第十四話 助っ人
固有能力、能力、神器などなどを募集します。感想に書いてもらえるととても嬉しいです。名前だけとか能力の内容だけでも全然OK。
いいセンスのものがあればどんどん本編に組み込んでいくので、どうかよろしくお願いいたします。
Side ユキ
――約30分前。アイルベット大森林某所
「いてて····。クッソ!人のこと下敷きにしやがって。別に『生命薬』については悪気があったとかじゃないのに········。」
ユキはおよそ一時間もかけてやっとエメラルドの竜の下から這い出ていた。残念ながらユキには全長50メートルを超える竜を持ち上げるだけの筋力は持ち合わせていないのだ。
殺してもいいのなら方法は他にもあったが、さすがに貴重な『生命薬』を使って助けておいて自分で殺すのは、覚悟云々の前に普通にもったいないと思った。
本当のことを言えば、普通の人間ならこんな巨体に下敷きにされたらまず死ぬに違いないので、殺してやろうかとも思ったが、半分くらいは自分のせいということもあって止めといた。
「グゥゥゥルル·······」
「ふぬ····。一応、生きてはいるみたいだけど、コイツ、何で倒れていたんだ?」
そういってユキは改めて竜の身体をじろじろと見る。しかし、何度見ても外傷は見当たらない。
分かるのは今もなお、衰弱し続けているということだけだ。『生命薬』のおかげで今も生きてはいるが、そうでなければとっくに死んでいただろう。
「よく分かんねぇな。傷じゃなくて病気とかなら『生命薬』で十分治癒出来ると思うんだけど·······、呪いの類かな?」
病気でも傷でも無いとすると、考えられるのは継続的に苦しみを与え続ける呪術のようなものか、それとも遠隔で攻撃され続けているかだが、魔力を一切持たないユキはその辺りの魔力感知が出来ないため、よく分からない。
しかし、事実はそのどちらでも無かった。
『クッ、屈辱ですが、背に腹は代えられませんね。そこの人間、私を手伝いなさい。』
「は?········ってお前喋れたんかいっ!なら、最初から喋れよ!」
ずっと唸り声しか挙げてなかった竜が、口を開いたことにユキは驚きを隠せない。なら、最初から喋れよ、という話である。
『ハッ!この私と言葉を交わせたことに感謝することね!精々、感涙に咽び泣くといいわ!』
「うわっ。うっざ。じゃあね、なんか知らんけどお大事に。」
『ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさ―――い!!』
「········」
『え、普通そこは待たない!?お願い、ホント待って――!』
「········はぁ、なんですか?」
思った以上になんか傲慢そうな竜の態度に、一瞬で興味を失ったユキはテクテクと街に帰ろうとするが(案の定、街とは逆方向だったが)、竜の必死な懇願に、仕方なく足を止めた。
まぁ、他人モードだったが。
『ふんっ!本当なら今の態度、消し炭にして余りあるけど、特別に今は許してあげる!』
「·········」
『まぁ、薄汚い人間如きが、この私の為に行動出来るっていう時点で、喜んで受けるべきなのだけど、今は許してあげましょう。私の器の大きさに感謝することね!』
「········起きろ、『霊刀 天之白雪』。」
『あら、いっちょ前に私に逆らうの?ぷぷぷ、馬鹿な人間ね!私達の竜の鱗があなた如きの攻撃で傷つく訳ないじゃない!』
「天元流 一之型『風鳴き』。」
ユキが腰に差した刀を抜き、その白過ぎる刀身を見せる。ユキはそのまま天之白雪を片手に持つと、ただ無造作に振った。
だが―――
それほど早く振られた訳では無い刀身から、不可視の斬撃が発生する。それは竜の顔をかすりいとも簡単に竜の鱗を切り裂いた。
『あわわわ·······』
「次、無駄口叩いたら·····わかるよな?」
その気なら今の攻撃で自分の首を簡単に跳ね飛ばせていたという現実に竜が慌てた様子を見せた。
ユキは刀でポンポンと肩を叩きながら、どうみても笑っていない笑顔で竜に迫る。
『は···はい······。』
さすがに、これは効いたのか竜はガクガクと震えながらユキの提案に頷いた。
「まぁ、そうビクビクすんなよ。取り敢えず、どうして死にかけているのか教えてくれ。······どうにか出来るかどうか分からんが。」
