第二十二話 旅は道連れ、世は情け
「さて……話は聞かせて貰えるのかな♪」
「いやぁー、特に話すこともなんだけど…………。」
戦いの終結後、ユキは冒険都市アドミレスの領主―――つまりギルドマスターたるスウィー・ミレンに呼び出されていた。
部屋にいるのは、ユキとスウィー、そしてついでとばかりに着いてきたハルの二人と一匹だけだった。
――――まぁ、ハルはフカフカの絨毯の上で寝っ転がって、半分寝ていたが。
「というか、なんでスウィーの方に戻れてるの?再生に3日はかかるって話だったんじゃ?」
「そこは、ほら♪戦いの最後にボロス君がマザースライムに【咎痣】をかけたでしょ?おかげで劣化すると一緒に再生力が向上してさ☆私もこの通り復活ってわーけ♪」
「…………。うざいからミレンの方にしてくれない?」
「却下♪」
ユキの要望は満面の笑みで棄却された。
ユキも元々通るとは思っていない。ただ、このキャラと話さないといけないのか、とため息をついた。
「まっ、冒険者の事情に深入りするのはマナー違反なのは私もわかってるよ☆だ・か・ら、私から君に聞かないといけないのはギルドマスターとして最低限の質問♪つーまり、アンリちゃんの治療方法と、あの溶けない氷について、だよ。」
「………そうなるよな。」
魔素飽和症は一般的に不治の病だ。病気ではなく、体質であるが故に治癒魔術でも治すことはできず、薬による症状の緩和は確認されているものの、根本的な治療方法は見つかっていない。
患者数こそ極僅かとはいえ、今まで治せなかった体質が改善する例が現れたのだ。その治療方法には明確に価値があり、秘匿することは褒められたことではない。
また溶けない氷については、もっと直近的な問題だ。
ユキの固有能力【白く凍える孤独の王】は、戦場全てを絶対の冷気で包んだ。結果、アドミレスの門からアイルベット大森林までのエリアは現在スケート場もかくやとばかりに氷に覆われている。
問題なのは、その氷がどうやっても溶けないこと。終戦から1時間、魔術師があれやこれやの魔術で溶かそうと頑張ってはいるが、一切変化が見えないのが現状だ。中には氷に見えるだけで大理石か何かじゃないかと言うものまで現れ始める始末。
このまま門前をスケート場にされてしまうと、単純に交通に影響がでる。というか不便だ。その対処法を術士であるユキに聞くのは当然のことだった。
どちらも領主として聞くべき質問。
だが―――――。
「結論から言うと、そのどちらも答えられない。」
「ユキ君。私はこれでも―――。」
「わかってる。他にも俺の固有能力だが、竜だか、九尾やら、色々聞かないでいてくれてるのも。街の人たちへの説明だとか、気を使ってくれてるのも。そこら辺は感謝してる。ありがとう。
でも、無理なものは無理だ。これは俺の意思がどうこうというよりは―――親切心で言ってる。仮にも立場のある人間が、俺の事情を知るのはやめておいた方がいい。お互いのために。」
アンリの治療も、溶けない氷も、説明しようとすれば『霊力』の存在に触れざるおえなくなる。
この力の詳細は一切が不明だ。一度死後の世界を経由したユキだからこそ扱えて、かつ『霊刀 天之白雪』を通して無限に引っ張ってこれるエネルギー。しかも、魔力とは完全に別個のエネルギーだ。
そんなの控え目に言っても、世界的大事件だ。
しかも、ユキはこの『霊力』による供給で、半不死を獲得している。アンリ次第ではあるが、これを他者に付与できるなどなれば、求めるものは後を絶たないだろう。
さらにさらに、『霊刀 天之白雪』の所在が明らかになれば、そこから芋づる式にユキの出身、龍国バイルドルトの王子ファルムスの名前が出てきてしまう。
考えれば考えるほど、厄ネタだらけだ。
だったら臭い物には蓋。知らんぷりをするのが、お互いの為に他ならないだろう。
「そうは言ってもねー」
「…………アンリさんに施した治療は現状俺以外にできるものじゃない。そして俺自身二人目に行ったところで次はうまくいくかわからない。…………というか、そもそもアンリさんがうまく行ってるのかわからない。だから、この後様子見に行くんだしな。
