第十六話 先輩冒険者
お久しぶりです。大変長らくお待たせしました。
これからも不定期更新とはなりますが、少しずつ書けていけたらな、と思っています。
Side ユキ
「じゃあ、明日に向けて早く寝たいし、さっさと会議をしようか。」
ユキがギランと約束を交わしてから一時間後。ユキは冒険者ギルドにある会議室で先頭に立ち、音頭をとっていた。
会議の相手は今街にいる有力な冒険者達とその関係者だ。
冒険者ギルド、アドミレス支部のギルドマスターにして、この街の総責任者。第一級冒険者『万能軍隊』スウィー・ミレン。
スウィーの隣で職員の制服を着こなして、The.秘書といった風貌なのは、ギルド本部にいる「未来予知」の能力者の配下、テシラ。
エメラルドのような綺麗な髪と瞳を持つ美女。エルフの特徴である長い耳をピクピクと動かして緊張しているのはフィレアンス王国第三王女、テミスレーナ・ドル・フィレアンス。
ユキの配下で、今は全長15cmほどという手乗りサイズの5本の尾を持つ金色の狐、ハル。
加えて現在のこの街の戦力の中でも最高峰に位置する第三級冒険者が5人。その中には東門で魔術隊の指揮をしていたフィセーラもいる。
「じゃあ、まず戦況の把握から――」
「ちょい、待てよ。」
いざ、会議を始めようとユキが口を開いた所で、遮ったのは一人の冒険者。トゲ付き肩パットにモヒカンというユキから見たら『絶対世界間違えてる……とか言う依然に古くないか?』という感想が出てくる恰好をしている男だ。
「なんで見たこともねぇ新人が先頭にたってやがんだ?おれ等はギルマスに呼び出されたから来たんだ。ガキのお遊びに付き合ってるほど暇じゃねぇんだよ。」
男は見た目通り恫喝のような口調でユキに言い放った。しかし一方で見た目に反して分別はあるらしく、掴みかかるなどの強硬手段に出るつもりはないようだ。そこはさすがに第三級冒険者と言ったところだろうか。
何より他のスウィーとテシラを除く冒険者がうんうんと頷いていたり、答えを待つようにユキの方を見ていることから、モヒカンはあくまで彼らを代表して発現したに過ぎないのだろう。
「うんうん。分かりますよ。そこに当のギルマスさんがいるのに俺なんかが前に立っているのは気に入らないし、不思議ですよね?こんなガキと話すことなんてないですよね?」
「「「…………」」」
「だから俺からも一つ言わせて頂きます。」
ユキには彼らを納得させるだけの理由を説明する義務があった。
一体、どういうつもりでそこに立っているのか、冒険者達は耳を傾け――
次の瞬間、その耳を疑った。
「俺からもお前らと『話す』ことは無い。今から俺が言うのは命令だ。死にたく無ければ、ハーピーエンドを迎えたいなら――黙って俺の言うことを聞け。」
「「「なっ⁉」」」
~~~~~~~~~~~~~~
一時間前。ギランとの話し合いの直後。
ユキとスウィー、そしておまけ程度についてきたハルは人気のない路地裏で顔を向かい合わせていた。
テミスレーナは現在、【精霊王の加護】『大精霊結界』の維持に努めている。ユキの考えでは後で彼女の力が必要になるため、少しでも体力を温存してもらわなくちゃいけないのだ。
「で?ユキ君♪―――そろそろ話を聞けるのかな。」
ユキに呼び出されたスウィーの表情は前のような子供のような無邪気さを残しながら、しかし決して余裕のあるようには見えなかった。
実際スウィーの様々な感情とともに、それでもなおどうにかしなくてはと焦燥感に支配されていた。
だから、そのユキの言葉をスウィーは予想出来なかった。
「いやさ、少し気になって。―――お前は誰なんだ?」
「ッ⁉」
それはこの街にユキが来て初めて見た、スウィーが驚愕した顔だった。
ここで一つ。ユキの持つ『生命感知』について少しだけ説明しよう。
『生命感知』はユキがこの世界に生まれ落ちたときに得た特技のようなものだ。特殊な能力でもなければ、体質というわけでもない。