ユキはさすがにやり過ぎたかと、今度は本当に優しく竜に言葉を掛ける。
正直、そこまでやってやる義理は無いのだが······
(まぁ、乗りかかった船だしな。それに····なんかコイツ見てると、アメを思い出すなぁ。)
ユキは前世で飼っていた猫と竜の姿を重ねた。もちろん生物としては全く違うのだが、なんかこう、残念な所が似ている気がするのだ。
『実は···その······、私妊娠していまして··········』
「あぁ、妊娠ね、妊娠··········妊娠!?」
竜が弱っていた意外な理由にユキはついつい聞き返してしまう。
だが、ユキが驚くのはしょうがない。竜のような少数しか存在しない種族にとって子は比喩でもなんでもなく宝だ。いや、宝以上の存在に違いない。
だから子供を得た雌は、必要以上に厳重に守られる。種によっては母体を一歩も動かさないようにする者すら存在するのだ。
当然、世界有数の大魔境に存在していい存在では無い。
「な、なんでこんな所にいるんだ?」
ユキも気になってしまい、竜に事情聴いてみる。
『ふんっ!いいわ、聞きたいというなら教えてあげましょう!私がいかに酷い仕打ちを受けたのかっ!』
そうして、竜は最初の頃の勢いを戻して、ユキに何故ここにいるのかを伝えた。
その話を要約するとこういうことだ。
彼女の番は、とても優秀な雄で彼女以外にも何人か番が存在するのだと言う。
つまりはハーレムだ。
竜などの少数の種族は総じて雄の数が少ないので、それ自体は別に珍しい話でもなんでもない。
実際、彼女もハーレム自体は許容していたのだと言う。問題が起きたのは、彼女が妊娠してしばらくした頃だ。
彼女がしょっちゅう体調を崩し始めたのだ。
これが人間ならば所謂つわりというものでは無いか、と考える所だが普通、竜の強靭な身体につわりはこない。
更には、原因こそ不明だが、彼女はどんどん衰弱していったのだ。衰弱は日に日に酷くなっていき、このままだと出産前に衰弱死してしまうほどだった。
それでも彼女は一生懸命自らの子供と、なにより夫である雄の竜の為に苦しみながらも頑張っていたのだ。
しかし、ある日彼女は見てしまう。
妊娠し苦しんでいる自分のことは知らないこととばかりに、他の雌竜のもとへあしげく通っている夫の姿を。
その光景にカチンときた彼女は、その日のうちに里を脱出。何処か安心して出産出来る場所は無いかとあちこち飛び回っているうちに、結局は力尽き、ここへ落ちた、ということらしい。
「つまりは痴話喧嘩か······」
『ふんっ、私を蔑ろにしたあの人が全て悪いのよ!』
どうやらその夫竜に今だ相当イラついているらしく彼女は憤慨して見せる。
こいつ結構元気だな、とユキは思った。
「で?つまりは出産を手伝えってこと?」
『話が速いわね。頭がいい男は嫌いじゃないわ。』
「そりゃどうも。でも人妻に好かれてもな。」
『あら、私の夫になりたいなら、そんな貧弱な身体じゃなくて、もっと逞しくならないと。』
「貧弱って·······いや、そりゃあんたらに比べれば貧弱だろうけどさぁ。」
ユキは割とコンプレックスである身体のことを言われ、慌てて誤魔化す。
実際はユキの身体は無駄の無い筋肉なのだが、身長が低いことと言い、童顔といい、パッと見て女性に間違われることも多く、結構、気にしているのだ。
『ぷっ!別に気にしなくても、あなたのことを好きになる女性もきっと現れるわよ。』
「余計なお世話だっ!」
ユキが地味に傷ついたことを、しっかりと気づいたらしい彼女は愉快そうに話した。
「で?結局具体的には何をすればいいんだ?自慢じゃないが、俺は出産には別に詳しくないし、経験もないぞ?」
『そうね····。本当はあなたに子供を取り上げることと、終わるまでの周囲の警戒を頼もうと思っていた、のだけど··········。』
そこで言葉を切ると、彼女は少し悩むと違う結論をだした。
『うん。私は私の目を信じることにするわ。』
「? なにを·······。」
『ねぇ、あなたお願い。私のお腹を斬って。』
「!?」
彼女の口から出たのは、ユキの予想外の言葉だった。
「········ふぅ。落ち着けよ、俺。」
『? どうしたの?』
