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第7話 討論会

 「この売国奴っ!」


 少女は沈黙を破って何を言うのかと思えばそんな罵倒を木下幹事長に向かって言い放った。しかしながら売国奴と言われた木下幹事長は全く意に介していないという表情をしていた。ただ、木下幹事長は反応しなかったがその言葉に反応する者はしっかりといた。それは周りにいた聴衆だ。元々この聴衆の中に多くの木下幹事長を支持する人たちが集まっていたということもあり少女は一斉に攻撃の対象となった。


 「おいっ! お前は何様なんだよ!」


 「何が売国奴だ!」


 「子供のくせに生意気だぞ!」


 大の大人が一斉に少女を言葉攻めする。罵倒する。その光景は見ていてすがすがしいものではないが俺としてはその少女がいけないと思っていたので助けようとはしない。ただの野次馬のごとくその光景を見ているだけだ。

 その少女はその罵倒を何とも思っていないかのようであった。彼女はただ木下幹事長を見ていただけであった。しかも真剣な目つきで。木下幹事長はその様子を見てため息を人に分からないようにこっそりとやったのを俺は見た。そして、静観していた態度をやめて口を開いた。


 「みなさん。落ち着いてください。このままだと私もさすがにまずいと思います。なので今から公開討論会形式にやっていきましょう」


 木下幹事長は落ち着いた声色でそう周りの人達に言い聞かせた。周りの人や聴衆は木下幹事長がそう言うのならまあいいだろうみたいな表情をして公開討論会を行うことを無言で納得した。

 そして、選挙演説を行うはずの者がなぜか公開討論会のものが始まった。


 「では、まず君の名前が知りたいな。君の名前と年を教えてくれるとうれしいな」


 「相川恋実。年は15です」


 「……15か、中学3年生か?」


 「いいえ、高校1年生です」


 その少女の名前は相崎恋実といった。しかし、俺は別のことが気になっていた。相崎という苗字。これは今俺の隣にいる相崎と全く関係のない人なのだろうか? 俺はそのことが気になっていた。本来ならばあまりかかわりたくはないところだがこればかりは俺としても気になるので相崎の小さい声で尋ねてみた。


 「相崎」


 「ん? どうしたの野田君?」


 俺が声をかけると相崎は笑顔で反応をしてくれた。

 くっ、この表情はずるい。相崎が右翼なんかじゃなければものすごくかわいいのだからモテるのに。俺はそんな欲的なことも考えてしまったがそんなことよりも聞きたかったことを聞く。


 「あの子、相崎の知り合い?」


 「ええ、そうよ。恋実は私の妹よ」


 相崎は素直に答えてくれた。

 どうやらあの少女は相崎の妹であるらしい。ん? 妹? ああ妹かそうかそうか。って、えええええ!?

 俺はあまりにも違和感のない言葉にスルー思想になってしまった。


 「い、妹?」


 「私の妹よ。まあ、正確に言うと私がこんな主張をするようになったのは恋実のせいなんだけどね」


 つまり今の相崎の言葉から察すことができるのは相崎が右翼の少女となった原因はこの相崎恋実という妹の影響があったらしい。つまりは、俺の今目の前で木下幹事長と討論をしようとしている俺達より1歳年下の少女は相当危険な人物であるということだ。

 まずい。

 俺は妙な冷や汗が背中から流れてきた。何だろう。この嫌な感じは。今すぐにでもこの場から逃げ出した方が良い気がする。というか、逃げ出すべきである。

 しかし、結局のところ俺はその場から離れることができなかったのだ。嫌な感じと好奇心。この両方のどちらも俺の心の中で生まれていたのだが、結局のところは好奇心の方に軍配が上がった。

 そんなわけで俺の目の前で50代の大人と15歳の高校生の討論会が始まったのであった。


 「では、何でもいいよ。質問どうぞ」


 木下幹事長は恋実に質問を促す。


 「じゃあ、いかしてもらいます。では、友民党としてはどんな外交政策をお持ちなんですか。私は常々友民党の烏合の衆としての姿に納得がいっていません。いっそ、解党してしまえと思っているぐらいです。ですので、党見解を教えてください」


