始まり
リーズがスラムから出て冒険者になって2年が過ぎた。
冒険者になった最初の方こそスラムで暮らしていたリーズも何度かクエストをクリアして武器を揃えたり、他の冒険者達とパーティを組んだりしていくうちにスラムからギルド近くの宿に拠点を移して、その後しばらくして街を出て行ってしまった。
リーズは何だかんだ言って、才能があったんだと思う。
スラムという場所は子供には過酷で10歳以下の子供がスラムに落ちた場合、1年以内に死ぬ確率が7割以上だと言われている。
そういう場所で、リーズの危機察知能力は俺から見ても異常な程だったと思う。
リーズのおかげで俺はまだ生きてられると断言できる位、あいつには助けられた。靴磨きの仕事を考えたのもリーズだし、いざと言う時の逃げ道なんかを考えたのもあいつだった。リーズがいなかったら俺は今頃死んでいるか盗賊の下っ端だっただろう。
だけどそんなリーズはもういない。
俺も直ぐに冒険者になって後を追いたかったけど、冒険者になる1歩が踏み出せないでいた。ジャスタ師匠のところにはまだ通っていて、その師匠にまだ一人前と認められてないのも俺が冒険者への1歩を踏み出せない理由の一つだった。
腰につけたショートソードは少し前に買った俺の宝物だ。
数打ち品の安いやつだけど、師匠が選んでくれた【安い中ではマシな部類】のショートソードは初めての自分の武器で、相棒だ。最近はこのショートソードの重さに慣れようと何時も身につけている。
長くなってきた黒髪を後ろに纏めて家を出た。
今日は師匠の方から大事な話があるらしい。だから仕事の靴磨きも休みにしたし、この2年で知り合いになった強面のオッサン達の挨拶にも会釈だけで通り過ぎる。
「おう、来たか。」
酒場のカウンターに師匠はいた。いつから飲んでいるのか、カウンターには酒の空ビンが何本も転がっている。
師匠は今でこそスラムの片隅で生活しているけれど、昔は高ランクの冒険者だったらしい。クエストで仲間に裏切られて右足をダメにして引退、そのせいで師匠は人間不信になってしまい、それからはスラムの一角で酒を飲む生活をしている。
ボサボサの髪に痩けた頬、酒臭い息を吐きながら杖を突く姿は何処から見ても浮浪者のそれだけど、その実力はスラムのみんなが認めていた。
スラムには裏の仕事をしている人達の隠れ蓑としても使われている。奴隷商に暗殺ギルド、盗賊ギルドなんかの危ない人たちも多くいるけれど、誰も師匠にはちょっかいを出さない。
何故なら下手に手を出して怪我をしたくないからだ。
師匠は右足が麻痺していてほとんど動かない。常に酒を飲んで泥酔しているし、動きも緩慢で強そうには全然見えない。
だけど、戦闘になれば片足が動かないはずなのに高速で動き回り、その細腕からは信じられないほど重い斬撃を繰り出してくる。
実践訓練としてゴブリンと戦った時に見せたお手本や、絡んできた荒くれ者を瞬殺したときの動きは正しく人外のそれだった。
「そろそろお前も冒険者になりたい頃だと思ってな。まぁ、基礎は叩き込んだからゴブリン程度なら何匹来ても問題ないだろう。」
今日の師匠はいつもと少し違っていた。
酒臭いし身なりもなっていないけど、何ていうか……そう、戦う前の様な、少しヒリヒリした雰囲気がある。
「さてカウル。卒業試験だ。これに合格したら俺からはもう教えることはない。」
「はい? 俺まだ剣の振り方と体力作り位しかやらせてもらってないんですけど?」
「おう、それくらいしか教えてないからな。だけど、俺も技とかそういうのは感覚でやってるから教えられんし、変に教えてそれが原因で死なれても目覚めが悪い。基礎さえできてれば中級までは通用するから、技とかは自分でなんとかしろ。」
むちゃくちゃ言うな、この人。
それがほぼ毎日授業料として酒を渡していた生徒に対する仕打ちだろうか。
確かに剣の使い方とかはしっかり教えてくれたし、間違った振り方をしたら何がダメなのかも教えてくれたけど、本当にそれだけしか教えてもらってない。
基礎以上のことはまだ早いと言って教えてもらえなかったし、自分で調べるのも禁止されていた。「まずは基礎を学ばないと何も身につかない。」「まだお前に技は早い。」そう言って素振りを延々とさせていたのはあなたじゃないか。
今更になって俺には技は教えられないから自分で何とかしろはないだろう。
「最終試験は中級以上の冒険者にとって必須になる魂の力、スキルを発動させることだ。」
師匠はそう言うと俺に近づいてくる。そのまま何事もない感じで俺の腹を殴った。
意味がわからなくて、苦しくて、動きが止まる。思考が止まる。
スキルってなんだ? 魂の力ってなんだ?
