おとぎ話にはほど遠い
なんとなく書き出したらなんとなく壮大な話になりそうになったので逃げたための短編です(真顔
お久しぶりです
なんかすいません
人の国と魔の境界森には一人の魔導師が住んでいる。
彼は自ら国のためにと森の一角を支配し、魔物が人の領域を脅かさぬようにと日々研鑽を積みそして身を削って戦い続けているという。
王の信頼も厚くあるが、その魔法があまりにも特殊であるために彼の元にたどり着くことは人魔問わず非常に難しいのだという。
唯一、王に預けられた「印を持つモノ」だけが安全に彼の元へたどり着く手形となる。
まことしやかにささやかれているのは、そこには王家の財宝も預けられているのではという世迷い事である。
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「うん、おじさんはがんばっていた筈なんだ」
「いやがんばってると思いますよ。あ、リンゴ食べます?」
「食う」
その部屋の基本はシンプルに石を組まれ作られている。
テーブルやイス、ベッド。簡単な家具類は木製で、水場は石。
整理されているというよりもそもそもで物がないことがよくわかる。生活感といえばベッドの上の藁で作られたマットレスや毛布がくたびれていること、脇に置かれた箒が少々クセをつけていること。そのくらいだろうか。
テーブルには現在、自分をおじさんと自称した男がうっつぶしている。向かいでは皮鎧の兵士風の青年が心ないほめ言葉を口にしながら小刀で器用にリンゴを剥いていた。
しょりしょりというオノマトペが響くほど、外は静かだ。
森の中だというのに、鳥や獣の声は全くしない。
「はい、あーん」
「それは美少女か一緒によくよく年を取ったパートナーにしか許さん行動だ。皿もってこい」
「面倒なんで。あと貴方に出会いがあると?」
血涙でも流しそうな男の訴えに青年は冷酷に現実を投げつける。
この「森」に引きこもっている限り出会いがないのは間違いないことくらい、青年に言われるでもなく彼だってわかっている。
まさかのウサギリンゴな上に口に入れやすい厚みのそれを、声は出さずに空けた中にねじり込まれる。かすかな甘みと強い酸味、そしてたっぷりの水分が男ののどを強引に潤していく。
「あー紅玉かな」
「こうぎょく?」
「リンゴの種類」
「リンゴはリンゴでしょう」
しょりしょりしょり。ぽりぽり。視認はしていないが、青年もちゃっかり相伴に預かっているのだなと男は思った。もしかしたら男にくれた分の方がついでだったのか。
――ここには自分用の食糧を届きにきた筈なのになぁ、と男は内心で首を傾げながらどうせ戯れ言と受け止められているならばと言葉を重ねる。
「ぜんぜん違うよ。ふじ食いたい。王林食いたいシナノゴールドたべてみたかった」
「なんですかそれ」
「甘いリンゴの名前」
もしかしたら甘くないのもあるかもしれないが。
とにかく自分に身近で知ってる銘柄のものを食べたいと男は思う。
「リンゴが甘いとよけいのどが乾きそうですね」
あぁなるほど。「こちら」のリンゴは水分接種のためのものか。
加熱して保存するという必要もないのだからそういう発想が定着したのかもしれない。
いや、男の故郷における「品種改良」が異常なのか。比べるものではない。
科学と魔法、そもそもの進化における道理が違う。
「ものは考えようってところだな」
「なんの話ですか」
「郷愁のなんちゃらって奴だ・・・・・・どうにもならんよ」
説明しても馬鹿にされる気しかしない記憶の話など伝える努力をする気にもなれない。
青年はそのあたりをどう理解したのか「あぁ」とうなづきながらリンゴを食べる。
もしかしたらここまで荷物を運ぶのにのどが渇いたのかもしれない、と男は今更のように気がついた。自分があまりにもここにいすぎるせいで、感覚が鈍っていたようだ。そしてリンゴなんて嗜好品も今まで持ち込まれてなかったことに気づく。いや青年の言い分をそのまま受け入れるならば実用品なのか。
(ちょろまかされてたかな)
これまでの運搬係に対して憶測だ。勿論、先ほど考えたように自分のものを分け与えてくれた可能性だってある。確かめようのないことではあるし、水ならば普通に用意できるから意識したこともなかった。
「あなたは一生ここから動けないんでしたね」
「そう」
その一生がどのくらいなのかはわからないが、自分が生きているウチには国が滅ぶことはあるまい。
契約の相手は国王。
契約の内容は森の防衛。
契約の期限は――国の消滅か、己の寿命まで。
救いようのないこの不公平な取引は彼がこの世界に召還された要因そのもの裏事情。
