第32話 帰宅中
午後の授業が終わった。
さすがに授業中は何事もなかった。
授業中に対立するなどバカなことをするような2人ではなかった。そして、何よりも午后の授業に社会科科目がなかったことが幸いであった。これで日本史や政経があったとしたらあの2人は自分の価値観の対立を起こしていただろう。しかし、午後は数学、情報、化学基礎ととてつもなく平和な内容であった。
おそらく俺だけでなく他のクラスメイト一同も安心しているに違いない。
そして、7限が終わりそのまま先生が挨拶をして掃除解散という流れで今日の一日が終わった。
「なあ、美咲?」
俺は正面玄関の掃除をし終えるとまだ教室の掃除をしていた美咲に声をかける。
「どうしたの、雄一郎?」
「一緒に帰らん?」
「え?」
美咲が間抜けな声を出した。
「いや、面倒な2人に絡まれたくないからさ」
俺の言葉を聞いた美咲は、
「ふーん、あー、そういうことね」
なぜか不機嫌になってしまった。
俺は何か怒らせるようなことしたか? ちょっと、どうして怒ったのか理由がまったくもってわからない。
「何か怒ってない?」
「別に怒ってないよ」
「いや、怒っているだろう?」
「怒ってないって」
その言い方が完全に怒っていたが、これ以上俺が怒っているんじゃないかと言ったらさらに怒りそうな気がしたのでこれ以上言うことはやめた。
「まあ、いいや。掃除はもう少しで終わる?」
「ええ、終わるよ」
「いや、終わりませんぞ」
「はっ?」
俺と美咲の会話に割り込んできた男がいた。
「掃除はもう終わりそうじゃないの。終わらないってどういうことよ、三上君」
俺らに声をかけてきたのはクラスメイトの三上修吾。クラスの中でもかなりのはっちゃっけキャラだ。
そんな彼が俺らの邪魔をする理由。ああ、何となくだが、予想はできてきた。てか、良そうも何もわかりやすすぎている。
「おい、修吾。俺と美咲は別に付き合っちゃいねーよ。まったく、男女で帰るのが羨ましくて妨害しようとするなんて大人げねえな」
「……そんなこと考えてねえから」
(思ってたな)
(思っていたわね)
わかりやすい奴だった。
実に、実に分かりやすい。
その分かりやすさから美咲は完全に苦笑いしていた。美咲が苦笑いをしているのを見て、修吾は諦めて肩をガクッと落とした。
本当に肩を落とすやつを始めてみたけど、まあ、そこはいい。
「とにかく、邪魔をするな。お前だって女子に嫌われたくなければ他の人の茶々を入れるのをいい加減やめろよ。こないだだって──」
「ああー、言うな。野田。それだけは。やめてくれえええええええええええええ」
俺がこないだあったことをあっさりバラそうとすると修吾は発狂した。ああ、面白い、面白い。行動が本当に単純な奴だ。ちなみにこんなにバカにしているが、実は決して頭が悪いなんてことはなくこのクラスで10位以内の学力は保持している。学力と行動が比例しないといういい例だ。どこか頭のいい人は何か抜けているんだな。
「ええ、雄一郎。三上君のこないのだの話って何ぃ? 気になるよ」
「えー、どうしようかなあ。言っちゃおうかな。言っちゃおうか」
「ちょ、ちょっと。ま、待った。野田、待った。言うな。おごる。明日の昼のパンおごるから絶対に黙っててくれ」
修吾が情けなく教室で土下座をするほど俺に嘆願してきたので、仕方なくこれ以上いじるのをやめることにした。元々お前からやってきたんだからこのような状況になったのはお前がいけないんだぞと内心では思っていた。
そんなこんなで掃除を無事に終わらせ、帰宅する。
「ねえ、雄一郎。どうして一緒に帰宅しようって言ってきたの?」
「いや、それは最初に行っただろう。面倒くさいのに絡まれたくはないからであって」
「そう。本当にそうなのね。ねえ、雄一郎。相崎さんと何かあった?」
「何かって、何だ?」
俺は、美咲のその言葉にかなりドキッとしてしまった。美咲は知っているのだろうか。あえて知らないふりをして俺に聞いているのだろうか。
「いやね、最近相崎さんと一緒にいることが多いじゃん。だから、何かあったのかなって。脅迫されていたりとかはしていないよね」
「脅迫、脅迫ね。さすがに脅迫はなかったけど、ちょっとそれに近いかも。俺の過去のことをネタにしてきているから」
「過去の事?」
「いや、あんまりいい思い出じゃないから美咲もできればそのことには触れないでほしい」
「そう、雄一郎がいうならそういうことにしておくわ」
美咲の性格を悪用した。俺は悪いと思う。
俺が嫌だと思うことを美咲は絶対にしない。俺との付き合いが長いからこそお互いの中に絶対に踏み込んでほしくない領域というのがあることを理解しているからこその会話であると思う。美咲には本当に悪い子をしているなあといつも思っているが、是ばかりは絶対に伝えたくはない内容だ。
「でも、そうだな。1つだけ正直に答えるとするか」
「何、その上から目線。ちょっと、嫌なんだけど」
「ごめん、ごめん。そんな悪気があったわけじゃないから」
「悪気あったら余計にたちが悪いよ。で、何を私に正直に話してくれるの?」
「告られた」
「……………」
無言だった。
俺の言葉に対して美咲は無言だった。
その無言の時間は5秒もなかったと思うがとても長く感じられた。
「み、美咲?」
「あ、ご、ごめん。ちゃんと聞こえていたよ。で、でだ、だだ誰に告られたの?」
「相崎だけど」
「……」
またしても無言だった。
一瞬だったが、美咲の表情が鬼のような形相になったような気がするが、……見ていない。きっと気のせいに違いないと思う。うん、そういうことにしておくんだ。
「ねえ、雄一郎は相崎さんのことが好きなの?」
「そんなことは絶対にない」
俺は否定した。
「じゃあ、私と付き合ってよ」
美咲が告白をしてきた。
それに驚いた俺は何と間抜けな顔をしていたのだろうか。ちょっと、自分でも見てみたいと思った自分がいたのだった。