しかし『命の存在しない空間』という本来ありえない空間に長期間存在し続けたことにより得た、恐らく世界で唯一の特技。まるで、それはずっと水の中で生きて来た生物が地上に出てきて初めて風を感じたかのような、そんな鮮烈な記憶。
一度「ない」を経験しているからこそ、人より強く「ある」を理解出来る。ただそれだけの特技に過ぎない。相性的にたまたま、この世界で有用な能力になっているが本来ならそれほど自慢できるような凄い力では無い。
普段は、その程度なのだ。
しかし、一度死んだことによる鮮烈の記憶は決してそれだけではない。あの白い空間で見たものはそれだけではない。
現れては砕けて消えていった白い光の玉――魂達。あの空間で幾千幾億の魂達を見送ったユキは、これまた恐らく世界で最も魂に触れて来た存在でもある。
だからこそ、『生命感知』の精度をより強めて相手を観察すれば分かるのだ。まるでソムリエのようにユキには分かってしまうのだ。
現在、スウィーの身体に宿っている魂が以前のものとは違うものであることが。
「悪いな。やっぱり俺とあんたは致命的なまでに相性が悪かったみたいだ。」
これにはユキもさすがに苦笑いを浮かべるしかない。さすがに、ここまで自分の能力が相手に相性がいいと一周回って罪悪感すら覚える。
ハルについてもそうだが、アドミレス陣営は味方に味方特化の能力持ちが集まり過ぎである。
「そっかぁー……、いや。じゃあ、もう繕わなくていいか。全く困ったものだ。」
「お、おぉ。」
「なにを驚いているのだ。」
「いや、まぁ……、いざ、口調が急に変わると少し違和感がな。」
スウィーがスウィーじゃない誰かだということはユキにも分かっていたが実際に口調が男のようなものになると、少したじろぐ。ましてや姿も声もいまだに少女のものなので余計に違和感がすごい。
「私のことは便宜上、ミレン。ミレン・スウィーと呼んでくれ。」
「それって……。」
「恐らく今、君が想像した通りだろう。私はスウィーの別人格のようなものなのだ。私と私、二人合わさって私なのだ。」
「そうか。……いや、待て。嘘をつくな。俺の生命感知は魂を感知する。お前とスウィーじゃ魂の色が違う。たかが二重人格じゃあこうはならないだろう。」
一度納得しかけたユキだったが、すぐに矛盾点に気づき指摘する。まだスウィーの姿をしたこの相手が敵かも知れないのだ。その語調は自然を強いものとなった。
それにスウィーの姿をした何者か――ミレンは溜息をつく。それは子供らしかったスウィーと打って変わり、疲れたサラリーマンのような雰囲気を醸し出していた。
「はぁ。分かった、分かった。嘘をついたつもりはないが、下手な説明は誤解を加速させるだけだな。スウィーのように上手くはいかないものだ。」
「どういうことだよ。」
「スウィーは嘘をつかない。これは私が私に架した誓約だ。もはや何の効力も持たない誓約だが、私が自主的に破ることは決して無い。
だが、それはそれとして誤解を招く発言をすることはある。まぁ、あまり怒らないでくれ。冒険者としてもギルドマスターとしても、その辺りの能力は必要だったんだ。」
「その程度で怒るほど、俺は小さい人間じゃないさ。俺だって嘘は吐く。……ただ、今その話をしたってことは、俺はお前に関して何か誤解をさせられているということか?」
「別に君だけじゃない。これに関しては、ほぼ全ての人に誤解させたままにしている。君は私の固有能力について聞いてるね?」
「え、あぁ、まぁな。」
ミレンの問いにユキは昨日スウィーに教えられた能力を思い出す。
このタイミングで、その話を切り出すということは誤解というのは固有能力についてなのだろう。一応、少し自分で考えてもみるが、何に勘違いしているのかやはり分からない。
しょうがなくユキは渋々、答えを求めるようにスウィーの問いに答えた。
