第一話 雪の降る夜
だいぶ鬱な感じになっています。でも作者としてはあくまでもハッピーな話が書きたいと思っているので、どうかこの後のほうを楽しみにしといてください。頑張ってハッピーにします!!!
朝日が昇ると同時に、氷室十夜は目を覚ます。それは決して十夜が健康的な人間だからというわけではない。周囲が明るくなれば、必然的に起きてしまうというのが動物の性だ。それにさっさと起きて退散しなければ、近所の人に通報されてしまうかもしれない。
まぁ、つまり何が言いたいかというと、端的に言うと十夜が寝ている場所は公園だった。
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公園の水道で手と顔と歯を洗い、制服の袖に手を通す。まだ、学校までには、時間があるので学生鞄に荷物を詰め込んだ十夜は、自分の本来帰るべき家へと歩きだした。
そうして歩いて数十分着いたのは、そこそこ立派な一軒家だ。しかし、どこか寂れた雰囲気がしている。
家に着くと、とりあえず鍵を開け中に入る。家の中は立派な外見に反して、あちこちに物が落ちており、とても汚い。また酒とタバコ、その他いろいろな匂いが混ざりあった空気が充満し、ここにいるだけで十夜の鼻はおかしくなりそうだった。
しかし、いつまでも玄関で突っ立ってるわけにもいかないので、とりあえず靴を脱ぎ、リビングへと入る。
「ぐが~~~が、がぐぁ~~」
「·········はぁ」
すると、そこには裸で寝転がり手には酒瓶を持った十夜の父親が眠っていた。しょうがないので近くにあった毛布をかける。その後は、引き出しの中から今日の昼食代を出そうとするが、
「まじかよ······」
そこには、十円玉が3つと一円玉が1つしか入っていなかった。おそらく、というかほぼ確実に今、床でぐ~すかと眠っているこの男が使ったのだろう。
これでは、昼食は抜きにするしかないか、と諦める。
別に十夜にとって、これが初めてのことではない。一応予備として、いくらかのお金は手元に残してある。
がしかし、それは決して十分な量とは言えない。少なくとも次のバイト代がでるまでは昼食は抜きにする必要があるだろう。
「また、バイト増やすかなぁ・・・はぁ・・」
お金がない以上、いつまでもここにいてもしょうがない。さっさと家を出ようと決意する。いつこのダメ親父が起き出して、自分に八つ当たりしはじめるか分かったものではないからだ。
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朝の新聞配達のバイトを終えた十夜は、まだ誰一人とて登校してきていない教室へ入る。そして自分の席に座ると鞄から宿題と筆箱をだし、勉強を始めた。
家で勉強することの出来ない十夜にとって、朝のこの時間は唯一勉強できる時間であり、また、1日で一番静かに過ごせる時間なのだ。
しかし、そんな時間は長くは続かない。クラスメイト達が続々と登校し始めた。
ほとんどのクラスメイト達は、十夜の姿を見ると、とても嫌そうにその顔を歪める。それは決して彼らの性格が悪いからというわけではない。
むしろ悪いのは十夜のほうだ。十夜は朝から新聞配達のバイトで汗をかいているうえ、昨日は風呂に入れていない。また、髪もぼさぼさで見るからに不潔感がただよっている。
これでは、高校生というおしゃれに気を使う若者としては、いや、たとえおしゃれに興味がない人間だとしても、嫌悪感を隠さずにはいられないだろう。
それに、十夜が嫌われている要因は、不潔感だけではない。
「とーくん!おはよう!」
「あ、あぁ、おはよう」
朝一番に声をかけてきた少女の名前は神代初音。つやつやの長い黒髪を腰まで伸ばし、胸の部分の制服は豊かな曲線を描いており、女性から見ても完璧なブロポーションをしている。綺麗な鼻筋や桜色の唇、優しげな垂れ目もまた完璧な配置をしており、その可愛らしい雰囲気も相まってファンクラブまであるという正真正銘の美少女だ。
