幕間1 そして、歯車は回り始める
「うおぉぉぉ、憤怒ゥゥゥゥ」
「やったれー、おやっさーん!!!」
「もう、なにやってるのあなた達。溶けないって説明あったでしょ?」
「ギランさんッ!安静にッ!!」
ユキ達が旅立った翌日。
冒険都市アドミレスでは、ユキの張った氷の撤去作業が進んでいた。
氷の癖に溶けず、滑るから切断も高難易度、砕くのは有効だが少しずつしか進まない。
しかも中には氷の彫像と化した後も生命活動自体は続けている個体もいて、警戒も怠れない。
結果、アドミレスの冒険者総動員でかかってはいるものの、地味に面倒な作業は中々終わらないでいた。
だが、その様子は決して暗くはない。
後始末は確かに面倒だが、それでもアドミレスは今回の侵攻に勝利した。
負傷者、死傷者共に、この規模の侵攻を受けたにしてはありえないほど少ない。ユキは宣言通り、あの約束以降、一人だって死者を出さなかった。
その様子を、スウィーとテシラは少し離れた位置から見ていた。
「それにしても、随分と彼らの旅立ちを派手に行いましたね。スウィー様。」
「英雄の門出だよ☆派手に祝わないでどうするのさ♪」
「流石は100年生きる傑物ですね。住民の感情操作が実にうまい。」
「…………アハッ♪君、それ、アイツからの直接の言葉でしょ☆」
ユキ達の派手な門出。
そこには確かにスウィーからの感謝の気持ちが込められている。言った言葉も嘘じゃない。
しかし、そこに打算的な思惑がないかと問われれば、否と言わざる負えない。
正直な話。ユキやテミスレーナの危惧は間違っていなかった。
正体不明の白い少年。その少年の放った、国家級の攻撃は味方側にも確かな恐怖を植え付けていた。
彼はなにものだ?あの力はなんだ?本当に味方なのか?
あの力がこっちに向くことがないと、誰が保証できる?
感情は伝播する。感謝の念よりも恐怖が勝てば、人は容易く愚かな行動に出る可能性がある。
その愚かな行動の結果、ユキが本当に敵に回ることがあれば最悪だ。
だから、本格的に恐怖が伝播する前に、街の長として彼らを『英雄』と発表した。
彼らは、窮地に陥った我らを助けにきてくれたヒーローであり、味方なのだと、そういう印象を早々にみんなに持ってもらいたかった。
だからこそ、少し無理やりにでも人を集め、更に、あの特殊な氷への忌避感も払拭するために演出に用いた。
果たして、印象操作は成功した。住民は、冒険者達は英雄を称え、今も笑顔で楽しそうに撤去作業を続けている。
だが…………。
「はい。加えてもう一つ。『まったく君らしい。いっそ哀れなほどに、雀の涙のような努力だ。』と。」
「…………そんなこと言われなくとも分かってる。」
印象操作は確かに成功した。
今回の事件について、この街の住民に対して、だけだが。
ユキはこれから色んな場所を旅するだろう。
今回の事件も世界規模で見れば、小さな事件に過ぎない。あの特殊な少年は、これからもっと多くの人と関わり、もっと大きな事件に巻き込まれることだろう。
今回はたまたま英雄になれた。だが、次はどうなるだろうか?
