第十九話 ボロス・ロークVSユキ 後編
「化け物がっ。」
「その手の言葉はもう聞き飽きたよ。もう少しボキャブラリーに富んだ表現を求めたいところだな。」
そういうユキは今も、痣の広がる海を当然のように歩く。
今も痣はユキを取り込もうと、その魔の手を伸ばすが―――まるで、その場所には何も存在しないかのように広がったところから消えていく。
痣が広がらねば、劣化も向上も引き起こせない。
「というわけで―――なぁ、降参してくれないか?」
「………なに?」
「お前の固有能力は俺には効かない。直接戦闘も避ける分には余裕だ。能力の特性上、お前は長期戦に向かない。どう考えても詰みだろ。だから、降参してくれ。」
「――――。」
こうさん?降参?――――負ける?
降参を促すからには、ユキにはボロスを殺す気がないのだろう。
ある程度の罪には問われるだろうが、また平和に暮らすこともできるかもしれない。
だが、アンリはどうだ。
再度、受け入れてはもらえるかもしれない。環境のいい冒険都市であれば、あと数年は生きられるだろう。
だが、所詮は数年だ。きっと、大人になることはできないだろう。
数年間、魔力に身体を侵され続け、痛みに悶えながら、まともに動くこともできず、冒険都市の端っこで、大人になることもできず――――死ぬ。
それは――――、それだけは認められない。
たとえ、恩人を裏切ることになろうとも。
たとえ、自らの命を使い切ることになろうとも。
それだけは、絶対に認めらないのだ!
「【咎痣】」
「っ!待て、ボロス!それ以上の強化は―――!」
「『黒衣黒鎧』」
水たまりのように広がっていた痣が消え、元の場所に戻るようにボロスを覆う。
先ほどまでの戦闘では、主要な筋肉や関節に痣を発生させることで、最低限の劣化で最大限の強化を得ていた。
その程度の劣化であれば、一晩か二晩も寝れば十分に回復できた。
だが、今――――咎なる痣を本当の意味で全身に纏う。
それは黒の鎧のように肌を一切みせない、完全強化。強化度合もギリギリまで引き出す。
これだけの強化をすれば、もう取り返しがつかない。確実に後遺症が残る。
10分も維持すれば、体が崩壊して死に至るだろう。
体もそれがわかっているのか、強烈な痛みとして脳に訴えかけてくる。
つまり―――なんの問題もない。
「ラウンド2だ。俺は、お前を喰い殺す。」
「本当にバカなんだな、お前。」
槍を構えるボロスに、ユキも刀を正面に構える。
二人の間に一瞬の沈黙が流れて―――――そして風が吹いた。
「『黒一筋』!」
最大範囲、最大強化を行ったボロスの本気の突き。
その移動速度は亜音速を超え、常人であれば消えたように見えたことだろう。
その穂先は、ユキの頭蓋を寸分狂わず狙って――――
「天元流 二之型『雨流し』」
「―――は?」
だが、意図もたやすくいなされた。
それは、最大強化を行う前。最初に戦っていた時と全く同じ動きだった。
「――――っ、『黒針千本』!『黒雨』!」
「天元流」
「『黒輪』!『黒波』!」
「七之型」
「――『黒夜』!」
先ほどとは倍以上の速度、倍以上の筋力で次々と繰り出される絶技。
だが、ユキはその全てを避け、いなし、防ぎ、まるで幼子をあやす親のように凌いでいく。
そして、
「日輪」
「ック⁉ ガハっ!」
ユキの繰り出した円を描くような斬撃をボロスは防ぎきることができなかった。
手元の槍がガラスのように砕け、腰から肩にかけて決して浅くはない切り傷を喰らった。
(――――ここまでやってなお、届かないのか⁉)
そのボロスの胸中を悟ったように、ユキは口を開く。
「獣人種として生まれ持った身体能力、強力な戦闘系固有能力、実戦で磨いた無駄のない戦闘技能。大したものだよ、ボロス・ローク。お前は確かに強い。
―――――でも、所詮はその程度だ。その程度の強者ならいくらでもいる。わかっているだろう?」
現在、世界中で冒険者の数は20万人近く。そのうち四級冒険者以上は一割未満しか、いないが―――逆に言えば2万人はいる計算になる。
そこから、更に二級冒険者クラスの戦闘力を持つものは1%しかいないが、それでも200人。
ボロス・ロークは確かに強い。全冒険者の上位0.1%に迫る強者だが、それでも上にも上がいる。
「俺の刀術ごときにいなされているようじゃ、たとえ奇跡が起きてもお前は俺には勝てないよ。」
決して浅くはない傷を負ったボロスに、ユキは刀を突きつける。
その刀に殺意はない。殺す気などないことは、もうわかっている。
殺す気すらない刀に負けた事実がボロスの心を深くえぐった。
「俺の負けか。」
「そうだな。」
「俺は弱いか。」
「いいや。だが、俺はもっと強いだけだ。」
槍は砕け、今まで積み上げた戦闘技能も真っ向から打倒され、敵には情けすらかけられた。
「あぁ、認めよう。ユキ、お前は俺より強い。」
明確な敗北宣言。完膚なきまでの完敗。
あとはボロスを冒険都市に連れ帰って、残りの残党を片付けて終わり。
―――――そのはずだった。
ユキは見誤ったのだ。
