時。

 国道沿いの人気店、喫茶レパードでその男子高校生が初々しい告白をしたのはそんな時間のことだ。


 4人掛けのテーブルを2人で挟んで座る男と女。


 一人は眼鏡をかけた男子高校生。ただし地味だとかそういう印象はなく、醸し出す雰囲気は優男のイケメンという感じ。髪型も確実に勝負を決めに来たという気概を感じるぐらいにはしっかりセットされてある。となると服装も相当オシャレさんなのかと思いきや、学校が終わってすぐにこの店に来たのか、紺色のブレザータイプの学校の制服だった。とはいえ、彼はブレザーが似合う顔をしているのでそこのところは幸運だろう。


 そして反対側に座るのは告白を受けた女。こちらも女子高生で着ているのは男子高校生と同じ学校の女子用制服。

 髪色こそ明るめの茶色をしているが、ピアスを初めとする派手なアクセサリーを付けていないことから分かる通り、彼女は決して不良というわけではない。ただ、雰囲気的には真面目系よりも小動物、もしくはギャル系に寄っている。また、その小柄な外見から幼さを感じさせる容姿なので可愛らしさもそこにプラス。

 完全無欠の美少女と言っても過言ではない。


 そんな2人が織り成す青春の甘酸っぱい1ページ。この告白が成功しようと失敗しようと彼の胸には忘れられない思いでとして胸に刻まれるのであろう。


 惜しむべくはこの俺、大神栄司(おおがみえいじ)が当事者ではなく傍観者ということだろう。

 あらかじめ断っておくと、別に俺に覗き見とか盗み聞きの趣味があるわけではない。

 ただ、腐れ縁である後輩から今日この時間にこの店に来いという呼び出しを受け、ノコノコやって来てカウンター席でコーヒーを飲みながら後輩を待っていたらこの告白劇に遭遇した。


 更に弁明を重ねるとこの店は言うほど大きな店でもないので少しでも声を張ろうものなら店内の人間には丸聞こえ。同じ学校の人間が店内にいるにも関わらず告白なんてしようものなら意識せずとも結果は筒抜けになる。だが男子高校生は恋は盲目という言葉を体現したかのように俺の存在に気づいていない。


 一世一代のビッグイベントなんだからもっと余裕を持てよと思うが、彼女いない歴と年齢が1秒の誤差なく等しい俺にはアドバイスの権利はない。


 それでもってあらかじめこんな展開になると分かっていたなら俺も配慮して出ていったものの、ついさっきまで和やかな雰囲気でコーヒー片手に談笑していたのが唐突にこうなったのだ。今更逃げ出そうにも一歩でも動いたらあの空気を乱してしまいそうで動けない。

 黙ってこの顛末を見守るしかないのだ。


 そうこうしている内に女子高生が口を開いた。運命の結果発表だ。


「お気持ちはありがたいです。でも、ごめんなさい。私にはその、恋人とかよく分からなくて……あなたとお付き合いすることはできません」


 申し訳なさそうな表情と共に繰り出されたのは死刑宣告と言って差し支えないだろう。他人行儀感満載な台詞もあいまって、取り付く島の無さをこの上なく表現している。これはもう、男子高校生の一発KOだ。


 しかし男子高校生はその優男めいた外見とは裏腹にガッツはあるらしく、まだその目は死んでいなかった。告白を続ける意思があるらしい。


「そりゃあ誰だって最初は分からないだろう? 僕はその事で君のことを迷惑だとは思わないし……その、一緒に知っていけたらきっと楽しいと思う」


 ここでまさかの照れ混じりだがキザな言葉が飛び出した。しかもその無理矢理言葉をひねり出した感が気取ったようには見せていない。フラれかけてる男のカウンターとしては充分なものだろう。あとは彼女の反応次第だ。


