第3話 市役所
後ろから俺に声をかけてきたのは相崎であった。
「あ、相崎」
俺は声が裏返ってしまっていた。驚いた結果としてだ。何に驚いたか? そんなのは決まっている。なぜ、相崎が俺に声を変えてきたのかということだ。そもそも、俺はあいつとは因縁を持たれないように今日1日警戒していたはずだ。なのにだ。なぜ、俺は今この女に声をかけられているのだ。
「相崎さん、どういうことかな?」
美咲が相崎に今の話の理由を聞いている。しかし、なぜだか分からないが美咲の口調はどこかとげとげしいものを感じた。美咲は一体何に起こっているのだろう。やはり、相崎が危ない奴だから気に食わないのであろうか。でも、美咲はクラスの中でも女子相手にも男子相手にも派閥とか作らず敵対勢力を作らず仲良くするのがうまくて誰からも信頼されている優等生であるのだからそれはそれはおかしな話だと思った。
「特に、深い意味はないよ。ただ、私も転校初日だから誰かと仲良くなっておかないとなあって思って話しかけただけだよ。幸い、野田君は私の隣の席だしね」
……だったら、他の女子と仲良くなっとけよ。俺の心の中ではそんなことを考えてしまった。しかし、そんなことを考えていたのは俺だけではなかったようだ。裕也、美咲の2人も俺と同じ顔をしている。やはり、みんな同じようなことを考えるんだな。
だが、今はそのことを考えている場合じゃない。それよりだ。この状況をどうやってうまく片付ければいいんだ。
俺は、裕也相手に相崎に話を聞かれないように小さい声で作戦会議を始めた。
(裕也、どうするんだ?)
(そうだな。どうやってうまく話をまとめ上げるか)
(あいつと関わったら絶対やばいよ)
(ああ、それは俺も分かっている。だが、相崎を入れるとそれよりもっと危ない奴がいるからそのような事態にならないようにしないと……)
(相崎より危ない奴? 誰だよそれ)
(はぁー)
何か最後の方は裕也にため息をつかれてしまった。しかし、俺はどうしてため息をつかれたのか理由が分からない。それに、相崎よりも危ない奴って誰なんだよ。多分、美咲じゃないことが確かだ。あいつが危ないわけはない。美咲は俺に対してとても優しい幼馴染だ。だからこそ、危ない奴ではない。となると、誰が危ない奴なんだ?
(その様子を見る限り、マジで分かっていないようだな。流石鈍感男だけあるよ)
俺が鈍感? 一体何の話だ。
(俺が鈍感なのは、さておきどうするんだ?)
ここでこじれてしまった話を元に戻さなければいけなくなった。
(ここは美咲に任せるか)
裕也がことの顛末を美咲に任せようという案を出したので俺はその案に了承する。俺と裕也では相崎をどう扱うべきか決めることができなかった。賢明な美咲ならばいい案を出してくれるだろう。美咲ならば相手の気持ちを尊重したうえで解決できる案があるはずだ。
(美咲、どうするべきかと思う?)
(そうね……だったらこの町を案内してあげればいいんじゃない)
((えっ))
美咲の口から出てきた言葉に俺と裕也は驚いてしまった。それは一体どういう意味なんだ。町を案内するというのはつまりは……どういうこと?
(相崎さんは転校生でしょ。だからまだこの町を知らないはずだから、案内してあげようと思ったの。……それに雄一郎の家に行かれるよりはましだし)
美咲の意見は分かったが、後半に何を言ったのかただでさえ小さい声なのにさらに小さい声でボソッと言ったので聞き取ることができなかった。俺は聞き取ることができなかったが、隣で一緒に耳を澄ませていた裕也はその俺が聞こえなかった話が聞こえたのだろうか笑っている。そんなにおもしろい話だったのか。
(じゃあ、それでいいんだね?)
(ああ)
(いいよ)
俺は裕也と美咲の了承を得たので相崎に俺達の長々とした議論の結果を伝えることとした。
「とりあえず、相崎。まだ転校してきたばかりだろ。だから、この町を案内してやるよ」
「この町の案内? してくれるの?」
「ああ、まだ全然わからないだろう。だったら早くこの町になれるためにどういうものがこの町にあるのか知っておくべきだぞ」
俺は返事をする。しかし、内心は違う。一刻も早くこの歩く危険人物から離れたい。
「じゃあ、一緒に行こうよ」
美咲がいい感じに話をまとめて話を切り上げて帰りの準備を始める。
俺も仕方なく町へと繰り出す準備をすることとする。準備を長々とやって誤魔化したいところであったがあいにく俺にはそんな度胸という者がなかったので雄也と一緒に美咲に急かされるように準備を進めて行ったのであった。
すぐに玄関を出て校門を出て町へと闊歩することとなる。
三日月市。これが俺達の住んでいる町でありこの俺達が通っている県立三日月高校のある町の名前だ。人口はおよそ12万人。最盛期には19万人とあと少しで20万人というところまでいったが、少子高齢化や人口の都市流出という日本中のどの地方都市でも問題となる事情により数年前からの人口減少が止まらないという状況だ。俺は、将来は三日月市役所で働きたいので一応その辺の事情は独自に調べたから詳しい。
「ここが、三日月市役所だよ」
まず、一番最初に案内したのが学校の近くの商店街ではなく、なぜか相崎が市役所を案内してくれと言ってきたのでとりあえず市役所を案内することになった。市役所何て見て何が面白いのだろうか。俺はそう思ったが口に出すことはしなかった。あまり口に出して何か言うと相崎に目をつけられそうな気がしたからだ。なので、俺はもう完全に私情を取り除いてまるでツアーガイドをやっているかのように案内に徹することにした。
三日月市役所の案内はすぐに終わった。相崎曰くただ、どこにあるのか知っておきたかったからと言っていたが、引っ越ししてくるときに住民票などを届けているはずだから一度ぐらいは来ているはずじゃないのかと疑問に思った。だが、それも口に出さない。その理由は相崎に目をつけられないためだ。
こうして、市役所の案内が終わったことで町案内は次こそはいまどきの女子高生らしくショッピングに移ると思ったが、相崎は違った。
次に相崎が行った場所も想定外の場所であった。
「次はどこに行くの?」
美咲が相崎に尋ねる。相崎は顎に片手をあげて次に行く場所を考えている。その動作だけ見れば美少女なんだけどな。俺はまた口に出してはいけない余計なことを考えてしまった。
「警察署」
「はぁ?」
思わず謎すぎて声を出してしまった。今何て言ったんだ。
「次は警察署に行きましょう」
俺はその言葉を疑った。普通の女子高生が行くような場所ではない。相崎は女子高生なのか?
とりあえず、俺は美咲と裕也の方を振り向き、そして3人で小さく相崎にばれないようにため息をしたのだった。