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人生の探し物  作者: きゅー瓜
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不法侵入は犯罪ですよ?

 とまぁ、あんな感じのことがあって家から追い出されたわけだ。一晩とはいえ、多くの動物が活発に行動する春過ぎのこの季節に一人は危険だと誰もが思うだろう。しかし安心してくれ。俺もそう思ってるから大丈夫だ。(?)


 とにもかくにも、ここは森。今夜の晩御飯と寝床の確保を急がなくてはいけない。最悪、晩飯は抜くにしても寝床は絶対だ。手元に懐中電灯や携帯電話など明かりになるものがないため、頼りになるのは微かに残っている日光のみ。星の明かりもないわけではないが、所々に雲もかかっており、多くの木々にも遮られるため期待は出来ない。


「ま、あの場所に行けば万事解決なわけだけどね」


 昔、俺はこの森を遊び場として使っていた。一日中、森を駆けずり回って親に叱られたこともあった。その理由が危ないとかそういうのではなく、服を盛大に汚してきたからだった。洗濯が大変なんだから、とぼやきながらも綺麗に洗ってくれた時は本当に申し訳なかった。でもね、母さん。少しくらいは一人息子の身の心配をしてくれても良かったと思うの。


 話が脱線した。遊び場として使っていれば、そこにおける拠点というものは必要になる。そう、子供ならだれでも一度は夢見たことがある秘密基地というやつだ。大きな木の枝に床を張り、お菓子屋やら遊び道具やらをため込み、娯楽のすべてを極み尽くした(気分になっていた)。


 前回、あそこを訪れたのは数年前とだいぶ昔のことだ。さすがにお菓子はもうだめになっているだろうが、家出した時用にと乾パンの蓄えがあったはずだ。今夜の食糧は大丈夫だろう。


 そう思って俺は足の動きを速めた。


          ***


 しばらく歩けば秘密基地の目印の一つになっている広場に出た。昔とは違って草がボウボウに茂っていて足元がよく見えないがさして問題はないだろう。


「さてさて、秘密基地は確か……」


 この広場から見える木の中でも一際大きい存在に目を向ける。

 だがそこにははっきりとした違和感があった。


「なんで梯子がかかってんだ?」


 梯子は常にここにかけていたわけじゃない。普段は穴を掘った地面に埋めてたはずなんだが……。


 すぐそばとはいえ、その場所を知っているのは俺とここでともに遊んでいた仲間だけだ。しかしその仲間たちは今はこの近隣には住んでいないためここにいるはずがない。またそれ以外に誰かがこの場所を知っていて、わざわざこんな時間に侵入したというのもおかしな話だ。


 俺は疑問に思いながらも、そこまで足を運び、梯子に手を掛けた。

 所々に付着している土はほんのりの水気が残っていた。それはこの梯子が使われたのが直近の時間ということを示していた。そして――


 誰かがいる。


 ――微かに物音がした。自然が引き起こしたものではない。確かにコンと乾いた音だった。


 誰だ。近所の子供なら何の問題もない。いや問題ないことは無いのだが、少なくとも俺には関係のないことだ。これがもし暴漢――暴力団員や893関係者だったら少々、いやかなりやばい状況ではなかろうか。


 しかし大人数の足場を確保できるほどのスペースは無かったはずだ。まだ年端もいかない少年少女で五人六人がせいぜいだ。つまり今の俺くらいのやつが二人くらい、それがやっとだろう。


 ビビりながらも、梯子に手を掛け、足をかけ、音を極力出さないよう慎重に登っていく。途中、ハエが顔周りを飛びまわったり、腕を蚊に刺されたりなどとても鬱陶しかった。そもそもなんで虫よけスプレーしてきてないんだよ俺。


 そして最後の一つの棒に手を伸ばし、その場所を覗いた。


 そこには――、


「女……?」


 長い髪を乱雑にして横たわっている女がいた。

 そいつを一言でいうと変な女だ。暗くてよく見えないが、恐らく赤い服に青のロングスカート。それだけでも奇抜で周囲の目を引く姿だった。それに加え、


「パラ、シュートか?」


 なぜ、なぜ。その服装に対して疑問を持つことしかできないが、まずは安全の確保だ。

 気配が漏れないように今の体勢を保ったまま、じっと観察する。暗殺経験のあるあの方もはすべては観察から始まると言っていた。それに倣って一挙一動を見逃さないようにした。


