採取
ゴブンリの森は東門から出て10分程歩いた場所にある。
生息しているのはゴブリンとスライム、後はラージボアにマッドラビットだ。
その中で警戒するモンスターはゴブリンくらいで、他のモンスターは活性化している夜に出会ったり、変に縄張りに入ったりしない限り襲ってこないのでそこまで警戒するモンスターはいない。
森の奥の方には強力なモンスターも出るみたいだけど、ミイホ草は入ってすぐの場所に沢山生えているのでそこまで問題はないだろう。
この森で警戒すべきモンスターであるゴブリンの厄介なところは知恵が回るところだ。他のモンスターと違って武器を装備して襲って来るし、簡単な罠も使ってくる。
単独では動かずに常に3人組で行動している所も厄介なところだろう。
まぁ、知恵が回るといっても普通のモンスターよりは頭が良い程度でしかないから、そんなに危険って訳でもないけどね。それでも大体4歳児位の知能はあるので侮れない。
今回の目的はあくまでミイホ草なので、ゴブリンには見つからないように慎重に行くことにした。あいつ等って獲物を見つけると騒ぐから他のモンスターも寄ってきて面倒くさいんだよね。
目的のミイホ草は大きな木の根元や草むらみたいな普通に見ただけでは見つからない場所に生えていることが多い。
探すコツはプライドを捨てる事だろう。土下座のポーズを取って目線を低くし、草むらを掻き分けるのだ。短気は損気、根気よくやるのが見つけるための近道といえる。
探すのが面倒臭い場所ほどミイホ草がある可能性が高い。
何故ならゴブリン達もミイホ草が薬草だと知っているので、見つけやすい場所のミイホ草はゴブリン達が先に採ってしてしまうからだ。
只管に草むらをかき分ける作業をする。無心だ、無心になるのだ。
「あ、あった。ミイホ草みっけ。」
ミイホ草は根っこだけ残しておけばまた生えてくるので根っこだけ残すのもポイントだ。
因みにミイホ草の根っこは精力剤の材料になるので、そっち方面に困った時は根っこまで採った方が良いかもしれない。
師匠の話だと精力剤を作るには大体5kgくらいのミイホ草の根っこが必要になるみたいだけど。
正直集めるのに何日掛かるかわからないし精力剤の生成にはそもそも資格が必要なので、もし必要になっても俺は集める気にはなんないけど。
・・・
「こんなもんかな。」
ギルドから支給された袋一杯にミイホ草を詰め込み終えた頃には日も暮れ始めて辺も暗くなり始めていた。
ゴブリンだけでなく、ラージボアやマッドラビットが活性化しはじめる頃合だ。
暗くなると視界も悪くなるから普段なら危なげなく倒せるゴブリン達も途端に強敵になるし、他のモンスターの活性化で途端に死ぬ確率が上がるので完全に日が暮れる前に森を出た方が良いだろう。
・・・
師匠に修行と称していじめ抜かれた俺は、このゴブンリの森に限ってのことだけど、ゴブリン達の行動範囲や生活圏内みたいなものをある程度把握している。
だからゴブリン達に会わないように動くことも朝飯前だ。実際今日は1回もゴブリンには遭遇していない。
それだけ森を熟知している俺にだから分かることもある。
「腹減ったなぁ。」
少し先で倒れている冒険者風の男がゴブリンの縄張りに入ってしまっていることとか、それがどれだけ危険な事なのかとかを。
「道に迷ってもう3日。初日にゴブリンに奇襲を受けてバッグ落としちまうし道に迷うし……俺死ぬのかなぁー。」
男の口ぶりから俺と等級も似たり寄ったりの初心者だというのがわかった。
赤髪の男が腰に差しているロングソードと丈夫そうな軽鎧を見るに金回りは良さそうだ。金持ちは嫌いだし面倒なので放っておいても良いけど、それだと目覚めも悪い。
様子を見るに空腹で倒れているんだろう。さっきの独り言から察するに荷物は落としてしまったらしい。
助けるべきだろうか。