あの少年は、英雄になるのか、魔王になるのか、はたまた何にもなれず野垂れ時ぬのか。
その長い道筋を想えば、きっとこの程度の印象操作は吹いて飛ぶようなものだろう。ほとんど意味のないことだったかもしれない。
それはスウィーもわかっていた。
(それでも、私は、例え一瞬だけであっても、彼らに英雄であって欲しかったんだよ。)
そんな心の声をスウィーはテシラに伝えるつもりはなかった。
「そうえいばさ、テシラちゃん♪結局、『ユキ君に注意して』ってどういう意味だったの?」
「あれは私の失言でした。忘れてください。」
「――――失言?未来を見通す君達が?そういえば、あの時の君珍しく困ったような顔して…………。」
「雑談もここまでです。そろそろ来ますよ。」
「え?来るって、誰が――――。」
「なに―――――これ――――――――――ッッッ!!!!!」
その瞬間、周囲一帯に響き渡る轟音が鳴り響いた。
「あつっ、あっつ!」
「ちょ、逃げろっ、逃げろ!耐えられん!」
「さっきまで氷で冷たかったのにっ!」
そして、轟音と共に、灼熱の熱風が周囲に吹き荒れた。その熱風は氷の大地全体に広がり、耐え切れなくなった撤去作業中の冒険者達が一目散に街の方へと逃げ出してきた。
「いっっっったいっ、この街で――――――なにがーーーーーー起きたの――――――――ッッ!」
「あの人は、まさか――――。」
この異常現象の原因は、なおも大声をあげながら街の方へと歩いてきた。
それは、一人の女性だった。腰までぼさぼさに伸びた赤い髪に、同じく太陽のように赤い瞳。健康的な小麦色の肌を半袖短パンから惜しみないほど覗かせていた。
スウィーは彼女を知っていた。それは、彼女もまた冒険者の一人であり、そしてある特殊な地位についているからだ。
冒険者はその信頼度・実績に応じて位が存在する。第十級から第一級まである、その階級は数字が小さいほど地位が高くなる。
つまり、冒険者の頂点は第一級であり、『万能軍隊』スウィー・ミレンはその第一級冒険者に該当する。
だが、それは通常の冒険者の話だ。
通常の枠組みから外れた存在、その余りに強大な能力が故に、冒険者ギルドによって『力を使用しないこと』を依頼されている彼らは、その特殊性からこう呼ばれる。
特級冒険者、と。
「特級冒険者、第八席『火之神』、彼女が何故ここに…………⁉」
「なぜもなにもーーーっ!アタシはっ、たーまたまーーーーー、旅の途中にーーーーーーーー、この街に来ただけーーーーーーーーーーーッ!!!!」
遠くから歩いていたはずの彼女だが、その歩みは決して早くはなかったはずなのに、既にスウィーの前まで来ていた。
近くにきてより感じる、彼女が身から放つ熱量は膨大で、ただそこにいるだけで熱耐性の弱いスウィーのスライムがどんどん死滅しているのを感じた。
「うっ、すみません。火之神。少し熱量を抑え込んでくれませんか?」
「ん?あぁ、ごめん。これでもガンバってセーブしているのだが…………ふんッッッ!!!!」
彼女が気合を込めて熱を抑えれば、周囲にばらまいていた熱が少しおさまる。それでも、真夏日ぐらいの暑さではあったが、先ほどに比べれば随分とマシだった。
「それでーーーーーっ?この惨状は――――一体なんなのッッッ⁉」
「そんな大きな声を出さずとも聞こえています。魔人による襲撃があったのです。十万近い魔物を引き連れていましたが、たまたま寄っていた旅の冒険者がこれを一掃しました。」
「この―――――白いのはーーーッッ⁉」
「その冒険者の秘術です。なんでも溶けることのない特殊な氷ということで、今撤去作業をーーっ⁉」
そこまで説明したところで、スウィーは火之神の表情に驚愕した。
彼女は心から嬉しそうに―――――笑ったのだ。
「アーーーーーハッハッハッハ!!!!アタシ、生まれて初めて、氷って見た―――――!!!!そう、こんなにキレーなんだーーーーーッッ!
アッハッハッハ、キレーで、キレーで、ホントーーーーー燃やしたくなる!」
「ちょ、まッ」
嫌な予感がしたスウィーが火之神を静止しかけるが、少し遅かった。
彼女の身から膨大な熱量が発生。スウィーの身体を構成していたスライムは一瞬で蒸発し、その熱量は離れた場所に位置するアドミレス内部で熱に耐えきれず気絶するものまで現れる始末だった。
スウィーはすぐさま離れた城門の位置に自身の肉体を再構成。街を守るように、熱耐性のあるスライムで壁を作るが、効果があるかどうか…………。
とにかく、あのバカげた力を持つ特級冒険者がさっさと満足してくれれば、と願うスウィーだったが――――――しかし、
「アーーーーーッハッハッハ、これはスゴイッッッ!!!!これでも溶けないかッッッッ!!!!!」
ユキの氷の大地は、火之神の圧倒的な熱量を受けてなお、一欠片として溶ける様子はなかった。
(このまま熱量をあげてもイイけど、コレ。多分、熱じゃ溶けないかな、――――――――――だったら!!!!!!)