「……たしか、能力名は『二心一体』。能力は何か他の生き物と融合する能力……だったか?」
「能力名はそれで間違いない。だが、能力内容についてスウィーはこう言ったはずだ。『心を通わせた生物とお互いの身体と力を共有する』と。」
「……あぁ、なるほど。分かったぞ。それで名前が『二心一体』なのか。」
「そういうことだ。」
ミレンとユキのあいだに納得したような空気が流れる。
しかし、残念ながら話を理解出来ていない生物が、ここに一匹。
「え、ちょっと、待ってください。意味分からないんですけど。」
今のいままで置物に徹していたハルだった。主の邪魔をしてはいけない、もとい、自分は関係ないし、興味もないからと聞き流していたハルだったが、さすがに、ここまで来てミレンの正体が分からないのは気持ちが悪すぎる。
クイズを出すだけだされて、『もう、わかるよね?』とか言われたら、クイズに興味がなくとも答えが気になるというものである。
ユキもミレンも内心話を先に進めたかったのだが、ここでハルを蔑ろにしてもいいことはないと、説明を始めた。
「つまりだな、ハル。安直に『融合』という簡単な概念で理解しようとするから誤解するんだよ。」
「いや、意味分かりませんよぉ。」
「はぁ、少しは考えろよ。いいか、『二心一体』はお互いの身体と力を共有するんだ。融合でも無ければ吸収でも無い。『共有』だ。文字通り共に有してるんだよ。能力者も能力をかけられた側も。」
「あっ。」
「スウィー・ミレンの場合、人間とマザースライムの間で能力を使われてるから、人間はマザースライムのスライムの身体とスライムの生み出す力を。そして同じようにスライム側は人間の身体と知能という力を得ることになるんだ。
多分、実際はスライムと人間の力を両方有してる身体を二人――一人と一匹で使ってるんだろう?」
「なるほど。だから『二心一体』なんですかぁ。」
「全く100点満点だ。一切の誤解のない正解だよ。」
もはや誤魔化すことは諦めたとばかりにミレンは首を振って苦笑する。これがかっこいい大人がやれば、それなりに様になったのだろうが、あいにく幼女の姿ではませた子供にしか見えなかった。
「つまりミレンさんは、元スライムってことですかぁ?」
「残念ながら私は私と私が一緒になったとき記憶を失っていてね。どちらが元人間でどちらが元スライムなのかは分からないんだ。それどころか性別すら分からない。スライムに至っては性別とか無いが。私達の人格は、それから百年かけて、それらしく作り上げたものでしかないんだ。」
「あぁ、だからあいつの顔はあんなにも嘘臭かったのか。」
「言ってやらないでくれ。あれでも人間らしくあろうと努力しているんだ。」
「そりゃ、悪かった――いや、それにしては設定間違えてるだろ。なんで似非子供キャラなんだよ。」
「それはスウィーの趣味だ。」
「「……」」
もしスウィーが人間だったとして、年齢は100歳をゆうに超える筈。元の性別がどちらにしても本来なら老人であることには変わりない。それが趣味で少女っぽく振舞っているところを想像すると……ちょっと業の深さが垣間見えたユキとハルだった。
「……まぁ、趣味は人それぞれだよな、うん。……で?何でミレンが表に出てきてるんだ?スウィーは何処に言った?」
なんとか自分を納得させ、この話題はもう終わりとばかりに次の疑問を口にだす。
というよりユキ的にはこちらが本題だった。元々スウィーが誰かに乗っ取られた可能性は低いと考えていたし、緊急事態のいま別人格とはいえギルドマスターが不在なのはマズイだろう。
とはいえ、実の所あまり心配はしていなかった。スウィー・ミレンの能力の一番の特徴はその万能性だが、それと同じくらい不死性も高い能力だからだ。地球でいう某夢の国並みの大きさを誇るこの街の、何処にあるかも分からないスライムの核を探し出すのは容易では無い。
――どうせ、分裂でもして何か作戦でも行っているのではないか?