 女子高生はさっきは即答だったのに今度は考えるような素振りを見せている。

 その反応に男は手応えを感じたらしく、緊張でガチガチだった表情がわずかに緩む。


 しかしだ、このタイミングだから言えるが……その一瞬の油断がお前の不幸だ男子高校生。


「……このことは皆に秘密にしておいて欲しいんだけど」

「うん?」

「私実は、真剣に海外留学考えているの」

「え?」

「だから、例え恋人ができたとしてもすぐにバラバラになっちゃう。そうなるとあなたに迷惑をかけちゃう。それが私が恋人を作らない本当の理由」


 それは例えるならばマシンガンだ。男子高校生に反撃の隙を与えずに一方的に喋る。しかもその内容は相手を気遣ってのものだ。

 ここで更に食らいついていければあの男子高校生は本物のヒーローだが、普通の高校生が他人の将来に口出しするのは難しい。


 「俺もついていく」とか「日本に残りたいと思わせてみせる」とかのエゴ全開の台詞を吐くのはあの優男には無理だろうからここいらで試合終了ってとこか。


「そうか……無理言ったみたいで悪かったね。勉強頑張って」

「一応このことは内緒にしておいてくださいね? まだ確定してない話ですから。もし話が広まったあとでやっぱり行かないってなったときにどうしようもなくなっちゃいますから」

「分かってる。そんなことはしないよ」


 男は立ち上がって席を離れた。

 この流れで一緒に帰ろうとはならないらしく、男は会計を済ませて店を出て行った。遠目から見ただけなのでもしかしたら違うかも知れないが1人分の会計には多い小銭を出していたので女子高生の分まで支払ったのだろう。


 ……あいつも少しはあの優しさに免じてやれば良いのにとは思うが、まあそこは本人達の問題。もしかしたら俺には分からない確執があるのかもしれない。


 でもって、その残された女子高生――鷹崎明日香(たかさきあすか)は俺の方を向いて手招きしてきた。そして空いていた隣の席をポンポンと叩く。隣に座れというサインだろう。

 何だか出て行きづらいが、無視するのも良くないので机の上に置いていたコーヒーカップを持って女子高生の元へ。


 俺が隣に腰を下ろすと、明日香は憎たらしい笑みを浮かべて口を開いた。


「何か言いたいことがありそうですね先輩?」

「山のようにあるけどまずは手近なところから。お前留学なんて口からでまかせよく言えたな。どんな胆力してんだよまったく」

「人を嘘つき呼ばわりなんてあんまりです。私は事実を言ったまでです」

「……マジ?」

「はい。ドイツとかに留学できたら素敵だなーって、あの一瞬だけ真剣に考えました」


 案の定真っ赤な嘘だった。告白を断るためとはいえ随分と派手な言い訳をしたなと関心すら覚える。


「それにしても先輩。真っ先に話題に出したのが留学のこととは、もしかして私がどこか遠くに行っちゃうんじゃ無いかと心配してくれたんですか?」

「別に。どうせ嘘だって分かってるんだからそんな心配するかよ」

「お? 私のことは何でもお見通しアピールですか?」

「何年幼馴染みやってると思ってるんだよ」


 そう、俺こと大神栄司から見た鷹崎明日香との関係については同じ高校の後輩、貴重な女友達、妹の親友など様々なものがあるが個人的に一番しっくり来るのは幼馴染みという表現だ。

 初めて出会ったのは物心つく前。互いの母親が大学の同期で家も近いから頻繁に家族ぐるみで遊んでいたのでその子供である俺達が頻繁に会うのも必然だった。

 付き合いの長さで言えば間違い無く家族の次に長いのが明日香だ。だから何を考えているかなんてだいたい分かる。あくまでだいたいだけど。


「言ってくれるじゃ無いですか先輩。ここで妙に謙遜しようものなら何か嫌がらせをするところでした」

「何も無くたってする人間がそういうこと言うんじゃ無い」

「チッ、バレてたか」

「それで話変わるけど、さっきの寸劇は何かね」

「寸劇って? ああ、前原先輩のことですか?」

「そう、それ」


 正直言って前原先輩がどなたか存じないが、文脈から考えるとさっき告白してた優男が前原先輩だ。ここで無関係の人物が出てきたらお手上げだが、そこまで話が飛躍しないことを信じて話を先に進めるしか無い。


