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(4)

「それじゃ行きましょうか」


 彩花はそう言って、玄関に入り、先ほどと同じように靴を脱ぎ、そのまま家の中に入る。そして、居間へと続く途中にある階段の先で止まる。

 その後を付いて来ていた雄太の母親を振り返ると、


「二階にいるんですよね?」


 と、分かっているがそれを確認すべく問いかけた。

 すると、「はい」と小さい声で雄太の母親の返事が返ってくる。同時に自分が先に行かないといけないという気持ちになったのか、雄太の母親が先に歩き始める。

 その後を大人しく彩花は付いて行くことにした。


 ――今、どんなこと考えてるんだろう……。


 先を歩く母親の背中から感じ取れる様々な感情を考えながら、彩花は階段を上っていると、一つの部屋の前にトレイが置いてあるのが見えた。

 トレイの中には長時間そのまま置かれていたとしても、味がそこなわないであろうおにぎり、焼き鮭が置かれた皿がラップに覆われてあった。その様子は完全に引きこもり定番の光景。

 雄太の母親は昼間にそこに置いたことをすっかり忘れていたらしく、


「す、すみません! 片付けてきますね!」


 慌てて、まだ手の付けられていないトレイを持ち、そのまま一階へと――台所へ移動しようとしたため、


「あ、それは置いておいてください。私が片付けておくので、テーブルの上に置いておくだけで十分です。いえ、そうしてください」


 彩花はあまり使いたくなかった威圧と共にお願いした。

 そうしたのは雄太の母親が洗い物をしている時間が、覚悟した気持ちを緩ませ、再び反抗されては台無しになってしまうからだった。いや、それはこれから雄太に会うことで引き起こる可能性はないとは限らないが、少しでもその可能性を潰しておきたかったのだ。


「はい、分かりました」


 雄太の母親はあっさりとその威圧に負けたらしく、彩花の言う通りにするしかないと思ったのか、急いで台所へと向かって行った。


「手つかず……ねぇ……」


 彩花はトレイに乗せられていたおにぎりと焼き鮭のことを思い出しながら、そう呟いた。

 そのことからまだ雄太が寝ていることを推測。そして、この状況から雄太の母親が起こすことで機嫌が悪くなるところまで、頭の中で思い描くところまで出来た。


「すみません、お待たせしました」


 そこで戻ってくる雄太の母親。


「いえ、大丈夫――あ、偉そうな態度を取ってしまっててすみません!」


 彩花は雄太の母親の顔を見たところで、自分が気付かずに取ってしまっていた態度――壁に凭れ、腕を組んでいる姿に気付き、慌てて離れて、ペコリと簡単に頭を下げる。


「何か考え事ですか?」


 その態度からそう判断した雄太の母親は彩花へ尋ねる。

 そんな雄太の母親の表情は不安に満ちていた。それは、自分の甘やかしている姿に対し、何か思う所があった、と判断している様子だった。


「いえ、お母さんにはなんてウソをついてもらおうかなって考えてただけですよ」


 だからこそ、彩花はウソをつくことにした。

 その内容にちょっとだけ驚く表情をする雄太の母親。


「何のウソですか?」

「出かけるウソですよ。定番の『お婆ちゃんの具合が悪くなった』で良いかなって……。お婆ちゃんが亡くなってしまっていたら、駄目な手なんですが……」

「それなら大丈夫です。私の母がまだ元気ですので」

「じゃあ、その手で行きましょ。じゃあ、最初にノックお願い出来ますか? ……たぶん寝てると思うので起こしてください」

「はい」


 雄太の母親は緊張した面持ちに変わり、雄太の部屋のドアの前に立つと、右手をゆっくりと上げ、ドアに向かって二回コンコンとノックした。

 が、部屋の中からはノックどころか動く気配すらなかった。

 次の判断を仰ぐために雄太の母親が彩花を見てきたため、彩花は迷わず首を縦に振る。

 その指示に従い、雄太の母親は再び二回ノック。

 すると二回目のノックでようやく部屋の中の主がモゾモゾと動き出す音が、微かだが部屋の外に居る二人の耳に届く。


「雄太―! お客さんが来たから起きなさい!」


 そこでそう声を雄太の母親は声をかける。


 ――お客さん……。まぁ、間違ってはないかなー……。


 雄太の母親の選んだ言葉のチョイスにちょっとだけ笑いながら、雄太の反応を待つ彩花。

 しかし、雄太は反応することなかった。その代わり、二度寝しようとしている雰囲気が部屋から漏れ出す。

 だからこそ、


「無理矢理入りましょう。二回ノックしたんですから、何の問題もないです」


 彩花は冷たく言った。


「大丈夫でしょうか?」


 普段の雄太の様子を知っている雄太の母親は少しだけ怯えている様子だったが、


「今回は私も居ますよ。それに、伝えたいことを伝えて退散すればいいだけです。後のことは私に任せてくれればいいですから」


 そんな雄太の母親を安心させるために優しく微笑む彩花。


「はい、分かりました」


 それに感化されるように雄太の母親は、もう一度律儀にノックした後、


「入るよー」


 と、声をかけて部屋のドアをガチャリと開け、中へと入っていく。

 彩花もまたそれに付いて行き、中へと入った。


 ――意外にキレイ?


 部屋に入り、中を見た彩花の感想はこれだった。

 本来だったら、引きこもりらしくもうちょっと汚部屋を想像していたのだが、思っているほどではなく、寝る前にやりかけていたゲーム機が畳の上に置いてあるだけで、他はしっかりと片づけられていた。


 ――几帳面……もしくは真面目なのかな……?


 なんて思いながら、部屋の片隅で布団に丸まるようにして寝ている人物を見る。

 顔こそは壁を向いているせいで見えないものの、長めの黒髪が見えていた。

 そんな雄太に打ち合わせ通り、雄太の母親が声をかけようと口を開いた瞬間、ボソッと雄太が何か言ったのが分かった。


「え? 何?」


 思わず、雄太の母親が聞き返すと、


「何、勝手に人の部屋に入って来てんだよッ!!」


 と、突如として噴き出た機嫌の悪い声を雄太の母親へとぶつけた。

 


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