 ジッと見つめる。


「…………」


 ジッと見つめる。


「…………」


 ジッと見つめる。

「…………っ」


 動いた。わずかだが足と頭を動かした。

 再びジッと見つめる。


「…………ヒ」

 

 喋った。なにかを喋った。

 何か情報を得られるかもしれない。俺はその場所にさらに耳を傾ける。


「ひ、ヒヒーン…………」


 …………鳴き声? それも馬? いや、油断するな。俺たちが電話で「もしもし」というように彼女らの中では「ヒヒーン」というのがそれに当たるだけなのかもしれない。


 謎の思考に耽るも、俺はすぐに観察を再開する。

 見つめ、見つめ、見つめ、みつ――


「さっきから何なのよアンタぁ!」


 突如、その女は声を荒げて立ち上がり、こちらに顔を向ける。 が、その際にバランスを崩したのかよろめいて、


「あっ…………」


 地面へと落ちていった。


「いったぁ~い……」


 だが幸いにも頭からではなく背中から落ちたことで衝撃は和らいだみたいだ。さらにやわらかい土の部分だったため痛みも少ないことだろう。


「えーと、大丈夫か、アンタ」


 さすがにこのままだと怪しまれると思って声をかける。実際に怪しいのはあっちだけどね。まあ状況だけを見ると、寝込みを襲おうとしたように見えないこともない。しょうがない……。


「誰のせいだと思ってんのよ! ていうか何。もしかして私を襲おうとでもしたの? 警察呼ぶわよ!」


 あちゃー、これは面倒なパターンだわ。暴力沙汰になる展開はなくなったにしても、その上の警察沙汰になっちゃうのかー。

 しかしこのまま成り行きに任せていては本当に警察に連行されかねない。とりあえずはパッと思いついた抵抗を見せることにした。


「いや、そこ小さい頃の俺が作った秘密基地なんだけど」

「あ、そうだったの……。勝手に入ってごめんなさい」


 急にしおらしくなってんな。


「本当にごめんなさい! どうか、どうか警察だけはお見逃しを!」

「そこまではやらねえよ」


 とりあえず俺は梯子から降りて女のところまで歩く。


「ひっ……」

「怯えなくていいよ。別になんもしねえから。ちょっと質問に答えてくれりゃあそれでいい」

「し、質問? 私の服を剥ぎ取ってめちゃくちゃにしてやろうとかそんなことはないのね?」

「するか。ていうか何その考え。まさかそういうゲームやってたりしたの?」


 容姿を見る限りでは同年代の女子。それがそういうゲームをしてるとしたら……ちょっと、いや結構萌えるな。


「……それが質問? 私のスリーサイズとかそういう質問じゃないのね?」

「なんでそういった方向しか行かねえの。えまさか本当にゆーざなんでもないです」


 キッと睨みを利かされ言いかけた言葉を無理矢理に喉の奥にしまい込む。

 つーかスリーサイズか……。べ、べべつにきになるとかじゃねえし? なんていうかその、あれだよあれ。男子特有のあれだよ分かるだろ?


「ケ、ケホン。じゃあ改めて質問だ。君は誰だ。どうしてこんなところにいる。あ、ちなみにこの山は俺の祖父の土地だよ?」

「え、そうなの? ごめんなさいすぐに出ていくから」


 そう言って彼女はスッと立ち上がり、軽くお辞儀をして去ろうとした。


「待て待て待て」


 しかし俺はその手をなんとか捕まえる。

 何この人。しれーっと逃げようとしたよ。


「身元が一切わからない人が私有地に侵入してるのにそのまま逃がすわけないでしょ」

「離して、警察呼ぶわよ」

「いやいや、仮に呼んでもいいけどさ。そっちは侵入者でこっちはそれを捕まえたに過ぎないよ?」


 それでお縄につくのはお前だぞ。こういった意図が伝わってくれたらいいけど。正直呼ばれたら呼ばれたで面倒だからな。


「別にここに来ようとして来たわけじゃない。一種の事故よ」

「もっと詳しく」

「ちっ」


 おい。聞こえたぞ舌打ち。ていうかこれが本性なのか。そうなのか、おい。

 彼女は大きくため息をついて、こちらに向き直った。


「ちょっと今追われてるの」

「もしかして刑の務所から脱走された方?」

「違うわよっ!」


 うーむ。この言葉を信用するにしてもヤバい組織の匂いしかしない。まるで黒ずくめの組織から逃げるためにアポトキシンを服用して小さくなった哀ちゃんみたいな。哀ちゃんかわいいよね。

