第二十三話 お別れ
「こんなところにいたんですか、テミスレーナさん。」
「…………ハルさん。どうしてここに…………?」
街の城壁の上、街の外の様子も中の様子も一望できる高台に、テミスレーナはいた。
一人でユキによって凍らされた広大な範囲を眺めていたテミスレーナに、珍しくユキから離れたハルが声をかけた。
「私はただの散歩ですよ。それよりテミスレーナさんこそ、こんな場所で何をしていたんです?」
「私は………その…………」
ハルの質問に、テミスレーナは少し罰の悪そうな顔をする。そのまましばらく返答に困っていた彼女だったが、一度大きめの溜息を吐くと、観念して答えを口にした。
「私は、反省していたんです。」
「反省?」
「はい。――――私は取り返しのつかないことをしてしまったんですね。」
思い返すのは、この戦いの決着の瞬間。ユキによる超広範囲の大氷結。
あの時、テミスレーナは今いるのと同じ場所にいた。そしてユキの姿も明確に視認していた。
迫りくるのは、5万の魔物、魔人樹妖精、都市喰いの土竜ギガントモール。
まさしく絶望の体現。誰もが恐怖を再認識し、逃げ出したいとそう考えた。
その時だった。
ユキから放たれた白い光は一瞬で戦場を染め上げ、そして気づいた時には絶望の体現者共は一匹残らず氷の彫像と化していた。
あの時、あの瞬間、テミスレーナの心に宿った感情は――――恐怖だった。
数舜前まで、自らの命を脅かしていた魔物達。それらを一瞬で凍らせ切ったユキの姿は英雄に見えると同時に、化け物に見えたのだ。
何より怖かったのは、あの氷。
あれが何かはテミスレーナは知らない。―――――知りたくないと思ってしまった。
あれはダメだ。この世にあってはいけない。
本能がそう囁いていた。
そして、そう感じたのはテミスレーナだけではなかった。
戦場が氷に包まれた時、勝鬨はあがらなかった。
誰も彼もが、その美しくも恐ろしい氷の世界を見て、息をとめていた。
恐らく戦争の勝利後、ユキは誰からも賞賛を受け取っていないだろう。
感謝はある。だが、心が悲鳴をあげるのだ。どうあっても彼を恐れてしまう。それは、この街の誰もが抱く本音だった。
気持ちはテミスレーナにもわかる。テミスレーナ自身もいまだ彼に言葉を伝えられていない。今、まともに会話できる気がしない。
だから、こんな場所まで逃げてきた。
だけど、それではダメなのだ。テミスレーナにだけは、その資格がない。
だって―――――――
「ユキさんに、あの力を使わせたのは私だから。」
最初にスウィーを否定したのはテミスレーナだ。
ユキと共にこの街に滞在したのもテミスレーナだ。
ユキは、多分あの力の危険性を誰よりも理解している。それなのに、その力を使う決断をさせたのは―――テミスレーナだった。
甘い考えで、子供のようなわがままで、彼に『力』を求めてしまった。
それがどれだけ恐ろしいことかも知らず、ユキにどれだけの迷惑をかけるのかもわからず、自分自身は何もできない癖に、ただ縋ってしまった。
昨日のあの場面を見て、ようやくテミスレーナのその願いの代償を思い知ったのだ。
「私、ユキさんに見せる顔がありません…………。」
そういって、顔をしかめるテミスレーナに―――――
「はぁ…………、まーた随分とくだらないことで悩んでいるんですね…………。」
ハルは、すごく冷めた感じでそう言った。
「え?」
「ユキ様に力を使わせてしまった、ですかぁ?バカバカしい。見当違いも甚だしいですよぉ。」
「え、え?」
テミスレーナの悲痛な言葉も何もかもを聞いても、ハルは路傍の石ころでも見るかのような眼でしらーっとしていた。
それもそのはず。
「ユキ様の力は誰がなんと言おうと、ユキ様のものです。あなたが、その責任を負うことはできません。」
ハルは、テミスレーナの悩みをそう言って一刀両断した。
「ユキ様の力は常にユキ様の意思によって振るわれます。たかが、誰かから頼まれただの、求められただので振るうほど、安い力でもありません。というかユキ様は見た目こそ幼く見えますが、あれでも割と人間関係については達観した考えの持ち主です。その場限りの善行、目の前の人間を助けるだけの善が所詮偽善であることは誰よりも理解しています。」
