第六十八話 ただり着いた終幕は
今度は何時もと雰囲気が違う。厳かで神秘的な光が満ち溢れているようだ。白亜の神殿、そう評価しても差し支えないからだ。今にも天使が降臨してきそうな光が差し込み、実際に天使では無いが敵が舞い降りた。それは人型でありながらも異形で、神の御使いと言うよりも既存の神々を冒涜、涜神、軽蔑、侮辱、嘲笑、忌み嫌っているようにさえ感じる。
背に二対の羽が五本の腕が不揃いに生え、頭は太く長い触手に変わり伸び縮みをしている、それには顔らしきものが見え隠れしているが、配列が凡そ既存の生物とはかけ離れている。
他には体の至る所から瞳孔が開き、肉に隠れた口からは涜神賛歌を口遊み、腹からは無数の触手が蠢き、生えた九の馬脚に蹄は無く、体格は人を優に越える。
透明な腹部には集団恐怖症なら卒倒するであろう卵が垂れ付いており、七脚に及ぶ鋭利なそれはよく見れば触手で出来ている。
「何なんだ一体ヨ。あの生き物たちはさ」
「通常の生物体系とは違いますね。ただ、例えるなら進化の過程で捨てられた孤児達、バージェス動物群の中には似ていませんが、同じような生き物はいます」
「バージェス、バージェス、バージェス?ハルキゲニア!これだけしか覚えてないね」
「逆に何故それだけ覚えていたのですか」
「んー触手?」
そんな話をしながらも、現世には現れないであろう非合理の塊を超えた先、九十階層には顔が何かの黒い素材を用いて作られた、布で隠されている巨大な人がその先に繋がる扉を守っていた。しかし、今までの傾向からそれが尋常でないことが分かる。布に隠されたその顔は、何と自身も両開きの門でそこからは遠い、この世とは思えぬ世界が広がっていた。
そして、それが開け放たれた直後、何かしらの存在を賛美する歌と演奏が聞こえてくる。その音色は美しく今にも天に召されそうだが、聞き続けたら脳みそが金切り声を上げて悶死するようだ。
背に六対の大翼を広げ、黒く景色を塗りつぶした門からは無数の長く歪な白い人の腕が伸び、一対の腕は触手へと変わってゆく。これを何と表現すべきか。神を貶めるだけの生物達を、既存の生命体を弄び嘲笑うかのような行為を。
そんな葛藤はいざ知らず。より良い報酬の為、それらを蹴散らしてきたのは彼らではないか。そんなわけで、撲殺及び大量腕の鏖殺を終えた。それによる宝箱はマント付きの全身鎧と素材、遺失時代?の神話が書かれた書物であった。それはサイズ調整機能は付いていないため、唯一使えそうなルバリアさんでさえ、纏えなかったため潔く仕舞われた。
階段の最後の段を降りると、生々しい死に満ち溢れた風が頬を撫でつける。目の前では戦闘が始まっていた。その階層の勢力同士の争いと、そこには属さない第三勢力。つまり鴉狐達のことだ。他の鳥兜とアディル達のパーティと合流を果たす。鴉ズが加わったことで、拮抗が崩れ決着した。
そして、ここからの階層は古の時代、過ぎ去った過去、あり得る筈だった歴史、そんな世界達の戦争の再演。階層ごとに異なる思想、異なる文化の戦に放り込まれるであろう。そこには違う立場の正義があり、どちらの言い分も正しく、そして間違っている。勝てば官軍であり負ければ賊軍になってしまう。
血で血を洗う血生臭い光景の先に見えるモノは。ただ、至極単純に考えるのであれば、勝てばいい。勝ち続ければ良い。その思想を、自らの信ずべき思考を、それらを持つ相手を蹂躙すればいいだけだ。それがこの弱き者は喰われ、強き者だけが生き残る闘争の歴史。感情を持つ生物である限り繰り返され、積み重ねられた時間。生き残るためにするべきものは何ぞあれ。
様々な戦争を乗り越え、一つの傭兵団と言う勢力になりつつも百階層目。このイベント迷宮の終着点とも言える場所に辿り着いた。そこはやはり戦場であったが、様子がこれまでとは一変し厳かでどこか憧憬さえ浮かぶ。何故かと問われれば、ボスとして登場したのが過去の英雄、そう表現すべき雰囲気を纏う人物たちが十六人も集っていたからだ。
丁度一行と同じ人数のため、一人一人が個別でそれぞれの得意分野を競い、条件を超えれば勝ち。そのため、英雄が指差しで相手を決め連れて行く。
