第十話 アイルベット大森林
「より詳しく世界観を知りたい!」「よく意味の分からない単語がある。」「エールベンて誰だよ。」
などなど思ってくれた方は「白龍伝説 ~知恵の塔~ 」もどうかよろしくお願いします。(エールベンさんの出番は相当後の予定だけど・・・)
「来るっ!!」
ユキがそう言うと同時、一斉に魔物達が襲いかかる。
最初に襲いかかって来たのは数えるのが億劫になるほど多くの鼠の魔物だ。その魔物の名はコロニーマウス。比喩でもなんでもなく、群れにして個の魔物だ。
「ッ!?まずいっ!おい、エルフ!防壁だっ!」
「えっ!?わ、わかーー」
「間に合わないっ!俺がやるっ《氷之壁》!」
この中で唯一コロニーマウスのことを知っていたボロスは慌ててテミスレーナに指示を飛ばす。しかし、戦闘など生まれてこのかたしたことの無いテミスレーナは反応が遅れてしまった。
そこでユキはすかさずテミスレーナの代わりに前にでる。そして術名を唱えると鼠とユキ達の間に高さ3メートル程の氷の壁が一瞬にして出来上がった。
巨大な氷の壁は大量の鼠達を跳ね返していく。
(なっ!?一瞬でこれほどの氷をっ!?·····どうやら言うだけの実力はあるみたいだな。)
ボロスは、ユキが一瞬で氷の壁を作り上げたことに驚きを隠せないでいた。
何故なら氷の魔術は他の魔術に比べて習得も扱いも段違いに難しいことで有名だからだ。テミスレーナはこのことを知らなかったので違和感は感じなかったが、ある程度の知識があるものならばボロスと同じように思ったことだろう。
しかし、同時に不思議にも思ったことだろう。氷の魔術は難しい魔術であり、そして燃費の悪い魔術でもあるからだ。魔術の効果としては基本の水魔術や土魔術と同じ程度でしか無いのに消費する魔力は最高位に位置する。
正直、クズ魔術と言う他無い。実際氷の魔術の利用方法と言えば、冷蔵庫モドキに使われているぐらいのものだ。
閑話休題
「ふぅ·····。おい。ボロス。あれなんだ?見たこと無い魔物なんだが。」
ユキは今も透明な壁の向こう側で必死にこっちに襲いかかろうとしている鼠達を指さして、ボロスに問いかける。
「あれはコロニーマウスと言う魔物でーー」
「--あ、あの······」
「なんだ。エルフ。」
ユキの問いかけに対して律儀に答えようとしたボロスの声はテミスレーナによって遮られる。
「いえ···。あ、あれ······大丈夫、ですかね?」
「「「あれ?」」」
テミスレーナは恐る恐る何かを指さす。ユキ達がその指のさす方向へ目を向けると·······
そこには真っ黒の壁があった。いや、正確には積みあがったコロニーマウスの身体によって黒く染めあがった氷の壁があった。
コロニーマウス達は仲間の身体を使ってピラミッドのように積みあがっていき上へ上へと昇っていっているのだ。
氷の壁の高さは3メートル。普通なら十分な高さだ。だが、相手が悪かった。積みあがった鼠達の頂点へと目線を上げていけば、ちょうど今、壁の最高点へと足をかけ·········
決壊した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
空から大量の鼠が降ってくるというショック映像にテミスレーナがたまらず叫び声をあげる。
「ちっ!《氷之部屋》」
ユキもたまらずもう一度氷の壁を今度はドーム状に作り上げる、·········が。
「ッ!?うっそだろっっ!!」
鼠達の数は予想をはるかに超えてくる。頭上から降って来た大量の鼠達は氷の天井を一瞬で真っ黒に染める。更にはそのまま周囲に溢れていき氷の部屋は完全に鼠の身体で埋められてしまう。
これが第四級魔物、コロニーマウスの能力【大群体】だ。
コロニーマウスとはコロニーを作る魔物では無い。コロニーになる魔物なのだ。
その能力は簡単。自分の分身体を千体作り出す能力。しかし、分身体は少しの衝撃で消えてしまううえに、出来るのは任意の方向に走り続けることだけ。
しかし、そもそも1万匹近くいたコロニーマウス達が一斉に力を使えば、出来上がるのは総勢1000万体の数の暴力だ。
黒い波に飲み込まれた氷のドームはあまりの重量に耐えきれず、少しづつ罅が入って行く。一体一体は数十グラム程度しかなくとも1000万体集まれば、その重量はトンにまで届く。