 その時、あたりで草をかき分ける音がいくつも聞こえてきた。


 気性荒めの動物が出た、と瞬時に判断し、再度俺は彼女の手を掴んで秘密基地の方角へと動き出した。


「ちょ、ちょっと!?」

「たぶん猪あたりが出た。さっきの場所に避難するぞ」

「ま、待って! 足に絡まって……」


 そして彼女はきゃっと声を上げて倒れた。

 何やってんだと思い目を向けると、足にパラシュートの紐が複雑に絡まっていた。なんできれいにしてしまってないんだよ。ていうかまだ付けっぱなしじゃねえか。しょうがねえ。


 俺は彼女のところまで行き、背中を向けて腰を下ろす。


「乗れ」

「は、はあ!? いいわよそんなの! これを解いたらちゃんと行く」

「猪が来てるかもしれんって言ってるだろ。怪我してもいいんなら置いていくが」

「…………っ」


 ズンと背中に重みがかかる。重心をこちらに預けてるわけだからいろいろ当たってるけど今は気にしないでおこう。ていうかぶっちゃけ重い。


「なに」


 明らかに怒気をはらんだ声がすぐ後ろから聞こえてくる。怖い。


「何でもない」


 梯子に手を掛けて昇る。後ろに数十キロのおもりがあるせいでかなり遅い。ていうか普通に落っことしそうで二つの意味で怖い。


「なぁ」


 二つ三つほど上がったところで俺は彼女に声をかけた。


「あと自分で上ってくんね? 普通にしんどい」

「ワタシ、アシがツカえない。ガンバってクダさい」


 何その片言の日本語。今時そんな風に話す外国人いるのって思うレベル。まあ田舎だから外国人と話したことなんてないから知らんけど。これは絶対にめんどくさがってる。


「落とすぞ」

「よーし、おねーさん頑張っちゃうよー」


 いい子いい子。

 一つ足を下ろし、肩を踏み台にさせて上へと押し上げる。

 

 よかったな、もし野球でもやってたらここで積み重なった疲労で俺は肩を痛めてしまい、日本球界は大きな戦力を失うところだった。仮にここで渋ったとしても猪に負わされた怪我で大きな痛手になる。つまり名誉の負傷というやつだ。はっはっは。別に普段からトレーニングしてるとかじゃないから怪我はしないだろうけど。


「っ」


 重っ。あ、ちょっとバランス崩れたかも。


「大丈夫――かっ!?」


 見上げると俺の視界に男の桃源郷(スカートの中)が。白いその世界は理想郷でもあり幻想郷でもあった。

 嗚呼、そこにあったのか。マイドリーム……。


「よっ……と」


 しかし、そんな天国は得てしてぶち壊されるもので。

 先ほどまでの数十倍の重りが瞬間的に肩にのしかかってきた。


「いいぃっ!?」


 あまりの衝撃に思わず俺は梯子にかけていた手を放してしまう。あっやべ。

 ドスッ、という音を立てて地面へ落ちる。大した高さではなかったため痛みはほとんど感じなかった。あれ、なんかデジャヴ。


「あ、ごめんなさい……」


 無事に上り終えた彼女はこちらをチラッと隠れ見る。


 なぁ、知ってるか。深淵を覗き込んでいるときは深淵もまたこちらを覗き込んでいるんだ。おまえが少しでもこちらを見ているのならこちらから見えない道理はないんだよ。

 

 ガサササッ。


 すぐそばの草陰で音が鳴る。

 脊髄反射で体勢を戻し、梯子に飛び移った。その直後に俺が直前までいた場所に猪はとっしんをくりだした! しかし、こうげきははずれた。


 おー、あぶねーあぶねー。


 そして俺はそのまま梯子を上って秘密基地内部(ただし外壁はないもよう)に辿り着いた。

 念のため、梯子を回収し座り込む。お猿さんもたまに見かけるからね。ここに侵入されたらたまったもんじゃない。


「えーと、ごめんなさい?」


 四、五十センチメートルほど間をあけて隣に彼女は腰かける。そしてなぜに疑問形。


「ま、いいよ。さっきのは俺にも非がないとは言い切れないわけだし」


 懇切丁寧に説明していれば避けられた事態であったし、お粗末な言葉を選んでしまった俺のいい加減さが招いた結果なのだ。別に俺が理想郷を見た対価というわけではない。ホント、ホント。我不所持邪気(邪気なんて持ってないもんねー)。


 とりあえずは迫った危機は脱したわけだし。質問の続きでも――


「この辺りから音が」


 知らない人の声が聞こえた。

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