この戦いの意味を、そしてボロスの妹にかける執念を。
「だが、それでも俺はアンリを救う。それが俺にできる唯一の贖罪だから。」
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ボロス・ロークはローク族という一族の長の息子として生まれた。
基本的に放浪的な生活をすることが多い獣人種の例に漏れず、ローク族は傭兵集団として各地を回る典型的な獣人一族だった。
他の獣人種と少し違う点があるとすれば、その傭兵としての在り方が強く『混沌』に寄っていたこと。
西に侵略戦争があると聞けば喜々として攻め入り、東に内乱あると聞けば政権打倒に力を貸した。
金ではなく、善悪でもなく、場がより混沌とする勢力の味方につき、喜んでその場所の秩序と平和をかき乱した。
それは、彼らが心より『戦い』を楽しむ集団だったからに他ならない。
少しでも長く争いを、少しでも凄惨な闘争を。
平和を望まず、秩序を求めず、ただただ戦い続けること。それがローク族の目的だった。
そんなローク族に生まれたボロスも、幼いころから戦いへと書き出された。
幸か不幸か、ボロスには戦闘の才があった。鬼才と呼んでもいいかも知れない才能が。
初めて戦場にでたのは5歳のころ。まだ槍を握って1年もたたない幼児は、その場で敵兵を5人殺して見せた。
固有能力に目覚めたのは8歳の時。初めて目覚めたときの戦場では軽く100を超える死体を生産した。
一族のものは喜んだ。心から喜んで、ボロスが敵兵を殺すたびに、その首を掲げて宴を開いた。
だから、ボロスも言われるがままに、戦場で殺し続けた。
――――そして11歳になった時のこと。
その日もボロスは当たり前のように3人殺し、しかし4人目に殺そうとした相手が思いのほか強く、傷を受け、撤退を余技なくされた。
傷の手当が終わり、寝ているように言われたが、昼間のうちから家にいるのは久しぶりで、変な感覚だったのを覚えている。
槍を握るには握力が戻らなかったが、じっとしていることもできず、そのうち少し散歩しようとでかけた。
彼女に会ったのは、そんな時だった。
「~~~♪」
彼女は家の庭で鼻歌を歌いながら、花を摘んで編んでいた。
自分と同じく黒髪の少女。頭の上にはピコピコ動く狼の耳があり、腰の付け根からは黒い尻尾が鼻歌に合わせて右に、左に揺れていた。
最初は『誰だ』と思った。
それから、しばらくして『あぁ、妹か』と思い出した。
いることは知っていた。自分と同じ父と母から生まれた娘だ。確か5年前ほどに、その誕生を祝う宴をした記憶がある。
だが、それだけだ。たまに家に帰ってきたときに何度か見かけたことはあるが、話したことはない。
というか、名前を知らない。覚えていない、というよりは、そもそも聞いたこともないはずだ。
それほどまでにボロスにとって妹はどうでもいい存在だった。
「何をしているんだ。」
だから、その日。
ボロスが彼女に声をかけたのにも意味はなかった。ましたや彼女に興味が湧いたわけでもない。
ただ、仮にも妹が昼間にやっている仕事を知れば、自分の仕事も見つかると思った。
その程度の気持ちでボロスは名も知らない妹に生まれて初めて声をかけた。
「⁉ お、おにいさまっ⁉ どうしてここに……?」
「それはなんだと聞いてるんだ。」
「え? これですか? これは『はなかざり』です!」
「………?」
聞いたことのない単語にボロスの顔がゆがむ。
「それは一体、どういう武器なのだ?花の毒を使うのか?」
「どく?いいえ、『はなかざり』はぶきではありません。」
「武器ではない。では防具か?防御力があるようには見えないが…………」
「ふふふ、おにいさまは、おもしろいですね!」
ボロスの言葉に妹が笑う。
どこに笑うポイントがあったのかも、なにが面白いのかも、わからない。
「だったら、これはなにで、そして何の意味があるんだ。」
わからないことが少しだけ不愉快で、語調が強くなった。
しかし、そんなボロスの様子に妹は気づいた様子もなく、なおも愉快そうに答えた。
「いみ、いみですか?うーん、たのしいです!」
「は?」
更に表情が歪むのを感じた。
その時は知らなかったが、その感情は『苛立ち』と呼ばれるものだった。
だから、無意識のうちに更に語調が強くなった。
「これでは誰でも殺せないじゃないか。敵兵を殺すことも、敵の攻撃から身を守ることもできない。なんの意味もない行動だ。」
「? おにいさまは、てきへい?をころしたいのですか?」
「殺したいんじゃない。殺すんだよ。」
「なんで?」
「――――――――え。」
妹がだした、何気ない疑問はボロスの思考を止めた。
いや―――――、その疑問で今までずっと思考が止まっていたことに気付いた。
「おにいさまは、それがたのしいのですか?」
「っ、それは―――。」
なぜ、敵兵を殺すのか。
そんなこと生まれて一度だって考えたことはなかった。
ただ、殺すことが正義だったから、まるで食事するかのうように当たり前に殺してきた。
俺は、それが楽しかったのか――――?