このままだとそのうち氷の壁が破られてしまうのは目に見えていた。
「おいっ!ボロス!なんとかしろっ!!」
さすがにこのままではまずいとユキも思い始める。そこで最初こそ焦っていたもの何故か今は余裕の表情で佇んでいるボロスに声を掛ける。
「無理だ。」
「·····はぁ?今なんて言った?」
しかし帰って来たのは淡々とした返事。そのあまりに緊張感の無い声につい聞き返してしまう。
「無理だ。」
「···············なんで?」
「コロニーマウスは群れの魔物だ。完全な討伐には大規模な魔術攻撃は必要になる。」
「················で?」
「俺は槍を振ることしか出来ん。」
「つっかえねぇぇぇぇぇ~~~!!」
ある意味当たり前のことと言えば当たり前のことなのだが、ボロスのあまりの冷静さに何か策があるのかと思っていたユキはつい大声で文句をたれてしまう。
「ふっ。安心しろ。コロニーマウスに高度な知能は無い。このままじっとしていれば通り過ぎていくだろう。それまで耐えていればいい。街の方までいけばギルマスがなんとかする。あの人にとって大群は餌にしかならんからな。」
ユキの焦りようをボロスは鼻で笑うと、自分が冷静にしていた理由を話す。
そう本来なら現状そこまで焦る必要は無い。コロニーマウスは群れで行動するが、その基本戦法は大質量による轢き逃げ。そのせいか彼らは止まるという概念を知らないのかと疑いたくなるほど、いつまでも前進し続ける習性を持つのだ。
だからこの一見ピンチに見える今の状態も群れが通り過ぎるのさえ待てば、大丈夫のはずなのだ。
「は、はぁ····。そうですか·········」
しかし、それを聞いてなお、ユキの焦りは止まらない。
(あのユキ様ぁ·····)
様子を見ていたハルがユキに周りに聞こえないように小言で話かける。
(これ、もしかしなくてもぉ·······)
(あぁ。間違いない。今回も俺目当てだな。その証拠にこいつら、いつまでたっても離れていくつもりがないぞ。)
ハルの疑問にユキもまた小さい声で返事をかえす。
ユキはその生まれのせいで、ある特異体質になってしまっている。その体質のおかげで生き物の気配を感じ取ったりすることが出来るのだが、欠点として魔物を引き寄せてしまうのだ。
そして例に漏れず、今回はコロニーマウスを呼び寄せてしまった。当然鼠達はボロスの言うように去っていくはずもなく、むしろユキをもう一度轢こうと言うつもりなのだろう。先頭がぐるりと引き返してきているのをユキの生命感知が感じ取っていた。
このままだと永遠に鼠に下敷きにされ続けることになるだろう。
(これはちょっとまずいかな·····。刀を抜けば、この程度どうとでもなるけど····あんまり見せたくないしなぁ·······。いや、そんなこと言ってられないか?)
ユキは現状を打破するためにどうすればいいか、頭を回転させる。正直、ユキの持つ攻撃方法のうち、どれか一つでも解禁すれば、雑魚の一掃なんて簡単なことだ。
しかし、どれも安易に振りかざしていい力では無い。というよりあんまり見せられない。それは力を隠しているとかでは無く、単純に異質すぎる力のためだ。
今もなお大質量に耐えている、氷のドームを維持しながらユキは悩む。しかし、どんどん面倒くさくなってきた。すこしくらい力を使ってもいいんじゃないか?と頭の隅をよぎ初める。
が、一方その頃。
「なんか面倒くさいですね。」
自らの主と同じ感想を抱いた狐が一匹。
「ていうか······そうですよっ!私が全部吹き飛ばせばいいんじゃないですかぁ!そうですぅ。そうですぅ。私がやる分には誰も困らないじゃあないですかぁ!」
そして、今更な事実に気づいたハルは魔力を集めはじめる。
いや、一応いままでは自重していたのだ。昨日の城門破壊の件はこれでもハルなりに反省しており、あらかじめユキに、手加減が上手くなるまで安易に力は使うな、と釘を刺されていたのもあって大人しくしていたのだ。
だが、今は主のピンチ。「安易」では無い。これなら怒られないだろう。と自分に都合のいい方に解釈し、初の冒険者としての仕事ということでハイになっていたのも相まって力を使い始める。
ここで、事前にユキに断りを入れないあたり、心の底では怒られるのが分かっていたのかも知れないが。
