第十八話 ボロス・ロークVSユキ 前編
冒険者の階級制度は基本的に第十級から第一級まであり、数字が小さくなるにつれて、その実力があがるシステムになっている。
この『実力』は決して戦闘力のみを指す言葉ではない。
冒険者の目的が人間社会の守護、つまりは魔物・魔獣の討伐にある以上戦闘力抜きで階級があがることはないが、それ以外にも特異な才能があれば多少戦闘力が低くとも階級があがることもある。
実際、第一級冒険者であるスウィー・ミレンも戦闘力という面では一級の中で下位にあたる。
彼女が評価されたのは戦闘力以外の環境適応能力、ひいては『万能性』であるからだ。
また冒険者の階級と、その実力は大抵以下のように表現されることが多い。
第十級 成り立て
第九級 駆け出し
第八級 三流の中でも下位
第七級 三流の中でも上位(一番人が多い)
第六級 二流の中でも下位
第五級 二流の中でも上位
第四級 一流(一般人の限界)
第三級 天才
第二級 天才の中でも一握り
第一級 化け物
ここからもわかる通り、大抵の冒険者は第七級から第五級の間に集中している。
また冒険者として生きる人間の約8割は第四級で生涯を終えると言われている。
そんな中、ボロス・ロークは齢17にして既に第四級冒険者の階級を得ている天才だった。
しかも、スウィーのような特殊な技能を評価されてのことではなく、完全に純粋な戦闘力のみでこの階級まで駆け上がった。
戦闘力のみであれば、化け物の領域である第二級にに足を突っ込んでいる。
この冒険都市アドミレスにおいても、彼に正面から勝てる冒険者はほとんど存在しない。
つまり何が言いたいかと言うとーーーーーーボロス・ロークは強い。
「【咎痣】『黒波』」
「うおっ、あぶな!」
「『黒雨』『黒輪』――――『黒針千本』」
「――――。」
横薙ぎ、降り下げ、回転切り、そして連続突き。
絶え間なく繰り出されるは一つ一つが致命的な威力と速度を持った槍裁き。しかも、技のたびに槍を握る箇所を変えることで、リーチの特定すらできない。
威力・速度・練度、そのすべてが高水準にして一流。まさしく、精錬された獣の如き殺意に満ち溢れた武力だった。
その攻防を始めて、すでに5分近く立つ。その間、技の精度は下がるどころか上がり続けている。
(これが、戦闘の天才『黒狼』。そして、彼の持つ固有能力)
「【咎痣】、か。」
「まだしゃべる余裕があるのか、『黒鼠』」
「おっ。」
次に繰り出したのは槍による足払い。ユキも直前で気づいて、直撃こそ避けたが、多少体の重心がぶれる。
その少しの隙も見逃さない。
「【咎痣】――――『黒一筋』」
速度、威力ともに申し分なし、全霊の一突き。上位冒険者として、ふさわしい一撃
だが――――
「天元流 二之型『雨流し』」
「チッ」
ユキは刀をうまく滑らせることによって、突きの勢いを完全に殺してしまう。
先ほどからずっとこうだ。攻撃と言える攻撃は最初の一連の攻撃だけ。その後は基本的に避けるに徹し、たまの一撃も今のように受け流されてしまう。
「ふざけてるのか。」
「なにが?」
「さっきからヒラヒラ、ヒラヒラと。戦う気があるのかと聞いてるんだ。」
「そんなもの、ないに決まってるだろ。」
「あ゛あ?」
ユキの予想外の返答に、ボロスの槍が止まる。
「そもそもの話。別に俺は戦闘屋じゃない。お前みたいに戦いに名誉とか高揚とかを求めるタイプじゃないんだよ。戦わずに目的が果たせるなら、それが一番。」
「…………」
「そして、今の俺の目的はお前を連れ戻すことだ。その目的は、時間が経てば達成できる。そうだろ?」
「………そうか。ギルマスから聞いたのか。」
ボロス・ロークの固有能力【咎痣】
この能力は任意の場所に黒い痣のようなものを発生させることができる。痣が発生した場所は、急激に劣化すると共に、その能力を飛躍的に向上させる。
最初にユキの氷に行ったように壊したい物体に使用すれば急激に劣化させ砕くことができるし、現在行っているように自身の身体に這わせるように使えば肉体性能を向上させることができる。
ただし、劣化度合いと性能向上はトレードオフだ。肉体性能を向上させようとすれば、その分だけ肉体の劣化が加速する。
この劣化は今も『痛み』や『寿命』という形でボロスの体にダメージを刻み続けている。
つまるところ、長期戦になればなるほどボロスの体は勝手に限界を迎えるという訳だ。
この弱点こそ、二級レベルの戦闘力を持ちながら、彼が四級に甘んじている理由だった。
「そうか、そうか。その程度か」
「?」
「我が罪を喰らい、贖罪を為す力をここに。――――――【咎痣】」
ボロスがおもむろに槍を地面に突き刺す。
槍を伝って地面に広がるのは、黒い痣。まるで、黒い水たまりのように円形にどんどん広がっていく。
「何を………?」
「【咎痣】は魔力を一切必要としない固有能力だ。代償と効能が魔力以外の場所で成り立っているが故に、痣を発生させるだけなら魔力は必要としない。つまり、広げるだけなら、どこまでも広げられる。」
痣に覆われた雑草達は一瞬力強く咲き誇ったかと思うと、そのまますぐに枯れていく。
「――――まさか。」
「この痣が冒険都市を包めば、そこで終わりなんだよ。」