 ……烏合の衆とかストレートに言いやがった。友民党はネット上でネット民から叩かれている政党である。まあ、ネット民のほとんどは与党民自党が好きなんだよな。友民党は人民党というかつては二大政党の一角として最大衆議院200議席まで手に入れた民自党を過半数割れにまで追い込んだことがある左派政党の一部の離党と与党民自党から離党した人たちが作った日本党、新党せいえん、民衆党などが合併してできた政党であるので党内の政策のブレが大きいことで有名である。だから、烏合の衆。

 でも、俺は思ったことがある。右に行きすぎてもいいことはない。左に行きすぎてもいいことはない。俺はそう思っている。そう思わなかったからあんな間違いを起こしたんだ……

 まあ、俺の過去何て今は些細なことであるからどうでもいい。とにかく、俺達の前で行われている討論に集中すべきだ。


 「まず、烏合の衆とか言われる筋合いはないと思います。そもそも、政党というものは同じ考えを持つ人の集まりとよく言われますが人間すべてが同じ考えを持つことなどありえないと思います。私達は全ての意見について同じ考えを持っていません。しかし、一部の考えについては考えの一致があります。それでいいのではないのですか? 与党民自党もすべての考えが一致せず対立していることもありますよね? それなのに友民党だけが意見が違うとそう言われないといけないのですか?」


 うんうん。確かにそうだ。人間みんな違う考え方を持っている。すべての人間が同じ考えを持つなんてことは絶対にありえないことだ。だから、木下幹事長の考えは正論だと思う。


 「でも、政党である以上1つの意見を結論として出さないといけないんじゃないですか」


 恋実はそれに対してまだ反撃をしようとする。ただ、その表情は苦々しいものへと変化していった。


 「そうですね。私達はその点については政権時代の一番の反省だと思っています。もう引退した藤原元財務大臣も言っていましたが私達は討論することに重点を置きすぎて決めることを忘れていました。だから、政権時代には党が割れたり意見の食い違いが生まれてしまったと今では思います。いかにして党を1つの意見に集約するかは本当に大事な話だと思います」


 木下幹事長の発言は政権時代の失敗を認める見解であった。この発言をしたとなると恋実は優位に立てるだろう。相手の失敗を責めれば勝ちだ。俺はこの瞬間恋実の勝利を確信した。


 「では、自分たちが謝っていると認めるのですね」


 すかさず、恋実は攻めにかかる。当然のことだ。俺ももし自分がその立場にいたらそうしているだろう。そうしなかったらむしろ何を考えているんだと言いたくなるほどだ。俺は、この2人の決着に最初はあまり興味がなかったはずであったが知らないうちに興味を持って、集中している自分の存在に気が付いた。

 相崎が俺を見ていたことに気が付かないほどに。

 俺はそれほど集中していた。


 「野田君。こういうの意外と興味あるの?」


 相崎が俺に向かって言ってきた。俺は、政治が嫌いだと周りのみんなに言ってきた。だから、当然ここで言うべき言葉は決まっている。


 「いや、興味なんかまったくない」


 俺は素直に答えた。これ以上、俺は相崎には巻き込まれたくはないというのが本音だ。だから、ここはもうきっぱりと断らなければならない。

 だから、俺は相崎の方とは全く反対の方へと体を向けて歩きはじめる。もう、こんな茶番を見るのはやめよう。俺がくるりと向きを変えた最後の場面はちょうど木下幹事長が形勢逆転をして恋実に勝とうとしている場面であった。


 「相崎、じゃあな。また明日」


 俺はそっけなく相崎に背中を向けてそう言うとそのまま自宅へと帰ったのであった。

 ……やっぱり、美咲と裕也はもういなかった。

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