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 5歳になった俺に、ワックハーゲンの町を一人で出歩くために課せられた制限がいくつかある。

 狩人(ネイト)のギルドがある町の東側には近づかないこと。人気の少ない道には入らないこと。知らない人にはお菓子をもらってもついていかないこと。お店に並んである商品を勝手に持って行かないこと。そしてお小遣いはよく考えて使うこと。

 この他にも細々とした注意と、リックJr.と手を繋いで何度も通っていい道を確認した末の外出だ。まあいくら俺がしっかりしているとはいえ5歳児、大人どころか10歳ほどの少女にも容易に連れ去れてしまう程度の腕力だ。耳にタコができるほど繰り返し聞かされた約束事を復唱し、俺はやっと一人でワックハーゲンの探索に出発した。


 俺の父であるリックの営む店は生活雑貨と加工された食品が主である。鍋や食器なんかもあるが、干した肉や魚、近所の主婦が作っているピクルスやパンなんかもある。いたって普通の店だ。

 しかし通りを一本外れると、怪しげな魔導書が置いてある古書店や民族衣装のような奇抜な服しかない服屋、魔物が丸のままおいてある肉屋など、俺の思い描いていたファンタジーっぽい世界がそこにはあった。

 ワックハーゲンの西側は俺の予想とは反して治安がいいらしく、4歳の子供とはいえ日中出歩くのは問題がないらしい。そう判断した俺は、日をかけて徐々に徐々に行動範囲を東側へと広げていった。



「おい、坊主。リックのところの倅だろ? 何やってんだ」



 狩人(ネイト)向けの武器屋をこっそりと伺っていると、見知らぬ大男から声をかけられた。俺の10倍くらいの身長がありそうな大男で、顔は濃い髭で覆われているから威圧感がすごい。そんな大男が薄汚れた革の防具をつけて、更に背中には戦斧(ウォーアックス)をぶら下げているのだ。ぶっきらぼうな男の物言いに、俺の体は恐怖のあまりそいつを見つめて硬直してしまった。



「ん? なんだぁ?」



 男は俺の顔をまじまじと見て、納得したようにしゃがみこんだ。しゃがみこんでも見上げる程大きいが、その顔が怒っている訳ではないことにようやく気付く。男は努めて優しい声を出すように、俺に問いかけた。



「リックのところの坊主だろ? 西側の雑貨屋の。違うか?」

「う、うん」

「名前はなんつったか。歳は?」

「オズワルド、5歳」

「オズワルド、オズか。オズ、なんでこんなとこいるんだ。とーちゃんから東側には近づくなって言われてなかったか?」

「…………ぼうけん、したくて」



 俺がそう答えると、男はがははとがさつに笑う。



「冒険か、俺もガキの頃にはよくやったもんだ! それにしても5つは早すぎる気がするけどな、随分肝が据わってらぁ。どうだオズ、冒険は楽しいか?」

「まだ、あんまりみてないからわからない」

「じゃあ将来有望そうな坊ちゃん、俺が案内してやるよ。だがこれは、お前のとーちゃんには内緒だぞ」



 大男が体を丸めて囁くように、人差し指を口元に当てた。





 俺は現在大男――ブロウスの肩の上に座っている。手を繋ぐには、彼の身長が大きすぎたからだ。ブロウスは何でも巨人族と人族とのハーフらしく、町を歩くどの人よりも大きかった。



「ブロウスは狩人(ネイト)なの?」

「ああそうさ、勇敢な狩人(ネイト)だ。オズ、お前も将来俺みたいになるか?」

「おれが狩人(ネイト)になったら、ネルに殺されちゃうよ」

「ネル? ああ、姉ちゃんか。町の人間どもは騎士に対するあこがれがすっげぇからなあ、俺たちは嫌われ者だよ」

「あらくれものだって聞いたよ、ほんとう? 店をこわしたりするの?」

「おいおい、そんなことしたら荒くれものを通り越して犯罪者だぞ。狩人(ネイト)は確かにガサツな奴が多いが、むやみやたらに力を振るったりはしないさ。余程の馬鹿以外はな」



 ブロウスはいかつい外見に反して気さくな男だった。それに寛容だ。自分の職業について悪い評価を聞いても気を悪くせずに、子供である俺にもわかりやすく答えてくれる。

 狩人(ネイト)は主に魔物を退治してその肉や革を売って生計を成り立てているらしい。騎士は街道に出る魔物を討伐するが、素材は街の肉屋に卸したりはしない。それに街道以外の場所に生息する魔物が増えすぎないように討伐するのも、狩人(ネイト)の仕事だった。



「ネルは狩人(ネイト)なんておれたちの生活には関係ないって言ってたけど、昨日食べた肉は狩人(ネイト)が狩ってきてくれたものなんだね」

「おおそうだ、オズは賢いな! つまりお前たちがうまい肉が食えるのも、俺たちのおかげってことさ。感謝しろよ!」



 冗談っぽく言いながらブロウスが俺の顔にじょりじょりと固い髭をこすりつける。東側をぐるりと回る頃には、最初ブロウスに感じた恐怖が嘘みたいになくなり、すっかりと打ち解けていた。


 ブロウスが見せる世界は俺にとってとても楽しいものだった。ブロウスが一緒なら、武器屋だって怪しい薬屋だって、それに狩人(ネイト)のギルドにだって入れた。

 狩人(ネイト)のギルドは、意外とこじんまりとしていて壁一面の掲示板と受付のカウンター、そしていくつかのテーブルとイスしかなかった。俺の想像では、昼間っから荒くれどもが酒をたしなんでいるはずだったが、どうやらここで飲食物の販売はしていないようだ。

 利用者が少ないのは、ブロウス曰く、みんなこの時間は街の外に狩りに行っているらしい。日が暮れる頃には換金や解体のために大勢の狩人(ネイト)が集まるもんさ、とがっかりする俺の頭を乱暴に撫でながら言っていた。



「ブロウスはさ、ずっとこの町にいるの?」

「そうだなあ、とりあえず移動の予定はねぇな」

「ほんと? また遊びに来ていい?」

「おいおい、俺だってそう毎日暇じゃねぇんだぞ」



 そういいながらもブロウスは今住んでいる家を教えてくれた。なんでも狩人(ネイト)は空き家や、ギルドの補助で建てられた狩人(ネイト)向け物件を数人でシェアして暮らすことが多いらしい。

 宿屋に泊まってるんだと思った、そう言った俺にブロウスは、ワックハーゲンじゃそんなに稼げてる狩人(ネイト)なんて片手の指ほどもいないぞ、と豪快に笑った。


 町の中央にある広場でブロウスを分かれた後、俺は走って家まで戻った。もうすでに、日が暮れていたからだ。

 どこまで行ってたの、と怒るネルをなんとか誤魔化し、店の手伝いをする。リックとリックJr.は俺を見透かしたような顔をしていたが、俺は嘘をつき通せたと思い込んでいた。大男(ブロウス)子供(オレ)なんて目立つ組み合わせ、こんな小さな町ではすぐに噂が回るってことも忘れて。

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