「実は先輩……っていうとどっちも先輩だからややこしいな。それでは大神先輩を仮に先輩Aと置きます」

「置かなくて良い。普通に名前で呼べ」

「えー……まあそんなに言うなら呼んであげましょう」


 こいつはどういう訳か俺の名前を呼ぶことを避けるきらいがある。小学校の頃は互いに下の名前で呼んでいたが、中学にあがったくらいから俺のことを可能な限り先輩と呼ぶようになった。それからは何故か名字で呼ぶことさえも避け始めた。

 まあ今回のように必要があればすぐに呼び方くらい変えるので別段気にはしていないのだけれど。


「話を戻しますとですね。LINEで大神先輩を呼び出した直後に前原先輩からここでお茶をしないかと誘われまして。最初は約束もあるから断ろうと思ったんですけど、前原先輩の瞳の奥に覚悟を見てしまいまして」

「それで断れずにずるずる来ちゃったと?」

「はい。本当は大神先輩に連絡したかったんですけど、前原先輩がずっと話しかけてきて携帯を触る暇も無く。それならどうせ大神先輩は1人でもこの店に来るだろうから現場を見せてから事後報告でも良いかと思いまして」

「できることなら現場を見せない配慮が欲しかったなあ……」


 おかげで俺は1人の男の恋が散る瞬間を見てしまう羽目になった。

 これが知り合いのものだったら笑い話にでもできたかもしれないが、全く面識の無い相手だからネタにもならない。


「ともかくこれが事の経緯です。分かっていただけたでしょうか」

「オッケー分かった。……てかお前、ここ最近毎日のように告白されてないか?」

「そうなんですよ!」


 明日香は興奮気味に顔を近付けてきた。いきなりのことだったのでこっちも飛び跳ねそうになったがそこは何とか耐える。


「高校に進学して早1ヶ月。何がそんなに楽しいのか日々違う人間に交際を申し込まれる日々。そろそろ特定の相手と付き合う気は無いって分かってもおかしくないはずなのに、一向に止まる気配は無い! そろそろ断る理由のレパートリーも尽きそうになってくる! 先輩ならこの悩み分かってくれますよね!?」

「そんな贅沢な悩み、初めて聞いたぜ俺は」


 力になってやりたいのは山々だが、残念なことに俺は毎日がラブストーリーな人生は送れてない。女に金をせびられたことはあれど、愛をささやかれたことなんて一度も無い。それはつまり異性の告白を断った経験も当然無いということだ。


