一難去ってまた一難
ちょっと短めです。
「この辺りから音が」
「――行くぞ」
まずい、まずい、まずい、まずい。
あんな声は知らない。聞いたことがない。
たまにじいちゃんのサバゲー仲間がうろつくことは知っている。仮にこの声の主がその新人さんとかそういうのだとしても、こんな時間に行うなど一言も聞いていない。そもそも俺が森に放り出されているというのにやるわけがないし、家でもじいちゃんはそんな素振りは見せていなかった。
つまりは明らかな不法侵入者。
猪にとっしんを喰らいかけたと思えば、次は謎の男が二人現れるという普通にヤバいやつ。
これは一難去ってまた一難とかそういうレベルの話じゃないよ? ガンジーでも助走つけて殴りたくなるような状況だよ?
そして隣では彼女も恐怖のあまり肩を押さえてガタガタと震えていた。
「ここか……」
そして彼らはその姿を現した。
二人組の男。
そもそも彼らはどうしてこんなところにいるのだろうか。
咄嗟に思いついたのは密猟。
だがそんな動物がここに生息しているなんて聞いたことがない。俺がただ知らないだけかもしれないが、それならばその情報の出自は何だ。じいちゃんのコミュニティ?
…………十分にあり得る話だった。なにやってんだよあのジジイ。
だがそんな話は今はどうでもよかった。考えるべきは今。この状況をどうするかだ。
男はそれぞれ片手に懐中電灯を持っていた。もう一方の手は暗くてよく見えないが、何かしらの武器は備えていると思っていいだろう。
一番ヤバいのは拳銃。銃を扱うゲームにおいては性能的にもあまり好まれて使われるものではない武器。しかし現実世界では近距離でも中距離でも最強格という、ぶっ壊れ性能にのしあがってしまう。つまりは見つかったら最期というクソゲーと化すわけだ。
ナイフなら魔の手から逃れる術がないわけではない。だが彼女を連れてとなると話は別になる。つまりはこちらも見つかったら終わりのクソゲー。やっぱ人生はクソゲーだな。
残された手段はこのまま隠れてやり過ごす。
この判断を下し、俺は彼女に静かにしておくようにと、ジェスチャーを送る。
彼女は頭が吹っ飛ぶ勢いで頷きを繰り返す。
「何かあるぞ!」
一人の男が声を上げる。
その男の手元にある懐中電灯の光は俺たちがいる基地の核になっている木の根元に向けられていた。
何か痕跡が残っていたか、と俺は唇を噛む。
だがそこには「あった」のではなく「いた」が正しかった。
「グルルル……」
「「へ?」」
そう、俺にとっしんをかましてきた猪だった。
身の危険を感じたのか、男たちはすぐさま踵を返してほとんど同時に逃げ出した。
そして猪はブルファンゴを思わせるほどの勢いでそれらを追いかけていった。
……なんだこれ。
*
「まずは。まずは、だ」
そう前置きをして俺は次の句を告げる。
「君は何者なんだ」
純粋に知りたいことだった。
彼女が現れてからおかしなことが起こっている。あの男らを密猟者と仮定するとして、このタイミングで出くわすか普通。偶然と言ってしまうならそれまでだけども、これをそう言い切れる自信は俺にはなかった。
「とりあえずH子と呼んでもらって差し支えないわ」
「いやこっちが差し支えるから。ちゃんと教えろや」
それになんでHなんだよ。よく使われるA子やB子はどこにいったの。しかもポケモンに出てくる湖の一つの名前にしか聞こえないからそれはやめようぜ。あれは名作だった。
「葉武佳子、だからH子」
なんだよ、頭文字から取っただけかよ。
ちなみに思春期の中学生とかってHってアルファベットによく反応するよね。なんでだろーな。
「うみゅぅ……」
「あ?」
H子、じゃない、葉武は急に素っ頓狂な声を上げた。
そして俺の肩に倒れ掛かってきた。え? ちょ!?
「お、おい! 何を――」
「すやぁ……」
……寝ていた。
なんだよ思わせぶりな行動取るなよ。ちょっと期待しちゃったじゃねえか。
しかし俺の肩に置かれた葉武の寝顔はとても無防備で可愛らしいものだった。ドウのテイの男子がこの表情を拝めば心を揺さぶられるくらいには。
けどなぁ……。
首から下に視線を移せば派手な色をした服とロングスカート、そしてパラシュート。
アレな言動に加えて、この服のセンスはちょっと……。ていうかこのパラシュートは本当に一体なんなんだよ。