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(1)

 あれから一週間の月日が経った。

 彩花は今、少し離れた位置から対象の家を視界に入るような所で、何をするわけでもなく立っていた。

 あの日以降、彩花は対象者である少年こと柿崎かきざき雄太ゆうたの趣味や好きなタイプの女性などを調べ上げ、準備万端の状態になっていた。が、一つだけ準備万端になっていないのは今、着ている洋服だった。その洋服とは、あの日来ていた服装と大して変わっていないからだ。服装を変えなかった理由は、あの日来ていた服装が対象者である雄太が好む服装だったため、服装を変える必要がなかったからである。


「だからと言って、『挨拶の時はスーツで行け』って言われたのに、スーツで来てない私は反抗期なんだろうなー」


 一週間前、室長に言われた言葉をあっさりと破った彩花は、現在いまは離れた場所(事務所)で作業している室長に投げかける。

 当たり前のように返事は返ってこない。


「まぁ、室長のことだからくしゃみぐらいはしてると予想しても、ここでもぼんやりしててもしょうがないし、雄太くんの家に向かいますかね」


 そう呟くと、その勢いに任せて裕也くんの家に向かって歩く。そして、玄関まで辿り着くと迷うことなく、呼び鈴を鳴らす。

 呼び鈴に反応したらしく、中にいる住人がやってくる音が耳に入り、


「はーい、どちら様ですかー?」


 という声と共に玄関のドアがガチャと開かれ、一人の女性が現れる。

 その女性=雄太の母親は彩花の容姿を見るなり、顔つきが一瞬にして変わる。その表情は何かのセールのためにやってきた案内人を警戒するような表情。

 だが、彩花はそんな表情など過去何回も見てきたため、


「こんにちは」


 全く気にしていない様子で挨拶した。


「間に合ってます」


 雄太の母親はその言葉と共にセールをしに来た女性だと判断したらしく、ドアを閉めようと顔を引っ込める。

 が、彩花はドアに足を挟み込むようにして、それを阻止。


「最後まで聞きましょうよ、雄太くんのお母さん。」


 そして失礼だと分かっていながらも、顔を雄太の母親に近付け、


「私はお母さんの依頼でやって来た『引きこもり対策委員会』の一人――ひいらぎ彩花と申します」


 他人には絶対に言われたくない台詞を小声で話した。

 瞬間、雄太の母親の表情は変わり、青ざめてしまう。

 その表情は戸惑いと驚愕。

 表情から『こんなはしたない格好をした人がそのメンバーの一人!?』と口に出さないまでも、そう思っていることが丸分かりの反応だった。


「す、すみません。どうぞ」


 動揺を隠しきれない様子で人が入れるほどドアを開けようとしたため、彩花は危なくないように二歩ほど下がった後、


「ありがとうございます」


 と笑顔で答え、遠慮することなく中に入る。

 そして、中に入ると同時に家の様子を彩花は観察した。

 家は新築ではなく、どちらかというと昔に建てられた家。外観からそのことは分かっていたことだったが、内装はリフォームされている可能性や雄太が暴れて荒らしている可能性もあったので、ちゃんと確認しておきたかったのだ。


 ――うん、暴れた様子は……無きにしもあらずって感じかなー……?


 内装も外観と同様の状態であり、雄太の両親が前の住人から買ったものであると判断することは出来た。そのため、ところどころ傷付いていたり、下手すれば凹んでいたりする部分もある。その原因が雄太である可能性と断言が出来ないため、そう判断することしか出来なかったのだ。


「あの……汚いですよね。すみません、行ってもらえれば掃除ぐらいは……」


 観察していたことから雄太の母親は彩花にそう注意と自分のだらしなさに対しての自己嫌悪が混じった声で言ってきたため、


「いえ、これが私たちの仕事の一部ですから。こちらこそ、マジマジと見て申し訳ありません」


 彩花はあっさりと頭を下げて、謝罪。そして、


「お母さんは知ってると思いますけど、契約金や今後のお母さんの立ち振る舞いの話がありますので――」


 と言っている最中に、


「はい、こちらへどうぞ」


 そこまでで察した雄太の母親は客間もとい居間へ促すように、右手で奥を示す。


「はい」


 彩花はその指示に従い、昔ながらの作法に従って靴を脱ぎ、雄太の母親を先頭にして今へと歩いて行く。

 もちろん、その間の観察も忘れない。

 居間に入ると、


「こちらに座ってお待ちください」


 と案内されたため、


「あ、お茶とかは気にしないでください。というよりも、お母さんにはすぐにでも契約上の話とかしたいので」


 彩花はこれから行うであろう雄太の母親の行動を威圧した雰囲気を出して制限した。

 威圧する必要まではないのだが、そうしないと雄太が部屋から何かの用事で降りてくるということがあるため、それを避けたかったのである。

 その威圧感に押された雄太の母親は彩花の指示通り、テーブルを挟んだ向かい側へと植わった。


「ありがとうございます。あ、そんな長々と話をするわけではないので安心してください。とりあえず、まずは契約書かな?」


 彩花は持ってきた鞄の中からクリアファイルを取り出し、その中にある右上がホッチキスで止まった五枚ほどの紙を雄太の母親に向けるようにして差し出す。


「名前の記入だけで大丈夫ですよ。あ、ボールペンどうぞ」


 と差し出すと、


「はい、ありがとうございます。えーと……」


 そのボールペンを受け取り、一枚目を読み出そうとしたため、


「あ、読まなくても大丈夫です」


 再びその行動を制限した。


「どういうことですか?」

「簡単な話、〈今回の件は私たちに一任してください〉っていう内容なんです。それを事細かに書かないといけなかったため、こんな五枚の紙になってしまっただけなんです。だからこそ、口で説明した方が早いんですよね」


 彩花はそう言いながら、困ったように髪を掻きながら笑った。

 そのフランクな彩花の様子に戸惑いながらも、雄太の母親はその契約書の自分の名前を書き始める。

 そんな雄太の母親を見ながら、


 ――よしよし、第一関門突破!


 と、まんまと罠にハマってくれたことを内心喜んだ。

 それを表情に出すことなく。


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