第25話 右翼嫌
「野田君クラブに入ってよ。同好会できちんとした部活じゃないから名前だけでも貸してよ。ねえ」
「いやだ。名前を貸したら絶対に来いとか言うだろ」
「野田君同好会入ってよ」
「いやだ」
「野田君──」
「いやだ」
こんな感じで相崎から毎日のように勧誘を俺は受けていた。いい加減に諦めてもらいたかった。
しかも巧妙なことに同好会の届け出をしっかりと終えてから俺に勧誘をしていたのだ。うちの学校では同好会であれば1人から設置できる。しかし、年度末に3名以上いないとその年限りで廃止となる。だから、相崎1人でこの先活動することが難しいともいえる。俺の名前だけを貸してほしいというのはそういう意味で言っているのだろう。
ってか、よく政治色強い同好会の設置が認められたなと俺は思った。
学校内においての政治活動って禁止されていなかったっけ。
「何か疑問に思っている表情しているね」
俺は断ったはずだったが、相崎はまだ俺の側にいた。俺の顔を覗くように顔を近づけてきた。って、近い近い。顔が近すぎる。その距離はまずい。
俺の顔とほぼ0距離(0距離だったキスしているので実際には違うが)まで近づいてきやがった。
何でも以前から言っているが、相崎は右翼という変人部分がなければとても美少女といってもいいほどかわいい。女子力もこないだ少し知った。だから、そんなかわいい子が俺の顔の近くにキスをしそうな距離まで近づいてきたらそりゃあ緊張してしまう。モテない童貞男子高校生をなめるんじゃねえぞ。
俺の心臓はバクバク、バクバクと大きく音が鳴っていたのが自分でもわかっていた。この音が相崎にバレていないといいのだが。実際に人の心臓の音って他人に聞こえるのだろうか。そういう理系的なことは詳しくないので何とも言えないが、とにかくかなり緊張していたのが今の状況だった。
「ねえ、何で顔真っ赤なの?」
俺が、顔をあまりに真っ赤にしていたので相崎が尋ねてきた。
いや、お前のせいで顔が真っ赤になっているんだよ、と俺はつい言いたくなってしまった。しかし、下手に正直なことを言ってしまうと俺が相崎に対して心が揺らいだと捉えられてしまうように思ったので、何とかして誤魔化そうと思った。
「さあ、なんでだろね」
俺はすっとぼけた。
「ああ、私に惚れた?」
「げほげほ」
俺は、相崎の直球な答えに思わずせき込んでしまった。
今の俺の回答からどうしてそんな言葉が思い浮かぶんだよ。思わず叫びそうになってしまった。
「何で、そう思うんだよ」
俺は、低い声で抵抗の意思を示す。
「ん? だって、私が顔を近づけたら面白いぐらいに顔を真っ赤にさせるんだもの。顔を真っ赤にするってことは、私のことを少しは意識しているということだよね」
意識しているのは、相崎がかわいいからだ。変な奴ではあるけどかわいい女子である。それだけで男子としては緊張してドギマギするのは生理現象だ。
だから、意識しているか、していないかと言われてば嘘になる。
誤魔化すか。
いや、もう無理だろ。じゃあ、どうするか素直に認めるか。あえて、認めてみることにしよう。
「ああ、そうだよ。相崎はかわいい。かわいい女子の顔が俺の顔の近くにあるってことは男子としては意識してしまうのは当たり前じゃないか」
俺は、堂々と言い放った。
もう堂々と意識しているんだぞって伝えてみた。
相崎はどう反応するだろうか。
また、俺をからかうのだろうか。
そう思った。
しかし、反応は違った。
「え、ええ、ちょ、ちょっと、わ、私は、べ、別に、つ、付き合ってあげても、ねえ、いいんだけど、ちょ、ちょっと、そ、そんな直球で、い、言われるなんて」
かなり動揺していた。
しかも、相崎の方がおそらく俺よりも顔を真っ赤にしている。
いや、お前なあ自分で言っておきながらどうしてそこまで動揺しているんだよ。
しかも、お前なあ、俺にすでに告白しているから付き合ってあげてもいいって発言はどっちが上の立場なのかわからないじゃないか。俺に振られているんだからお前の方が仕立になっているはずなのにどうして付き合ってあげるっていう上から目線になっているんだか。ちょっと、動揺しすぎて自分でも変になっていることに気づいていないのだろうか。
なんか、見ていて面白かった。
いや、別に俺の性格が酷いとかじゃなくて、おそらく他の人が見ても面白かっていうはずだよ。うん、間違いない。
「お前の方が動揺しているぞ」
「そそそそ、ソンナコトナイヨー」
「いや、完全に片言になっているぞ」
「えー、野田君、面白い冗談ね、それはー」
「今度は棒読みだぞー」
こいつ大丈夫か。正気なのか。そんなことを思ってしまった。まあ、元々右翼のやばい奴っていう認識だったから正気なのかと思う方がおかしいのかもしれない。元々最初から旌旗ではなかったような奴だという認識を俺はしていたからだ。
「もー、意地悪ばかりして。私が右翼なのがそんなに気に食わないのー」
「うん」
「そんなあっさり肯定しないでよ」
「いいか、俺はもう右翼活動をしないんだ。右翼にはイラついているしな。特に最近、国会議員の杉崎っていう女の言動には腹立っているんだ。右翼、っていうかなあ、保守ってこんなにも腐敗しているものだと思い知ったよ」
俺はあざ笑うかのように言う。
最近の保守政治家の言動に俺はいら立っていた。こんな奴ら同じ主張をしていた。それが、俺には気に食わなかった。
性的マイノリティーに対する差別発言が気に食わない。
日本史をやっていれば同性愛何て余裕で出てくる。保守の人たちの古き良き日本というのは明治以降の日本の事だ。つまりたった100年ぐらい前からのことを古き良き日本と言っている。そんな保守の人たちは江戸時代とかを無視する。俺からしたらそっちの方が歴史を知っているのか。アホなのかと言いたくなってしまう。近代日本は、伝統なんて関係ない新しい日本だ。俺は、そう主張する。
俺が保守に幻滅した理由の多くが、そこにある。近代だけを知っている奴が保守を語るなと。そう言いたい。
「それがあなたの言い分なのね」
俺の嘲笑に相崎が答える。
相崎は、俺がどうして右翼活動を辞めたのか。それがおそらくは気になっていたはずだ。だから、俺は少し話した。この話をしただけでも諦めてくれればいいと思った。
歴史という面から俺が右翼を嫌いになったのは嘘ではない。だが、今の話がすべてではない。ほんの一部の理由であるだけだ。
だが、相崎にこれ以上深入りをしてほしくないので俺は、相崎に答える。
「ああ、そうだ」
俺の答えに相崎は何か考えるような仕草をした。しかし、それ以上は何も言わず俺らは帰ったのだった。