しかしここで一つ困ったことが起きる。一体どれくらいの規模で攻撃をすればいいのか分からない。
周囲は鼠に囲まれていて、視界が封じられているし、ユキの生命感知と違い、ハルの未熟な魔力感知では鼠の小さ過ぎる魔力は捉えれない。
さて、ではこの先に進む前にもう一度だけ言っておこう。
今のハルは非常にハイである。
鼠の群れが何処まで広がっているか分からない。分からない·······が、
「全部吹き飛ばせばいいのですぅ!」
そうして昨日城壁を吹き飛ばした時よりもさらに魔力を圧縮していく。
そこでようやくボロスとテミスレーナが異常な量の魔力に気づく。ちなみにユキは魔力感知は全く出来ないうえに、今は絶賛悩み中なのも相まってハルの異常には気づかない。。
「あ、あの···ハルちゃん·····。その魔力は·····」
「こいつらは私が一掃しますよっ!」
「え·····。う、うん。ありがとう?」
たまらずテミスレーナが話掛けるがハルの自信満々の態度に何も言えなくなってしまう。
そしてハルは集めた魔力を【炎弧】の力で炎に変えていく。それはもはや昨日の「狐火」の比ではなく、一つの太陽のようになっていた。
「···?なんか熱·······。は?」
そこでユキが背中から熱を感じ、はじめて異常に気付く。が、時すでに遅し。
「ちょっ!おまっ何やってーー」
「焼き尽くせぇぇぇぇ!【炎弧】炎天下ぁぁぁぁぁぁ!」
もはや地面を溶かし始めた小さな太陽はハルの意思の元、その膨大な魔力と熱を開放し······
「ちっ、まじかよ!【咎痣】黒棺!」
「うそぉぉぉ!【精霊王の守護】最大防御!」
「ハァァァルゥゥゥゥゥゥ!!クソっ!起きろっ!神器『天之ーー
ドォォォォォォォォ―――――――――――――――ン
周囲一帯を吹き飛ばし大規模なクレーターへと変えた。
「ふぅ~~。すっっきりしましたぁ~~~~~。」
でっかく空いたクレーターの中央で体長30cmほどの小さい狐が言葉通りすっきりとした顔で佇んでいる。
その余りの熱量により、ハルのいるクレーター中央部分は地面が沸騰し、マグマになっているのだが、ハルはそのマグマの中にいて尚、普通にしていた。
「え~~と、雑魚はぁ~~~?」
ハルは倒し損ねが無いか辺りを見渡すが、ある訳が無い。ハルの攻撃はコロニーマウスの大群どころか、アイルベット大森林の一部を文字通り蒸発させたのだ。もしこの攻撃に耐えることが出来るのなら、それだけで第三級以上の力を持っていることになる。
しかし、そうやって辺りを見渡すことで初めてハルは違和感に気づく。
「あれ?ハル様は?テミスレーナさんもいませんし·····。あ。あとあのボロスって言う人も。」
そう。ハルと一緒に来ていた筈の面々が見当たらない。
「皆さん何処へ行ってしまったんでしょう?」
「君が吹き飛ばしたんでしょ♪」
「ッ!?」
誰に言った訳でもない独り言に、返事があったことに驚き、ハルはバッと声のした方向を向く。
「スウィーさん·····。」
「やぁやぁ☆今朝ぶりだね~♪私もこんなに早く再会するとは思わなかったよ♪」
そこにいたのは水色の髪をした見た目は少女の女。ギルドマスター、スウィー・ミレンだった。
「どうしてここに······?」
「いやいや、冗談でしょ☆こんな大規模破壊を街の近くで行われて黙っている訳にはいかないでしょ♪」
スウィーは相変わらず子供らしい、しかし、決して感情の読めない顔と声で話す。
しかし、そこでハルはスウィーの言動に違和感を覚え、珍しく頭をフルで使った所、一つの結論にたどり着く。
「また見てたんですか?いい加減、悪趣味じゃありませんか?」
「おや?意外と君も頭が働くんだね♪さすがは「三大種族」と言ったところかな☆」
スウィーは自分の行動がばれて尚、笑顔を崩さない。
ハルが気づいた違和感とは移動時間だ。
冒険都市アドミレスとその周辺の土地は地面に見せかけた大きなスライムだ。だからスライムと同期しているスウィーもその範囲であれば地面から生えるかのように瞬間移動が出来る。
しかし、ユキ達がいたところは浅いとはいえ、もうアイルベット大森林の中だ。当然地面はスライムでは無いし、だからスウィーも瞬間移動出来る訳じゃない。
なのに、ハルが事件が起こしてからスウィーがここにくるまでの時間が短すぎる。