疑問が頭を埋め尽くし、俺は片膝を付いた。
「スキルっていうのは誰でも持っている魂の力だ。大体は死にかけると目覚めることが多い。」
「っつ!? な、なに、を?」
「今からお前を半殺しにするから……まぁ、なんだ。何とかしてスキルを目覚めさせろ。」
痛みでしゃがみこんだ俺に今度は師匠の左足が迫る。
怖い。そう思った瞬間、自分でも驚く程に体が早く動いた。後ろに飛び退り師匠の蹴りを避ける。右足からプチプチと何かが千切れる音がした。
痛みで息が止まる。動きが止まる。そんな俺に師匠の拳が迫る。
ゴスンッ
鈍い音がした。嫌な音だ。
顎に感じた衝撃は軽く、そこまでの痛みはなかったけれど、代わりに視界が暗くなっていくのが分かる。意識が薄れていくのが、力が抜けていくのが自分でもわかった。
・・・
「お前のスキルは多分ブーストだな。」
目が覚めた俺を見て師匠はそう言った。
ブーストというスキルは冒険者では一番多い部類のスキルなんだそうだ。
体を強化したり反射神経を強化したり等、幅広い使い方ができるスキルで、様々なスキルの中で一番成長するのが早いスキルになるらしい。
最初はちょっと身体能力が上がるだけのスキルでしかないし、使える人数も多いのであまり注目されないスキルだけど、極めれば巨人族と渡り合える力を出せるようになるし、千里先の気配を察知できるようにもなるそうだ。
「どうして俺のスキルがブーストだって分かったんですか?」
「あぁ、スキルは使用したときに瞳の色が変わるんだよ。攻撃系なら赤に、補助系なら青になる。あと特殊なやつなら黄色になるな。お前は俺の攻撃を避けたときに瞳が青く光っていたし、その時だけ急に動きが良くなったからな。」
一瞬しかスキルが発動しなかったから本当にスキルがブーストなのかは分からないけど、俺のスキルが補助系なのは間違いないらしい。
攻撃系のスキルだと何もないところから炎をだしたり、その炎を自由に操ったりできるようになるそうだ。
街の外でローブを着た人達が空中に浮かんだ炎を自由に操ってモンスターを倒しているのを数回だけだけど見たことがある。よく思い出してみるとその時に炎を操っていた人の瞳は赤く光っていたような気がする。
あの時は「冒険者ってすごい!」とか「いつか俺も使えるようになってやる!」とか思ってたけど、俺にはそれが無理だということが分かってちょっとショックだ。
「スキルは誰にでも必ず1つは魂に眠っている。希に複数のスキルを持つ奴もいるけどな。」
師匠はそう言って酒を飲んだ。
その後、師匠は「試験は合格だ」といって銀貨10枚と真っ黒いナイフを俺にくれた。このナイフは師匠が現役の時に使っていたナイフで、黒鉄という特殊な鉄で作られているんだそうだ。
「並みの武器とだったら全力で打ち合っても刃こぼれ1つしないぜ?」
黒鉄は別名で黒龍石といって、異常に固く、鉄以上に重い素材で加工がとても難しいらしい。高級な素材でこのナイフ1つ分の素材で普通の馬車なら軽く2台は買える金額になるそうだ。
黒鉄は普通防具に使う素材なんだけど、師匠はこれをナイフにした。
師匠が黒鉄だけでナイフを作るといった時、鍛冶屋からは信じられない物を見る目をされたそうだ。何ていうか、普通は急所とか、そういう場所を守るように一部分だけ使う素材なので、それだけで武器を作ろうなんて考える奴はいないんだとか。
「このナイフには何度も命を助けられた。ブーストのスキルを自由に使いこなせるようになればこのナイフを使って武器破壊もできるようになるかもな。」
師匠のスキルもブーストで、強化された力に長時間耐えられる武器が欲しくてこのナイフを作ったらしい。師匠の冒険者時代はこのナイフとブーストのスキルで力任せに敵の武器をバキバキに破壊していったそうだ。
「いいんですか? そんな武器を俺になんて。」
「もう使うこともなさそうだしな。今はこの仕込み杖もあるし、お守りにでもしろや。」
そういえば師匠からは主に片手剣の使い方を学んできたけど、時々短剣の振り方も教えてくれることがあった。もしかしたらこのナイフを俺に譲る事はずっと前から決めていたことなのかも知れない。
「ありがとうございます。」
気付けば俺は銀貨とナイフを握り締めて、泣いていた。
なんで涙がでたのかは分からないけど、何か恥ずかしかったから下を向いて顔を見えないようにした。涙が止まるまでずっと。