と、考えていたユキの考えは他ならぬ彼女自身の言葉に否定される。
「スウィーはやられた。」
「え。……マジで?」
「大マジだ。先の戦闘中、この街の地下に隠していたマザースライムの核を砕かれた。」
「……誰に?」
「薄々分かっているだろう?ボロス・ローク。彼は完全に私達を裏切った。」
「…………。」
ミレンの淡々とした言葉にユキは苦い顔をする。
ユキとボロスの関係は決して良好なものでは無い。出会ったのもたったの1日前だ。交わした言葉は多く無く、人となりを知る機会など無かった。
それでも確かに知り合った仲ではあった。友人などとは口が裂けても言えないが、少なくとも言葉を交わし、食事を共にし、何より刃を交えた相手だった。それが裏切ったと聞いて、いい気分がするほどユキの性格は悪くない。
「……とにかく。核を砕かれたことによる影響は大きい。正直、もう私は戦力にはならないかもしれない。」
その表情を正しく読み取ったのだろう。ミレンはこの話題を避けるように言葉を発した。そのことにユキも気づいたが、それはそれとして聞き逃せない情報だった。
「戦力にならないって、そんな深刻なのか?見た所、それほど変化があるようには見えないが。」
「あぁ。既にあるスライムの操作までは問題ない。だが、核を壊されたことでマザースライムの能力の肝であるスライムの生成が出来ない状態だ。スウィーが置き土産に作ってくれたから、最低限の戦闘は出来るが……少なくともギガントモールの相手は難しい。」
「もう二度と力は振るえないのか?」
「いや、私と私は同じ存在だからな。片方が無事であれば再生はする。だが、今回は完全に核を砕かれたからな……スウィーが復活するのは早く見積もっても3日後だな。」
「そうか……。」
それでは『万能軍隊』の万能性も軍隊性も無いも同然だ。思いのほか深刻な現状にユキが苦虫を噛んだような顔をする。この街で頂点に立つ彼女の弱体化は戦況を絶望的なものに変えるには十分だ。
そこでユキはぶっちゃけた疑問をミレンに投げかける。
「なぁ、このまま戦った場合、勝機はどれくらいあると思う?」
「勝機、というだけなら100%だ。私達に負けは許されない。」
「感情論は聞いていないんだが。」
「感情論じゃない。こちらにも奥の手はあるし、何より今回テシラが派遣されている。最悪の事態にはならない。」
「テシラ?」
聞きなれない単語にユキが首を傾げる。話の流れからして人の名前だろうが、そんな人間は前線にいただろうかと記憶を探る。
そのユキの勘違いを読み取ったミレンはテシラという人物について語る。
「テシラ、というのは王都にいるある冒険者の部下だよ。そいつは未来予知の能力者でな。その配下であるテシラがいる限り、ここで起こる全ては予知済みの現象ということになる。」
「はぁ?そんなやつがいるなら、この後どうすりゃいいか聞けばいいんじゃないのか?」
「それが出来たらどれだけ気が楽か。あのクズは未来を完全に把握しておきながら、それを私達には伝えないのだ。未来は自分の手で掴め、とか何とか言ってその詳細を教えない。私達に分かるのは、この街に何か起きるという事前の告知と部下であるテシラがこの街に滞在する限り、最悪の事態にはならないということだけだ。……ただ、そこに費やされる犠牲に関しては一切考慮されていないが。」
「そりゃまた随分と性根の腐っていることだな。」
「それは全冒険者の総意だよ。」
ミレンが辟易とした顔をする。嘘くさくても表情をコロコロと変えたスウィーに比べて表情がそれほど変わらないミレンが、そこまで反応するとは相当なのだろう。
「その奥の手って言うのは?」
「私の本体を動かす。……だが、街の下地として浸透している私が動けば、当然この街は崩壊するだろう。恐らく一般人にも冒険者にも多大な被害が出る。」
「それを勝利とは呼びたくないな。」
「…………そうだな。しかし後ろの街に魔物を通さないという、この街の存在意義は果たせる。」
ミレンとユキとでは勝利条件が違う。目的が違うと言ってもいいかもしれない。
ミレンはこの街の領主として、この街の存在意義である人間社会の守護を絶対条件にしている。
一方で、ユキの絶対条件、目的はこの街の守護だ。最悪建物は別にいいが、この街に住む人達の命を助けること。それがギランとの約束だと思っていた。
しかし現実問題として難しい目標であることは間違いない。