となれば、あらかじめ監視しており、いつでも動けるようにしていたのだろう。とハルは推測した。
(はぁ~。ユキ様、これはわざと見逃していましたね。)
実際にどのような方法で自分達も監視していたのかはハルには分からない。しかし、ありとあらゆる生物の気配を感知する主が監視に気づかないというのはあり得ない。
わざと監視されていたのだろう。信頼を勝ち取るために。
その理由までは分からないが、ハルはユキの望むままにするだけである。それが今のハルの役目だから。
「いや~♪にしてもハルちゃん、随分と派手にやったねっ☆ユキ君まで吹き飛ばしてたけど···よかったの?」
「··············へ?」
ハルはスウィーの言葉が処理出来ず、間抜けな声が出てしまう。
「え···。あれ?ホントに気付いてない感じ?君の攻撃で三人ともどっか飛んでっちゃったよ?」
「いやいや~まさか~~。」
「ホント···なんだけど········。」
これにはさすがのスウィーも少し戸惑う。まさか、この狐。自分の攻撃で味方が被る被害というものを全く考慮していないとは。もっと言えばここまできて、今だハルには悪いことをしたという自覚が無かった。
一応、ハルの弁護をしておくと、これはハルが悪いというよりは、今までいた環境が悪かった。
アバロンでは、ほぼ毎日魔物相手にこの程度の攻撃は行っており、ハルにはそもそも大規模破壊が悪いこと、という考え方すら無いのだ。
昨日の城門破壊の件は人のものを勝手に破壊したのが悪いのだと考えていたので、今回のような森の中なら思いっきり攻撃していいと考えていた。
そして味方の被害に関しては、今までいた味方が悪かった。
ハルの両親はハルと同じく火系に対する完全耐性があったし、ユキもハルがどんなに強力な攻撃をしようが完璧に防いで来た。
だからハルに味方に配慮して攻撃するという考え方は無かったのだ。
「···········」
「えっと·····。だ、大丈夫♪バラバラ飛んでったけど一応三人とも無事みたいだし☆飛んでったとはいってもそんなに遠くないしね♪」
ハルが生涯初めての衝撃に落ち込んでいると、さすがに見かねてスウィーがフォローする。三人の衣服にくっ付けているスライムの位置的に距離はそんなに遠くないことも分かっていた。
「まっ♪取り合えずハルちゃんは私と一緒に街に戻ろうか☆」
スウィーとしては予言とはまた別にハルはいろいろ常識が欠けていて危ない存在だった。保護者であるユキがいない現状、自分が付き添って街に連れ帰るのがベストだと思ったのだ。が、
「え?嫌ですけど。」
差し出した手はあっさりと避けられる。
「········なんでかな?」
「逆に聞きますけど、何故私があなたと一緒に行かなければいけないのですか?」
ハルにして見ればスウィーは警戒すべき相手だ。今はユキの方針もあって暫定的に友好的に接しているが、ハル自身としてはスウィーは信用に値しなかった。
むしろコソコソと自分達を監視し、おかしな行動をとるスウィーをハルは将来的に敵になる存在だと思っている。
しかし、スウィーもまた、はい、そうですか、とハルを野放しにする訳にはいかない。
ハルの価値観は人間のものより魔獣のそれだ。またあの規模の攻撃もされたら被害が笑いごとではすまなくなる。
そもそも先ほどの攻撃の時も近くにいた冒険者を巻き込みかけている。コロニーマウスが出現した時点で密かに行動し、冒険者達を回収していたスウィーがいなければ確実に何人か殺していただろう。
「ハルちゃん?あんまり駄々をこねる様なら強制的に連れていくよ♪」
そういってスウィーは手の平からドロドロとしたものが次から次へと出てくる。それらは全て様々な効果をもつスライムだ。中にはハルの天敵である空スライムもある。
スウィーとしては自発的についてきてもらって、大人しくしていてもらうのが一番なのだが、こうなってしまっては仕方ない。
あんまり長々とハルに付き添っている訳にはいかないスウィーは、早々に脅しにかかる。スウィーとハルの相性は最悪だ。空スライムがある限りスウィーがハルに負けることは無い。
これでハルも言うこと聞いてきれる筈
·····などと考えたのがスウィーのミスだった。
「·················ほぅ?」
「ッ!?」
瞬間、ハルの小さな体から膨大な何かが溢れ出す。それは先ほどまでとは明らかに“質”が違う。魔力に似た、しかし、魔力より高次の何か。