まぁ、それでも偽善をやめることはしないのもユキ様ですが、とハルは最後に付け足した。
テミスレーナはハルのその言葉に少しだけ驚いたような表情をしたあと、だったら、と疑問をなげかけた。
「だったら、なんで?なんでユキさんは、戦ったのですか?」
「はぁ?ユキ様の話聞いていなかったんですか?何度も言っているではないですか。
ユキ様は――――ハッピーエンドで終わらせたかったんですよ。」
「え?」
「この街で出会った人に死んで欲しくなかったんです。負けてほしくなかったんです。だから、力を使った。そこに善も悪もありません。ただ己の欲望のまま、こうあって欲しいと願う世界を求めたから、力を使ったんですよ。」
誰かを助けるという善行を行うのではなく、
誰かに助かっていてほしいと願う自分の欲望のために、戦い、力を振るう。
それは、どれだけ強欲で、傲慢な力の使い方なのだろう。
たまたま、ユキが誰かの幸運を願う人間だったからよかったものの、逆に誰かの不幸を願う人間であれば、その通りに力を使っていたということだ。
あまりに危険で―――――――だからこそ、テミスレーナには目から鱗の考え方だった。
「ただ己の欲望のまま、こうあって欲しいと願う世界の為に力を振るう…………。」
「今回はたまたまユキ様の願いとテミスレーナさんの願いが一致しただけです。でも、次もそうとは限りません。」
そう口にしたハルには、いつものような軽い雰囲気はなかった。
ハルの赤い瞳が、逃げることは許さぬとばかりにテミスレーナの眼を射抜く。
「テミスレーナさん。あなたの望む世界の形があるなら、あなたが真にユキ様にあの力を使って欲しくないと願うなら。強くなってください。その願いを叶えるだけの力を、あなたが持ちなさい。」
思い返すのは、この戦いの決着の瞬間。
勝鬨はあがらなかった。誰もがユキに恐怖した。誰一人として感謝の言葉を口にしなかった。テミスレーナも、同じだった。
そして、何よりテミスレーナは、ユキを恐れた自分自身が許せなかった。
―――――彼を受け入れられない、この世界が許せなかった。
ユキはみんなを助けてくれたのだ。だったら感謝されてしかるべきだろう。相応の報酬をもらい、賞賛の声を浴びて、誰からも祝福されるべきだ。
テミスレーナは、世界にそうあって欲しかったのだ。
だが、世界がそうあってくれないのなら――――
「はい。――――私は、強くなります。」
この時テミスレーナは、生まれて初めて『力』を心から欲した。
テミスレーナの望む世界を、現実にするために。
『うん。あなたがのぞむなら、わたしがちからをあげる。』
テミスレーナの頭の中で、小さな女の子の声が響いた気がした。
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「んじゃーなー。」
冒険都市アドミレス。その正門。
ハルが最初に破壊した方とは真逆の場所に位置する、その門は魔物溢れるアイルベット大森林ではなく、人類の生存領域へと続く道が伸びている。
その場所に立ったユキの別れの言葉は、非常に軽いものだった。
「そんな逃げ出すみたいに出て行かなくてもいいのに♪」
「俺にいられると居心地悪いのはどっちだよ。俺は人に怖がられて喜ぶ暴君じゃないんでな。」
「まぁ、こればっかりは理屈じゃなくて、感情だからねー☆」
スウィーはやれやれとわざとらしく首を横に振ったが、特に気にした様子もなく、そのままボロスとアンリのいる方へと近づいた。
「二人も元気でねー☆ボロス君、もう感情的に動いちゃダメだよ♪」
「ギルマス。俺は大恩あるあんたに、」
「あーあー、もう!その話は散々したでしょ♪掘り返さないの☆」
「だが………。」
それでも納得していない表情のボロスに、スウィーは溜息一つ吐いて、少し真面目な口調で話し始めた。
「…………ボロス・ローク。君は確かに間違えた。あの時とった行動は本来許されるものではないし、君は牢獄に繋がれるのが正しいのかもしれない。」
「…………。」