勇者という言葉すら使われず、ただただ防衛兵器として強制的に事情も知らぬままに契約をさせられ、早十年。優秀さをみせつけた男が他人と会話するのはこんな風に死なないための食料調達にくる名乗ることのない兵士くらいだ。勿論男は自分のことが国には美談と語り継がれてるなんて知りもしない。男の世界は今やこの家を中心としたほんの百メートル四方程度の平地なのだから。
「ふむ。リンゴの種でも植えておきます?」
「あら素敵。定期的に水の出るトラップでも仕掛けておいてあげようかね」
樹木類を種から育てるのは高難易度と聞いたがまぁなんとかなるだろう。
「それトラップですか?」
「からくり、ギミック、ぴたごら、好きな呼び方すればいいよ。お前さんのことはジョニーと呼ぼう」
「なんで」
「これも俺んとこの話。ジョニー・アップルシードって人がいたんだよ」
「はぁ」
興味のなさそうな反応。まぁそれでも、こんなに会話をしてくれる人が久しぶりで少々テンション高くなっているのかもしれない。
態度はぐっだぐだだけど。
「名前ありますけど」
「だって何度もくるわけじゃないだろ?いいんだよ、君のおかげでここの担当者の隠語はジョニーで決まった。本来はあとから道を進んでいく人たちのためにリンゴの種を撒き、道しるべと共に食糧を確保させる聖人の名だ。悪くないと思ってくれ」
「じゃぁ道すがらリンゴの種撒きまくりながら次回もきますよ、えっと」
「なに?」
「そういえばお名前を知らないでしたね」
「命令書に門番とか書いてあるんだろ?適当に呼んでよ。千尋ちゃんみたいに名前なら国に人質捕られてる以上、俺に名前はないんだし」
誰ですかチヒロちゃんて。
男は勿論説明しない。ジブリとかアニメとかどう説明すればいいやらわからない。娯楽というものは、そもそも平和という薄氷の上でしか芽吹かない。
物語として語るにはあまりにも覚えてないシーンも多い。ヒーローの本名なんだっけ?
「名は護るものがない俺唯一の自分に連なるものだ。立派な人質だよ。
まぁジョニーにいっても詮無いか。グチって悪かった。人にリンゴを剥いてもらうなんて何年ぶりか。テンションが明後日の方向に投げっぱなしジャーマンしたらしい」
「そうですか」
「そうみたい」
つっこみかもん。
「ではガーディアンから、ディアンというのはどうでしょう?」
「あらかっこいい」
ここで安直などとはいわないくらいには男だって大人のつもりだ。
っていうよりも向こうもまたつっこみ放棄かギリィ。
「あと普段はディーで」
「普段ねぇ」
この仕事に誇りをもった奴などそもそも現れたことすらないと男はこの十年でいやというほど知っている。
だいたいきても1、2回。安全保障されている「通行手形」があったとしても、この国に恨みないとは思えない相手が行きはともかく帰りも無事帰してくれるとは思っていないのか、単純にモンスターの気配におびえたのか、はたまた着服バレてると思っているのかしらないが、常連と呼べるほどになった「客」は今のところ一人もいない。
「荷物があるとはいえ行って帰るだけの上に安全を保証されてる上に訓練免除、個人的には気楽なんですけどねここに来るの」
「そういうもんかい」
「異世界の話もおもしろいですしね」
半分以上グチとうろ覚えだけどね、と男は賢明にもいわずに言葉を返す。
「じゃぁ待ってる」
今までそういってくれる人がいなかったわけじゃないけど、結局こなくなったもんだから本気の祈りを込めた無気力な切り返しも常となろうもの。悪循環にはなるだろうが。
「えぇ。国はバカですね。あなたの使い方を間違っている」
「おいおいジョニー。ソレはいったら駄目な奴だ」
軍属だろうがおまえさんは。
「外じゃいいませんよ。バカにバカっていったらどうなるか知ってます?逆キレするんです」
「知ってる」
他世界からの誘拐と搾取に不愉快きわまりなくて指摘した結果を今ここに味わっているのは他でもない男自身だ。
「だからバカをバカといえる同志は大事です」
「なるほどな」
ばかばか言い過ぎかと思うが事実は時として連呼したくなるものなのか。苦労させられてるのかもしれない。バカに足ひっかけられた男としては自分がさらなるバカだといわれているもののような気もするが。
「まぁ気をつけて。これあげる」
男としては安全は保証されている道をいくことをわかってはいるが、まぁはなしてくれたお礼をしたかったのだ。ただそれだけのこと。
「なんですか?石?」
「簡易トラップ石。なんか攻撃を向けられたら反射する奴。約十倍返しで」
「兵器か!」
「だいたいあってる」
***
「彼がこの国の防衛の要か」
深い深い森を青年は歩く。
補整されているとはいえ、通る人間は今青年のポケットに入っている世界唯一の通行証を持つものだけ。時折獣やモンスターが現れるがそれらは容赦なく「トラップ」にとらわれてはその命を散らす。
(一往復するだけでも、一生遊んで暮らせるからな)