鴉狐の相手は布で顔を隠している龍人族であった。袴と軽鎧を着こなしていて、艶やかで魅力的な空気を作る。
「君の相手は私だ。ふふっ、中々に良い顔立ちではないか。終演の為の条件はそうさな……おや、腰掛けないのかい?用意したんだ、座りたまへ」
「あ、はい。宜しくお願いします」
彼は毒気を抜かれてしまい、言われたままに座ってしまう。終いには差し出されたお茶や茶菓子も食べてしまった。幾らなんでも警戒しなさ過ぎではないか。だが、これも仕方がないのかもしれない。その英雄の気風が柔らかく、優しいのが元々の性質だからだろう。
「もう少し反応がほしいところだが…まぁ、良いさ。私が喚び出した獣に、君が持てる術を使い手懐けることだ。ああ勿論、弱らせた方が楽だからな。君は何を呼ぶ?そうだ、君の名前は?私?私は…しがない名無しの将兵さ」
「えと、鴉狐です」
英雄は彼の名前を聞いたはいいが、さして興味が無さそうに話を続けた。
「では、早速始めようか。来い我がもう一つの一よ」
唐突なその言葉には、力が籠っていた。そして周囲を破壊しながら現れたのは一匹の龍、深く蒼い鱗に覆われた東洋の龍神そのものだ。
「ほう、我を呼んだか」
だが、瞬時に好々爺然として、渋さが滲み出ている初老の男性に変わる。自然な動作で座布団の上に座り、お茶を飲み始めた。
「おや、直ぐに始めると考えたのだが?」
「折角来たのだ、茶くらい飲ませろよな。けち臭いぞ、我は貴様の記憶でしかない故に、こんな時しか味わえんのだ」
「まあ、良いけどね?どうせ戦って貰うから」
「こな娘っ子とか?貴様、我を馬鹿にしとらんか?せめてそうさな、触媒ぐらいやったらどうじゃ」
「言い始めたら頑固だからな、こなクソ爺は。無視するに限る」
「おやおや、かつては護龍乃一とよばれた貴様がそな言葉使いとはなぁ。じゃが、こうやって一時でさえ語れるのもええのう。この牢獄の外は平和かの?嬢ちゃん」
「え?えーと、私が今住んでいる国では」
緊張しすぎて口調が変わっているが気にしてはいけない。それほどまでに次元が違うのだ。この両名は片方でさえ、鴉狐の持つ全ての力を賭しても傷を負わせるのか否かのどちらかしかない。
「そうか、貴様の所業も報われたのう?」
「五月蝿い。今の私は記録の再現でしかないのだから。その言葉には意味がない」
「で、条件は何じゃ?」
「真剣な空気を壊さないでくれないか?ああ、条件か。君を手懐けることだ」
「もう終わったぞ?平和の世になってから戦いたくは無いからのう。そうさな、我としては力を貸せぬが龍谷の霧ヶ里に行くが良い。力を貸してくれるかも知れぬぞ?」
「君が良いのならいいか。元々そうなると思っていたからな。鴉狐は契りを交わした相手に慕われているようだから」
「またの」
そう言い、初老の男性は霞みが散るように消えて行く。彼はそれを見て、どこか府に落ちなさそうに見送り、呆気なく英雄が課した試練は終わる。
「鍵と地図を渡そう。君に力を貸してくれる触媒を見つけたまへ」
渡された鍵はカード型と複雑な形状をしたブレード型で、何故こんな近未来な物が?という代物である。地図と呼ばれた物は紙ではなく、直方体に鍵穴と文様が施されている箱だ。
「これで、良いのですか?」
「それは私が決めることだ。それとも君は、私に他の方法で力を示したいのかい?」
朗らかな雰囲気から一変して、空気は重く肌を針で刺すようなものになってしまう。これが英雄までに至る者、屍を積み重ね続けた戦場の空気だと濃密な圧を受け、彼は体を竦ませる。
「いえ、望みません。私では勝てそうにありませんから。ですが、叶うならば」
「何かな?他の者が終わるまで暇だしな。可能な範囲で望みを言いなさい」
「魔術を教えて頂けませんか?」
「ふむ、私には無理な相談だが…〔和国〕に君にとって、有用な魔術を教えてくれる子がいた筈だ。これを渡すと良いだろう。誰から、と聞かれたら名無しの亡龍と言いたまへ。それであの子は納得するだろうからな」
他愛のない会話や物語を話し話され、穏やかな時間を過ごしていく。
9月ぐらいまでお休みさせて頂きます。色々な作業が有るもので。勿論失踪ではないです。前科有が言えるものではありませんが。