まぁ、考えるまでもなく助けるべきだろう。謝礼もあるかもしれんし。
だけどなぁ、あいつの近くの木にゴブリンの縄張りの印が深々と刻まれちゃってるんだよな。
あそこまで深く縄張りの印が刻まれてるとなるとゴブリンの集落が近くにあるんだろう。印は新しいものだから最近できた集落だとは思うけど、集落にいるゴブリンの数が分からないし、できれば危険を冒したくない。
そんな事を考えていたら倒れていた赤髪の男が立ち上がって歩き出した。
あぁ、多分そっちはゴブリン達がいる方だよ。男は獣道を歩いているつもりだろうけど、あれはゴブリン達が作った道だから。最悪集落に繋がってる道だから。
「おーい。そこの人、そっちには行くな! 危ないぞー。」
仕方ないので声をかけてやることにした。
空腹でも歩けるみたいだし、出口まで案内してやろう。最悪街まで肩を貸したっていい。
携帯食料は持ってきてないけど水はあるし、出口にも10分程度歩けば着く。金持ちっぽいし恩を売っておいて損はないだろう。
「なんだ? 人の声が聞こえる。幻聴か?」
「いや、幻聴違うから。そっちにはゴブリンの集落があるから危ないぞ。縄張りの印がそっちの木に刻まれているのが見えないのか?」
俺がそう言うと赤髪の男が印が刻まれた木を見てなるほど、と呟いた。
ゴブリンの縄張りの印は冒険者になる時の説明で教えてもらえる。駆け出しが誤ってゴブリンの集落に迷い込むのを防ぐためだ。
ゴブリンの集落は大きさや出来てからの年数にもよるけど、最低でも10匹以上のゴブリンが常時生活をしている。そんな中に駆け出しが迷い込んだらゴブリン達のいい餌でしかない。
これはゴブリンだけじゃないけれど、モンスターは総じて他者を食べると強くなり、一定の強さになると別の存在へと変化する。
だから、駆け出しとはいえ鍛えられた冒険者をゴブリン達の餌にさせるわけにはいかないのだ。万が一にでもゴブリンが存在変化をしてオーガやトロルにでも成ってしまった日には街にも大きな被害が出てしまう。
そういう理由があって、冒険者ギルドでは最初に街周辺モンスターの縄張りの印を新人に教え込む。これでもかという程に。
「ありがとな。腹が減ってて頭が回らなかったわ。」
「別にいいよ。俺は町に戻るところだけど、アンタも来るか? 迷ってるんだろ?」
俺がそう言うと赤毛の男は顔を笑顔で輝かせながら走り込んできた。
余程限界だったのか足元は覚束なかったけど。
「そいつはありがたい! 実は3日も迷っちゃってさぁ。何か持ってない? 食べ物とか。」
「ないよ。水ならあるけど。日帰りの予定だったからな。」
「そうか残念。俺はアズっていうんだ。最近冒険者になったばかりなんだ。あんたは?」
「俺はカウル。俺も今日冒険者になったばかりのルーキーだよ。」
「マジかよ。今日冒険者になって直ぐに森に来るなんて度胸あるなぁ。」
「まぁ、森には冒険者になる前から来てたからな。」
「冒険者でもないのに森に来るとか命知らずかよ。」
アズは冒険者になって1ヶ月は街の中で出来る雑用クエストばかりを行っていたらしい。アズには仲間がおらず、そして自分の実力にも不安があったから外のクエストはまだ早いと思ってやらなかったんだそうだ。
「要するにビビってたんだな。」
「うるさいよ。」
冒険者になって1ヶ月は雑用クエストを行って、少ない賃金で切り詰めた生活をしていたらしい。だけど流石にこれは冒険者の仕事じゃないと考えてゴブリン退治のクエストを受けたんだそうだ。
「それでいきなり3体のゴブリンが出現した結果、ビビって逃げて迷って森を彷徨っていたという訳だ。」
「まぁ、そうなるな。」
アズが恥ずかしそうに頭を掻きながら笑う。
(いや、笑えないからな、それ。)
そんな事を思いながら俺は乾いた笑いを浮かべた。