彼女の発言に瞬間的に怒りを覚えたユキは、しかし大きく深呼吸することで落ち着いて見せる。そして冷静に彼女に説得をする。
「当たり前だが俺には切開の経験なんて無いぞ。」
『分かっているわよ。』
「お腹の子供ごと斬ってしまう可能性もある。」
『承知の上よ。』
「ッ、最初にお前が提案した方法じゃダメなのか!?」
『·······あなたが頭がいいって言ったこと撤回しなければならないかしら?分かり切っていることを聞かないで頂戴。』
ユキの説得は、しかし悉くが彼女の覚悟の前に敗れる。
彼女の覚悟は全て子供の為だ。
彼女が今のまま出産を行えば、ほぼ確実にお腹の子供は死ぬだろう。そもそもまだ生まれることに適した状態まで成長していないのだ。
それは彼女のお腹を見れば分かる。少なくとも後数週間はお腹の中にいる必要があるだろう。
しかし、その前に確実に母体の方に限界が来る。そうなれば母子、共倒れだ。
だがこのまま出産を行えば、9割の確率で子供は死に、母は生き残るだろう。
それに対し、ユキが彼女の腹を斬れば彼女は確実に死ぬが、お腹の子供の生存率はわずかに上がる。
それでもよくて5割。それもユキが完璧に子供を取り上げて、一生懸命世話をしたと仮定した上で5割だ。
普通に考えて、子供の生存が絶望的である現状、彼女だけでも助けようと考えるのは自然なことだろう。
そんなことは彼女も分かっている。
分かっている上で、彼女は僅かでも子供の生存率をあげる方に懸けると言っているのだ。
それはまぎれも無く、母としての覚悟だった。
『あなたが罪悪感を覚える必要は無いわ。これは私の願いだもの。あなたに非は無いでしょう?』
どうやら、自分の願いに対して複雑な思いをしているらしいと勘違いした竜は、自らの思いをユキに伝える。
「ハ、ハハハ。よりにもよって、この俺に子を思う母親を殺せってか········」
しかし、ユキは複雑な思いなどしていない。彼が抱える感情はただ一つ。
「あぁ、ホント―――」
怒りだ。
「ふっっっっっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ」
『!?』
「おいっ!この駄竜!」
『だ、駄竜!?』
「お前、本当にその子を愛しているのかっ!」
『なっ!?私は、この世で最もこの子を愛しているわよっ!』
ユキの豹変に面食らった竜だが、その次の発言には、さすがに黙っていられず、言い返した。
しかし、ユキの口は止まらない。
「いいや、愛してないね。間違いない。」
『聞き捨てならないわね!私の何処が子供を愛してないっていうの!?』
「そんなものは簡単だ。お前は命を蔑ろにしただろう!」
『は、はぁぁ!?それの何がいけないのよ。私はこの子の為なら自分の命も惜しくは―――』
「違うな。お前が蔑ろにしたのは自分の命じゃない。」
ユキの脳裏によぎるのは、過去の記憶。
一人目の母は、俺を見捨てた。
二人目の母は、俺が殺した。
三人目の母は、俺の為に死を選んだ。
三人もの母に愛されながら、ただの一度たりとも『俺』は母に成長した姿を見せることが出来なかった。
だから、そんなユキだからこそ分かる。彼女が蔑ろにしたのは決して自分の命では無い。
「お前が蔑ろにしようとしているもの、それは子供の母親の命だ。」
『それは·······』
「お前はその愛している子に「母親がいない」という苦しみを背負わせるつもりか?」
ユキは決して彼女自身の命を案じている訳では無い。自分の命をどうしようが、それは彼女の自由だ。その権利について、思わない所が無い訳では無いが、少なくとも「死にたい」と思っている人間を助けようとは思わない。
そういう綺麗ごとを昔の自分ならば言っていたかも知れないが、そんなものは偽善に過ぎないのだとユキは知っている。
しかし、今回彼女が捨てようとしているのは、母の命だ。
それだけは絶対に許さない。例えその行為が偽善に過ぎないのだとしても。
子供を育てることもせず、成長を見届けることも無く、命を捨てるなど、そんな身勝手は許容しない。
「愛しているのなら、生きろ。それが命を作った存在の必要最低限の義務だ。」
『···········』
ユキの言葉に竜は何も答えられない。
彼の理屈は分かる。自分だって出来ることなら子供と共に生きたい。しかし、現実として難しい。