これは戦争だ。
既に人死には出ている。それを今更犠牲者を出さずに解決したいなど綺麗ごともいいところだ。
だが、それでもユキの胸には自分に架したルールがある。
(約束は守る。絶対に。)
既にハッピーエンドまでの道筋は頭の中にある。情報不足だから、ある程度予測外のことは起きるかもだが戦略的には間違いないはず。
問題なのは戦略以外の部分。それを解決するために今ユキがすべきことは――
「ミレン。今、この街で戦えるものの中で最高戦力といえる奴らを呼んでくれないか?」
「……いいだろう。君には秘密も知られてしまったわけだしな。だけど、代わりと言ってはなんだが一つ質問をしていいか?」
「? なんだよ。」
そしてミレンは覚悟を決めるように息を吸い、その質問を口にした。
「…………勝てるのかい?」
ミレンが想い浮かべるのはギランとの会話。
別にミレンだって意地悪であのようなことを言ったのではない。しかし冒険者という人の命を懸ける職業に100年も従事していれば嫌というほど思い知らされる。
この世に絵本の中のようなご都合主義は存在しないのだと。
ピンチに現れるヒーローは存在しない。
姫の前には白馬の王子様は現れない。
超常の力には突然目覚めない。
魔術というファンタジーが存在するこの世界でも、結局のところ何も変わらない。ご都合主義は存在しない。
だからこそ、自分に向かって正面切って言い返したユキにミレンは久しく忘れていた期待という感情を抱いた。
それを真っ向から叩き壊して欲しいと、期待など抱かせないでくれと、そんな弱気な気持ちから出たミレンの言葉は、しかし――
「違うな。ただ勝つんじゃない。俺達はみんながみんな、誰一人欠けることのない笑える未来を迎えに行くんだよ。」
ミレンの想像の上を行く形で、裏切られた。
~~~~~~~~~~~~~~
――そして現在。
「俺からもお前らと『話す』ことは無い。今から俺が言うのは命令だ。死にたく無ければ、ハーピーエンドを迎えたいなら――黙って俺の言うことを聞け。」
「「「なっ⁉」」」
「ぷっ、ふふふふ」
ユキの言葉に冒険者達は絶句する。約一名というより一匹、主の突飛な発現に笑い声を漏らした狐がいたが、そんなことが気に等ならないほどユキの言葉は彼らの予想を超えた。
「勘違いすんなよ。こんなやり方は俺も不本意さ。「皆で力を合わせて」、実にいいじゃないか。本来ならそれでもよかった。
でも今回俺はおっさんと約束しちまったんだ。俺のこの呪われた力、全部使ってでもハーピーエンドにするってな。
よってお前らは邪魔だ。知らない奴と共闘出来るほど俺は器用じゃない。うっかり巻き込まれたくなければ俺の言うことを聞け、いいな?」
「ユ、ユキさんっ!?そんな言い方ないんじゃないですか?」
「ハッ!いいか、テミスレーナ。俺がいなかった場合、この街はもう負ける。そこまで王手をかけられている。最悪でも敵を殲滅することは出来るかも知れないが、それはこの街の崩壊と引き換え。俺はそんなの勝ちだとは思わない。
なぁ?先輩方?それでもいい、なんて考えてる負け犬はさすがにいませんよね?いたらさすがの俺も失望物ですよ。
でも、まぁ、結局負けが決まっている以上、負け犬であることには変わりありませんがね。その負けを俺が挽回してあげようと言ってるんです。じゃあ、黙って俺のあとに付いてくるのが、負け犬としての最後の意地じゃないんですか?」
「なっ、なっ、なっ」
ユキの口からペラペラと出てくる侮蔑の言葉にテミスレーナが絶句して、何も言えなくなっている。
ユキの言葉は少なくとも熟練の冒険者である彼らに向けていいものでは無かった。何せ彼が口にしたのはつまるところ『雑魚は引っ込んでろ』と言うものだからだ。こんなことを言われて怒らない人間はいないだろう。
この緊急事態で貴重な戦力を持つ同士が争う、そんなこと許されていいわけがない。最悪の場合、自分が止めなくては――
と、そこまで考えたところで、テミスレーナは違和感に気付いた。
「「「……」」」
「あ……れ?」
「え?」
熟練の冒険者達から返って来た反応は沈黙。怒るでも、ましてや無視をしている訳でも無い。何処か悲しい表情で、静かに口を閉ざしているのだ。
その反応はテミスレーナには勿論、ユキにも意外なものだったらしく驚きを顔に浮かべた。
当然、ユキがこのような物言いをしたのには意味がある。
