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第2章 2月4日 溶岩流の到達(1)

久々に更新できました。

 202X年日向灘地震は農業……特にビニールハウスを中心に大きかった。平野部の畑作を行っている農家は全国でも宮崎県と高知県に多く、ハウス農業で収穫の野菜を中心に高騰が出てき始めていた。ニュースでも大手外食チェーンがメニューの変更を行うなど、大きな動きとなってきている。津波被害というのは塩害も含めて、深刻であることを2018年の北海道胆振地震と比べることで、週刊誌などでは取沙汰されていたが、それも人々はもっぱら価格の高騰のみに目が行き、被災地の状況など放置されつつあった。

「先輩、ツイッターしてますよね?」

 会社での休憩時間、コーヒーを片手にぼーっとしていた奈美に声をかけたのは、新入社員としてそろそろ一年が経とうとしている後輩だった。

「ツイッターはしてるけど…、何かあるの? 九重くん」

「薩摩大学理工学研究科の井原先生って知ってますか?」

 奈美は少し間を置いた。その名をテレビで聞いて知ってはいる。だが、直接知っているわけではない…と思うという程度なのだ。大学で教養時代に一度防災系の集中講義を受けたことがあるのも一つ原因だ。だた、それがつながりといえるかどうか、知っているといえるかどうかは疑問なのである。

「大学で、一度だけ教養の講義を受けたことがあるわ」

「へー、日高先輩、薩摩大学だったんだ」

「法文学部の人文よ」

「その講義を取ったってことは、彼氏かなんかが理系だったんスか?」

 は? 言葉に出さなかったが、そのようなまなざしを向けると、この失礼な後輩の九重はしばし黙った。

「プライベートの質問は厳禁。今のはセクハラで訴えられてもおかしくない」

「…す、すみませんでした」

「九重くんさ、学生気分ひっぱりすぎなんじゃない? で、井原先生の話って?」

 九重は自分の私物であろうスマートフォンを引っ張り出した。ロック画面を解除し、目的のツイートを表示させた。

 震源データと一言『大正噴火の前にも同じところで地震あり』というもの。

「どう思います?」

「どう…って言われても」

「先輩、なんか防災系とか詳しいって…大村先輩が」

 奈美はため息をついた。先日の日向灘地震の時のことを話したらしい。どんな風に伝わっているのか、想像してさらにため息をついた。

「私もかじってるだけ。どうせ地元の先生なんだし、アポとればきっと取材に応じてくれるはずよ。地元TVなんか、専属の記者がいるって噂よ?」

「ですよね…」

「何が言いたいわけ?」

 九重は少し逡巡して、口を開いた。

「……こういうのって、はっきりしてくれないですかね」

「たぶん、理系の人とか専門家が聞いたらがっかりするセリフよ、それ」

「どういう意味ですか? だって、はっきりしないほうが悪いじゃないですか」

 奈美はこれ以上言葉を紡げなかった。奈美自身でもそう思うことは否定しないが、そのデータの状況から、確実に現象が起こるということは確率では述べられても確定ではない。そして、その確率論は一般的に理解されにくい。もし自分が本当に理系畑の出身であるなら、説明できるか、一蹴するかのどちらかもしれない。奈美自身は今までの経験や知識から、自然現象について…ことさら地学に関する現象については、確定したことが言えないことを知っているだけなのだ。そして、そのような研究をする人がとる行動も知っている。

「…オオカミ少年を信用しないのが世間一般だけど、確率で言うとオオカミ少年になることが多いからかな」

 そう返した。九重は納得していない様子だったが、仕方がない。奈美自身もうまくは説明できないのだ。

「とにかく、私に聞いても文系だからわかりません」

 ぴしゃりとここでその話題を切る。オオカミ少年理論以上の説明が奈美には不可能であることもその理由だ。

「えー…わかりましたよー。んじゃ、カメラマンの三木さんに聞いてみます。理系出身って聞いたので、なんかヒント持ってるかも」

 九重はどうしても納得がしたいらしく、この会社唯一の社内カメラマンである三木のところへ行った。三木は今から撮影らしく、機材を確認しながらバッグに詰め込んでいる。細くてひょろ長い体形なのに、重い機材をひょいと持っていくのが印象的な男性だった。