このまま意地を張りつつければ待つのは共倒れの未来だ。それは最悪の結末に違いない。
このまま出産すれば、母子共に生き残る可能性も無い訳では無いが、正直、厳しいと言わざる得ないだろう。
「安心しろ。言葉にしたからには絶対に俺が助ける。」
『っ!?』
そんな苦悩はユキの発言に全て覆される。
驚いた竜は思わず、ユキに問いただそうとするが、よく見ればユキはなにやら深く集中している。その雰囲気は思わず声を掛けるのを躊躇わす程だった。
「―――――よし、これなら行けるかも知れない。」
『本当っ!!?』
目を開いたユキの発言に竜は勢いよく跳び付く。もし、本当に二人とも助かるのなら、それに越したことは無い。
「お前の身体を勝手ながら調べさせてもらったが、衰弱の原因はお腹の子だ。」
『? どういうこと?』
「その子はきっと並外れた才能を持っているんだ。それこそ、規格外の。膨大な才能は、大量のエネルギーを求め、そしてそれはお前の生命力も吸収しているんだ。」
ユキの生命感知の能力を彼女に使えば、確かに彼女のお腹から、彼女以外の命の反応がある。だがそれは決して胎児の持つ生命力の大きさでは無かった。
ユキは竜の赤子は見たことが無いので、断言は出来ないが、それを差し引いても異常と言えるだけの生命力だ。
しかし、胎児の栄養の供給源は母体だけだ。膨大な生命力を支える膨大なエネルギーを母体だけで賄おうとすれば、当然無理が出る。そしてこの子は足りない分のエネルギーを無意識に母体の生命エネルギーから吸収しているのだ。
実際、ユキの生命感知は先ほど彼女に与えた生命薬の生命エネルギーがそっくりそのまま胎児の方に移動していくのを感知した。
もしユキが彼女の腹を斬っていた場合、この子は無事であった可能性が高いのは皮肉かな。これだけ生命力が溢れていれば未熟児の状態で外界に出されても生きていける。
『ふふんっ!さすが私の子供ね!』
「·········」
彼女は、自分の子供に才能があるのだと聞いて地面に倒れたまま鼻を高くする。
それに対してユキの表情は複雑なものだ。それはそうだろう、今から施す治療のことを考えれば嫌な気持ちになることこの上ない。
「俺の力を使えば、母子、両方助けることは出来る。」
『本当に!?あなた結構凄いのね!······どうしたの?顔色が良くないわよ。』
ユキが複雑な気持ちになっていることにしっかりと気づいた竜は、疑問を呈する。しかし、その理由は簡単なことだった。
「治療方法は簡単だ。俺の力でその子の力を封印するんだ。」
『え?』
衰弱の原因がお腹の子の大きすぎる才能ならば、その才能を封印してしまえば体調は戻る。
体調さえ戻れば別に今出産する必要は無い。ゆっくりと安心出来る環境でお腹の中で成長してから普通に出産すれば問題ないのだ。
しかし、自らの子の才能を封印すると言われて喜ぶ母親はいないだろう。母とは子供に立派になってもらいたいものなのだ。
『そう、それは残念ね。まっ、しょうがないわ。』
しかし返って来た反応は思ったよりも淡泊なものだった。
「怒らないのか?」
『何を怒ることがあるというの?命が助かるというのなら、それ以上のことは無いでしょう。私の願いはこの子と共に生きることよ。私はそうしなければならないのでしょう?』
「ふっ。そうだな。そうだった。」
竜からの意趣返しと言うべき返しにユキはついつい笑ってしまった。
それだけでは無い。
あえて「願い」という言葉を使ったのは、少し前の自分に対する意趣返しでもあるのだろう。
「じゃあ、やるぞ」
『えぇ、お願い。』
真剣な表情に戻ったユキは彼女に確認を取ると、術を発動させる。
術を発動させると同時に周囲に5本の氷の柱が現れた。
更には空間に白の線が縦横無尽に走る。それは柱と柱を線で繋ぎ、一つの図形を作り出す。
その図形は一般的には魔術陣と呼ばれるもの。もっともユキが使うのは魔術では無いが。
魔術陣の中心に位置するのは竜。もっと正確に言えば、そのお腹にいる子供だ。
魔術陣の光はどんどんと大きくなっていき、中心に集まっていく。
光が限界まで収束した所で、ユキはその術の名前を口にする。
『絶対氷結――心透霊却』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁ、はぁ、どうにか成功かな。」