十夜と初音は小学生の時からの付き合いであり、世間一般で言う幼馴染みという関係にあたる。だから、学校中で嫌われている十夜と仲良くしてくれる数少ない相手なのだが······
「ちっ」
「くそっ!なんであんな野郎とはしゃべるんだ!」
このように、ただでさえ避けられている十夜が、より周囲から孤立していく原因でもある。だが、残念ながら初音は結構抜けているというか、天然な所があり、その事には一切気づいていない。
そもそも初音が自分から積極的に話をする男子が十夜だけ、というのも嫉妬を激化させている要因の一つである。彼女は中学時代にとある事件に巻き込まれ、それ以来ちょっとした男性恐怖症なのだ。
一応喋りかければ返してくれるのだが、あまり長続きしない、というか初音の方からさっさと切り上げようとするので長続きするはずもない。
結果、クラスの男子達は自分とは、しゃべってくれないのに、何故あんな不潔野郎とはしゃべるんだ!!という気持ちになるのである。
とりあえず十夜としては別に彼女のことが嫌いではないのだ。むしろ自分がこんな風になっても変わらず仲良くしようとしてくれることは、十夜にとってもとても嬉しいことである。
しかし、それでもやっぱり周囲の視線は痛いわけで、バイト疲れや、睡眠不足も相まって、出来れば放っておいて欲しいという気持ちの方が強かったりする。
「とーくん!今日も髪ぼさぼさだよ?私がといてあげよっか!」
「い、いや、大丈夫だよ。神代さん」
「初音」
「え?」
「小さい時はは私のこと『初音』って呼んでくれてたじゃん。」
「いやでも神代さ」
「は・つ・ね!私のこと初音って呼んでくれないと、いつまでも、まとわりつくよ!!」
ーーー本当に、勘弁してくれよーーー
ここで、十夜が初音のことを名前で呼ぼうものなら周囲から何調子のってんだ!と思われるだろう。かといってこのままでいれば、彼女は本当に十夜にまとわり続けるだろう。初音がそういう妙な所で頑固なのことを十夜は知っている。
ちなみに一応もう一度言っておくが、初音は自分が仲良くしていることで、十夜に悪感情が集まっているということには気づいていない。
だが、高校生になってから十夜が、初音のことを避けようとしていることや十夜が、ぼろぼろなことにはさすがに気付いているのだ。結果こうして、十夜にまとわりついたり、世話をやこうとしている。
十夜も彼女が自分のことを心配して、こうしていることが分かっているからこそ邪険にしずらい。
言うまでもないだろうが、このやり取りをしている間、周囲の視線は険しくなる一方である。特に初音ファンクラブの会員の視線は、まさに人を殺せるレベルまで高まっていた。
そこにさらにもう一つ爆弾が投下される。
「ん、十夜は恥ずかしがりやだからしょうがない。」
「·····七五三掛さん」
「おはよう」
「え?あ、あぁ、おはよう」
今、十夜に話かけてきた少女の名前は、七五三掛凛。
140センチという女子高校生としては低すぎる身長。だが、これまた綺麗な黒髪と眠そうな眼が彼女の人形のような可愛らしさを際立たせている。胸部は少し残念なものの、その小さくて華奢な体は、たとえ高校生だと分かっていてもどこか庇護欲をそそられる。彼女もまた初音と負けず劣らずの誰もが認める美少女だった。
そして、同時に初音と同じ数少ない十夜に好意的に接してくれる人間でもある。
「·····初音、十夜に迷惑を掛けない。」
「め、迷惑なんか掛けてないし!ねぇ、とーくん!」
「いやぁ·······えっと·····」
「·····ほら、十夜も困ってる。」
「うぅ~~~」
「·····十夜の髪は私がとく。」
「「え?」」
予想斜め上の方向の意見が出てきて焦る十夜と驚く初音。
「ちょっちょちょ、ずるいよ凛ちゃん!」
「·····ずるくない。」
