永遠のエロ
第1章 店内
「お待たせしました、300円になります。」
「毎度おおきに、またよろしゅう頼んます!」
8個300円のたこ焼きが売れた。
開業して25年のシゲタコは、店主の重田茂雄が25歳で脱サラをして始めたたこ焼き屋である。心斎橋筋商店街を1本東に入った通りにあり、目立ちはしないが観光客や地元の客で賑わうそこそこの人気店だ。店の外にはベンチが2つ置いてあり、平日の昼過ぎから5時頃までは近所に住む常連客が座っていることが多く、5時を過ぎると地元の小中学生に入れ替わる。休日は地方からの観光客やカップルの休憩所として利用されている。この界隈のたこ焼き屋にしては珍しく店内もあり、カウンターにイスが5つと4人で座るにはちょっと小さめの4人掛けのテーブルが2つ用意されている。イスは開業当初からの丸イスで、色は薄い赤色のものと薄緑色の25年前の定番の丸イスである。このテーブルは一見さんかシゲタコのことを知らない客専用のものといっても過言ではない。2週間に1回ぐらいの割合で仕事帰りの知花子も会社の愚痴を言うのに使っている。今日がその2週間に1回の日だ。
「シゲさん、会社っておもんないとこやなぁ。」
貿易会社の事務員として働く近田知花子が、茂雄に言うお決まりのセリフだ。パステルカラーのキャミソールの上に柄物のブラウスという今流行りのファストファッションスタイルで、濃紺のスキニーデニムの裾を2回ロールアップした足をぶらぶらさせながら話し出した。
「何であんなおもんないとこに、えぇ大人は毎日行ってるんやろか?」
職場に特定の苦手な人がいるわけでもなく、今の仕事が嫌いかと言われるとそういうわけでもなかったが、知花子にとって働かなければ生きていけないという社会のシステムに縛られているのがおもしろくなかった。
「私には不思議でしゃーないわ。」
生ビールを2口飲んだ後の息を吐きながら言った。
「知花ちゃんも仕事嫌いやなぁ、そやけどそんなこと俺に聞いたかてしゃーないやろ。俺はそない思ってたこ焼き屋やってんねやから。」茂雄も相当の仕事嫌いで知花子とは25歳も年が違うが、かなり馬が合う。
「でもな、たこ焼き屋も大変やぞ、まぁおもろいけどな。」
真剣な顔つきでハケを使ってソースを塗りながら、茂雄は答えた。また、茂雄にはそんな知花子の気持ちにすごく共感できた。
ソースを塗り終えると、マヨネーズ、青のり、最後にかつお節を載せればシゲタコの完成だ。オーソドックスな味付けだが、これが一番ウケが良い。出されたたこ焼きを食べようとした知花子の手が一瞬止まった。
「シゲさんは何でソース塗り終わるまでは真剣な顔やのに、マヨネーズかけ始めるときはちょっとハニカむん?」
これは知花子だけではなく、みんなが茂雄にする質問だが、いつも茂雄の返事はいつも同じだった。
「そんなことないやろ」
茂雄は常連客に同じ質問をされた時も、いつもはぐらかすように答えていた。茂雄本人も自覚はないがにやけ顔だと言われることが多かった。
知花子も行雄もソースを塗り終わったたこ焼きの造形には、どこか胸がキュンとなる感情を抱いていた。
「行雄、ビールちょうだいや」
行雄とは、シゲタコでアルバイトをしながら写真家を目指しており、知花子の高校の同級生でもある雪村行雄のことである。
「てかたまには一緒に飲もうや、シゲさん良いやろ?」
いつもの調子で知花子が誘う。
「行雄、今日はもうあがってええぞ。知花ちゃんに付き合うたれ。」
店の奥で洗い物をしていた行雄がソースと油が飛び散った前掛けを外しながら知花子に言った。
「ほな、飲もか。」
第2章 重田茂雄 50歳
茂雄が脱サラをしたのは、大学を卒業して食品メーカーに入社して2年目の秋のことである。飲食店担当の営業マンとして、全国を飛び回る毎日を過ごしており、主に居酒屋をメインに訪問しては、新商品のプレゼンや店長と一緒に新メニューを考えるのが茂雄の仕事だった。茂雄の提案センスはズバ抜けて良く、みんなからも頼りにされていた。なかでも当時一世を風靡したのが、今となってはどこにでも売られているティラミスだ。茂雄はいち早くイタリアの流行スイーツをキャッチし、居酒屋のデザートメニューに取り入れていた。他にも、当時の旬ネタを取り入れたメニューも作っていた。イカの一夜干しにソ連の国旗を刺して「ペレストロイカ」と売り出したものは、裾野市(静岡県)の一部で大流行した。茂雄が新メニューを考えるときは大抵HOUND DOGのONLY LOVEを聴きながら考えた。特に歌詞に惚れ込んだという訳でもないが、大友康平のハスキーヴォイスとONLY LOVEという洒落たタイトルに格好良さを感じていたのだ。