術の後の疲労によりユキが息を切らす。しかし、その表情は達成感に満ち足りた顔していた。
『絶対氷結――心透霊却』
ユキの持つ氷の能力を、精神などの形の無いものに使う力だ。今回は「才能」という存在そのものを「凍らせた」のだ。
ユキの能力の氷は基本的に溶けることは無い。砕くことも壊すことも出来るが、溶けることは無いのだ。
今回、竜の子に施した「氷」は自然に溶けることは無いだろう。
才能に溢れたこの子は、逆に全く才能を持たない子として生きることになる。それはとてもつらいことだろう。
それでも、きっと子を愛する母さえいれば不幸では無いと、ユキはそう思った。
「グルルルゥゥゥゥ」
その母は術の余波で気絶してしまい、今は安らかに眠っているが。うなり声だけ聞くと、そのお嬢様のような喋り方は想像つかないな、とユキは思った。
「で?お前はさっきから何やってんの?」
息が整ったユキが話し掛けたのは草むら。しかし、ユキの生命感知は確かにそこに自分の自称・従者を務める生き物の気配を感じ取っていた。
「それはこっちのセリフですよぉ!」
出て来たのは、5本の尾を持つ小さな狐。ハルだ。
理由は分からないが怒っているらしく、その小さな身体を目いっぱい使って怒りを表現している。
しかし可愛らしさが抜けていないせいで、全く怖くない。まぁ、ハルも本気で怒っている訳じゃないので怖くなくて当然だが。
「いなくなったと思ったら、こんな所で油を売ってぇ、全くもう、こっちは無礼者の処分だったりと結構忙しかったというのにぃ·······」
「悪い、わる··········いや、ちょい待て。そもそもの原因はお前が『炎天下』を使ったせいだったよな。」
「そう、それですぅ!何で、いつもみたいにしっかり防いでくれなかったのですかぁ!そのせいで私、あのギルマス?とかいう雑魚とやり合わなくちゃいけなくなったじゃないですかぁ!」
「お・ま・え・が、急に放つだからだろうがァァァァ!!というよりちょっと待て、今なんて言った?ギルマスと戦っただぁ!?なんで、そうなるんだよっ!!!!」
「いい、いたい、いたい、いたいですぅ!」
そもそもの元凶を思い出したユキによってハルは頭ぐりぐりの刑に処される。
一番、問題なのはハルに自分が悪いという自覚が無いことだろう。まぁ、弱肉強食の魔獣の感性としてはまっとうな物なのだろうが、人間社会で生きていくのなら致命的だ。
ユキは頭痛を感じるのだった。
「はぁ······。こんなんでこの先大丈夫なのかなぁ。」
まだユキとハルがアバロンを抜け出して二日目だ。だと言うのにトラブル三昧で、この先に不安を感じるのはしょうがないことだろう。
が、残念ながらトラブルはまだある。
「あ、そうだ。ユキ様。このままだとたぶんあの街滅ぶのですけどどうしますぅ?」
「あぁ、なんかもうめんどく―――は?滅ぶって言ったか?」
「はい。」
「――――――はぁ。」
驚くを通りこして、溜息しか出ない。それはくしくもテミスレーナと同じ境地だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うわぁ。まじだよ。滅びかけてる。ていうかスウィーの気配を感じないんだが、大丈夫なのか?」
ユキはまだ少し遠くに見えるアドミレスを指して、話す。『エルフ』と『龍人』の血を引くユキの視力はそこそこ高い。その上『生命感知』を用いれば遠くにいながら何となくの戦況を把握出来るのだ。
しかし、アドミレスの周囲に大きく存在していたスウィーのスライムの気配が今は全く無くなっていることに疑問を覚える。
というよりはアドミレスの地面に擬態していたスライムは存在するのに、そこから感じる生命がスウィーとは違うものになっている。
「しかし、悪いな。身重なのに、こんな運んでもらってしまって。」
『別に構わないわよ。あなたには大きな恩があるし、これぐらい朝飯前だわ。何ならあの害虫の駆除もやってしまいましょうか?』
「あはは、害虫か。まぁ、してくれたら確かに楽ではあるけど、さすがにそこまで無理しなくてもいいよ。万が一があったら怖いしね。あなたも完全に体調が回復したって訳じゃあ無いだろう?」
『あら、そう?じゃあここはお言葉に甘えようかしら。でも覚えておいて。私はいつか必ずしっかりとした恩は返すわよ。』