…………楽しい、ってなんだ?
多くの疑問符が頭を駆け巡り、ボロスの動きが止まる。
その一瞬の隙をついた、行動だった。
「えいっ!」
「あ。」
妹がボロスの頭に花冠を乗っける。
今まで一度だって、こんな形で油断したことなどなかったのに。早さも、上手さもない、つたない妹の行動に反応できなかった。
これが戦場だったら死んでいた。もし父に見られようものなら地獄の折檻を何十日も―――
「うん。ふふふ!おにいさま、かわいい!」
「――――――。」
ボロスの思考など知らぬ、と妹が満面の笑みを浮かべる。
笑顔………笑顔……………………笑顔?
そんなもの今まで一度だって見たことはあっただろうか。
いつも見てきたのは怒り、悲しみ、憎しみ、そんな感情ばかり。
笑顔なんて、知らない。そんなもの見たことがない。
楽しさなんて、そんなのくだらない感情だと思ってきた。
笑顔なんて甘えだと信じてきた。
だと言うのに、実物はこうも、こんなにも―――――輝いてみえたのだ。
「お、おにいさま?ないてるの?」
その時の感情をうまく言葉にすることは今もできない。
どんな言葉で飾っても、その時の気持ちには足りない気がして。
ただ胸がいっぱいで、とめどなく涙がでてきたのに、不思議と悪い気分ではなかった。
そして、自然に妹―――アンリにこの言葉がでてきた。
「――――ありがとう。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(俺が罪深いことはわかっている。どれだけ後悔しても、俺が奪った人の笑顔は戻らない。俺に、あの笑顔をする資格はない。)
「だが、それでも俺はアンリを救う。それが俺にできる唯一の贖罪だから。」
「なにをっ⁉」
そう口にした瞬間、地面が揺れる。
それは決してユキとボロスの戦場のみの話ではなかった。
「な、なに⁉」
「うおっ、地面が…………。」
「防御陣形崩すな!魔物が侵入するぞー!」
遠くアドミレス正面の戦場までも地面の揺れは響いており、遠くで混乱している声が聞こえる。
「ボロス、お前なにを⁉」
「『黒衣黒鎧』を発動した時、全ての痣を回収したと思っただろ。だが、実際は一つだけ残していたんだ。その痣はモグラのように地中から伸びていき、そして今街まで到達した。」
「街?――――まさか。狙いは、マザースライムかっ⁉」
アドミレス地中にいるマザースライム。
本来、高レベル魔物であり討伐は容易ではないが、現在マザースライムは上に街が乗っかているため動くことができない。
そして咎痣は相手の当たりさえすれば相手の防御力関係なく、崩壊させることができる。
「マザースライムが死ねば、アドミレス側の奥の手も消滅する。残るのは烏合の衆と化した冒険者だけだ。――――誰も生き残れはしない。」
「お前、そこまでして―――。」
「俺はアンリを救う。その為なら、この世全ての罪を背負う。」
そういったボロスの顔には何も浮かんでいなかった。
喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも、何もない無感情。ただ、強い覚悟だけがそこにあった。
(くそっ、どうする?凍り漬けはボロスには効かない!止めるためには斬るしか―――、だけどこれ以上血を流したら、こいつは…………。おっさんと約束しただろ、ユキ!俺はボロスも救って、ハッピーエンドを――――!)
そうして、状況打開のために、ユキが思考を巡らせている。
――――――その時だった。
「おにいちゃん?」




