1月23日(月)M7.3(4)
平野部の道路を中心に冠水しているということ、低地の田畑やビニールハウスが被害を受けていることなどが情報として入ってくる。死傷者や行方不明者についてはよくわからないが、情報は今からなのかもしれない…と奈美は思った。
『津波は普通の波ではありません。特にサーファーの方、東日本大震災でも外国ですが亡くなった方がいらっしゃるので、決して海には近づかないでください』
ラジオではこのような内容も連呼していた。ラジオを公共放送へと切り替えると、津波の観測状況について淡々と落ち着いた声の男性アナウンサーが読み上げている。
『検潮所での津波の観測状況です。油津港1.7m、日南港1.7m、宮崎港1.3m…』
奈美はSNS上の情報をさらに追う。
「ちょっと、俺、ヤニ休憩な」
「外でお願いしますよ」
大村がエンジンを止めて、車外へ出た。車の電源は落とさず、ラジオはそのままだ。車のエアコンはとめておく。ハイブリッドカーなので,エンジンの発熱を利用できない暖房はバッテリーを減らすのだ。ガソリンはメーターの4分の3以上あり、走行距離的には十分に走れるが、こういう事態だ。できるだけガソリンは温存したい。
SNS上には停電関係の情報が入りつつあった。宮崎市内の一部と延岡市内が停電しているようだ。延岡は工場の関係もあるのだろう。鹿児島県のほうでは,宮崎ほどゆれていないのか、大きな停電に関する情報は上がっていなかった。
エアコンを切ると、窓から冷気が下りてくる。トンネルは古かったのか、天井の崩落があり、通行できるかは微妙。短いトンネルではあるが、どうなっているのかよく見ていないので、わからない。海沿いの道は、冠水が収まるまで何時間かかるだろうか。
そこまで被害がないと信じたいが、津波が警報レベルで発生している以上、命にかかわる事態が発生していてもおかしくない。特に、この今いる宮崎県は海沿いの観光地も多い。地形として崖と海に挟まれている道路も多いのだ。
大学時代に受けた教養の「防災学」だったかの講義を思い出す。鹿児島県にも水害でやられた地形があったのだそうだ。そこも同じように崖と海に道路が挟まれる地形ではなかったか。
となれば、宮崎市まで戻るまでの道路も安全ではない。かといって、九州山地の中を走る道路も崖と川に挟まれるものが多い。すべて走行可能とは思えない。
「ただいま…っと」
大村が10本近くの飲料を抱えて戻ってきた。
「どうしたんですか、それ」
まだ暖かい缶コーヒーを1本受け取りながら、奈美は聞いた。
「あそこの自動販売機」
大村が指さした方向には,トンネルの入り口付近に公衆電話と自動販売機があった。峠道ということで、融雪剤を置くスペースと駐車スペースが設けてあり、そこに設置されていたのだった。
「ここにいる地元のおっちゃんたちとさっき相談してきた。たぶん、下の道路は半日は無理っぽい…いや、東日本大震災の経験者のおっちゃんが一人いて、それで津波の水が引くまでには結構時間がかかるってんだよ。今日はおそらく動けないからってってんで、当座の飲み物とか食べ物とかどうするかって話だったんだ。で、あの自動販売機。壊すとあとが厄介だから、小銭かき集めて、電気が来てるうちに商品出しちまおうって、みんなで買ったわけだ。
まだ売り切れになってないから、日高ちゃんも小銭出してくれない?」
そういうことか、と奈美も納得した。安全な所に逃げたら、次は人間、食欲と睡眠欲だ。個人の命を守るのに、それは大事なことだ。電気がいつ止まるかわからない以上、自動販売機から商品を出しておくのはとてもいいアイディアかもしれない。
「地区の長の永田さんっていうおばちゃんいるからよ、その人に名刺渡しといて。そうすりゃ、後で清算の連絡するかもって」
「分かりました」
清算は難しいとは思う。ただ、着の身着のままで逃げてきた人も多いだろう。ここで助け合わないのは、どうかと思う。
そう思い、奈美は財布から小銭だけを出し、車を降りた。