「おう。楽しみしとくよ。」
ここまで運んできてくれたのは、さきほど助けた竜だった。
彼女は術の余波で気絶していたのだが、ハルとの話の途中で意識を取り戻しここまで運んで来てくれたのだ。
ユキの【氷魔召喚】『ガルーダ』でも空を飛んで行くことが可能だが、さすがに最強種と名高い竜に速度で敵うことは無いので、ユキとしてはとても助かった思いだった。
「グルルルルァァアアア!!」
ユキ達が来たのは東からなので、当然、街につく前に出てくるのはギガントモールだ。
現在、ギガントモールは無数の魔術によって足止めされているもの、全長30メートルを超えるギガントモールに低級の魔術は石ころを投げられるようなものでしか無い。目障りは目障りだが、ダメージにはなっていないのだ。
さらにはギガントモールの種族能力『地面同化』は、自分を地面に紛れさせる以外にも、同化した手足を動かすことで疑似的に地面を操ることが出来る。
今はまだ本気を出していないみたいだが、全力の『地面同化』ならば街一つ地面ごとひっくり返すことも出来るはずだ。
「あれは·······ギガントモールか。」
「どうしますぅ?」
「任せる。俺は、あっちの何か局地的にできてる森の方に行ってみるよ。」
「了解ですぅ!ふふふ、腕がなりますね――!」
アバロンから出て以降初めてユキに頼られたという事実にハルのテンションが上がる。
「·········やりすぎるなよ。」
しかし、ハルのテンションの上昇は不安でしか無い。
「わ、わかっていますよぉ······。」
「次、やりすぎたら―――」
「行ってきま――――――――すぅ!」
ユキとしてはハルが今後人間社会で生きていく為に常識を頑張って教えているつもりなのだが、説教は勘弁なのか、ハルはユキの言葉も半分に竜の背から飛び出して行ってしまった。
完全に勉強を教える親と、嫌がる子供の図なのだが、本人達には自覚が無かった。
「はぁ·······全く。」
『うふふっ!あなたも親みたいなものなのね。』
「えっ?なんて?」
『なんでもないわ。』
竜の独り言はユキには届かなかった。元々聞かせるつもりの無い念話なので当然のことだが。
「じゃあ悪いが、あそこまで運んでくれるか?その後は好きにしてくれていいよ。」
『分かったわ。でも一応、今回の顛末は最後まで見させてもらうわ。ちょっと気になることもあるし。』
「了解。でも戦っちゃ駄目だぞ。」
『分かっているわよ』
ユキに多大な恩を感じてはいるが、あくまで一番優先するのはお腹の子供の命だ。さすがに戦闘に参加はしない。
ただ、それとはまた別件で彼女には気になることがあるのだ。それを今回の戦いで確認しておきたかった。
「いくかっ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Side ???
「うふふっ。やっぱり人間なんか大したことないじゃない。ま、確かに『万能軍隊』は正面からやっていれば多少面倒だったかも知れないけど~~、それも私の華麗な作戦で仕留めたしぃ~~。あはは、この調子なら日が落ちる前に決着がつきそうね~~。」
突如出現した鬱蒼とした森の奥。そこにいるのは、魔人――『樹妖精』だ。
彼女は事前に用意しておいた作戦の悉くが上手くいき、気分は最高だった。
しかし、彼女の好進撃はそこで一端の終わりを見せる。
「ん?あれは······まさか、竜!?」
巨大な魔力を感じ、東の方を見てみれば、物凄い速度で迫って来るのは、最強種と名高い竜だ。
さすがの彼女も竜を相手に衝突するのは分が悪い。ある意味スウィーと同じ物量で押すタイプである『樹妖精』は竜のような高い防御力を持つものには決定的な攻撃手段を持たないのだ。
「ま、まぁ、運悪く。通りかかっただけかも知れないし······。」
『樹妖精』の希望は、しかし、直ぐに砕かれる。竜は彼女の上空まで来ると空中で停止したのだ。
「やばいわねぇ~~。全力を出せば逃げることぐらいは出来そうだけど·······ここまで来て作戦失敗は『お母様』に叱られちゃう·······。」
竜と自分の戦力を客観的に判断しながらも、せっかく上手くいきそうだった作戦を放棄するのが悔しく、離脱するか迷いを見せる。
