(11)
イヤホンマイクの準備をした彩花は、それをスマホに付けて、イヤホンを耳に付けると、
「準備完了しました。ワガママを聞いてくれてありがとうございます」
自分のワガママを聞いてもらったことに対し、素直にお礼を述べる。
『それ、いつもだろ』
すると、室長は再び突き放すようにあっさりそう言った。
「ここは普通にお礼の言葉を受け取る所だと思うんですけど?」
そう彩花が反論すると、
『普段からその顕著な態度が出ていればいいんだけどな。ま、今回だけは素直に受け取っておくか。どういたしまして』
余計な一言と共にそう言って、その言葉を受け取ったため、
「次からはお礼を言わないことにします。それがお望みみたいですから」
負けじと彩花はそう言い返す。
そして、二人はしばらく無言になった後、どちらからともなく笑い始める。それは二人ともそんなことどうでもいいと思っていたからだった。
『ったく、らしくないこと言ってんじゃねーよ』
室長が一通り笑い終わった後、彩花にそう言うと、
「だから、今回はそれだけ切羽詰まってるってことにしといてください」
恥ずかしそうに彩花は頬を掻きながら、それだけマズイ状態だということを伝える。
『別にいいんだけどな。というか、電話繋いでおくのは良いけど、何か話題あるのかよ? 一応、オレは誰かさんの始末書の代筆という仕事をしてるんだが……』
先ほどから微かに聞こえていたボールペンを走らせる原因が自分にあると知った彩花は、
「それはそれは、大変ご苦労様です」
と、そのことに対して労いの言葉をかけた後、
「質問の内容に対してなんですけど……話題なんてあると思います?」
迷うことなく、話題がないことを言い切った。
その返事に電話越しから聞こえていたボールペンを走らせる音は止まり、しばらくの沈黙が訪れる。
その間に彩花は室長の次にどんな発言が出るか、考えることにした。考えると言っても、だいたいこうなった場合の室長の発言パターンを決まっているようなものなので、
――電話切るか……って言うんだろうなー……。
という予想が簡単に出来た。
そして、そのパターンに従うように、
『そうだな。話題がないなら電話を切るか』
室長は彩花の予想通りの言葉を口から紡ぎ出す。
その発言が当たったことに彩花は音を立てないようにガッツポーズを作ると、
『――なんて想像したことが当たって、ガッツポーズとかしてないよな?』
彩花の行動を言い当てるように、室長の嫌味な笑いが彩花の耳に聞こえてくる。
「え……」
自分だけが予想していたと思っていた彩花は、室長のその言葉に身体をビクッと震わせ、信じられないような声を漏らしてしまう。そのせいで、その言葉に否定する言葉も思いつくことなく、
「な、なんで分かったんですか?」
頭のどこかではその質問に意味の答えを知っていると分かっていたに関わらず、室長に質問してしまう。
『彩花は彩花だってことだな』
もちろん、室長も彩花がその答えを分かっているような口ぶりで返す。
「人の行動を当てるの止めてもらえません?」
彩花は少しだけムスッとした口調で言い返すと、
『彩花だってオレの発言を予想してたんだろうし、お互い様だ』
そう言い返され、彩花はこの件に関して、口を閉ざさざるを得なくなってしまう。けれど、それが少しだけ悔しくなった彩花は、
「室長のバーカ」
と、負け惜しみを言うことが精一杯だった。
室長もまたそれが負け惜しみだということが分かっているため、
『はいはい。今回はオレが勝ったんだ。それぐらいの言葉、素直に受け止めてやるさ』
あえて勝者の余裕を彩花へと見せつけた。
それがまた彩花にとって、ちょっとだけ悔しさを倍増させるものではしかなかったが、これ以上負け惜しみを言ったところで、逆転のチャンスすら作り出せそうになったので、
「今日のところは完全敗北ってことにしておいてあげます。私が元気になったら、覚悟しておいてください」
次は勝つことを宣戦布告しておく。
『そうだな。元気な彩花と言い合いしないとつまらんからな。早く元気になって、オレを打ち負かせてみろ』
その宣戦布告に乗っかるように、室長もまたそう言い返す。
そして、二人はまた無言になる。
彩花からすれば、別に会話なんてなくてもよく、こうやって電話が繋がっているという状況だけでよかったからだった。だから、話しかけたら話し返すし、何も言われなかったら、微かに聞こえるボールペンの音を聞いて、心を落ち着けさせればいいだけなのだから。
そのことは室長も分かっていたからこそ、自分の作業に集中していた。彩花もまた何か話したかったら、勝手に話しかけてくることが分かっているからだ。だからこそ、無理に話しかけることはしないようにしていた。
無言になってから何分か経った後、彩花はおもむろに口を開く。
「室長」
『ん』
「しつこいかもですが、やっぱり良いですか?」
『おう』
「ありがとうございます」
『……どういたしまして』
室長はそう言われることが分かっていたのか驚くこともなく、今度は素直にその言葉を受け止める。
彩花からすれば、それだけで十分だったため、見えないと分かっていたとしても、にっこりと微笑んだ。それだけ嬉しかったから。