「これは相談する相手間違えたか……?」

「なんだよ。皮肉じゃ無くて本気でお困りか?」

「それはもう。向こうは覚悟決めてきてるからそれを毎回のように断るのも気分良くないし、女子からは変な嫉妬も買うから日々を平穏に生きられ無いし、悪いことづくめです」

「相当参ってるらしいな。顔に疲れ出てるぞ」


 本当に辟易しているらしく疲れ気味の顔でカフェオレを飲んでいる。残念ながらモテる女の気持ちなんて分からないから、力になれそうにも無い。


「何か名案無いですか先輩?」

「名案って、何の?」

「この告白ラッシュを止める名案ですよ。先輩悪知恵は働く方でしょ?」

「悪知恵ってお前、そこは普通に頭が良いって言って欲しいもんだな」

「テストの点数いつも欠点ギリギリじゃありませんでした?」

「紙の試験で人の価値をはかるのはやめろ」

「確か高校入試の時も――」


 これ以上この話を長引かせると思い出したくも無いことばかり言われそうなので何でも良いから名案とやらを思いつくしか無い。

 とりあえず話題を変えるためにインパクト最優先。ならいっそのこと荒唐無稽なものでも構わない。

 こうして不必要なまでにフル回転した俺の頭は一つの策を思いついた。


「偽装カップル……」

「え?」

「いや偽装カップルだよ。適当な男1人捕まえて彼氏のフリさせたら他の男は告白できないし、女子の嫉妬だってある程度は抑えられるんじゃないか?」


 とりあえず言い切った。

 自分でもどこかで見たようなアイデアだとは思ったが、今この瞬間を切り抜けるには強いインパクトがあるアイデアだと俺は思う。

 これで明日香が考え込めば超ラッキー、最低でも罵倒する方向に食いついてくれれば構わない。

 そんな風に考えていたが、何だか明日香の食いつきは良い。


「なるほど偽装カップル……その手がありましたか」


何やらブツブツ呟き始めた。聞き取れたのはその一言だけで後の言葉は口が動いているだけで後の言葉は音にさえなっていない。

 時折にやけたりしているから楽しい妄想でもしているんだろうなーと適当に見守っていると改めて俺の目をハッキリ見据えた。

 この時、嫌な予感がした俺の第六感はきっと正常。


「先輩。その偽装カップル案、とても良いと思います。採用です」

「気に入って貰えたなら良かった。じゃあ俺はそろそろ帰らせてもらいます」


 俺は逃げ出した。しかし回り込まれるまでも無く肩を掴まれた。


「そんな訳で先輩を私の偽装彼氏役に任命します」

「断ると言ったら?」

「良いじゃないですかーやってくださいよ彼氏役!」

「ああもう駄々っ子みたいになるのやめろ!」


 俺の身体をユッサユッサと揺さぶりだした。分かっちゃいたが逃がすつもりは無いらしい。


「言い出しっぺなんだから責任とってくださいよ。どうせ彼女居ないんだし、できる予定も無いんだし」

「おい明日香、そういう真実を言うんじゃ無いよ」

「それに先輩は心配になるくらいに下心が無いからその辺の男と比べると安心感が段違いなんです」

「ひっどい言われ様。とにかく俺には彼氏のフリなんてできないからな」

「できないこと提案したんですか?」


 意外にもここで挑発された。

 というか何故こんなに乗り気なのか。

 もしかすれば俺が考えているよりもずっと、この男に告白されまくる問題に関して本気で悩んでいたのだろうか。


 そう考えてしまった以上、断るにしろ承諾するにしろ、軽い気持ちではできなくなってしまう。明日香ほど口が上手くないので納得して貰える言い訳も思いつかない。


「ラーメン大盛り煮卵付き」


 何の脈絡も無くその単語が明日香の口から飛び出した。さすがに言葉の意味を図りかねたがさっきから明日香との間に流れている妙な空気のせいで質問もしづらい。

 そしてこっちが何もできずに居る間にも次の一手は繰り出される。


「チャーシュー厚めメンマ薄め、チャーシュー丼と餃子もセットで」

「お前もしや食い物で釣ろうって言うんじゃねえだろうな!」


 今確信した。明日香の言っているのは俺が最も気に入っているラーメン屋で、半年に一回贅沢したい時にだけするオーダーだ。色々とサイドメニューを付けている点からも察せると思うがこのオーダーをやると高校生の財布にはかなり重たい打撃になる。


 それをわざわざこのタイミングで口にしたというのは礼は弾むから手を貸せという意味に他ならない。


「今ならコンビニの焼きプリンもお付けします」

「分かった引き受けるよ。どうせお前の言うとおり誰かと付き合う予定も無いからな」


 別に食べ物に釣られてOKした訳じゃ無い。

どちらかと言えば食べ物で釣ってでもOKを貰おうとした明日香を放っておけなくなったというのが主な理由。


 明日香の言うところの瞳の奥の覚悟というやつを、目の前の女子高生から見いだせずには居られなかった。


「それではこれからは偽装彼氏ということでよろしくお願いしますね、先輩?」


 結果的に、俺は自分が発案し、明日香が実行に移した作戦の片棒をかつぐ羽目になった。

 同時にこれは大神栄司と鷹崎明日香の関係に偽装カップルという新たな属性が追加されたという事に他ならない。


 それで何が変わるかと聞かれたら無知な俺には答えることはできないけど。


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