「【火】」
一言口にした、その瞬間、火之神の放つ熱の”質”が変わる。
そして―――――スウィーは目撃した。
(ユキ君の、氷が――――――――――溶けたッ⁉)
ユキは言っていた。あの氷はどんなことをしてでも、術者であるユキ君自身でも溶かすことはできないと。そういう特殊で、呪われた力なのだと。
だが、火之神の放つ熱は今、確かにユキの残した氷の大地を溶かしていた。
「アッハッハッハ、なるほどっ、なるほどッッッ!!!!そっかーーーーッ!!ついに、来たんだッ!!オモシロくなってきたぁぁぁーーーーーーッッッ!!!!」
その瞬間、もう一押しとばかりに、彼女から放たれた膨大な熱は、スウィーが必死で張っていた熱耐性その他もろもろのスライムの壁をちり紙のように吹き飛ばし―――――
そして、次に目を開けた時。そこにはユキの残した氷の大地はなくなり、代わりに地面そのものが燃える灼熱の大地が出来上がっていた。
一通り放出して満足したのか、火之神はもうこちらを焦がすほどの熱量は持っておらず、代わりに恍惚とした顔を浮かべていた。
そして、心底嬉しそうな顔のまま、スウィーの方を見ると、恋する乙女のように頬を赤らめて、その言葉を口にした。
「ねぇ、この氷の術者―――――――どこに行ったの?」
■ ■ ■
「ユキ…………。白髪の少年…………。氷の術者…………?」
冒険者ギルド本部、地下収容施設『天岩戸』
各国家レベルでは対処不能となった危険人物を収容する、この監獄に、ある男がいた。
髪はもう十年切っていない。ぼさぼさに伸び放題の髪によって、表情を窺い知るのも難しい。
服装は、これまた十年前に支給されたっきり一度も着替えていない囚人服。あちこち糸と布がほつれ、そのみすぼらしさに拍車をかけている。
そんな、人が見れば粗大ごみを見分けがつかないような男は、牢獄でぶつぶつと言葉を口にしていた。
『はい。ユキと自称するその少年は、その後ボロス、アンリ、テミスレーナ、そしてハルと名乗る九尾を連れて街を出発。現在、フィレアンス王国方面へと向かっています。』
「黒獣ローク一族の生き残りに、存在しないはずのエルフ…………。謎の九尾…………。それが、あの呪われた国に…………?」
『いかがいたしましょうか、マスター。』
「そう、怯えることはないよ。テシラ。」
『…………。』
「確かに、今回僕は、本当に久しぶりに―――――――予知を外した。
僕の予知では、アドミレスは本来、壊滅状態になるはずだった。核が破壊された時点でミレンはマザースライムの稼働を決定。街の機能は完全に麻痺し、一般人にも被害甚大。そこまでして、ようやく戦力が拮抗する。更には数日も経てば、持久力の問題でミレンが押され始めることになる。そのタイミングでの火之神の参戦。あの女が敵味方の区別なんて器用なことできるわけもなく、双方燃やし尽くされて終了。今回の事件の顛末はそうなるはずだった。そうであるはずだったんだ。」
男は饒舌にそう口にしたのち、一息吐く。
ここまで長く話をしたのは久しぶりだ。こんな早口に喋ったことなど、それこそ何年ぶりだろうか?
そして、男は自分が興奮しているのだと気づく。そう、この感情をわかりやすく表現するなら―――「ワクワク」だ。
「喜ぶんだ、テミス。これは喜ばしいことだよ。この日を僕は待ちわびた。きっと、一生こんな日はこないのだろうと、絶望までしていた。
だが、遂に来たんだ。待ちに待ち望んだ、「変数」が。僕の予知を覆す存在が。僕の地図に存在しない未知が。
あぁ―――、愛しい愛しい「変数」。君はこの退屈に満ちた世界を、滅ぶことが確定している未来を――――変えることができるのだろうか?」
そういって、男は立ち上がる。そして歩き出す。
ゆっくりと牢屋の格子に触れ、その扉を開けた。
元々、この男は拘束などされていない。この監獄への収容は、男自身が望んだ行動だった。
『どうせ、この世は袋小路。どこにいても監獄さ。』と皮肉った末の行動だった。
だが、今は違う。未来は変わった。男にも見えなかった『変数』によって。
ならば、もうここにいる意味は――――ない。
「あぁ、早く君に会いたいな、――――ユキ。」
そうして、この日。
最悪の冒険者にして、万物の預言者。この世の未来全てを見通すもの。
特級冒険者・第七席『世界地図』レーモン・ポワが、その行動を始めた。
■ ■ ■
アドミレスと魔物との戦争。
その一部始終を空から、眺めている者が一人いた。
「あの子、一体なんなのかしら?」
巨大な翼を広げる、その雄大な姿は見るものが見れば失神するほどの威光を放つ彼女は、ユキがアイルベット大森林で助けた母竜だった。