こんな毎日に茂雄本人もかなりやり甲斐を感じており、充実した日々を過ごしていた。
こんな茂雄が脱サラを考え始めたのは入社してちょうど1年が経った23歳の4月のことである。茂雄の後輩にあたる新入社員が入社して2週間目に開かれた歓迎会で、國重茂子という新入社員女性と出会った。隅っこの席で大人しくピーチフィズを飲む彼女に一目惚れをしたのである。
「何飲んでんの?」恥ずかしい気持ちを悟られない為、慣れない先輩面で話しかけた。
「えっ?あっ、ピーチフィズです。」
ニコッと笑顔で茂子が答えた。
完全に鼻の下が伸びきっているのがわかったが、もう引くに引けない。
「可愛い酒飲んでるなぁ、もしかして酒弱いんちゃうん?」
イケてない奴特有の似合わない上から目線トークが展開されていく。茂雄にはピーチフィズが何のことかはサッパリ分からなかったが、得意の知ったかぶりと調子良く話を合わせる能力をフル回転させ、話を繋ぐことに成功した。
「弱いです。わたし甘いお酒しか飲めないんです。」
茂子はさっきの3倍以上可愛く答えた。というよりは、茂雄がそう感じただけである。
その2週間後、茂雄のこすいアタックの成果が実り、2人は付き合うことになった。
出張が多く茂子との時間が取れなかった茂雄は、急に今の仕事がめんどくさくなり仕事を辞める決意をした。
第3章 近田知花子 25歳
「ほな今日も彰夫くんとこ行ってくるわな!」
いつものように母親に行き先を告げ、知花子は家を飛び出した。高校3年で初めてできた彼氏の秋本彰夫とは毎日のように会っていた。高2の冬から大学受験に備えて通い出した東進ハイスクールのクラスメイトで、一緒に勉強をするようになり二人は付き合うことになったのだ。
「彰夫くんって、何でそんなに頭えーの?」
知花子は彰夫と2人で勉強できる時間が楽しくて仕方なかった。
「知花子も国語と古典めっちゃ得意やんか。」
彰夫は決して人のことを悪く言ったりはしない、とても優しくて頼り甲斐のある男だった。
「国語と古典は、林田修先生のおかげやで。彰夫くんと一緒に居たらホンマに楽しいわぁ。」林田修の授業はとてもわかりやすいと評判が良かった。これは余計な情報になるが、林田は「休日はどこ行くの?e-maでしょ!」というのが持ちギャグで、毎週末の金曜の授業では必ずみんなに向かって1回は言っていた。
「俺も知花子のこと、大好きやで。」
二人はとても仲が良く、ずっと一緒に過ごせると思っていた。
高校3年の秋、彰夫はいつものように知花子をシゲタコに誘った。
「シゲタコでたこ焼き食べよか!」
付き合って1年、いつもの口調で彰夫が言った。
「めっちゃえーやん、シゲタコ行こう!」
知花子もいつもの口調で答えた。
「あれ?今日は外で食べへんの?」
二人はいつも店外のベンチに座り、道行く人を眺めながら食べていたが、彰夫が店内のテーブル席へ座った。
「たまには中で食べようや。」
彰夫は笑顔で答えた。
その後は会話も一切無く、二人はたこ焼きを口にしていた。最後のたこ焼きに手を伸ばしながら、彰夫が言いにくそうに話を切り出した。「俺、高校卒業したらどうしてもやりたいことあってな、何回も考えたんやけど、この夢諦めきれんねや。」「知花子と別れてTAYLOR SWIFTのマネージャーになる。」
第4章 雪村行雄 25歳
20時半を回ったところ、日課のブログのアップが終わり、カメラの手入れをしていた行雄のもとに誰かが訪ねてきた。
ドアを開けてみると、佐川急便の配達員が立っていた。
「雪村行雄さんですか?ここの小さい四角の中にサインお願いします。」
ノックの音とともに渡されたボールペンを取ろうとしたが、配達員は1度差し出したペンを自分の元へグッと引き戻した。ペン先を出して行雄に渡そうと1回ノックをしたが、もともとペン先が出ていたため、2回目のノックをしてから改めて手渡した。