「ず~~る~~い~~」
「·····じゃあ、二人でとけばいい。」
「え!!?」
「いいよ、それでいこう!」
「いやいや、誰もといていいなんて言ってないから!」
予想斜め上どころか予想の真上に結論が行きそうになって更に焦る十夜。
ーー話掛けてきてくれるのは嬉しいけども!!お願いだから周囲の視線に気づいて!!ーー
もう周囲の視線は人を殺せそうなレベルを越えて、消滅させることすら出来そうな勢いで高まって来ている。
というか初音は天然だからともかくとして、凛はこう見えて結構するどい。周囲の視線にも気づいているはずである。正直新手のいじめか何かだと十夜が思い始めたその時。
教室の扉を開けて、一人の男が入ってくる。その瞬間教室の雰囲気が一変して嬉しげな空気が満ちる。
「みんな、おはよう!」
その男は、この学校の生徒会長、如月樹だった。
生徒会長、如月樹。品行方正、成績優秀、文武両道、容姿端麗。その上、世界有数の会社の御曹司という、およそ考えうる限りの完璧な男である。
また、正義感も強く、彼が生徒会長となってから、この学校では、校則違反をするものが減り、また、女子生徒を襲っていた不良グループを一人でぼこぼこにした、などその武勇伝を上げれば切りがない。
学校中の女子の憧れの的であり、また男子からの人望もあつい、まさにパーフェクトヒューマンである。
「また、くさやの野郎が神代さんと七五三掛さんに迷惑かけてんだよ!」
「そうよそうよ、毎日毎日あんな汚い格好で学校にきて、ただでさえ、気持ち悪いっていうのに。二人の好意につけこんで優越感にひたってるんだわ!」
「ほんとだぜ。全く。二人が優しいからいいものの、申し訳ないという気持ちはねぇのかな。」
そして、これ幸いとばかりに教室中から、十夜に向かって罵詈雑言がとびかう。
ちなみに『くさや』というのは十夜のあだ名というか、悪口である。『とうや』と『くさい』をかけたのであって別に十夜がくさやが好きというわけではない。というか、くさやなんて食べたことない。
「な!?違うよ。私が好きでとーくんに話かけてるんだよ!」
「·····初音」
「なに?凛ちゃん」
「·····好きって」
「へ?······あ!ち、ち、ち、違うんだよ。別にとーくんが好きだとかそういうわけじゃないんだよ!いや、べ、別に嫌いというわけでもないんだけど····。」
なんか学校で一二を争う美少女達が漫才してるが、十夜は気にしない。というか聞いてない。彼の意識は今、一歩ずつ近づいてくる、樹の方に向いているからだ。
「十夜くん。君はいつまで周りに迷惑を掛け続けるつもりだい?別に君自身がどのように生きようとも、それはかまわないさ。しかし、ここは学校であり、多くの生徒が集まる場だ。それなのに、そのような薄汚い格好で登校し、悪臭を撒き散らす。それが周囲の人間の迷惑になっていると何故気付かない?気付いているのなら何故止めない?その上、初音と凛にまで、このように心配してもらっているというのに、いつまで二人の好意に甘え続けるつもりだい?もう、高校生なのだから、少しはその自覚を持って欲しいものだよ。」
樹の正論に、十夜はぐうの音も出ない。
またクラスメイト達も弱気になった十夜を見ると、口々に十夜に対する不満をぶつけ始めた。
それらの罵詈雑言を聞きながらも十夜は言い返してやろう、だとかそういうことは一切考えていなかった。
そもそも、家がああなってしまった以上、十夜の現状をどうにかする方法は現状、存在しない。
しかし、初音や凛も含めて十夜の家の事情を知るものは、このクラスには存在しない。
恐らく、ここで丁寧に十夜の家庭状況を説明でもすれば、生徒達の多くからは同情をもらい、もしかしたら少しでも助けてもらえるかも知れない。
しかし、十夜はそんなことを望まない。
ーー同情される?助けてもらう?冗談じゃない!!うちの家がああなってしまったのは俺の責任だ!!俺の罪だ!!だったら、ここでクラスメイト達から糾弾されるのも仕方の無いことだろう。ーー