アズの装備は軽装だけどよく見ると作りはしっかりしていて、急所の部分には所々黒鉄が使われている。
武器も俺のなんかとは違う立派なロングソードだ。師匠に貰った黒鉄の短剣よりは質は落ちるだろうけど、それでもあれは上位の冒険者が使っていそうな程立派な物だ。
(あんな立派な武器防具を持っているのに、ゴブリン相手に苦戦するのか。)
聞いてみるとアズは商家の次男坊で、家は兄が次ぐからと家を出て冒険者になることを決意したらしい。身につけている装備はその時に親から餞別として貰ったものなんだそうだ。
「別に家を手伝えばよかったんじゃないか?」
スラムで育ち、冒険者以外の道が見えなかった俺とは違ってアズには住む家も職もある。アズが身に付けている装備を見る限り、そのクラスの装備を用意できる親はそれなりに力のある商人のはずだ。
商人は行商にでも行かない限り安全な街から出ることはない職業だ。
商人には商人の難しさ、辛さはあるだろうけど冒険者みたいに死の危険はない。そんな安全な道を捨ててまで冒険者になるアズが信じられなかった。
「俺が次男とか、そこら辺は言い訳なんだ。俺は小さいころから物語に出てくる英雄みたいな冒険者に憧れててな。」
これには呆れた。
いや、まぁ。人それぞれだから俺が何か言うものでも無いのかもしれないけど、実力もないのにそんな理由で冒険者になるとかないわ。
お前、憧れた結果ゴブリンに追い回されて森に迷って餓死一歩手前って笑えないわ。
「別に止めないけどさ、アズは冒険者より商人のほうが向いてると思うぞ?」
「なんだよ、会って数分のお前に何がわかるんだよ。」
「商人の息子なら読み書き計算は一通りできるんだろ? だったら普通に商人の方が危険も少ないし金も稼げると思うけどなぁ。」
「まだ俺の冒険は始まったばかりだから! これからなんだよ!」
「いや、そう言うんならこれ以上止めないけどさ。」
今は良いかもしれないけど、アズは仲間を早く見つけないと早々に挫折するか死んでしまうだろう。
最弱モンスターの一種であるゴブリンすらまともに倒せないとなると後がない。
ゴブリンは人種である俺たちより体が弱く、頭も弱い。1匹だけだったらスライムよりも弱いモンスターだ。群れを作り、リーダーができて集団で行動するようになると厄介なモンスターだけど、3匹程度なら俺でも数分も掛からず退治できるだろう。
ゴブリンは厄介だけどその程度のモンスターだ。まぁ、アズは自分で言う通りまだまだこれからなんだと思う。俺にはあんまり関係ないし別にいいや。
「おっと、出口だ。」
「やった。3日ぶりの外だ。」
外に出た頃には日は沈んでいて月が顔を出し始めていた。
夜はモンスターの時間だ。夜になればなるほど危険なモンスターは活性化するし、夜目のきかない俺達は不利になる。
「急いで帰ろう。アズはギルドに生きてるって報告だけでもしたほうがいいし、俺も早く薬草採取のクエストを終わらせたい。」
「あぁ。俺も久しぶりにベッドで寝たい。急ごうぜ。」
ノアールまでの道は一本道だ。街の衛兵が定期的に周辺のモンスターを倒しているので夜でもモンスターに出会うことは少ない。
上手くいけば今日中にクエスト達成も済ませてしまえるだろう。
少し足早に道を歩く。
そろそろ街の門も閉まる時間だ。そうなると手続きも面倒になるし、街に入るのにもお金もかかってしまう。
アズは身なりから考えてもお金の心配は無いのかもしれないけれど、俺みたいなスラム育ちは1銅貨すら無駄使いしたくない。その気持ちが疲れた足を動かしていく。
薬草の詰まった袋が重い。だけど、これはお金に変わるのだ。
冒険者になって初めての報酬が幾らなのか考えただけで力が湧いてくる。
今日は贅沢に肉串を最低5本は食べてやる。そう考え始めた頃には疲れは何処かに吹き飛んでいた。
直しても直しても何故か書き直しが無くならない恐怖。