あと、あの氷は溶けない。俺でも溶かすことはできない。でも、砕いたり壊したりはできるから、氷というかは冷たい石とでも思って対処すれば、道はすぐに戻るさ。なんだったらボロスに壊させろよ。あいつの固有能力なら俺の氷も砕けるぞ。残った氷は冷蔵庫にでもしてくれ。溶けないから便利だぞ。」
詳細は答えられない。だけど、理屈には触れない形で対処法を教えるぐらいはいいだろう。
そう考えたユキは、表面上の対処法だけまくし立てた。
そして、最後まで言い切ったあとに出された紅茶に口をつける。それはこれ以上話す気はないという意思表示だった。
「ふぅ、もう♪しょうがないなー☆今回は私も助けてもらったしね♪深いことは聞かないであげるよ♬」
そういって、諦めたスウィーも紅茶カップに口をつける。
少しだけ落ち着いた空気が部屋に漂う。
だが、そんな時間も長くは続かない。先にカップの中身を空にした、ユキが立ち上がった。
「じゃ、これで話は終わりだよな。ほら、ハル。寝てないで行くぞ。」
「はぁーいですぅ」
「あ。ちょっと待って☆」
「ん?なんだよ。」
部屋を後にしようとするユキに、スウィーが声をかける。
とはいえ、そんなに重要そうな雰囲気じゃない。
あくまで、ついで。一応聞いておかないと、といった感じでスウィーは口を開く。
「ユキ君、これからどうするかは決めてるの?」
「あー、流石にこれだけ派手にやったら、街にはいずらいし。目的だった冒険者登録もできたってことで、明日にでも街からは立とうかな。」
「それは残念♪」
「これっぽちも思ってないくせに。」
「アハハ☆まっ、そんなことよりさ♪次に行く場所は決まってるの?」
それは純粋な疑問。
ユキの正体も目的もわかっていないスウィーは、その行く末をギルマスとして知っておく必要があると思うし、―――何より単純に気になっていた。
一級冒険者たる自分にも劣らない強者。それでいて理想を捨てきれない子供。そんな矛盾のようでいて、何より英雄のようなこの少年が、この先どこで何を為すのか。
一人のファンのような心持になったスウィーの、心からの質問だった。
ユキとしても、先ほどとは違ってこの質問は誤魔化す必要がない。
ただ、普通に、考えていることを口にした。
「あぁ、次の目的地は―――――――……………………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「結論から言うと、アンリさんの魔素飽和症は完全に治っている。」
「本当ですか。」
「うん。そこについてはもう心配いらないと思う。」
スウィーの部屋を出て、すぐにユキはアンリとボロスの家へ向かった。
先日、行った霊力による強制的な体質変化による治癒。ユキとしても理論として思い付きはしたものの流石に初めての試みということもあって、懸念点はいくつもあった。
最悪、魔力器を破壊した時点で、命を落とす可能性も十分に考えていた。
だが、蓋を開けてみれば、治療は拍子抜けするほどうまく行っていた。
アンリとしても体に不調を感じる点は一切なく、生まれて初めての『健康』というものを感じているそうだった。
ただ――――
「ただ、残念ながら問題もある。まぁ、ある程度予想はついていた問題なんだけど…………。」
「というと…………?」
「今、アンリさんの体は魔力の代わりに霊力で稼働している状態だ。そして霊力は魔力と違って空気中から接種することはできず、現状、俺の刀『霊刀 天之白雪』からしか得ることができない。つまり、今後は定期的な補充が必要になるってこと。」
「定期的な補充……ですか。」
「うん。幸い効率はそんなに悪くない。1日や2日なら、自由に行動できると思う。ただ、それ以上の時間、俺からの霊力補充を途切れさせれば、アンリさんの生命活動に影響がでると思う。」
「それは、つまり今後私が生きていく為にはユキさんの存在が必要不可欠ってことですか。」
「…………うん、まぁ。そういうこと。」
