第10話 告白中
翌日。
俺は、学校に普段通り向かった。ただ、いつもと1つだけ違うことは相崎のことを今まで以上に警戒しているということだ。
相崎はもしかしたら俺の過去のことを知っているのかもしれない。右翼団体をネットで作って実際にネットで知り合った人と会合をしたり国会の前でデモをしたりした過去のことを知っているのかもしれない。そうなると、相崎のことを警戒するのは当然のことである。そもそも、その過去のことは実を言うと誰にも言ってはいない。美咲や裕也にさえも言ったことがない過去である。と、言っても裕也は俺がその団体を解散した後に転校してきたのだから知っているはずのないことだが。それでも、俺の一番の幼馴染である美咲にも話したことがない超弩級の秘密なのだ。
「おはようー」
俺が席に着くとまず最初に美咲が俺に声をかけてきた。
「おはよう」
俺は美咲におはようと返事をする。こういうおはようの言葉を聞くだけでごく普通の日常を送っているという感覚を味わうことができる。そういう意味で美咲の存在は本当にありがたい。俺が、過去の出来事を忘れることができるのはこういう時だけだ。
「野田君、美咲さん、おはよう」
俺と美咲が楽しく昨日のドラマのこととか学校のこととかどうでもいいような世間話をしていると、教室にいつの間にかに入ってきたのか相崎が俺達に挨拶をした。
俺は、相崎の顔を一瞬見たときにものすごく焦った。
「お、おはよう」
焦っていたためかとてもぎこちない挨拶になってしまった。これじゃあ、完全に怪しまれても不思議ではない。
ただ、相崎はそんな俺の心情を察していなかったのか特に普段とは変わらずにそのまま席に座っていった。
どうにかバレずに済んだということでいいのか? 俺としてはまだはっきりとした答えが出ていないがまあ、それでいいとしておいた。
授業は普段通りに進んで放課後になった。
放課後。
俺は、美咲と裕也の2人は用事があるからと言って、1人教室に残っていた。教室は夕焼けによって赤く染まっていた。その幻想的な雰囲気の中で俺はずっと考えていた。
俺は、何をすればいいんだ。
相崎にかかわってはいけない。俺は、もうあんなエセ右翼的なことはしないと固く誓ったんだ。それに、俺の親父は現職の環境大臣だ。俺が、右翼的なことをすれば親父に迷惑がかかる。いや、親父だけではない内閣にひいては民自党に迷惑が掛かってします。だから、俺は軽々しい行動をしてはならないんだ。
「野田君」
ドクン
その言葉を聞いて俺の心臓は大きく鼓動した。それは、1人教室に残っていた俺に声をかけてきた奴がいたからだ。奴と言ったがもう声で誰が声をかけてきたのかわかっていた。俺は、教室の後ろの方の扉に顔を向ける。そこに、立っていたのは俺が予想したとおりに今もっとも会いたくなく話をしたくはない相手である相崎その本人であった。
「……相崎か。なんか用があるのか?」
俺はなるべき平静を装って返答をする。まあ、平静を必死に装うとしている時点ですでに怪しまれているのだからもう意味がないのであるとある意味あきらめてはいた。しかし、それでもどうにかして平静なふりをすることで自分を落ち着かせようとしていたのだ。
「うん。少し話があるの」
話がある。
その言葉を聞いて俺は思った。
ああ、ついにこの時が来たのか。
俺は覚悟を決める。
「ああ、何だ」
ぶっきらぼうに答える。どこか投げやりな感じを醸し出してだ。どんな質問が来るのかもうわかっているのだし意味もないが。
「野田君の過去についてはもう知っているよ。だから私からなるべく遠ざかろうとしていたのでしょ」
過去を知っていると実際に言われるとやはり俺の胸にドキンとくるものがある。しかし、過去を知っていると言われただけでありまだ中身自体は言われていない。そうなると、もうちょっとだけ覚悟を決めていたが悪あがきらしいものでもしてみるか。俺はそう考えるとどうでもいいようなことを言う。
「いや、相崎から遠ざかっていたのは俺の親父に迷惑がかからないようにするためなんだけど」
ここであえて親父の名前を出す。子供として危ない子には近づけたくないのが親だ。だったらこの場で出せる最高のいい文句ではないのか。
「野田勉。第2次佐藤義彦第2次改造内閣の環境大臣にして保守系議員連盟の会長。その政策は外交面においては保守的であると言われもっとも強硬だが一方で内政面においては社会保障などの大きな政府を支持している革新系の思想の持ち主。そう、それがあなたのお父さんだよね」
……やはりか。相崎にはどうやら俺の親父のことはすでにばれていたらしい。いや、相手は国会議員さらには現職の閣僚クラスとなると政治に興味がある人であれば知っているようになる。俺の親父がマイナーな人であればこの戦略も役に立つことになったのにな。今更後悔をしても遅いが後悔する。しかし、環境大臣って本当はマイナーな役職だよな。俺歴代の環境大臣の名前とか顔全く覚えていないぞ。
「そうだな。それは俺の親父だ。まったく環境大臣とか何をやっているのかわからない役職なんだからそんな見栄を張れるようなものじゃないんだが」
俺は、自分の話からなるべく目をそらすことができるように親父の話をあえてこのまま続けておく。俺としてはそこで相崎が環境大臣とは何たるかとか最近の政治は何たるかとかそんな俺にとってはどうでもいいことを語り続けてくれればいいと思った。
しかし、現実は非情だった。
「さて、野田君のお父さんの話はもういいとして、さっそく野田君自身について聞きたいのだけどいいかな?」
ああ、現実は非情だ。女神様は俺にどうやら厳しいようです。まあ、日本人だし無信仰だから女神様の存在をあんまり信じてはいないんだが。いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺の過去について聞きたい。
ああ、ついにこの時が来たのか。ぶっちゃけ、相崎に知られたところでどうなるかはわからない。しかし、相崎がそれを利用して俺にも何かさせるのかもしれない。何たって相崎は衆議院議員総選挙に出馬している前職の国会議員のしかも野党第一党の幹事長相手に喧嘩を売るような奴だ。俺にもそんなハチャメチャなことをさせるに違いない。
語らないといけないのか。
ああ、嫌だ。
「……」
相崎がずっと俺を見ている。
俺達2人のいる教室には夕日の影響か赤く染まっていた。本来ならばかわいい女の子と2人っきりなら告白とか青春的な展開があるのだが、俺達2人の間にはそんなことは絶対に100%ありえない。ああ、嫌だ。現実逃避をしたい。
俺を見る相崎の視線がものすごい痛い。
「そうだな。まあ、相崎が知っているように俺も昔は右翼だったということだな」
俺は肩をがくんと落としてから仕方なく素直に話すことにする。
「そう……やっぱり私が目星をつけていた人物だったのね」
相崎はそう言うとなぜだかわからないが顔は赤く染まっていた。まあ、夕日のせいだと思うが、それにしても私が目星をつけていた人物とは一体どういう意味であるのか。その言葉に俺はひっかかった。
だが、相崎はそれ以上の説明をすることはなかった。相崎の要求してきたことはただ1つであった。
「ねえ、野田君。1つだけお願いがあるのだけどいいかな?」
1つの要求否お願いとは一体何であるのか。今の俺にはたぶん逆らうようなことはできない。逆らったらいろいろと大変だ。だからおとなしく首を縦に振る。
「私と付き合ってくれるかな?」
……ん?
「はあああああああああああああああああああああああ!」
俺の思考は一瞬で真っ白になり学校の教室にいるということすら忘れてただ大きな声で叫んだのであった。




