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『なんだ、ようやく元気が出てきたか』


 彩花の失笑を聞いた室長は、少しだけ安心したような声で彩花へそう尋ねる。


「おかげさまで元気が出て来ちゃったじゃないですか。どうしてくれるんですか?」


 彩花はそれに対して、皮肉で返すと、


『それぐらいじゃないと彩花とは言えないな。電話して来るなり、今にでも死にたいという声で電話してきやがって』


 室長もまたそれに対して、皮肉で返す。


「それぐらい切羽詰まってたってことですよ。たまにはいいじゃないですか、死にそうな声出したって。ギャップ萌えするかもしれませんよ?」

『今さらするか』

「なッ! ちまたでは彩花ちゃんの落ち込む様は可愛くて、声をかけようにもかけられない始末って言われてる状態なんですよ?」

『……誰に言われてるんだよ。ちなみに、そのちまたが本当だったとしても、オレはその一部には入らんから安心しろ』

「そこは入ってくださいよー」

『くだらん冗談を言えるほど元気になったら十分だな』

「えへへ、そうですね。ありがとうございます」


 間違いなく室長のおかげで元気が出たのは間違いないため、彩花は素直にお礼を述べると、


『おう。気にすんな』


 と、相変わらずの不愛想な声で帰ってくる室長の返事。


 ――なんでか、安心するんだよねー。こうやって返されると……。


 彩花はふとそう思い、少しだけ困ったように左に流している髪を軽く撫でる。

 その理由が自分の身代わりとして死んだ人と似ているのであれば、彩花自身も納得いくのだろうが、そんなことはない。むしろ、キャラとしては全然違うタイプ。好意という好意を持っているわけではなく、至って普通の感情。そのため、彩花にはその原因を掴むことは出来そうになかった。


 ――まぁ、いいんだけどさ。


 だからこそ、こうやって割り切ることしか出来なかった。


『元気になったついでに一つだけ言わせろ』


 そんな風に考えていると、室長からそう言われた彩花の意識は室長の声に意識し始める。


「なんです?」

『何がきっかけでそんな状態になったのか知らんが、オレに遠慮なんかするな。そんだけだ』

「……イケメンな発言ですね。惚れちゃ――」

『上司として当たり前だな。彼女にするにはワガママすぎるから欲しくないが』

「それさえなければ最高だったのに」

『変な勘違いはちゃんと払拭しとかないと失礼だろ?』

「私にですか?」

『オレの心に』

「……知ってましたよ、バーカ!」


 彩花が不満たらたらに言うも、室長はその返しを期待していたらしく、少しだけおかしそうな笑いを電話越しから彩花の耳に届かせる。

 そこで彩花は、今の一連の会話の流れで少しだけ不思議に思ったことがあった。


「本当なら自分で答えを見つけるつもりなんですけど、今の会話の流れから室長に質問しちゃいますね?」


 テンション自体は今まで通りになったものの、そのことを考えるのが少しだけ憂鬱になりそうだと感じた彩花はそう室長に言うと、


『おう、しょうがないから聞いてやる』


 と返される。

 が、彩花はそんな言い草に反発するかのように、


「しょうがなくていいです。私もしょうがなく尋ねるだけなので」


 そう言い返した後、


「今まで通りに言われた言葉だったんですよね。『私は間違った選択肢をしていない』とか言われるの。まぁ、実際、今回こんなに落ち込んじゃうほどの失敗はしてきてるわけなんですけど……」

『だな』

「だから、本当は気にしないレベルで流せるはずだったんですけど、今回はなぜか思い出しちゃったんです。あのことを。なんでだと思います?」

『その理由か……』


 さすがに室長もその理由の答えまでは簡単に出ないのか、電話越しから椅子の背もたれに凭れかかる独特の音が聞こえてくる。そして、しばらく沈黙後、


『知るわけないだろ』


 という投げ捨てた答えだった。

 その回答にさすがの彩花も呆れてしまい、


「聞く人を間違ったかもしれない」


 と、心の声をそのまま室長に返した。

 しかし、室長はその返答を気にしていないらしく、そのまま自分の思ったことを口にし始める。


『理由は知らなくても、心がそう警戒するように警告的な何かを出したんじゃないのか? 雰囲気的には上手くいってるような感じだしな。過去はもうちょっとここまで来るのに時間がかかっただろ?』


 その説明に彩花もなんとなく納得出来るようなものを感じ、「あー」と声を漏らす。


 ――もしかして、あの人が警告してくれたのかなぁ……。


 普通ならありえもしない妄想にちょっとだけ浸りながら、


「そうなのかもしれませんね。そういうことにしておきます」


 室長の説明に同意した。いや、今の状態ではその言葉が正しいような気がしてならない。そう直感が告げているような気がしたからだ。


『まぁ、それで納得出来るならそうしとけ。それ以上は分からん』


 これ以上の説明が室長も思いつかないらしく、そう言ってまた動き始める。つまり自分のしている作業の再開をし始めたということだった。


『用は済んだろ? そろそろ切ってもいいか?』


 そして、彩花にとって今一番言われたくない言葉が室長の口から放たれる。

 分かっていたことだったが、彩花はその言葉を聞いた途端、また心に雲のようなものがかかり始めるような気配を感じ、


「だ、駄目です。まだ切らないでください」


 と、自分が予想もしていなかったすがるような声で室長の言葉を拒否した。


『……分かったよ』


 その声に驚いたかのような雰囲気を出しつつも、室長はその言葉をあっさりと受け入れる。いや、そう言われることを分かっていたかのような雰囲気さえも電話越しから彩花は感じ取ることが出来た。


「ありがとうございます」 


 だからこそ、また素直にお礼を述べると、


『そういう日もあるってことだな。っと、それはいいから。ちゃんとイヤホンマイクを付けろ。雄太くんだっけ? あの子が来た時ように備えてな。どうせ、彩花のことだから、今日は任務投げ捨ててでも休むんだろ?』


 再び彩花の行動を見透かしたかのように室長は言った。

 そこまで見透かされていると、どこかに監視カメラが付いているのかと思ってしまう彩花。が、さすがにそこまではしてないことは分かっており、


「はい、準備しますね」


 離れた位置に置いてあるカバンに近寄り、言われた通り、イヤホンマイクを探し始める。


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