改めて言われるとちょっとプロポーズみたいで恥ずかしいな、と口をもごもごさせるユキだったが、アンリには気づかれなかった。
とはいえ、それも当然だとユキは考える。
なにせアンリからすれば、相当な死活問題。文字通り死ぬよりはマシだろうが、それでも少し前に会って、まだろくに会話も交わしていない男と一生共にいなければならないなど、嫌に決まっているだろう。
「一応、『天之白雪』以外でも霊力を発生させる方法は探そうと思ってるけど、それが見つかるまでは不便をかけることに…………。」
「え?不便?なにがですか?」
「え?」
予想外に軽いアンリの返答にユキが目を瞬かせる。
アンリも何をそんなに気に病んでいるのかと、目を瞬かせる。
二人して、お互いに瞬きをする謎の時間が流れた。
先に手をポンっとついて理解したのはアンリの方だった。
「もしかしてユキさん、私がこの状況に困ってると思ってます?」
「いや、そりゃそうだろ。会ったばかりの人間と一緒にいなきゃいけないなんて…………。」
「会ったばかりの人間、ではありませんよ。私にとってユキさんは『恩人』です。私の命だけでなく、兄の命まで救おうとしてくれた、大恩人です。」
「でも…………。」
「それに、これが渡りに船、というやつだと思っていたところです!」
「…………へ?」
そういうと、アンリは席を立ち隣の部屋へ向かうと、何やらゴソゴソとする。
アンリの言葉の真意がわからず、ポカンと待ち続けること僅か1分。
部屋から出てきた、アンリはその背にパンパンのリュックサックを担いでいた。
「獣人種は恩には忠誠で返すのが礼儀です。ユキさんは旅に出られるのですよね?ぜひ、お供させてください!」
「…………………………………………え?」
ちょっと何を言っているのかわからず、ユキの混乱が加速する。
ユキが目を見開いていると、今度は背後の玄関が開く音がする。
「ただいま。」
「あ!おかえり。おにいちゃん。」
入ってきたのはボロス。今朝がた冒険者組合に連行されていたはずだが、何故ここにいる?
ボロスの処遇についても気になるが――――そんなことより、今は目の前の妹の方が問題だった。
「おい、ボロス。お前のところの妹、俺の旅についてくるとか言い出したぞ。お前からも何か――――。」
「その旅、俺も同行させてもらおう。」
「……………………………………………………………………………………は?」
更に飛び出た衝撃発現に眼を見開くのみでなく、口まで開いた。
そんなユキ相手にボロスが懐から出したのは二枚の書状。
一つには、追放処分とでかでかと書かれた書類。
そしてもう一枚は『ユキくんへ♡』と書かれた手紙だった。
「ギルマスからお前当てだ。」
「………………だろうな。このウザさ。」
「俺は口はうまくない。読め。」
そのぶっきらぼうの言い方に少しカチンとくるユキだったが、とりあえず状況把握が最優先と手紙の中身を読む。
5分ほどかけて、そんなに長くはない手紙を3周ほど読むと―――――
「―――やってくれたなぁ、めんどくせぇ。」
そういって、大きくため息をついた。
中身を要約すると――――つまるところ『ボロスをユキに預ける。』という内容だった。
というのも、実は今回ボロスの表向きの罪状は大きくないのが問題らしい。
ボロスがやったことと言えば――――
・マザースライムの核の破壊
・ユキとの戦闘行為
の2つとなる。だが、実はこのうち『マザースライムの核の破壊』は表向きに責められない。なにせ、『マザースライムの核』という存在そのものが一般には秘匿されているためだ。一級冒険者の弱点を公表はできず、そして存在しないものを壊した罪を問うことはできない。
また、ユキとの戦闘行為だが―――こちらは目撃者がいない。ユキが訴えれば、問題にできるが、しなければ問題にならない。そしてユキには、これを問題にする気がなかった。(どうでもいいし、面倒くさい)
となると、公式にボロスを責め立てる罪状は『敵前逃亡』のみになる。事実として戦場にいなかったのだから、これは隠せない。だが―――、この程度では大きな罪に問うこともできない。