行雄は誰から何が届いたのか分からないまま、荷物を受け取った。コーヒーを飲みながらカメラを磨き終え、先程届いた荷物を開梱した。一昨日Amazonで注文したNikonの広角レンズだった。早速装着し、ファインダー越しに部屋一面を見渡し、何に狙いを定めるわけでもなく、数回シャッターを切った。撮った写真を見てみると、期待通りの高性能だった。気を良くした行雄は、Lionel RichieのアルバムのDancing On The Ceilingを流し、大阪府の地図本をパラパラと読み出した。気がつけばアルバムは8曲目に差し掛かり、大好きなSay,You,Say,Meがかかった。そこで地図本を閉じ、明日の目的地が決定した。
翌日、朝9時台の京阪電車に乗り、守口駅で下車し、少し歩いて目的地のSEIYUの前でカメラを構えた。まずはSの文字にフォーカスし、汚い鳩が横切るのを待った。5分も経たないうちにお目当ての写真が撮れた。次はEをMに見える角度でカメラを90度傾けてシャッターを押した。その次はYとUをぼかしながらその後ろにできた綺麗な入道雲にピントを合わせた。行雄の顔は完全ににやけていた。その後も守口駅周辺で何枚も写真をとり、到着してから1時間足らずで家路についた。家に着くなりSDカードをパソコンに挿し、今日撮った写真を何回も見返した。SとE以外はいまいちだったが、YとUの写真に可能性を見出した行雄は、軽い昼食を済ませると近所のファミリーマートへタバコを買いに出かけた。コンビニ前の灰皿で一服をしながら先日大学の講義で出されたレポートの内容について考えていた。テーマは「自分の好きなことをしている時の精神状態について。」
行雄の頭の中は、広角レンズを装着し、写真を撮っている自分の心境についてレポートを書こうとしていたが、なかなか文章がまとまらず、シゲタコを食べているときの自分の精神状態について書くことにした。さすがは人間の3大欲求の1つ、ものの15分でレポートは完成した。
第5章 茂雄との出会い <知花子編>
彰夫に別れを告げられた知花子は、ただただ茫然としていた。彰夫に対する質問も思いつかず、悲しさや寂しさからでる涙も出なかった。彰夫の話に受け応えもしなかった。しなかったというよりは、彰夫が話していることにすら気がつかないぐらいの放心状態だった。気がついた時には彰夫の姿はそこには無く、夢ではないかと何度も右太ももをつねった。意識が朦朧とする中、たこ焼きのお代わりを注文した。
「お姉ちゃん、まだ食べるんか?」
茂雄は知花子とは目を合わさず、ソースをハケで塗りながら話した。
「もうちょっと食べたくて。」
知花子の中には時間を巻き戻したいという思いでいっぱいだった。
「腹壊すなよ。」
ソースを塗り終わり、茂雄はにやけ顔で言った。いつもより丁寧に塗られたソースに気がついた知花子の目は、涙でいっぱいだった。たこ焼きを見ると、その涙は一気に溢れ出た。彰夫との思い出が鮮明に蘇ると同時に、寂しさと悲しみも一気に込み上げてきた。もう自分でもどうすることもできなかった。楽しかった日も、辛かった日もいつも隣で支えてくれた彰夫には、感謝の気持ちでいっぱいだった。もうそんな彰夫と逢えない淋しさを乗り越えられる気がしなかった。
「彰夫、ありがとう。頑張ってな。」口の前まで運ばれたたこ焼きはあと少しのところで楊枝とはぐれて太ももを少し汚し、知花子の見えない所へ消えていった。残りのたこ焼きは涙で少ししょっぱかった。
第6章茂雄との出会い<行雄編>
行雄がカメラを持つきっかけになったのは大学4年の時、自宅のテレビで「踊るさんま御殿」を見ているときだった。渡部陽一郎という男が司会の明石家さんまと絡んでおり、とてもゆっくり話す様子で爆笑をとっていた。彼の職業は戦場カメラマンで、発展途上国で起こっている紛争に多くの子どもが犠牲になっており、その現状をたくさんの人に伝えたいという思いのもと、写真を撮っていた。その精神に心を打たれた行雄は、自分も何か写真を通じて、周囲で起こっている「思い」をいろんな人たちに発信したいと思った。カメラを持ち始めの頃は、地域の祭りの様子を撮ったり、高校野球の練習試合を撮ったり、公園で子どもと遊んでいる親子の風景を撮ることが多かった。