彼女は、ユキとハルを街へと届けたあとも、人知れずこの場に留まり、ことの顛末を見届けたのだ。
もし、ピンチに陥るようであれば恩返しもかねて助けてやろうと思っていたが…………
「私の助力は必要なかったわね。まぁ、仮にも私の恩人であるならば、これぐらいのことはできませんとね!―――――ねぇ?あなたもそう思うでしょう?ルクスメリア?」
「―――――ようやく見つけました。竜王陛下がお待ちです。竜妃よ。」
母竜が話しかけた先にいたのは、これまた一匹の竜だった。
ルクスメリアと呼ばれたその竜は、滞空しながら器用にも敬服の意を示すお辞儀をした。
「…………私は、まだあの人を許したつもりはないわよ。本来なら、あの人が直接謝罪に来るべきでしょう。」
「竜王陛下も幾度でも謝罪すると申しておりました。ただ、仮にも世界の竜を統べるお方が、気軽に里を飛び立つわけにも参りませんので、我々が参ったのです。」
「あら、私の怒りを解くことは、『気軽な用事』だと言いたいのかしら?」
「――――世界の均衡に比べれば。」
ルクスメリアは、死ぬ覚悟を決めたかのような面持ちでそう口にした。変わらず恭しく頭を下げ続ける彼女を見て、母竜はほんの少し溜息をついた。
「…………相変わらず、あなたは固いわね。」
「?」
母竜のちょっとした呟きはかろうじてルクスメリアに届かなかった。
「いいえ、こちらこそ悪いことをしたわ。少し前に生意気な少年に出会ったせいで、ほんの少し軽口を叩きたくなっただけなのよ。」
「! それでは」
「えぇ。大人しく里に戻るわ。その生意気な少年に怒られてね。私も母親になるんだもの。いつまでも自分優先のわがまま娘でい続ける訳にもいかないわよね。」
「…………そういえば、竜妃。体調は――――。」
「もうすっかりよくなったわ。その当たりの話もしてあげるから、早く帰りましょう。流石に、ずっと飛び続けるのは体によくないわ。」
「はい。了解いたしました。」
そうして二匹の竜は、冒険都市アドミレスを後にする。
――――その、直前。
母竜は、思い出したかように立ち止まって(飛び止まって?)、遠くに立っているユキを視界に入れると、絶対に届くことはないとわかりながら、口を開いた。
「そうえいば、あなた。私の名前すら聞かなかったわね。恩人に対して名前も名乗らないなんて、竜妃として名折れよね。
まぁ、この距離じゃ聞こえていないでしょうけど、いつかきっと訪れる再会の日を願って、一方的に宣誓させてもらうわ。
私は、スィークリア・ラ・リントブルム・ゴッディア。
竜種の頂点にして、三大魔獣の一角『真竜』の末裔。その血を受け継ぎし正統な王妃。
あなたが救ったは私達の血を引き継ぐ姫の命。この恩はいつか絶対に返すわ。
それじゃあね、白色の英雄さん。」
■ ■ ■
Side ???
「dねうい3qpほhd43おqdん4い3ぉあううううう」
「以上が今回の侵攻の結末になります。」
「ほーん、にゃーるほどねー。まぁ?ウチもうまく行くとは思ってなかったけどさぁ?まっさかあの意地汚い樹妖精ちゃんまで、やられちゃうなんてねーー、」
「あぁ、拙僧は悲しいッ!あの性悪で、小物くさい妹が死んでしまうなんてッ!あぁ、神よ!なぜ、そんなにも拙僧を悲しませるのです!!!」
「うるちゃい。だゃまれ」
「Zzzzzz」
「hfれうお3qp⁉んでうい3んくぉい4ううう!!!!」
「分かってるよ、母さん。僕たちは家族。家族が殺されたなら報復するのが筋っていうものだ。えーと、その、誰だっけ?」
「………樹妖精です。」
「そうそう。その子。その子の仇をとってあげないとね。それに、そろそろ計画を次の段階に移行してもいいかなって思っていたんだ。どう思う?母さん。」
「んしr3ぽqhふ4q3んふじぇ3qp!!!!」
「うん、そうだね!それじゃあ、始めようか、僕たちの楽しい楽しい『全人類家族化計画』を。世界を平和にして、みんなを幸せにしようじゃないか。僕たちの『大母親分』の名に懸けてね。」
「んくれあぷえくぁぬえなyb4うycねいsばうい4hばい♪」
という訳で、これにて本当に第一章冒険都市アドミレス編終了になります。
本章はあくまで序章。今回の事件を通して、ユキを中心に各方面の大物が動き出しました。
規格外の力を振るう特級冒険者、暗躍と殺戮と混沌を振りまく魔王たち、力を持つ獣「三大魔獣」、その他にも各国の王家貴族、国を守るために戦う騎士、まだ見つかっていない強者、十の災厄など、各々の思惑で動く大物ぞろい。
さて、世界はどこへ向かうのか。ユキの旅路の先に待つものとは?
一度動き出した歯車が止まることはありません。
第二章も、近いうちにお届けしたいと思っています。こうご期待!