その威圧と罪悪感にボロスの黒い狼耳が垂れ、尻尾が巻かれる。
小型犬が怯えるような様子に―――スウィーはプっと噴き出した。
そして、いつものような子供の笑顔でボロスに笑いかけた。
「でも、私はこれでも大人なんだよ♪子供の悪戯は、こらーって叱って、それで許すのが大人ってものなのさ♬」
「――――ギルマス。」
「君たちがこの街に来て、もう5年。随分大きくなったね♪私も身長越されちゃった☆」
「―――――ギルマス。身長は最初から俺の方が大きかったです。」
「アハッ♪そうだっけ?」
「はい。―――――ありがとうございました。」
そうしてボロスは深々と頭を下げた。
スウィーは、その様子に一瞬子供のようなではなく、母のような笑みを向けると、今度はアンリに向き合った。
「アンリちゃんも、体に気を付けてね♪」
「はい。あの、本当によくしていただいて、ありがとうございました。」
「うん。また、君のごはんが食べたいから、たまには帰ってくるんだよ?」
「―――――はい。」
そういったアンリは満面の笑顔でありながら、ほんの少し目に涙をためていた。
「そろそろいいですかぁ?」
「もう、この狐は最後まで空気が読めないね♪」
「なんですとーっ!」
「ま、まぁまぁ、ハルさん。」
最後の最後までスウィーに噛みつこうとするハルを静止したのは、テミスレーナだった。
その流れで、テミスレーナとスウィーの眼がばっちりとあってしまう。
―――一瞬、気まずい空気が流れた、が。
「なに私挟んで、気まずくなってるんですかぁ。やるなら私抜きで、あ、ちょ、テミスレーナさん、そこは、ちょ、よわ、あははは!」
「九尾って、くすぐり効くんだ…………。」
「―――――はぁ、テミスレーナ様。」
「は、はい!」
「私は、あの時の私の言葉が間違っていたとは今も思っていません。」
「―――はい。」
「あなたの考えは甘い。甘すぎる。いつか、あなたにもきっと命の取捨選択を迫られる時がくるでしょう。あなたの甘い考えは、その時全てを失う結果になりかねない。今回のことも、決して良い結果だけじゃない。それはあなたも気づいているんじゃないですか?」
「はい。」
「――――だから、私はあなたの理想論を否定します。」
「…………。」
テミスレーナは、言葉が出なかった。
わかっていた。わかっていたつもりだった。自分のあの時の行動は間違っていた。
だが、他人からこんなにも未熟を突きつけられるのは初めての経験で、辛くて悲しい気持ちになった。
――――――――――でも、
「それでも、………わ、私は―――――諦めたくない、です。」
「それでいいんです。」
「え?」
「『普通に考えて』『いつかきっと』だなんて老人の意見を聞く必要はありません。そんなセオリーはいくらだってひっくり返ります。今、この街が無事に存在しているように。だから、大事なのは意思の強さです。
私は、あなたの理想論を否定します。しかし、それはあなたが世間の厳しさも何も知らない箱入りお嬢様だからです。世界を知り、力をつけて、理不尽な目にあい、どうしようもない現実を突きつけられて、――――それでも、理想論を貫けたのなら、あなたは英雄だ。」
「え、いゆう。」
「私は、あなたに共感はしません。――――でも、応援はしています。どうか、いい旅を。」
「――――はいっ!ありがとうございます!」
そうして、スウィーとテミスレーナは固い握手を交わした。
「―――――さて、まさか全員に挨拶するとはな。」
「アハッ♪時間をとりすぎちゃったかな☆」
「…………いや、まぁ、たまにはこういう旅立ちもいいだろうさ。でも、流石にもう時間だ。日が暮れちまう。」
「お腹が減りました。」
「…………あと、うちの狐がお冠だ。それじゃあ、今度こそ―――――――ん?」
各々が荷物を持ち上げ、さぁ、旅経つぞと足を踏み出した、その時。
ユキは空からキラキラとしたものが降ってきていることに気付いた。
太陽光を反射して白く輝くそれは―――――、氷の結晶だった。
「っ!」
バッっと上を見上げた、ユキの視界にいたのは――――――、
「ちょ、せめぇだろ、詰めろよ。」