結果として肉はともかく、モンスターから採取できる素材や魔石の類がゴロゴロしており、帰り道にそれを拾い集めるだけでも軍を辞めるには十分な収入を得ることができる。
結果としてここにくる人間は基本的に退役間近なものばかりだ。この国は徴兵令がしかれているが、基本的に才覚がなければすぐに還される。国民を無駄に死なせるよりも確実に国に役立つ適材適所を期待するからだ。
そしてその退役報酬としてここを歩かせる。荷物を以てこの先にいる変わり者の男であり伝説の護り手とちょっと話して帰り軽くなった荷車にもてるだけの素材を集めて上司に報告。そのまま実家に戻れば仕事を探す間くらいは十分な収益があるという寸法だ。
国が多ければ徴兵も多くそしてつかえるモノは一握り。何度か往復すれば文字通り一生遊んで暮らせるだろうが、後が使えている上に道は一人しか通れない。男が「顔見知り」のいないーーできない大きな理由である。
(それにしても異世界からなにも知らない少年を召還、脅迫して監禁、なおかつ国の防衛と共に退役軍人用の費用を提供させる。他の国にバレたらドン引かれるだろうなこれは)
実際今自分がドン引いている青年ははぁと息をついては天を仰いだ。
耳障りな木を踏みしめる音。身軽な青年はとっさに後ろに飛ぶがその向こうでは美しいまでの炎が一瞬だけ天に柱となって上った。
ことん、ころろろ。そして森の奥から転がってくる魔石。拳大はある大きなモノだ。
どうやらこの道に併せていくらか傾斜をつけているらしい。抜け目がないというよりももはやセコいーーのだろうか。割にわざわざ回収にこさせないからなにを考えているのやら。
「まぁいいんですけど」
まったく良さそうな調子はみじんも感じさせずに青年は呟いて先を急ぐ。
勿論「代わってもらった本来の担当者」の為の稼ぎ分も忘れないようにしながら。
**
「すげー、新記録。いらしゃいジョニー」
「お褒めにあずかりまして。ですかね、ディアン」
3回目の「補給」でニコニコされることに青年は少々戸惑った。
男はとても楽しそうだし嬉しそうだった。人との関係に飢えていたのは事実らしい。
「うれしーもんよ?」
「そうですか」
「そうそう」
規定の補給は二十日に1回。
男にとって唯一外界につながる日だ。
そういう意味では初めての人だろうが常連だろうが深い意味はない。
だが人間というのは蓄積されていく話題がお互いを最適化していくことで心地よいと思うようにもできている。勿論真逆に作用する可能性も十分あるが男の方は少なくともその努力を怠りたくない程に孤独の中にいる。だから、自分を知っている人にわずかながらでも執着をみせている、というのはなかなかわかりずらいものだ。ただ補充品の手伝いなど、普段は率先してやる辺りにコミュニケーションの飢えもしれると言うもの。
「で、補充頼んどいていい?俺ちょっと仕事してくるから」
「仕事、ですか?」
ここにいる「仕事」は一つしかない。青年の表情が堅くなった。
「そう。見物、する?」
国――いや。世界最高峰にして唯一の魔術師、その現場は小屋から歩いて数分のところだった。
どこかの一歩を進んだところで視界が変わる。
森の中は変わらずであった筈なのに、まるで突然ソコに現れたような、巨大なソレ。
「スカルドラゴン」
ソレは骨でできていた。
ソレはただ存在していた。
ソレは必死にもがいていた。
竜は「ちから」そのものだ。鱗一枚、血の一滴、骨のひとかけらさえも膨大な魔力を蓄えているという。それは恐ろしくも死してなお――
そんな存在の一翼が今哀れすら誘う形で蠢いている。
解放しろと、この鎖を引きちぎらんと、忌々しい魔術師をがらんどうの瞳で射抜くがその男は平然としている。
「ここはお前達にとっての死線。ここはお前にとっての墓。墓石がいいか墓樹がいいか。それくらいは選ばせてやれるぞ」
頼りなさそうな木の蔓は、恐ろしく強固に竜骨に絡みつきそしてミシミシとしまっていく音を立て続けている。
竜と蔓の均衡はピンと張りつめ緊迫をたどる。
男だけが日常の様と言わんばかりに平然として立っている。
それはとても、出来損ないのコラージュのようにアンバランスな不協和音のように。
「その蔓はお前の魔力とカルシウムを食っている。骨を形成する成分の一種だ。その内竜であることを恥じるまでにその身は脆くなる。そういう罠魔法だからな」
骨の竜が吼えた。
それは男の言葉を理解しての恐慌故か、己が支配されている現状故か。
罠という行為を、卑劣とわめいているのか。
男にとってはそれしか手段がないだけのことであるというのに。
「卑劣であろうとなかろうと選べる道はただひとつ」
この森にまた墓標をひとつをつくりながら涼しい顔をしている男に、青年は覚悟と確信を決める。
クーデターの狼煙は、やはりあの小さな小屋がふさわしい。
戦記モノだったらしい←