「みーきーさーん」

 間延びした九重の言葉を聞き流し、奈美は仕事に戻る。コーヒーカップを自分のデスクの所定の位置に置き、椅子に座って、さて仕事だと伸びをした瞬間に、かたかたかたかた…という小刻みに物がゆれる音が周り中から聞こえてきた。思わず、書類の山になっているところに手を置き、押さえた。まわりの社員たちも同じようにして、あたりをうかがうように止まっていた。

「地震?」

 思わず独り言のように誰かが口走った。

「たぶん」

 独り言に奈美は応じた。

「震度が2から3ぐらいでしょうか。はっきりゆれているのを感じたので」

 誰かがテレビをつけた。民放が最初出たがテレビをつけた人が公共放送に切り替える。まだ速報は出ていない。アナウンサーとゲストがのんびり話している様子をテレビは映し出していた。

 マグニチュードが5以上、震度5弱以上が予測された地震でないと、テレビやラジオの緊急地震速報は流れない。当然スマートフォンのエリアメールも同様だ。アプリを導入していると震度3以上で通知してくれる場合もあるが、相当興味がある人でないと通常は震度3以上で鳴らすなどという精密な設定はしないものである。

 テレビの震度情報は出るまでに3分前後はかかる。そのため、のんびりとしテレビの内容に少し奈美は苛立ちを覚えた。

 やがて、テレビは逆L字と呼ばれる字幕仕様の画面となり、震度情報が流れてきた。

『九州地方で地震がありました。…ゆれが強かった地域では念のために津波に備えてください…鹿児島県薩摩地方震度3 鹿児島県大隅地方震度3…』

 臨時ニュースには切り替わる震度ではない。

 奈美は仕事に戻ることにした。震度3程度でこの日本では被害が出ることはまれである。しかし、その後の字幕で奈美は仕事に戻れなくなった。

『震源は錦江湾。地震の規模を示すマグニチュードは3.9と推定されます』

 錦江湾?

 先ほど九重が見せてきたツイートが頭をよぎる。単なる偶然だといいのだけれど。そう考えて奈美は原稿を打つためにパソコンを開いた。

 新しいカフェの取材原稿。まずはテキストを打ち、ページをデザインしていく。効果的な段組みや魅力を伝えられるように配置を工夫していく。


…かたかたかたかたかた…

「また?」

 誰かが言った。奈美もきょろきょろとあたりを見回す。明らかにまた地震。

 先ほどと同じようなゆれだったので、テレビをまた見る。一度つけたテレビを消す人は誰もいなかったようだ。昼前のローカルニュースだったので、アナウンサーがゆれていたことを繰り返しアナウンスしている。やがて震度情報…アナウンサーが読み上げるのを聞いていたら、ぺらり…と大きく紙の音が聞こえた。

『ただいま、気象庁から臨時火山情報が発表されました』

 その一言をスタートにして、いくつかの携帯からベル音と「火山の情報です」という音がした。たぶん有名どころの防災系アプリが入っている携帯なのだろう。ただ、持ち主たちもその情報がマナーモードでも音を出す設定がデフォルトであることを知らなかったようだ。慌てて携帯を探している。数秒してテテテテテーンという、聞いたことのあるエリアメールを受信する音が方々から聞こえてきた。

 一斉に携帯が同じ音でなるという現象は不気味なものである。

「噴火警戒レベル4? 桜島?」

 携帯に表示をされている情報を誰かが読み上げた。疑問形だ。語尾が上がっている。

 奈美も慌てて携帯を確認した。防災系アプリの通知とエリアメールがポップアップしてきている。

 奈美は眉をひそめ携帯電話を握りしめた。まるで、不安をごまかすように。


防災系アプリって便利ですが、設定をきっちりしてないと思わぬところで一人だけ鳴るので…(w

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