「我も舐められたものだな。」
そこでスウィーは思い出す。昨日の一件、最初の城門を破壊した攻撃。あれだけは何故か空スライムで完全には防げず、冒険者を守るだけで精一杯だったことを。
あれは自分がただ失敗しただけだと思っていた。
「たかだかその程度の小細工を弄した程度で我を止められると思うてか。」
しかし違ったのだ。
ユキが異質過ぎるせいで意識から外していた。無意識に舐めていたのだろう。
「だが、そうだな。矮小なる身にて我に挑むというのならそれも良し。」
三大魔獣? 九尾? ハハハ、馬鹿な。
今だからこそ分かる。
「久々の『我』の力だ。精々、我を興じさせよ。」
これは『 』の力だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Side ユキ
アイルベット大森林、その一角。普段なら樹木が生い茂り、生物が自然の営みをしていた場所。
しかしその場所は現在半径500メートルに渡って真っ白に凍りついていた。
木々はその色を白く染め上げ、地面には霜が降り、数秒前まで生きていた生物達は今は精巧なオブジェのようになっていた。
そして、その異常の中心地点。風景に溶け込めるほどに白い髪を持ち、同じく真っ白なマフラーを着用している少年は、座り込んで、吹っ飛ばされた時に地面に打ち付けた頭をさすっていた。
「いてて。いや、痛くないけど·······。」
その少年ーーユキは、誰もいない(比喩でもなんでもなく生きているものが存在しない)空間で独り言を呟く。
「にしてもハルのやつ、ホントにやってくれたな。帰ったらどんな仕置きをしてやろうか。ていうかこんなことなら固有能力を使えば良かったかなぁ?でもなぁ·······。はぁ、普通の攻撃手段が欲しい。」
現状、ユキの戦闘方法は秘密にしなければいけないことが多すぎる。これでは、いざ、という時困ってしまう。
しかし、魔力を全く持たないユキは魔術などの普通の攻撃が出来ない。
ならば武器を使えばいいのではないのかと思うかも知れないが。残念ながら、それも諸事情で不可能に近い。
そういうデメリットを補って余りあるほどの力があるが、あまりに異質過ぎておいそれとは使えない。
「というか、これ、どこまで凍ってるんだ?急いで使ったからなぁ。ちょっと制御がぶれたかな。」
そういってユキは自分が凍らせた土地を見渡す。
しかし凍りついて尚、大量に生えている樹木のせいで遠くまでは見通せなかった。しょうがなく、ユキはその場から歩き始める。
本来なら、ユキはガルーダを呼び出し、空から見渡せば良かったのだ。そうすればハルが作ったでっかいクレーターを見つけられただろう。
だが、なんだかんだ言ってユキも抜けている所がある。何故か彼は自分の思うがままに特にあてもなく歩き始めてしまった。
そしてここで思い出して欲しい。ユキは極度の方向おんちであることを。
そのおんちぶりは筋金入り。ユキが一人で歩けば、そこが慣れ親しんだ土地でない限り、ほぼ100%道に迷う。
そして今回、初めて来た森の中。専門家でも迷わず街へ向かうのは難しいというのに、ユキが出来る訳も無く。
「うん、迷ったな。」
歩き始めて、かれこれ5時間。やっと現状を理解した。
日は既に一度頂点に昇った後、降り初めており、あと数時間もすれば昼が終わり夜が訪れるだろう。その前には今日の食事や寝床を用意しなければならないことを考えれば、あまり悠長にもしていられない。
「これは困ったな。食料はどうとでもなるが、寝床はどうしようか。というかあんまりハルを一人にもしておけないんだが·······。」
これと言った具体的な解決案が出ないままユキはなんとなくの方向へ歩き続ける。
「······!」
だがそこで生命感知に反応がある。結構強い。
ユキの生命感知は魔力の強弱は分からないが、生命力の強さなら分かる。そして経験上、生命力が強いものは知能も高いことが多い。
人種にしては生命力が強すぎるが、他の人類種である可能性もある。まぁ強い魔物や魔獣である可能性も高いが行ってみれば分かることだ、とユキは感知した方向へ走りだす。
そして向かった先で見たものは、
「グラァァァァァァォォォォォォォォオオオオオ」
あまりにも巨大な竜だった。