しかし、上空の竜が攻撃する様子は無い。代わりに、何かが落ちてくる。
ドォ――――――――ン
「な、なに!?」
落ちて来た何かは、地面にそのまま衝突し、土埃を噴き上げる。
それは、身体に見合わない大きさの白いマフラーを付けた、白髪の少年。ユキだ。
「この登場、アイツと被るんだが······。」
本人は地味に登場方法を間違えたことを後悔していた。
「な、誰よ、あなた!」
ユキが地味に落ち込んでいることは興味ないとばかりに(実際に全く興味は無いが)樹妖精はユキに誰何する。
「俺?俺の名前はユキ。覚えてくれなくてもいいけどな。」
樹妖精の質問にユキは律儀に答える。その姿は、自然体で決して敵に向けるような態度には見えない。
「じゃあ、お姉さん。俺からも質問だ。この騒動の首謀者はあなたってことでOK?」
「··········違うわ。と言って信じてもらえるのかしら?」
「まぁ、一度ぐらいは信じてもいいよ。俺は無暗矢鱈に力を振り回す気は無いからね。」
ユキはあっけからんと樹妖精を信じてもいいと言う。そもそもユキは、今来たばかりなのだ。もしかしたら本当に樹妖精が味方という可能性もあるにはある。
一般的には知性を持った魔物である魔人は、魔物と同じく人間の絶対的な敵とされているが、知性が芽生えれば理性だって芽生えるもの。魔人にだっていい人はいるということをユキは知っている。
まぁ、コイツはさすがに状況から考えて十中八九、敵なのだが。
「グルルルゥ」
「おぉ、分かった、また後で~~。」
そうこう問答している内に上空の竜はユキに何かを伝えると、そのまま何処かへ飛んで行ってしまった。
それを見て樹妖精は、心の中で安堵する。竜さえいなくなれば、安心だと。
「うふふふふふ。あ――――はっは!」
「お、おう、何笑ってんだよ。気持ち悪いなぁ。」
「ねぇ、あの巨大な竜はあなたが使役しているの?」
「? 違うけど······?」
樹妖精が竜を極度に恐れていることなど知らないユキには、樹妖精の質問の意味がよく分からなかった。
「そう。そうなのね。うふふ、それであなた一人ここに残ってどうしようっていうの?」
「え?あ、そうか、本当にもしあなたが敵じゃないのなら、ここにいる必要も無いか。」
「それなら大丈夫よ。確かにこの騒動は私が起こしたもので間違い無いわ。まぁ、だからと言ってあなたに―――」
「そうか、じゃあ死ね。」
「出来ることなんて―――え?」
「天元流 五之型『轟雷』」
瞬間、突然目の前に現れたユキ。そして、何かが光ったと思ったら―――
「―――はっ!」
そして樹妖精は森の奥深くで目を覚ます。
感覚は無かった。知覚出来なかったし、反応出来なかった。しかし今、一度死んだのだ。
『枝分け』
それが樹妖精が使っていた術だ。能力で操る樹木に自分の身体の一部を埋め込むことで分身として操る術であり、能力は本体より幾分か落ちるものの、五感全てを共有することが出来る。
念の為に分身を先行させておいたのだ。樹妖精は人間を見下しているものの、結構慎重な性格をしているのだ。
「な、な、なにが起きたの!?この私が反応どころか知覚すら出来ないなんて·······。」
今の問題は、あの白い少年だ。樹妖精は彼から全く魔力を感じない為、所詮雑魚だと思っていた。
この世界において魔力の総力はそのまま本人の実力とも言えるのだ。魔力が少ないものが、魔力の多い者に勝てることは滅多に無い。
それは別に魔術だけでなく、身体能力にも言える。魔力で身体を強化している、この世界の存在にとって筋トレなんて所詮副産物でしかないのである。
しかし、その少年からは圧倒的な魔力は勿論、これっぽちの魔力だって―――
「ちょっと待って·······魔力を全く感じないなんて、そんな筈が――――」
「天元流 一之型『風鳴き』」
「~~~っ!?」
思考の途中、声が聞こえる。振り向けば、そこにいたのは白髪の少年。ユキ。
少年が刀を振れば、発生するのは不可視の飛ぶ斬撃。樹妖精は慌てて身体をひねるが、避け切れず右腕が斬り飛ばされる。
(ありえない、ありえない、ありえない!分身がいた場所からここまでどれだけ離れていると思っているのっ!?なんで私の場所が分かるのよ!!そもそもなんで『枝分け』が偽物の身体って分かったの!?)