そんなことを十夜は考えていたが·····
「とーくんのことを悪く言わないで!」
瞬間、十夜の隣にいた少女の言葉により教室が静まり帰る。
「確かに、とーくんは皆に迷惑を掛けているのかも知れない·····。でもとーくんは無意味に、こんなことをする人じゃないもん!」
「初音·····」
十夜としては、別に彼女に庇って欲しいというわけではなかった。でもそれとは別に何処か心が暖かくなるような気分がした。
「で、でも、そいつは実際に迷惑じゃないか!」
「·····っ!!」
沈黙と、そして気まずさに耐えきれなくなった一人の男子生徒が喚き始めた。それに伴い周りの空気も、また十夜を責める雰囲気に戻っていく。
しかし、ここでまた待ったがかかる。ところが今度は十夜にとって意外な人物からだった。
「みんな!静かに!!」
生徒会長、如月樹だ。彼はとりあえずクラスメイト達を持ち前のカリスマ性によって静かにすると、十夜ではなく、初音の方を向いた。
「初音。君はとても優しいね。それに確かに君の言うとおり、氷室くんにも何か事情があるかも知れないしね。」
「如月君····」
ちなみに、この時十夜は、なんで俺は『氷室君』なのに初音は『初音』って呼んでるんだろう?と微妙に関係無いことを考えていた。
「でもね初音。例えどんな事情があろうとも、ここが学校であり、氷室くんが生徒である以上、最低限度の集団行動は気に掛けるべきだ。それを疎かにしている限り、俺は生徒会長として注意しなければならないんだ。」
「そ、それは···そうかも··知れないけど····」
さっきまでクラス全員に対して威嚇していた初音も彼の正論に少しずつ気を削がれて行く。
「で?氷室くん、君は一体いつになったら態度を改めるつもりだい?」
「そ··それは·····」
「·····はぁ。初音、凛、もうこいつに何をいっても無駄だよ。だからもうほっといて向こうに行こう。」
そう言って樹は二人を連れて行こうとするが·····
「「····はぁ?」」
二人はその手を払いのける。
「なんで私達が如月君に着いていかなきゃいけないの?」
「····同感」
「だから、そいつは二人に迷惑を掛けてるから····」
「いつ!私が!とーくんに迷惑かけられたの!」
「そ、それは····でもそいつは臭いし汚いじゃないか!」
「····別に気にしない。」
「で、でも初音·····」
「名前で呼ばないで」
「え?」
「私のことを初音って呼ばないでって言ってるの!」
「·····私も同じく」
「っぐ!!」
その口論はどんどんヒートアップしていったが、ここで十夜が声をかけようものなら、より酷くなるのは目に見えてるので何も出来ない。
が、そこでちょうど
キーンコーンカーンコーン
「ほ、ほら授業が始まるよ。二人とも。」
「わかってる!!」
「ふんだっ!」
とりあえず、いいタイミングでチャイムが鳴ってくれたので、十夜はこれ以上の喧嘩に発展しないように二人を仲裁する。
しかし、樹は十夜に指摘されたことが気に入らないし、初音もまだ不満そうだ。
というか初音の怒り方が幼稚過ぎるだろう。「ふんだっ」とか現実で言うやつ初めて見た。と十夜は密かに思った。
「あと、七五三掛さん?はなしてくれない?」
「····ん、まだダメ」
「いや、ダメって·····」
「·····凛って呼んでくれたら放す。」
「はぁ·····凛、これでいいかい?」
「ん」
最後の最後に爆弾をもう一つ落とされたせいで、嫉妬の目線がもう一段階強くなったのは言うまでもない。
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結局その日一日中、クラスメイト達からさんざん嫉妬の目にさらされたり、また、樹が絡んでこようとしたり、それを初音が止めようしたり、地味に凛が十夜にくっついてきたり、それに、また樹が絡んできたり、と本当にさんざんな1日だった。