結果、できた対処が冒険都市アドミレスからの追放処分だったということだ。
そして、あのギルマスことスウィー・ミレンは――――これは利用できると考えた。
街を出るボロスとユキ。
ボロスは前科があるぶん、追放せざる負えないが、人柄として信用することはできる。
一方、ユキは逆にまだ信用がなく、危険な能力といい放置するのはギルマスとして無責任。
ということで、――――『信用を得たかったら、旅にボロスを同行させろ』と言うのが手紙の内容だった。
ユキ側にこれを受ける義務は特にないが、断ればまた別の手段で監視がつくだろう。
それにスウィーは知らないだろうが、ちょうど今ボロスの妹であるアンリも旅に同行させる必要性がでてきた。
旅の同行者が増えることに、特にデメリットはないと言えばないし―――――でも面倒くさいというのが本音だった。
(アンリさんの補充は、定期的に転移で戻ってくればすむ話。やっぱり断って――――。)
「あの、ユキさん。」
「ん?」
「私、実は夢があるんです。自分の足で世界を見てみたいって夢が。だから、その、恩を返したいって言うのも決して嘘ではありませんが…………………私、ユキさんと旅に出てみたいんです!」
そう語るアンリの眼はどこかキラキラしていて………………思い出すのは、この世界に転生してすぐのこと。龍やら、魔術やらの存在を知って、もっとこの世界を見て回りたいと思った幼少期のファルムス。
今、こうしてアバロンから出て旅をしているのには明確な目的があるが、それでも、あの時の世界を見てみたいという想いがゼロかと聞かれれば、答えはノーだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、ユキはこういう目には弱かった。
「アンリさん。旅には危険がつきものだ。いつでもおいしいものが食べられるわけじゃないし、体も汚れる。それでも、行きたいと思う?」
「はい。」
即答だった。
「――――オーケー、わかった!一緒に行こうか。」
「やったー!」
ユキの返答にアンリは跳んで喜んだ。パンパンのリュックサックを背負ったままだから、なかなか派手なジャンプになっていた。
「で?ボロス、お前は?」
「もちろん、同行させてほしい。」
「監視のためか。」
「そんなもの建前だ。もう誰もお前を疑ってはいない。ギルマスは違うというだろうが、あの人は立場的にそういう発言になるだけだ。」
「じゃあ、なんでついてくるんだよ―――って、そりゃ妹の為か。」
「それも勿論あるが――――獣人種は恩には忠義で返すのが礼儀だ。」
そういうと、ボロスはおもむろにその場に跪いた。
そして、ユキに対して恭しく、頭を下げる。
「ボ、ボロス⁉」
「この度は、妹の命のみでなく、俺の命まで救ってくれたこと心より感謝します。矮小なこの身ではありますが、どうかあなたの旅に同行し、この恩を返す機会をいただけないでしょうか、ユキ様。」
「ユ、ユキさまぁ⁉ちょ、やめてくれ、鳥肌がとまらん!」
今までに見ないボロスの態度にユキが困惑する。
そして、どうにか立ってもらおうと、頭を上げてもらおうとするが――――
(こいつっ!動かねぇ!)
シンプルな身体能力であれば獣人種であるボロスに利がある。
ユキの奮戦虚しく、ボロスに頭をあげさせることはできなかった。
そして、ついには観念して――――
「わかった!旅の同行を認める、認めるから、その姿勢と気持ちの悪い敬語はやめてくれ!」
「了解した。」
「うおっ⁉」
同行を認めれば、今まで石のように動かなかったボロスがスッと立ち上がった。
急に立ち上がるものだから、ユキの方が転んでしまったぐらいだ。
床に尻もちをついたユキに対して、ボロスはその手を差し出しながら口を開いた。
「では、これよりよろしく頼む。ユキ。」
「…………………これ、半分脅しだろ。」
こうして、ユキの旅にアンリとボロスという獣人種の兄弟が追加されたのだった。
エピローグが長くなってしまったので、二分割しました。
冒険都市アドミレス編、残り三話で完結となります!
最後まで楽しみに!