様々な疑問が次々と浮かんでくる。自分は十分に安全を確保した筈だ。それなのに蓋を開けてみれば、一瞬でたった一人の少年に崖っぷちまで追い詰められている。
ネタ晴らしをすれば、樹妖精の場所が分かったのも『枝分け』が偽物だと分かったのもユキの持つ生命感知のおかげだ。
『枝分け』は本人の身体の一部を含んでいる分、生命という見方をすれば本体と繋がっているのだ。ならば、それを辿りさえすれば、本体に着くのは当然のことである。
「おいおい。あまり避けるのはおススメしないぞ。痛みが増すだけだからな。」
ユキは片手に『霊刀 天之白雪』を持って樹妖精に近づく。
セリフが完全に悪役であった。本人に自覚は無いが。
「う、ふふ。あなた、一体なんなの?あなたからは全く魔力を感じない。気味悪いたら無いわね······。」
「そりゃごもっとも。これでも半分、死人なもので。」
「死人····?一体、どういう―――」
「おっ!来たな。」
樹妖精の言葉を遮って、ユキはあらぬ方向を見る。少し前からユキの生命感知には知り合いの反応があったのだ。
それは―――
「よっ。無事だったんだな、ボロス。」
「お前か···········雑魚。」
「(イラッ)·····ま、まぁ、さすがにここで喧嘩しようとは思わないさ。俺は大人だからな。」
現れたのは黒い髪に黒い狼耳と尻尾を持つ槍使いの男。
そのもの言いに文句をつけたい気分だったが、ユキはグッと堪える。
しかし――――
「『黒衣・天狼』。」
「··············がはっ!」
ボロスはいつもの黒い痣を全身に纏うと、昨日とは比較にもならない速さで一瞬で近づき、槍で串刺しにした。
「な、なんで·····」
ユキの身体を。
「わりぃな。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Side テミスレーナ
「あ、あれはハルさん?すごい········。」
突如、現れた巨大な竜。その背中から何かが落ちたと思ったら大きな炎を纏い、ギガントモールと戦い始めたのだ。
いや、戦いとは言えない。それはもう一方的な蹂躙だった。ギガントモールがタフなおかげでまだ決着こそついていないが、文字通り手も足も出ていない。
「こ、これなら·····」
「あぁ、行けるかもしれねぇな!」
「頑張れ―――狐っこ!!!」
周囲の冒険者もハルの優勢に元気を取り戻す。みんなボロボロだが、全力でハルを応援しているのだ。
まぁ、本人(狐)にこのことを教えたら「うるさいですぅ」としか言わないだろうが。
「で、でもギルマスが······、ギランさんもいないし··········」
「「「「「・・・・・・」」」」」
徐々に元気を取り戻しかけていた冒険者達だが、空気の読めない一人の冒険者の発言に空気が凍る。
ギランはギガントモールが出現すると同時に行方不明になっており、ギルマスは同期している筈のシンクロスライムが死んだことから、きっと同じくギルマスは·······。
「私が~~なんだって♪」
「え?」「は?」「みゃ?」
「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
「そこまで驚くこと······?あと今、一匹猫いなかった?」
しかし次の瞬間現れたのは青い髪に蒼い瞳を持った小柄な女の子の姿をしているスウィー・ミレンだった。
死んだと思っていた人間が突然出現したことで場は騒然とした。
「な、なんでギ、ギルマスが·······?」
「一体、何を―――あ、あぁ!シンクロスライムから私が死んだと思ったんだ。アハハ!ごめん、ごめん♪ちょっと同期切っただけだから、大丈夫だよ☆」
「な、なんだ~~~~そうだったのかぁ」
スウィーの言葉に周囲がホッと胸を撫でおろす。それだけギルドマスターというのは心の支えだったのだ。
「あ!そういえば、君達ギラン君のことも話していたけど、私がしっかり回収しておいたから安心して♪取り敢えずは無事だから☆」
「「「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
「私の時と反応違い過ぎない?」
ギランが無事という状態に周囲のテンションが更に上がる。その二人さえいれば勝ったも同然なのだ。
「それでテミスレーナさ――ちゃん、何処にいる?」
「私ならここです!」
スウィーは冒険者達の喜ぶ姿を横目にテミスレーナを探す。そのことに気づいたテミスレーナは自ら前に出た。
「テミスレーナちゃん、さすがにそろそろ日が暮れる。だからアレ、お願い出来る?」
「え·······あ!ハイ!大丈夫です。準備出来ています。」
スウィーの言葉に一瞬、忘れていた自分の役割を思いだす。
「で、でも外にはまだ冒険者の方とハルさんも····」
「大丈夫♪私が全員回収するから☆」
「分かりました。」
そうしてテミスレーナは、ここまで貯めて来た魔力を一斉に開放する。その膨大な魔力が周囲を荒れ狂う。
「おぉ、すごい♪魔力の量だけなら私達に匹敵するかもね~~☆」
その荒れ狂う魔力を見て、スウィーは感心したように言う。
その魔力はどんどん収束していき一つに形を成す。街を覆う障壁としての形を。
「【精霊王の加護】『大精霊結界』
なげぇぇ・・・・。どんどん分量が増えてしまった。
ちなみにこの世界の竜は爬虫類ではありません。哺乳類でもありませんが、子供は卵では無く、妊娠して子供を産みます。「知恵の塔」で竜を「空飛ぶトカゲ」と言っていますが、あれはあくまで比喩です。
ただ実は竜の卵は存在します。ここら辺の詳しい習性を考えてはいるので、時がくれば「知恵の塔」にあげます。
来週も引き続き本編更新「ユキVSボロス 1」です。題名は変わるかも。
まだ読んでいない方は『白龍伝説 ~知恵の塔~』も是非よろしくお願いします。