「っ!」
そう口にしている間も痣はゆっくりではあるが、広がっていく。
ユキの足元にも迫ってくる勢いだったので、一度大きく跳躍し、近くにあった木の枝に飛び乗る。
だが―――
「無駄だ。俺の咎は全てを飲み込む。」
その木も黒い痣に飲み込まれていく。
一瞬だけ生命力にあふれたあとに、どんどん腐って今にも倒れてしまいそうになった。
「なぁ、その痣とやらに飲み込まれる前に教えてくれよ。お前、そこまでしてあの街を壊したいのか?」
足場にしている木が少しずつ傾く中、ユキはボロスに口を開いた。
その口調に焦りが一切ないことをボロスは少し不思議に思ったが、気にすることもないと無視した。
「迫害でもされたか?差別でも受けたのか?それとも、むかつく奴がいたとかか?」
「―――違う。」
無視しようとしたボロスだったが、余りに見当違いなユキの言葉に思わず反論してしまった。
それがユキの挑発行為であることは何となく想像がついたが、しかし、訂正せずにはいられなかった。
「あの街の人たちには感謝している。俺たち兄妹を受け入れてくれて、居場所をくれた。まちがいなく、恩人だ。」
「じゃあ、どうして?」
「――――恩人に牙をむいてでも、俺には救わないければいけないものがある。」
「アンリさんのこと?」
「…………そうだ。アンリの体はもう限界だ。この街での療養も結局延命にしかならなかった。助けるには樹精霊の蜜がいる。例え世界を滅ぼしても俺はアンリを救う、絶対にだ。」
そう言い切ったボロスの眼に迷いはない。
そこには本気で、たった一つの大事なものを守るためなら、それ以外の全てを切り捨てる覚悟がある眼があるだけだった。
(あぁ、嫌というほど知ってるさ。俺も、その眼に守られてきた人間だから。その覚悟の強さも、尊さも。でも、だからこそ俺は、コイツを止めなくちゃいけないんだな。)
そして、ユキは立ち上がる。
だが――――
「もう遅い。――――終わりだ。」
そのタイミングでユキが足場にしていた木が完全に根本から折れる。痣の効力に耐え切れなくなったのだ。
当然、上に乗っかっていたユキは自由落下し、既に広がりきっている黒の水たまりに入水する。
そして、餌に群がる鯉の如く、落ちてきたユキを痣が覆った。
咎痣に一度触れてしまうえば、強制的にその生命力を利用され、吸い尽くされる。ユキのような若い人間であれば多少時間がかかるだろうが、十分もしないうちに死ぬだろう。
その間、寿命を削られる壮絶な痛みにショック死する可能性もある。どちらにせよ、ろくな死に方はしないだろう。
(謝罪はしない。これも俺の罪であり、咎だ。安らかに―――とはいかないだろうが、存分に俺を恨んでいけ)
そうして、黙祷を捧げるようにボロスは瞼を閉じて――――
「おいおい、おねむかぁ~?んじゃあ、大人しく寝とけよ!」
「ッ⁉」
耳に届いた声に咄嗟に槍を合わせることができたのは、経験からなるただの反射だった。
自らの槍、そして―――いるはずのない刀が金属音を響かせて交錯する。
「――――ありえない。お前、なぜ。」
「お前ごときの咎で俺を裁けるかよ!犬っころ!」
「くそっ!」
槍と刀のつばぜり合いの末、動揺でうまく力が入らなかった槍が押し負ける。
体制を崩したボロスは一度状況整理をすべきと大きく後ずさった。
痣は確かにユキを覆った。今頃、壮絶な痛みで動けなくなっているはずだ。
なぜ、なぜ、なぜ?疑問符が頭を埋める。
そして―――――その答えは、ユキの体を見れば明らかだった。
「痣が――――広がらない?」
地面を伝った黒い痣は、確かに一度ユキの体を覆うと、その魔の手を伸ばしていた。
だが、ユキの体に広がり始めた直後に、まるで浄化されるかのように、その痣が消えていっているのだ。
無機物有機物問わず、どんな物質でも破壊してきた咎痣が、こんな風になっているのはボロスをして初めての光景だった。
「お前、一体――――何をしている!」
「何もしていないさ。まぁ、ちょっと賭けではあったのは事実だけど、でも多分こうなるだろうなって予感はあったんだ。」
「なに?」
「【咎痣】は痣を広げた箇所に急激な劣化と性能の向上をもたらす。そこに魔力は関係ないって話だったよな?――――じゃあ、何を消費しているんだ?」
「は?何を言ってるんだ。だから劣化を――――。」
「そりゃ、ただの結果だろ。何かを消費した結果、劣化しているってだけ。何を消費しているのか――――答えは簡単。魔力じゃないなら、生命力を消費しているんだろ。」
「せい、めいりょく?」
「そう。俺は知ってる。俺だけは知ってる。この世界に、生命力を持たないものは存在しない。例え物質であっても、世界は生の温もりに溢れている。―――――ただ一人、半死人である俺を除いてな。」
「なにを、言ってるんだ。」
ボロスはユキの言っていることが何一つわからず混乱する。
生命力?半死人?なんの話だ、何を言っている?
わからない。わからない。わからない。
だが、ただ一つ分かったことがある。
ようやくわかった。いや、気づけたと言ってもいいかも知れない。道理で、出会った時から妙な嫌悪感というか警戒心があったはずだ。
この男は、ユキと名乗るこの少年は――――――化け物だ。