現状、ユキに最も足りていないものは、この街に存在する戦力を扱うだけの地位や信用だった。どれだけユキが勝ち筋を考えたところで、この街の冒険者達がその通りに動いてくれなくては机上の空論。
しかし、じゃあ話合えば解決と言えるほど簡単な問題じゃない。先ほどの話も口調と誇張を抜きにすれば嘘はついていないのだ。現状、ユキは周りに気を使って戦えるほど器用じゃない。
だからこそ、ユキは彼らをわざと怒らせようとした。
ユキの予定では、ここで激昂した冒険者の一人や二人を倒すことで、まず実力を知ってもらう筈だったのだ。冒険者は実力の世界。それが初対面の現状で手早く信用を勝ち取る方法だと思ったのだ。今後の関係性を考えれば愚策中の愚策だが、こと時間の無い今、それが必要なことだと思ったのだ。
もし上手くいかなかったとしても、自分の力がどれだけ危険なものを分かってもらえるのなら意味のある行為になるはず―――だった。
しかし冒険者達は激昂するどころか、沈黙を保つのみ。一体、どうしてそうしているのかユキには少しも分からなかった。
沈黙が続いたのは実際には1分程度だっただろう。意味の分からない、その1分はユキにはとても長く感じられた。
最初に口を開いたのは、今回集まった冒険者の中で最も年上に見えるスキンヘッドのおじさんだった。
「今回のことはギルマス、あんたも了承済みなんだな?」
「…………うん。レグルス君。私は彼に賭けることにしたよ。」
「そうか。……少年、一つ聞きたい。」
レグルスと呼ばれたおじさん冒険者は随分と大人しいスウィー(ミレン)に問いかけをすると、今度はユキの目をジッと見つめ、年期の入った低い声でユキに問いかけた。
「君の言う、ハーピーエンドとは一体何を指す?」
否、それはただの低い声では無い。覚悟の乗った問いかけだ。納得いかない答えなら容赦しない、まるでそう言われている気分だった。
だからこそユキは彼らが沈黙を選んだ意味を理解し、そして同時に初めてユキは彼らを侮っていたことを理解した。
「誰も死なず、誰も傷つかず、何一つとして取りこぼさない。例えそれが裏切者だろうと。それが俺の目指すハーピーエンドだ。」
「ボロス少年までもか?」
「全部だ。一切合切全て、俺は拾い上げる。それがおっさんとの約束で、俺の覚悟だ。」
熟練冒険者である彼らにはユキの浅はかな考えなど、お見通しだったのだ。
今回の事件はもう自分達の手に負えるものでは無いと正しく理解し、その上でこの誰とも知れない子供ならどうにか出来るかもしれないという可能性を考慮し、その子供が精いっぱい信じてもらおうと浅はかな策を弄していることを見抜いた。
ここに集まったのは第3、4級の冒険者達。一流と周囲に持て囃され、長年冒険者として暮らして来たベテラン――そして真の強者には手も足も出ない敗北者達だ。
ちっぽけなプライドなどとうの昔に投げ捨てた。自分の力が真の強者に通用しないことなど、痛いほど知っている。それでも彼らは守り続ける。人民の、仲間の、そうした愛するものの命を。
だからこそ彼らは冒険者足り得るのだ。
「ならば問題無い。我らは君の指示に従おう。どうか我らの街を救ってほしい。」
それは実質的な敗北宣言。自分達の負けを認める行為。一体どれだけの葛藤があったことだろう。こんな若造に頼むしかないなど最悪の気分に違いない。自尊心などボロボロになるに違いない。
それでも彼らは頭を下げた。ユキはその誇りある行為を格好悪いとは微塵も思わなかった。
「……約束します。そして謝罪します。若輩の身ながら、あなた達を侮ったことを、どうか許してください。」
「ハッ!てめぇ如きの考えなんてお見通しなんだよ!」
「そういうハルカラ君は最初、挑発に乗りかけてたけどね☆」
「ギ、ギルマスゥ……そいつは言わない約束だぜ。」
「そんな約束した覚えはないよ♪」
「「「ハハハハハ」」」
くだらないやり取りに笑いが起きる。しかし彼らの目はギラギラと輝いていることをユキは見抜いていた。
彼らは敗北を認めた。自分達ではどうにもならないと白旗を上げた。それでも一切の犠牲を出すつもりは無いと、改めて決意を固めているのだ。
その先たちの姿にユキは敬意を抱いた。ギランとの約束もあるが、それと同時にこの人達を失いたくないと心から思った。
「では、どのようにしてハッピーエンドを迎えるのか、説明しましょう。」
開戦の夜明けは、もうすぐそこまで迫っていた。