ある日、シゲタコの前で足を止めた行雄は店前でたこ焼きを食べる人達を写真に収めていた。行雄にとって街の日常を撮ることはいつものことであったが、その日はなぜかシゲタコの前に何時間も滞在し、いつもの何倍もの写真を撮っていた。写真を撮っていると茂雄が声をかけてきた。
「兄ちゃん、どっかの雑誌にでも載っけてくれんのか?」
陽気な会話が大好きな茂雄は気さくなテンションだった。
「いえ、趣味で撮ってるだけなんで。」
行雄は真面目に答えた。
「なんや、宣伝してくれるんやったらごちそうしたろうと思ったのに。」
陽気さは勢いを増していた。
「そんなレベルの写真が撮れるようになりたいんですけどね、たこ焼き8個貰えますか?」
長時間撮らしてもらっていることに悪いと思い、思わず注文をした。
「毎度あり、300円ですね。」
茂雄は真剣な眼差しでいつものようにソースをハケで塗り始めた。塗り終わるとにやけ顔でマヨネーズ、青のり、かつお節をかけた。
「兄ちゃんの腕が1日でも早く上がるように1個オマケしといたから、頑張りや。」
茂雄には不器用だが面倒見のいい所がある。
「ありがとうございます、一人前になったら、1番最初にここを撮らしてもらいますね。」行雄の言葉は茂雄にとって、とても嬉しかった。
「兄ちゃんの夢、俺にも応援させてくれへんか?」
茂雄の調子は爆烈していた。
「うちでアルバイトせーへんか?時間は融通きかしたんで。」
男前発言が飛び出した。
第7章 共通点
行雄がシゲタコで働き始めて半年が経ったころ、茂雄と知花子と行雄の3人で近くの居酒屋に出かけた。
「ジンジャーハイボールと唐揚げにシーザーサラダ。」
茂雄は店に着くなり、メニューも見ずに注文をし始めた。
行雄と知花子は生ビールを頼んだ。
「生ビールはほんまにうまいなぁ。」
知花子のジョッキはもう半分より少なくなっていた。
「知花ちゃん、最近男関係はどない?」
茂雄が早速恋愛ネタで攻めてきた。とりあえず異性関係の話をしておけば日頃のストレスも解消できるという軽い考えのもとである。
「彰夫と別れてから、恋愛する気全然せーへんねん。」
「なんや、まだ元彼引きずってんのか?」
行雄がジョッキの底に着いた水滴をおしぼりで拭きながら話し出した。
「男なんか星の数ほどおるぞ、足踏みしてる間も時代は進んでいってる、30になってから20代はやり直されへんからな。」
知花子への言葉は、自分への戒めでもあった。
「頭では分かってるつもりやねんけど、男だけじゃなくて、他のことでも結構足踏み状態な気がしてんねんなぁ。切り替えるって難しいなぁ。」
知花子は全く酔っ払ってはいなかったが、お酒が入ると少し弱味をみせてしまう。
「確かに恋人と別れたら、他のことにも影響出るよな、ほんで切り替えようとは思ってんねんけどなかなか難しいんよな。」
さっきはほんの軽い気持ちでした知花子への質問が、真面目な会話に変わっていたので、茂雄も真面目モードに切り替えて話した。
茂雄は妻の茂子のことを思い出していた。
「シゲさんって奥さん亡くなって何年経つんやったっけ?完全に切り替わってんの?」
茂雄は結婚して1年で妻を事故で亡くしている。
「もう23年やなぁ、ちゃんと受けとめてはいるつもりやけど、やっぱり淋しい瞬間とかはあるよ。」
「楽しい時とか特にな。茂子と一緒やったらもっと楽しいんやろな、って思うよ。」茂雄はとても優しい目で話していた。
「それは俺も分かるよ。」
行雄が静かに口を開いた。
「それ、どういうことなん?」
知花子と茂雄が同時に行雄の方に目を向けた。
「俺、実はな、20歳の時にめっちゃ好きやった彼女が病気で亡くなったんや。」
2人は行雄がこれからどんな話をするのか、このまま話を続けさせていいのかといろいろと考えたが、結論が出ないまま行雄の話の続きが始まった。
「そんな顔せんとってーな、もう5年も前の話やから。」
完全には切り替えられていないせいか、行雄の表情はどこかさみしげであった。写真というものと出会い、カメラを生き甲斐に前進はしているが、ふとこのカメラで彼女を撮りたかったという衝動にかられることがあった。
そして行雄は多くも語ることはなく、3人は12時を回ったところで家路についた。