そして十夜は、授業が終わったらさっさと帰りじたくを始めた。しかし、
「おい。どこに行くつもりだよ。くさや」
「ひゃひゃ!このまま帰れるとおもってんのかっ!?」
「·····黒崎くん、島津くん。」
帰ろうとした十夜に話かけた二人の名前は、黒崎蓮と島津海途。この二人は初音と凛と同じように、よく十夜に話かけてくる。と言っても友好的に、ではない。十夜はこの二人にいじめの対象にされているのである。
その後、十夜は学校の裏の人気のない所へ連れてこられた。
「おい、くさや、もう二度と神代や、り・・・七五三掛には近づくなって言ったよな。」
「ひゃひゃひゃ。蓮くん、こいつバカだから人間の言葉がわかんねぇんじゃねぇの?」
「ほう。だったら、その体に教え込まねぇとな!おらっ!」
そう言うと黒崎は十夜の鳩尾に蹴りを入れる。
「ぐはっ!」
「くはっ!だってよ!!ひゃひゃひゃひゃ!」
十夜は、その後も何度も何度も蹴られ続けた。この二人の嫌らしい所は、誰も見ていない所で、このいじめをしていることである。
もし、これを教室でやろうものなら、初音と凛がかけよってくるし、正義感が強い樹も放っておかないだろう。
樹は十夜のことをよく注意するが、それはあくまで十夜が汚い格好で学校に来るからである。十夜がいじめられていると知れば、彼は自らの生徒会長としての責任感に乗っ取って黒崎と島津を断罪するだろう。
また、十夜の担任や、他のクラスメイトも不気味な十夜を避けてはいるものの別に悪人というわけではない。なんとかしようとしてくれる人もいるだろう。
そして、それが分かっているからこそ、彼らは人目がある所では十夜をいじめない。事実、初音はこのことを知らないし、十夜に興味のないクラスメイト達の多くは同じく気づいていない。
しかし、それでも完全犯罪が無理なように、気づく人間は気づくのである。
「何やってるの?」
「「!!」」
そのうちの一人が七五三掛凛である。彼女はその幼なそうな外見や眠そうな眼とは裏腹に頭の回転が早く、また、非常に勘が鋭い。
事実、黒崎と島津は、七五三掛凛、神代初音、そして如月樹の三人には絶対に見つからないようにしていたのだ。しかし、凛に現場を目撃されてしまい、それ以来毎度毎度、場所を変えるのだが何故かすぐに凛にはばれてしまうのだ。
「し、七五三掛さん、え~と、これはね、その~あれだよ。遊びだよ、遊び、なぁ蓮くん?」
「凛····」
「·····?、大丈夫?十夜」
島津が頑張ってこの場を切り抜けようとするが、黒崎は凛を見ながら苦虫を潰したような顔をし、黙り込んでしまった。その顔を見て凛は不思議に思ったが、とりあえず怪我をしているであろう十夜のほうに近寄る。
「!······ちっ!帰るぞ、島津。」
「え?え?ちょっと待ってよ~蓮く~ん。」
一生懸命に十夜の介護をする凛を見た黒崎は、その顔をさらに歪めた後、きびすを返して帰っていった。
一方、凛はバックから消毒液と絆創膏を出して十夜の傷口を治療しようとする。
だがさすがにそこまでしてもらうのは悪い。というか絆創膏はともかく何で消毒液なんて持ってるの?と聞きたくなったが、やぶ蛇になりそうだったから止める。
「·····しめかk」
「凛。」
「····凛。」
今、そこ気にしなくて良くない?と十夜は思った。
「そこまでしてくれなくても大丈夫だよ。」
「····だめ。ばい菌が入る。」
「うちに帰ってからしっかり消毒するから」
「·····うそ」
「え?」
凛は急に神妙そうな顔をすると、意を決したように呟いた。
「·····十夜、ここ最近家に帰ってない」
「っ!!·····どうしてそれを。」
それは、本来誰も知らないはずの情報だった。いや、正確には、あの父親なら知っている。しかし、それを何故彼女が知っているのだろうか?