「流石に狭いんだから我慢しろよ!」
「吾輩、怪我人であるからして、丁寧に扱ってもらたいのだが…………。」
「おやっさん、こっちこっち。」
「あーもう、こっち気づいてるって。ほら行くよ!せーーのっ!」
「「「「「「ありがとうな――――――!!!」」」」」」
正門、城壁の上。そこにいたのは無数の冒険者の姿だった。
彼らはぎゅうぎゅう詰めになりながらもこちらに笑顔で手を振り、そして、祝砲とばかりに氷の結晶を空にばらまいていた。
わーわー、と騒ぐ彼らは、しかし一様に、ユキ達への感謝の言葉を口にしていた。
「なっ、えっ」
「アハッ♪アハハハハハハッ♬ようやく、君の驚いた顔を見れたっ☆あー、ギリギリまでサプライズにしておいた意味があったってものだよね♪」
「ど、どういう――――。」
「アハッ♪まずは謝ろうかな☆テミスレーナ様とユキ様に誤解させるようなこと言ってね♪でーも、君達も悪いんだよ?君達、私達冒険者のこと舐めすぎ♪」
「――――は?」
そこまで言うと、スウィーは楽しそうにスキップで城壁の前まで移動。そして、今も感謝を叫び続ける冒険者達を背負うように立つと、すぅーと息を吸った。
そして、大きく手を広げて、満面の笑みで宣言した。
「―――――あなたの力が怖い? あなたの正体がわからない?
笑止千万ッッ!!!
我々は、未知にこそ挑み、命を懸けて恐怖に打ち勝つものっ!
故に、我らは冒険者ッ!
そしてッ、この街の名こそ、冒険都市アドミレス!!!
この先、どのようなことがあろうとも、ユキ君、君が我々の恩人である事実が変わることはないッ!
この街は、決してあなたの英雄譚を忘れないでしょう!
今、ここに、第一級冒険者にして、冒険都市アドミレス市長『万能軍隊』スウィー・ミレンの名において――――――――ユキを英雄と認めます!
さぁ、みんな。新たな英雄の門出だよ♪存分にその白い雪の、祝砲をあげてっ!!!」
そうして街の砲台から打ちあがるのは、白く輝く白い雪の結晶。
恐らくユキの氷を削りだしたそれらは溶けることなく空へと舞い上がり、太陽光を反射して―――――それはそれは、綺麗な世界を作り出したのだった。
「―――――――。」
ユキはその光景に言葉がでなかった。
ずっと、前世でも今世でもユキは忌み子だった。自分は誰からも嫌われている、嫌われるべき人間だと思って生きてきた。
それでもよかった。一部の愛する人にだけ愛されていれば、他人に感謝される必要なんてないと思っていた。
でも―――――。
「ユキ様?」
「――――ハル、初めて知ったよ。感謝されるって、嬉しいものなんだな。」
「…………それは、よかったです。」
気づけば、ユキの頬を涙が伝っていたけれど、この場の誰一人だってそれを笑うものはいなかった。
そして、ユキはすぐに涙をぬぐうと、街に背を向け歩き出す。一歩、また一歩と感謝の声に背中を押されるように進む。
ユキの歩みに続くのは、ハル、テミスレーナ、ボロス、アンリの4人。
最初にアバロンを出た時に比べて、3人も増えた一行は―――次の目的地へ
そう。まだまだ始まったばかりのユキ達の英雄譚
次なる目的地は―――――
「行こうか。フィレアンス王国。」
そこは農国とも呼ばれる特殊国家であり、そして――――テミスレーナの故郷の名でもあった。
これにて、第一章 冒険都市アドミレス編、ユキ達の話は終了となります。
途中、何度も筆を投げかけた本作ですが、なんとか第一章が書ききれたことにひとまずの安堵を覚えています。(待ってくれていた方には本当に大きな感謝と、謝罪を)
とはいえ、まだまだユキ達の物語は序章も序章。この先、一体どうなるか。
テミスレーナの故郷、農国フィレアンス王国とはどんな場所なのか、そして最初にテミスレーナが発した「どうか私の国を救って貰えませんか?」とはどういう意味なのか。
信用ないかも知れませんが、一応あまり長く待たせるつもりはありません。こうご期待ください。
なお、冒険都市アドミレス編。ユキ達の話はこれにて終わりですが、その後の話があと一話あります。そちらも近日中にあげたいと思うので、少々お待ちください。




