第11話 迷走中
「私と付き合ってくれるかな?」
……は? 今俺はなんて言われたんだ。相崎から付き合ってくれと言われたよな? 空耳じゃないよな? 非現実じゃないよな? 夢じゃないよな?
俺は、あまりに現実感がわかなかったので右手で頬をつねってみる。
「痛いっ」
頬をつねったら痛みが伝わってきた。
ああ、間違いない。これは現実だ。夢なんかじゃない。じゃあ、俺は何で相崎に告白をされたんだ。そのことが全く俺には理解することができなかった。俺が相崎にモテる要素など微塵のかけらほどないということを自分で理解している。相崎が右翼であると散々言っていたが、それを抜いて相崎についてよく考えてみるとそこらにいるクラスの女子と比較すればその差が雲泥ほどつく美少女である。つまりは、黙っていさえすれば男が特にイケメンがすり寄ってきてもおかしくはないほどの美貌の持ち主だ。そんな彼女が何で俺に告白をしてきたんだ。
俺は、さえないと自分でも思っている。世間的にみればイケメンとは程遠いと思う。前に、クラスの女子の話をこっそりと立ち聞きしてしまったことがあるのだが、その時に聞いたことは野田君って普通だよねという言葉であった。
普通。漢字にして2文字、ひらがなにして3文字。そんな一言で俺野田雄一郎という人間は評価されてしまったんだ。だったらいっそイケメンか持てないブサイクかの両極端の評価がほしかったものだ。ああ、とにかくこのあたりのことから俺が言いたいことは俺が相崎にモテるなんてことはあり得ない。嘘だ。告白したのはきっと罠だ。俺をまた右翼にするための罠である。俺はここで引っかかってはいけない。罠なんだ。罠、罠罠罠……
「野田君?」
「お、おおおっと」
俺がずっと考えていると相崎がものすごく俺に顔を近づけてきた。あと少しでキスをしていてもおかしくはない距離であった。
あ、あぶねーじゃねえか。これで仮にもキスをしてみろよ。俺は思春期男子だぞ。理性なんかすぐはるか彼方へと飛んでいき間違いを犯してしまうかもしれない。もしも、間違いを犯してみろよ。それこそ相崎の言葉を否定する理由というものが消えてなくなってしまうし、相崎に新たな弱みを握られてしまうことになる。
だから、俺は全力で断らなければならない。
そう、断るんだ。
「ダメなのかな?」
「くぅ」
絶対に断るんだ。俺はそう決めたはずだ。なのになんだ。
どうして俺ははっきりと相崎の告白を断ることができないんだ。俺はこいつのことが好きではない。それは理解している。しかし、やはり俺も男子ということなのか。かわいい女子に告白されたら舞い上がってしまうというやつか。惚れていないとしても勘違いしてしまうという男子の特徴がここにきて発揮か。俺は、この状況をいろいろと考えていた。何とかし逃れたい。
でも、逃れることはできなかった。
自分から口にするようなことができなかった。じゃあ、どうすればいいのか。自分から作ることができないとなると……いや、手段はある。そうだ、あの手で行こう。
俺は一世一代の決意をした。大げさかもしれないが、もう俺は羽陽久な生活を送りたくはないんだ。だから、相崎によって元のあの生活に戻るようなことをされたくはない。
だから、ちょっと強硬かもしれないが今日のところはあきらめてもらうしかない。
「返事は後日でいいか?」
ヘタれな俺が悩んだ末に出てきた言葉というのがこの言葉であった。
相崎は俺の返事が拒絶するようなものではなく曖昧であったことからまだ勝負できると判断したのか、その眼はきらきらと輝いていた。
あんな目を見たら俺は嫌でも断ることが難しくなるじゃあねえか。
俺は、何としても返事をするまでの間に相崎のことが嫌いであるというはっきりとした理由を自分のために見つけなければ。それに返事はすると言ったがいつするとは言っていない。このままあえてスルーするというのもありかもしれないが、男としてそんな薄情なことだけはしたくない。やはり、気持ちを聞いている以上はどんな相手であっても返事をしなければ、それが俺の心情であり男がやるべきことだと信じている。
「うん! じゃあね野田君!」
相崎は俺が拒絶したのではないとポジティブに解釈をしキラキラした目をしあがら、ルンルンと鼻歌交じりで教室を出て行った。その軽やかなステップといったら、俺には一瞬のことでありその場でポツンと立っていることしかできなかった。
その後も俺は再起動するまでしばらくの時間を有した。
あの状況を理解することが完全にできるにはそれほどの時間が必要であった。
相崎の狙いはわかる。では、その狙いの通りにいってもいいのか。答えはいいえだ。じゃあ、相崎の返事はごめんなさいと言うしかない。でも、俺にはそのことが先ほどできなかった。じゃあ、どうしてできなかったんだ。確かに相崎はかわいい。右翼ということを除けば……。じゃあ、右翼ではなかったら俺は相崎と付き合うようなことをしたのか……何とも言えない。
そもそも俺には好きな女のことというのはいるのか。俺は恋をしたことがあるのか。
俺の周りに多くの女子がいる。その子達に特別な感情を抱いたことはあるのか。
幼馴染の美咲のことをどう思っているのか。
やはり俺には恋心というものがわからない。
「雄一郎?」
俺が悩んでいるところにガラガラと教室のドアが開いてそこから女子の声がした。その女子というのは、先ほどまで考えていた幼馴染の美咲であった。
「み、美咲」
先ほどまで俺は美咲のことが好きなのかどうか考えていたので動揺してしまい声が裏返った。そして、美咲を正面から見ることがうまくできなかった。完全に動揺していた。なんだかんだ言って美咲も相崎には劣るとまで行かないものの美少女という区切りに入る女子だ。だから、かわいい。普通にお世辞でなくても言えるものだ。
「そうだ、雄一郎。一緒に帰らない?」
俺の動揺を知ってかどうか美咲は一緒に帰ろうと誘ってきた。
俺は、動揺を隠したい一心で断るなんてことをせずにその誘いに乗ったのだった。