「やっぱり·····」
「やっぱりって·····引っかけられたってことかな?」
「····違う。確証はなかったけど。○○公園で寝ている人がいるという噂を聞いた。」
「でも、それが俺だとは·····」
「····十夜の制服、土がついてる。今時、都会のど真ん中で土が付く所なんて公園くらい。」
「······」
まさにぐぅの音もでなかった。いや、土なら他の場所でも付くだろう、とか、最近公園に散歩に行くのが日課なんだ、とか言い訳しようと思えば出来ただろう。
しかし、もう彼女がそれを確信してしまっている以上そんなものに意味はない。今はむしろどうやってその事を他の人に知られないようにするべきかを考えるべきだと十夜は判断した。
そこで十夜は意を決して凛に頭を下げた。
「七五三掛さん、その事は」
「····今日はうちに来て」
「黙っておいて・・・って、は!?」
予想外の提案に十夜は言葉を中断して、凛の方を見上げる。
というか凛が俺の話を聞いてくれない、とか頭のすみをよぎったが取り敢えずそんなことはどうでもいい。
「いやいやいや、いくら何でも女の子の家にお節介になるわけにh」
「·····じゃ、行こう」
「は、いかないよ。ってお願いだから話を聞いて!?」
凛はさっそく十夜の手を引いて行こうとするが、どうにか止める。
そもそも、まず俺の話を聞いてもらう所から話を始めた方がいいだろうか。そんな思いが、またもや十夜の頭をよぎったが全力で無視をする。
「····別に私は気にしない。」
「俺が気にするんだよ!というか君も気にして!」
「····お母さんも喜ぶ」
「何故に!?」
なんかあまりの話の脈絡のなさ具合に頭が痛くなってきた十夜。というか何故十夜が凛の家に行ったらお母さんに喜ばれるのだろうか?すごく気になる。
「私の家に来ないなら公園で寝てたこと学校でばらす。後、黒崎と島津のことも初音に言う。」
「うぐっ!、それは卑怯だぞ。」
「卑怯でもなんでも構わない。私は十夜に恩を返す。」
「·······そんなものはないよ。」
「たとえ十夜にその気がなくても、私にはある。」
正直、だいぶまいった。このまま凛の家に行って、迷惑をかけるのは十夜の望む所ではない。だからといって行かなければ凛は本当に凛は十夜の秘密をばらすだろう。そうすることが結果的には十夜を救うことだと分かっているからだ。
つまりは凛に迷惑をかけるか、面倒ごとに巻き込まれるかの二択。その2つを天秤にかけた十夜は·····
「·····はぁ。わかったよ、凛。行けばいいんだろう行けば。」
「ん!じゃあ行こう」
凛はことさらに嬉しそうな顔をした後、十夜の手を引っ張ろうとした。しかし、それを十夜は華麗に回避。
手を取る。避ける。手を取る。避ける
「む~~~なんで!」
「いや、別に手を繋ぐ必要はないだろう。」
「·····迷子になったら大変」
「なっならねぇわ!というか俺、お前の家知ってるから1人でも行けるし。」
露骨に残念そうに肩を落とす凛。端から見たら高校生が小学生を泣かしてるように見える光景だが、十夜はそんな凛にはお構い無しだ。
「というか俺、この後バイトあるからどっちにせよ一緒にはいけねぇよ。」
「·····1日くらい休んでも大丈夫。」
「ダメ。ちゃんとバイト終わったら行くから。」
「·····何時?」
「ん~~9時くらいかな。」
「わかった。しょうがない。」
お前は何様だ。と少し思ったが黙っておく。
「じゃあ、ま」
「·····迷子はダメだから」
「た後でな、って、最後まで言わせろ!!」
最後の最後まで人の話を聞かない子である。
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そして、午後9時、バイトが終わると十夜はいつも寝ている公園とは違う公園に来ていた。
これは十夜が、道に迷ったからではない。もともと最初から十夜は凛の家にお邪魔になるつもりはこれっぽっちもなかった。
それは凛に迷惑をかけたくないとか、そういうことでは全くない。いや、それも理由の中には入っているが、しかし一番の理由ではない。