昨夜の居酒屋での行雄の話にはかなりの衝撃を受けていた茂雄だが、何事もなかったかのように今日も開店前の仕込みを始めた。いつものように小麦粉を振るって卵と出汁を入れ、小麦粉がダマにならないよう丁寧に混ぜた。タコを一口サイズにカットし、紅生姜を刻んだ所で行雄が出勤してきた。
「おざぁーす」
行雄にも特に変わった所はなく、いつもと同じくiPodに繋いだヘッドホンを首からぶら下げ、いつものリュック姿で現れた。お互い昨夜の話をすることなく、茂雄は青ネギを切り、行雄は瓶ビールのケースを積み上げていく。店前の道を行き交う人の数もいつもと変わらず、5時を過ぎると地元の小中学生で賑わった。8時を回ったところで、今日も知花子がやってきた。
「シゲさん、ビールとタコ焼きちょうだい。」
「あいよ、行雄、ビール出したって。」
真剣な表情でソースを塗り、ハニカミながらマヨネーズをかけた。
知花子にもいつもと変わった様子は何ひとつなかった。いつものように職場での話をし、茂雄は調子良く話を聞き、行雄は黙々と仕事をこなした。誰一人としていつもと違う者はいなかった。しかしそんないつも通りの雰囲気に3人とも違和感を感じていた。
第8章 もう1つの共通点<行雄編>
今日は年に1回の恒例行事でもある茂雄の家の掃除の日である。この日は行雄も知花子も朝から茂雄に家で集まり夕方まで掃除をする。分担も決まっており、茂雄は断捨離を始め、次に茂子の仏壇を綺麗に磨く。茂雄の判断力はズバ抜けており、必要なものと不要なものを一瞬で分けることができた。茂雄の中でのルールがあり、要らないものが要るものを上回っていなければ本当の断捨離とはいわないのであった。仏壇を磨く順番も決まっており、最後には必ずソース用のハケを供えてから線香を上げ、火が消え終わってからその灰を片付ける。そして仏壇が終われば、最後に納戸の中の拭き掃除をする。ここのものは決して捨てることはなく、置いているものをどかしてその下の埃をとり、また同じ場所へ戻すのがいつも変わらないやり方である。
行雄の担当は各部屋に掃除機をかけることである。行雄はリビング、寝室の順に掃除をし、最後の書斎に取り掛かった。6畳の和室を書斎にしており、押入れの襖をの溝まできちんと掃除機をかけた。押入れの奥には扇風機や来客用の座布団が綺麗に整頓されており、手前には小物を整理したものが入っていると思われるお菓子の缶や何かの空き箱がいくつかあった。その箱を一旦押入れの外に出してから掃除機をかけた。その時、掃除機が積み上げたお菓子の缶にあったってしまい、中味が散らばってしまった。行雄は後で片付けようと思い、そのまま掃除を続けようと思ったが、缶の中から出てきた一枚の写真を見つけて、思わず掃除機の電源を切った。行雄はニヤケ顔になっていた。
第9章 もう1つの共通点<知花子編>
知花子の担当はトイレ、お風呂、キッチンの水回りだ。キッチンのシンクの上に設置されている棚の掃除をしていたら、油のボトルを倒してしまい油が顔にかかってしまった。顔というよりは喉にたくさんかかってしまい、油は喉を伝って服の中に入ってしまった。
知花子は顔と喉元の油だけを拭き取りニヤケ顔になっていた。
最終章 ソースの秘密
全ての掃除が終わり、3人はリビングでコーヒーを飲んでいた。茂雄にはたこ焼き以外にコーヒーを入れるという特技があった。豆の産地はアフリカ産を好み、行きつけの喫茶店で豆の状態のものを購入している。挽くときも自動車メーカーのプジョーの手動ミルを長年愛用している。そんな丁寧に作られたコーヒーは一仕事終えた後の身体をリラックスさせるのである。
「シゲさん疲れた?眠たそうやな。」
茂雄の目は疲れていた。「俺ももう歳やな」茂雄はコーヒーを残したまま眠ってしまった。
爆睡している茂雄を起こさないよう行雄は知花子に小声で話し出した。「シゲさんが、ソース塗る時までは真剣やけど、マヨネーズかけるときはニヤケ顔になる意味が分かったわ。」知花子も小声で聞き返した。
「なんでなん?」「俺、押入れの掃除してる時に見つけてもーてんけどな」
「シゲさんの奥さんの裸の写真が出てきてな、乳首にソースとマヨネーズが塗られてたんや」
行雄は勃起して、知花子は濡れていた。