一番の理由は凛に嫌われるためである。
凛と十夜は中学時代からの知り合いである。初音がトラウマをおった誘拐事件、その現場には初音と同じく誘拐された凛がいた。
そこを行方不明になっていた初音を探していた十夜が、凛と初音を助け出したのである。それ以来、人間恐怖症になってしまった初音は、しばらくは十夜と凛以外の人物と話せなくなってしまったため、症状が改善されるまでは、よく三人で遊んだ。
つまりは凛の言う『恩』というのは誘拐犯から助け出してもらったことだ。
まぁ、十夜としては、あくまで初音を助けたついでであったがために『恩』なんてないと思っているが。
そして、十夜達が高校生になった時、同じく十夜の家で、とある事件が発生した。その結果、十夜の家は崩壊してしまった。
その事を十夜は二人に秘密にしていたが、日に日に、ぼろぼろになっていく十夜を見て何も気づかないほど二人は鈍感ではなかった。
しかし、十夜は家庭の事情を二人には決して話さなかった。それどころか二人から距離をとり始めたのである。それは、二人に話してもどうにもならないこと、というのもあったし、二人に迷惑をかけるわけにはいかない、という気持ちもあった。
それでも、あの二人は優しいから十夜のことを助けようとするだろう。
それが十夜には耐えられない。だから十夜は二人に嫌われる覚悟をした。ろくに身を整えず近寄り難くしたのもそうだし、二人の厚意を無視したのも、これが初めてではない。
ーーそれでも二人が俺のことを気にかけてくれるのなら、俺はどうすればいいのだろうーー
もう、真っ暗になった夜空を見て十夜は、ふと思った。
しばらく空を見上げていると、しんしんと雪が降り始める。ここら辺ではあまり雪は降らないので、まだ年も明けてないこんな時期から雪が降りだすのは本当に珍しいことである。
そこで、十夜は昔、まだ幼かった頃、家族でスキーに行ったことを思い出した。
ーあの頃はまだ、真面目な父さんがいて、優しい母さんがいて、········そして、今はもういない妹がいて·······ー
雪が一つ地に落ちる度、幸せだった頃の思い出が、蘇る。
ー家族みんなで暮らしていた家ー
ー初音と初めて出会った小学校ー
ー凛と初音と遊びに行ったいろんな場所ー
それらの幸せは、もう二度と手に入らないだろう。そう思うと胸の奧から悲しみが湧き出てきたが、どうしてか涙は出なかった。
ーーもう、寝ようーー
ただ思い出に浸っていた所で、現実はどうにもならない。でもせめて少しでも暖かな夢が見れるようにと、幸せだった頃の思い出を思いだしながら十夜は、眠りについた。
そして、次の日公園の、この地域では珍しく高く積もった雪の中で幸せそうな、でも今にも泣き出しそうな顔で凍死している高校生の死体が発見された。
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人物解説 氷室十夜
身長:173㎝ 体重:50.3kg
誕生日:10月11日
年齢:16歳
本作の主人公。高校一年生。高校に入ってからは気弱で陰気な人間になっているが、元々の性格はどっちかと言うと活発でリーダーシップのある人間だった。
運動も勉強もそこそこできるがどちらも平均より少し上と言った感じ。
趣味はゲームだが、これは別にテレビゲームに限らずスポーツなんかも含まれる。というよりは、大人数で遊ぶことが好き。特技は特に無いが、やろうと思えば割りと何でも出来る。
ただ方向おんちであるのが玉に傷であり、小さい頃は、よく初音と道に迷ったりした。流石に何年も暮らしてきた地元では、そうそう迷わないが、旅行に行ったりすると地図を読むのが下手なのも相まって、ほぽ確実に道に迷う。
なんか、結局異世界に行くのだから元の世界の話こんなにいる?と思ったそこの読者!!
私も書いてて少し思いました。
でもでもでも!!、将来的には、ここの設定もどうにか生かしていきたいと思っているので、どうかよろしくお願いいたします。
まぁ、だいぶ後になるでしょうが笑